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あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第五章

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第33話 山を見る人

 日の出前にエドの家へ着くと、戸口には長い縄やつるはし、水袋、食料などがすでに並べられていた。


 エドは三人の顔を見るより先に足元へ目を落とした。


 レオナが片足を上げると、エドはしゃがんで靴底を確かめた。続けてニナ、ヴァンの靴も見ていく。


 次に、エドはレオナの荷物を下ろさせた。袋を開け、干し肉とパンを出させ、水袋の栓も確かめる。戻す前に、荷を縛る紐を二度引いた。


 横でヴァンが笑った。


「ずいぶん細かいな」


「山で無いことに気づくよりはいい」


 エドはニナの荷物にも目を通し、外へ括られた水袋と野営道具を確かめた。ヴァンには剣以外の荷物を開かせ、食料と水を見てから、ようやく自分の荷を背負う。


「行くぞ」


 町を出る頃には、東の山際が薄く明るくなっていた。普段なら槌音と炉の熱気に満ちている通りもまだ静かで、夜通し火を落とさない工房からだけ細い煙が上がっている。


 町外れを越えると道はすぐに細くなり、大きな岩の間を縫うように山へ入っていった。


 しばらく登ったところで、道が大きく左へ曲がる。


 レオナは正面の斜面を見上げた。少し急ではあるが、そのまま登れば上の道へ出られそうだった。


「こっちの方が近い」


「行かん」


 エドは足を止めなかった。


 レオナは斜面と遠回りする道を見比べたが、そのまま後を追った。


 かなり上まで回り込んだ頃、背後から石の転がる音がした。振り返ると、先ほど見上げていた斜面を拳ほどの石が跳ねながら落ち、その後から細かな土が崩れている。


 レオナはしばらくそれを見ていた。


 前を歩くエドは振り返らなかった。


 昼前には、道らしい道もなくなっていた。


 斜面を下りた先に細い沢があり、エドはその流れに沿って進みながら、ときどき足元の石を拾った。表面を見るだけで捨てるものもあれば、槌で欠いて中を確かめるものもある。


 エドが何個目かの灰色の石を拾ったところで、レオナは横から覗き込んだ。


「何が違うの?」


「俺の持ってる石と並べてみろ。欲しいのは、こっちだ」


 レオナも近くの石を拾い、エドの持つものと並べる。


「同じに見える」


「なら、見つけるのは俺の仕事だ。拾ったものは俺に見せろ」


 エドは石を沢へ戻した。


 それからレオナも、エドが石を拾うたびに近くを探すようになった。似た色のものを二度持っていったが、どちらも「違う」と返された。


 三度目に拾った石は、自分で表と裏を見比べてから元の場所へ戻した。


 やがて沢は大きな岩に塞がれた。流れてきた枝や小石が、その下へ溜まっている。


「これ、退かす?」


 レオナが右手を上げると、エドがすぐに止めた。


「触るな」


「動かせるよ」


「その岩が上を受けとる。動かせるかじゃない、動いたあとが問題だ」


 言われて見上げると、さらに大きな岩が斜面に半分埋まり、その下に細かな土が溜まっている。


 レオナは手を下ろした。


「じゃあ?」


「回る」


 エドは沢脇の斜面へ上がっていく。


 レオナは大岩を一度だけ振り返り、そのまま後を追った。


 沢を外れて少し進んだところで、先頭のエドが急に立ち止まった。


 斜面の上、灰色の岩の間に同じ色の身体が伏せている。


 二本の短い角を見て、レオナは思い出した。


「前のやつ」


 ニナも気づき、腰の木板へ手を伸ばした。


 魔獣は四本脚で岩棚に立ち、こちらを見ている。ヴァンが剣へ手をかけ、レオナも一歩前へ出ようとした。


「動くな」


 エドの声で足を止める。


 魔獣が横の岩へ跳び移ると、踏み切った場所から砂が横へ散った。


 ニナが目を細めた。


 もう一度跳ぶ。そのときも、身体が宙へ出るより先に足元の砂が横へ弾けた。


 ニナは木板へ何か書きつける。


「着いたときじゃない」


「何が?」


「足元の砂。跳ぶ前に飛んでるよ」


 その声に反応したのか、魔獣がこちらへ顔を向けた。


「来るか?」


 ヴァンが聞く。


 エドは周囲を見回し、崩れやすい斜面から少し離れた岩盤を指した。


「下がって待て。こっちから近づくな」


 四人が場所を移す。


 ヴァンは剣を抜く前に一歩横へずれ、背後の岩壁との間隔を確かめた。


「ここなら振れる」


 エドが頷く。


「来たら頼む」


 魔獣が斜面を下り、最後の岩を蹴って跳びかかった。


 ヴァンは一歩前へ出ると、振った剣で角の横を打った。空中で体勢を崩した魔獣は着地するとよろめき、低く唸ったものの、もう一度飛びかかることはなかった。


 そのまま向きを変え、岩の間へ駆け上がっていく。


 ヴァンは追わず、姿が消えてから剣を収めた。


 レオナは構えていた右手を下ろす。


 ヴァンは、エドが置いた荷を持ち上げた。


「材料探しの続きだな」


 レオナも、魔獣を見ていた目を沢へ戻した。


 ニナは魔獣の消えた方を見たあと、木板へもう一行書き足した。


「前と同じ。でも、少し分かった」


 エドはもう歩き始めていた。


 午後になると、エドは沢を上ったかと思えば斜面へ入り、また水辺へ戻ることを何度か繰り返した。


 沢が二つに分かれるところで、細い方へ入る。


 しばらくして拾い上げた石を槌で欠くと、中から黒に近い鈍い色が現れた。


 レオナが覗き込むと、エドは欠いた面を自分の持つ石へ並べた。


「似てる。ほかも探せ」


 エドはその石を袋へ入れた。


 その先でも同じような欠片が一つ、少し進んでもう一つ見つかり、さらに上流では二つ続いた。エドの歩く速度が少し上がる。


 レオナも沢沿いを歩きながら石を拾い、割れた面を見るようになっていた。


 ところが、沢が岩壁へ近づくにつれて、黒い筋の入った石は急に見つからなくなった。


 エドは足を止め、沢底を探してから岸へ上がり、少し戻った。それでも見つからない。


 ヴァンが聞く。


「外れたか?」


「まだ決めるだけ見ておらん」


 エドは袋から先ほどの石を一つ取り出し、掌の上で返した。沢の上流と足元の流れを見比べ、少し歩いてから反対側の岸へ渡る。


 しばらく探したところで、エドは荷を下ろした。


「休む」


 岩陰に腰を下ろし、水袋を開ける。


 ニナも隣に荷物を置き、ヴァンは立ったまま水を飲んだ。


 レオナはパンを一口かじりながら沢を眺めた。水の中には、さっきまで何度も見た灰色や赤茶色の石が転がっている。


 エドも干し肉をかじりながら、ときどき流れの先へ目を向けていた。


 レオナはパンを持ったまま立ち上がった。


 少し離れたところに、小さな黒いものが見える。


 拾って表面を親指でこすった。


「エド」


 エドが顔を上げる。


「これ、似てる?」


 受け取った石を、エドはしばらく見た。


「どこにあった」


 レオナが指したのは、沢から数歩離れた斜面の裾だった。


 エドは立ち上がってそこまで行くと、周囲の土を足で軽く払いながら少し上へ進んだ。もう一つ、同じような欠片がある。


 沢を振り返り、それから斜面を見上げた。


「水じゃない」


「何が?」


「こいつが来た方だ」


 エドは石を袋へ入れ、荷を背負った。


 そのまま沢を離れて斜面へ上がり始めると、レオナたちも荷を背負い直して続いた。


 岩の間を登るにつれ、黒い筋の入った欠片がまた増えていく。


 やがて大きな岩壁の前でエドが止まった。


 その少し手前に、平たい大岩が斜めに突き出している。


 エドは周囲を歩き、棒を隙間へ差し込んだ。足元を踏み、上に重なった岩をしばらく見てからレオナを呼ぶ。


「これを動かせるか」


 レオナはすぐには手を上げず、エドを見た。


「これだけ?」


「ああ。上には触るな」


 エドは岩の端に溜まった土を指した。


「どこまで?」


「そこが見えるまでだ」


「分かった」


 レオナはそこで初めて右手を向けた。


 力をゆっくり加えると、土の中で低い音がして岩が動いた。


 エドは岩の下を見ている。


「もう少し」


 さらに押すと土が崩れ、指された場所が少しずつ現れていく。


「止めろ」


 レオナはすぐに力を抜いた。


 大岩は元の場所から半歩ほどずれ、その下に暗い隙間ができていた。


 エドが近づき、槌の柄で土を掻き出した。


 現れた岩肌は、周囲とは違って妙に平らだった。エドが指で泥を払うと、一本の線が出てくる。


 レオナもしゃがんだ。


「割れたの?」


 エドは答えず、線に沿ってさらに土を落とした。


 まっすぐ伸びていた線は、途中でほとんど直角に曲がっていた。


 ヴァンも横から覗き込む。


「こんな割れ方、するか?」


 エドは平らな面を槌で軽く叩いた。


「しない」


 さらに土を除けると、横にも同じような平らな面が現れ、上には一本のまっすぐな縁が続いていた。


 岩の割れ目ではなく、四角く切り取られたような形が土の下から姿を現している。


 ニナが縁の近くへ手を伸ばした。


「削った跡?」


 エドは表面を指でこする。


「そう見える」


 レオナは少し離れて全体を見た。


 山肌の途中に、人ひとりが通れそうな暗がりが開いている。周囲は崩れていたが、両脇と上だけは不自然なほど形が揃っていた。


「入るところ?」


 エドも少し離れて見た。


「そう見えるな」


「誰が作ったの?」


「知らん」


 レオナはまた近づき、暗がりの奥へ目を凝らした。


 平らな面には細い削り跡が残り、縁の一部は欠けている。その先はすぐに闇へ沈み、何も見えなかった。


 それでも冷たい風だけは、さらに奥から絶えず流れてきていた。


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