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あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第五章

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第32話 壊れるもの

 男は割れた細身の剣を作業台へ置いた。


 その横で、ギドが二つになった刃を手に取る。根元を指でなぞり、断面をしばらく眺めてから、レオナへ顔を向けた。


「剣が割れたとき、腕や肩には来なかったか」


「平気だった。手で強く押すと、腕と肩がきつくなるけど」


 レオナは胸のあたりへ手を置いた。


「もっと強いと、この辺も。さっきは、それもなかった」


 ギドは手の中の剣へ視線を戻した。


「これが受けたのか?」


 男も断面を見る。


「かもしれんな。試してみるか」


 壁際から持ってきたのは、刃のない平たい鉄の棒だった。剣より厚く、先へ向かって少し細くなっている。


 ヴァンが持ち上げた。


「これなら持つか?」


「折れるかもしれん」


「それで試すのか?」


「折れたところを見れば、次に何を変えるか分かる。そいつで試せ」


 工房の外へ出て、先ほど使った太い木材を立て直した。


 まずは何も持たず、身体に返ってくるのが分かるところまで押す。レオナが右手を向けて力を込めると、木材は土を擦りながら動き、さらに押したところで勢いよく滑って岩壁へぶつかった。


「腕に来た。肩も少し」


「そのくらいを覚えとけ」


 今度は鉄を両手で持つ。先端を木材へ向け、さっきと同じくらいのつもりで力を細く通した。


 木材が飛んだ。


 先ほどより速く岩壁へぶつかり、表面から木片が散る。同時に、手の中の鉄が大きく跳ねた。鈍い音がして中央が曲がり、そこへ黒い亀裂が走る。


「止めろ」


 男の声でレオナは力を抜いた。両手を開いて閉じ、肩を回してみる。


 ニナが近寄った。


「どう?」


「こっちの方が楽」


 ヴァンは岩壁の前に転がった木材を見た。


「でも、今の方が飛んだな」


 男はレオナから鉄を受け取り、亀裂を親指で押した。金属が小さく軋む。


「少なくとも、こいつにも相当かかってる」


 ギドは曲がった鉄を見ながら、自分の右脚へ手をやった。膝の横を支える金属板を二度叩く。


「手だけで受けるから、そこへ来るのかもしれん。受ける場所を増やしてみよう」


「腕に何か付ける気か」


「腕だけじゃなくて、もう少し身体で受けられれば」


 男はレオナの腕から肩まで眺めた。


「固めすぎりゃ剣が振れんぞ」


「そこは考える」


「簡単に言うな」


「これだって何度も作り直した」


 ギドが自分の脚を示すと、男は鼻を鳴らした。


「勝手が違う」


「だから試すんだろ」


 レオナが二人を見比べる。


「じゃあ、腕に着けるのも作る?」


「作るのは俺だぞ。形にして着けさせるまで、できたとは言えんがな」


 ギドが笑った。


 男は曲がった鉄を作業台へ戻し、割れた剣の隣へ置く。


「その前に、こっちだ。身体の方をどうにかしても、先がこれじゃ意味がない」


 ギドは、曲がった鉄と割れた剣を見た。


「身体の方は俺が考える。材料のあてなら――」


 ギドは少し考えた。


「エドなら、何か知ってるかもしれん」


 男が顔を上げる。


「あいつか」


「まだ山に入ってるんだろ」


「入ってる」


「誰?」


「昔、鉱山にいた男だ」


「会える?」


 ギドは杖代わりの棒を取った。


「町にいればな」


 ヴァンも剣を腰へ戻す。


「俺も行こう。俺の剣にも関係ある」


 ニナも立ち上がった。


 男だけは作業台から動かない。


「お前は?」


「行かん。誰がこれを片づける」


 レオナは曲がった鉄へ伸ばしかけた手を止めた。


「これ、置いとくね。どこが駄目になったか、見てほしい」


「ああ。持って帰られたら、調べられん」


 レオナは鉄から手を離し、作業台の端に落ちていた欠片だけを拾って、剣のそばへ置いた。


 ヴァンが割れた剣を見る。


「悪かったな」


「本当にな」


 工房を出ると、通りにはまだ槌の音が響いていた。炉から流れてくる熱気の中を、炭を背負った男や鉱石を積んだ荷車が行き交っている。


 レオナは開いた工房の前を通るたびに中へ目を向けた。


「見るなら帰りにしろ」


「じゃあ、帰りに見る」


 坂を上がるにつれて鍛冶場は減り、縄やつるはし、木材を置いた建物が増えていった。


 ギドは町の端に近い一軒の前で止まった。戸は開いている。


「エド」


 返事はなかった。


 中へ入ると、壁には長さの違う縄やつるはしが掛けられ、棚には大小の石が並んでいた。奥の机には、線の引かれた薄い木板が何枚も重ねられている。


 レオナがその一枚へ手を伸ばした。


「触るな」


 奥から声が飛んだ。


 レオナは手を止める。


 裏口から、荷物を抱えた男が入ってきた。日に焼けた顔に短い髭があり、服も靴も泥で汚れている。


 男はまずレオナの手元を見た。そのまま床に並んだ四人の靴、ヴァンの腰の剣、ニナの荷物へ視線を移し、最後にギドを見る。机まで来ると、レオナが触ろうとしていた木板を手元へ引き寄せ、裏返した。


「何しに来た」


「頼みがある」


「嫌だ」


「まだ何も言ってないぞ」


「あんたが来たなら、聞く前から面倒な話だと分かる」


 ギドが笑う。


「丈夫な金属を探してる」


「鍛冶屋へ行け」


「行ってきた。今ある材料じゃ足りない」


 エドは荷物を机へ置き、その中から縄を一本抜いた。端から指でなぞりながら聞く。


「何を作る」


「剣だ」


 エドの目がヴァンの腰へ行った。


「それじゃ駄目なのか」


「俺のじゃない」


 ヴァンが答えると、ギドがレオナを示した。


「こいつのだ」


「剣を使うのか」


「最近」


「それで今あるのじゃ足りない?」


「一本壊した」


 縄をなぞっていた指が止まる。


「何をした」


「押した」


「……剣で?」


「うん」


 エドは少しだけレオナを見たが、それ以上は聞かなかった。


 手にした縄を折り曲げると、一か所だけ表面が毛羽立っている。腰の小刀を抜き、傷んだところから先を切り落とした。


 短くなった縄を両手で引いて確かめてから、脇へ置く。


 ギドが言った。


「もっといい材料に心当たりはないか」


「ない」


「ある顔してるぞ」


「あんたは人の顔を勝手に読むな」


「あるんだな」


 エドは舌打ちした。


「仮にあっても教えん。どこで何が出るか調べて、それで食ってるんだ」


「場所を教えろとは言ってない。案内してくれ」


「嫌だ」


 即答だった。


 ギドは少し間を置く。


「こいつはレオナだ」


「それが?」


「昔、俺が脚をやった鉱山事故があっただろ。俺もローデンも、あのときこいつに助けられた」


 エドの手が止まった。


 もう一度、レオナを見る。


「……この娘が?」


「ああ」


「若いな」


「その話は長くなる」


「ならいい」


 エドは次の縄を取り上げた。


「だから頼んでる」


「恩があるのはあんただろ」


「ああ」


「俺じゃない」


「そうだな」


 ギドはそれ以上言わなかった。


 エドは縄を巻き直しながら、今度はヴァンを見る。顔より先に、剣の柄と鞘へ目が行った。


「そっちは?」


「ヴァン。剣士だ。リードの大会でも上まで残った」


「大抵の魔獣なら何とかなると思う」


 ヴァンが言うと、エドはようやく顔を見る。


「大抵、か」


「全部と言うほど自信家じゃない」


「その方がまだいい」


 次にレオナを見る。


「お前も戦えるんだな」


「押せる」


「かなりな」


 ヴァンが付け足した。


 エドは黙ったまま縄を巻き終える。


「……あてならある」


 レオナがすぐに顔を上げた。


「どこ?」


「場所は言わん」


「じゃあ案内して」


「話を最後まで聞け」


 エドは縄を棚へ戻した。


「山の奥で、妙な鉱石を拾ったことがある。近くにまだあるかもしれん」


 ギドが聞く。


「取りに行かないのか」


「魔獣が多い。一人で入って、石まで背負って戻る気にはならん」


 ヴァンが腰の剣へ手を置いた。


「俺たちがいれば?」


 エドは答えず、ヴァンとレオナを順に見る。


「そこまで何日くらい?」


 ニナが聞いた。


 エドがそちらを向く。


「順調なら一泊。探すなら二泊だ。水は途中で取れる」


「なら、野営の準備はいるね」


「食料も自分たちで持て」


 ニナは頷いた。


「じゃあ、私も行く」


「お前も?」


「護衛で山道も野営も慣れてる。それに、この辺の魔獣も見ておきたい」


 エドはニナを見て、それからヴァン、レオナへ目を移した。


 手元の短くなった縄を一度見て、壁から長い一本を外す。


「……分かった。連れていく」


 レオナが顔を上げた。


「本当?」


「その代わり、俺の言うことは聞け」


 新しい縄を両手で引き、端まで確かめる。


「俺が先を歩く。勝手に逸れるな。戻ると言ったら戻る。戦うかどうかも勝手に決めるな」


 ヴァンが少し眉を上げた。


「そこまで?」


「崖際で暴れりゃ落石が起きる。血の匂いで別のが寄ることもある。山を知らん奴が好きにやるな」


「分かった」


 ニナも頷き、レオナも続いた。


「分かった」


 エドはレオナだけをもう一度見る。


「お前は特にな」


「なんで?」


「さっき人の物を勝手に触ろうとした」


 レオナが机の木板を見る。


「まだ触ってない」


「同じだ」


 ギドが笑った。


 エドは嫌そうにそちらを見る。


「明日、日の出前に来い。遅れたら置いていく」


「ここに?」


「ああ」


 ヴァンが聞く。


「採れたものは?」


「場所は俺のあてだ。全部持って帰れると思うな」


「そこは譲らないんだな」


「当たり前だ。俺はこれで食ってる」


 エドは新しい縄を丸め、他の道具と一緒に戸口の脇へ置いた。


「もう帰れ。準備がある」


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