第35話 四人
暗がりの奥で、もう一度、石が擦れた。
今度はさっきより近い。
エドは灯りを少し持ち上げ、天井から左右の壁へ視線を動かした。
「少し戻れ」
四人は来た道を数歩戻った。左手には先ほど調べた小部屋の入口があり、その向かいは壁が少し削れて、通路が広くなっている。
エドは足元と頭上を見てから、ヴァンへ顎を向けた。
「ここならいい」
「分かった」
ヴァンが前へ出る。レオナも腰の細剣へ手をかけた。
灯りの縁で低い影が動き、岩のような背が床を擦って近づいてくる。
「岩蜥蜴」
昔、鉱山の奥で囲まれた魔物だった。どちらへ飛ばそうか考えている間に、ユアンたちが全部倒してしまったことまで、レオナは覚えていた。
岩蜥蜴が灯りの中へ入ってくる。
前脚が止まった。その横に積もった砂だけが、先に後ろへ散る。
「来る」
ニナが言った直後、岩蜥蜴の身体が前へ飛び出した。
ヴァンは半歩横へ外れ、振り下ろすのではなく下から剣を入れた。硬い背を避けた刃が脇へ当たり、岩蜥蜴の身体が床を滑っていく。
甲高い鳴き声が通路に響いた。
岩蜥蜴はすぐ身体を起こしたが、もう一度来る前にヴァンが剣先を向ける。
そのとき、右側の小部屋で石が鳴った。
ニナが振り向く。
「もう一匹」
暗い開口から二匹目の岩蜥蜴が頭を出し、低い姿勢のままこちらへ身体を滑らせてくる。
レオナは細剣を抜いた。
岩のような背を見た瞬間、昔の坑道で響いたつるはしの音と、灯りから顔を背けた岩蜥蜴の姿が浮かんだ。
壁際に置かれた灯りへ手を伸ばす。
「レオナ?」
ニナが呼ぶ。
レオナは剣を左手へ持ち替え、灯りを岩蜥蜴の正面へ向けた。
強い光をまともに受けた岩蜥蜴が顔を背ける。
脇が見えた。
レオナは踏み込み、そこへ細剣を突き込んだ。
刃が半ばまで入り、岩蜥蜴の身体が大きく震える。剣を引いて距離を取ると、魔物は数歩よろめき、そのまま床へ倒れた。
しばらく待ったが、動かなかった。
レオナは灯りを下ろす。細剣には魔力を流していない。
「今の、知ってたのか?」
一匹目から目を離さないまま、ヴァンが聞いた。
「前に見た」
少し離れたところで、エドが倒れた岩蜥蜴へ目をやる。
「鉱夫のやり方だな」
レオナがそちらを向いた。
「知ってる?」
「灯りで顔を逸らすんだ。そのとき脇へ入れる。上を叩いても、刃の方が負けるぞ」
「うん。昔、五匹いた」
エドが一度だけレオナを見る。
その直後、正面にいた岩蜥蜴が低く身体を沈めた。
砂が動く。
「来る」
ニナの声とほとんど同時に、ヴァンが踏み込んだ。
飛び出した岩蜥蜴とすれ違うように身体をずらし、剣の腹で頭の横を強く打つ。岩蜥蜴は壁へぶつかると、そのまま暗がりへ走り去った。
ヴァンは追わなかった。
「行ったな」
レオナも細剣を下げる。
「追わない?」
「今日は違うだろ」
ヴァンは剣についた砂を払い、鞘へ戻した。レオナも自分の細剣を確かめる。刃には小さな汚れがついていたが、曲がってはいない。
そのまま鞘へ収めた。
エドは二人の剣より先に、岩蜥蜴がぶつかった壁を見ていた。灯りを近づけ、落ちた砂を指で払ってから上を見る。
「崩れてない。行くぞ」
ニナは歩き出す前に腰の袋から紙を取り出し、何かを書きつけた。書き終えると紙を畳み、袋へ戻す。
四人は再び奥へ進んだ。
通路はしばらく緩く下り、その先で二つに分かれていた。右は少し狭く、床に細かな石が積もっている。左は幅があり、壁際の浅い溝もそのまま奥へ続いていた。
ニナが右へ灯りを向ける。
「こっち、さっきの跡が多い」
砂の上には、細い筋がいくつも重なっている。
ヴァンは左へ一歩だけ入り、剣の柄へ手を置いたまま左右を見た。
「こっちは振れそうだな」
エドは返事をせず、まず右の入口で壁と天井を見たあと、左へ移った。左の壁には、これまで追ってきた黒い筋が細く残っている。
最後に灯りの炎を見て、少し待つ。
「左だ」
それだけ言って、壁の低いところへ印を残した。
レオナは何も聞かず、その後ろへ続いた。
左の通路はしばらく平らだったが、曲がった先で道が塞がっていた。
大きな石板のような岩が斜めに倒れ、床と天井の間へ挟まっている。下には隙間があるものの、人が這えば通れる程度しかない。
レオナは岩を見上げた。
石板の上端へ灯りを向けた。天井から伸びた亀裂が、斜めの石板の端へ触れている。
「これも、上を受けてる?」
エドは隙間へ細い棒を差し込み、天井と接しているところを二度叩いた。
「ああ。荷を外して、下を通る」
レオナは先に荷を下ろし、隙間の前へ置いた。
ニナも荷を下ろし、灯りを渡す。エドが先に隙間を抜け、向こう側から照らした。レオナは通す荷を一つずつ並べた。
「先に抜けて、向こうで引いて。ここは、私が押さえる」
ニナの肩当てが縁へ当たると、レオナはいったん手を止める。
ニナは戻り、身を低くして抜け直した。
「肩、引っかかる。左を下にした方がいいよ」
レオナは荷へ縄を回し、端を向こうのニナへ渡した。ニナが引くのに合わせ、荷の端を押さえて隙間へ滑らせる。自分の荷まで渡すと、肩当てを押さえ、ニナが通った姿勢で下を抜けた。
ヴァンが最後の荷を送り、四人とも反対側へ揃った。
石板は元の位置に残っていた。レオナが肩当ての砂を払うと、ニナが背中の革帯を指した。
「そこ、ずれた」
「どこ?」
直してもらってから荷を背負い直し、エドの後ろへ続いた。
その先では、進むにつれて少しずつ天井が高くなっていった。歩く音も、いつの間にかすぐそばではなく、少し離れたところから返ってくる。
やがて先頭のエドが止まった。
後ろから来たレオナが横へ顔を出す。
通路が終わっていた。
その先に、広い空間が開いている。
エドが灯りを高く掲げたが、光は天井へ届く前に暗闇へ溶けた。左右の壁も途中から見えなくなり、床を横切るまっすぐな溝だけが、灯りの外へ何本も伸びている。
太い石が何本も倒れていた。
どれもよく似た太さで、一本は途中から折れている。平らな断面だけが白く光を返し、その奥には四角く切られた開口がいくつか並んでいた。
レオナは空間の中央へ一歩出る。
「広い」
声が遠くで返ってきた。
ニナは足元へ灯りを向け、ヴァンは右側に倒れた石と壁との間を見ている。
エドだけが左へ歩いていった。
壁際でしゃがむ。
レオナもそちらへ近づいた。
割れた岩の中に、これまで追ってきた黒い筋とは違うものが細く走っている。
灰色とも銀色ともつかない。
エドは槌を取り出し、その脇を小さく欠いた。落ちた欠片を拾って灯りの近くへ持っていき、何度か向きを変えてから爪で表面を擦る。
レオナが少し屈んだ。
「あった?」
エドは答えず、もう一度だけ欠片を見た。
それから、小さく息を吐いた。
「……たぶんな」




