第32話 壊れるもの
男は割れた細身の剣を作業台へ置いた。
その横で、ギドが二つになった刃を手に取る。根元を指でなぞり、断面をしばらく眺めてから、レオナへ顔を向けた。
「剣が割れたとき、腕や肩には来なかったか」
「平気だった。手で強く押すと、腕と肩がきつくなるけど」
レオナは胸のあたりへ手を置いた。
「もっと強いと、この辺も。さっきは、それもなかった」
ギドは手の中の剣へ視線を戻した。
「これが受けたのか?」
男も断面を見る。
「かもしれんな。試してみるか」
壁際から持ってきたのは、刃のない平たい鉄の棒だった。剣より厚く、先へ向かって少し細くなっている。
ヴァンが持ち上げた。
「これなら持つか?」
「折れるかもしれん」
「それで試すのか?」
「折れたところを見れば、次に何を変えるか分かる。そいつで試せ」
工房の外へ出て、先ほど使った太い木材を立て直した。
まずは何も持たず、身体に返ってくるのが分かるところまで押す。レオナが右手を向けて力を込めると、木材は土を擦りながら動き、さらに押したところで勢いよく滑って岩壁へぶつかった。
「腕に来た。肩も少し」
「そのくらいを覚えとけ」
今度は鉄を両手で持つ。先端を木材へ向け、さっきと同じくらいのつもりで力を細く通した。
木材が飛んだ。
先ほどより速く岩壁へぶつかり、表面から木片が散る。同時に、手の中の鉄が大きく跳ねた。鈍い音がして中央が曲がり、そこへ黒い亀裂が走る。
「止めろ」
男の声でレオナは力を抜いた。両手を開いて閉じ、肩を回してみる。
ニナが近寄った。
「どう?」
「こっちの方が楽」
ヴァンは岩壁の前に転がった木材を見た。
「でも、今の方が飛んだな」
男はレオナから鉄を受け取り、亀裂を親指で押した。金属が小さく軋む。
「少なくとも、こいつにも相当かかってる」
ギドは曲がった鉄を見ながら、自分の右脚へ手をやった。膝の横を支える金属板を二度叩く。
「手だけで受けるから、そこへ来るのかもしれん。受ける場所を増やしてみよう」
「腕に何か付ける気か」
「腕だけじゃなくて、もう少し身体で受けられれば」
男はレオナの腕から肩まで眺めた。
「固めすぎりゃ剣が振れんぞ」
「そこは考える」
「簡単に言うな」
「これだって何度も作り直した」
ギドが自分の脚を示すと、男は鼻を鳴らした。
「勝手が違う」
「だから試すんだろ」
レオナが二人を見比べる。
「じゃあ、腕に着けるのも作る?」
「作るのは俺だぞ。形にして着けさせるまで、できたとは言えんがな」
ギドが笑った。
男は曲がった鉄を作業台へ戻し、割れた剣の隣へ置く。
「その前に、こっちだ。身体の方をどうにかしても、先がこれじゃ意味がない」
ギドは、曲がった鉄と割れた剣を見た。
「身体の方は俺が考える。材料のあてなら――」
ギドは少し考えた。
「エドなら、何か知ってるかもしれん」
男が顔を上げる。
「あいつか」
「まだ山に入ってるんだろ」
「入ってる」
「誰?」
「昔、鉱山にいた男だ」
「会える?」
ギドは杖代わりの棒を取った。
「町にいればな」
ヴァンも剣を腰へ戻す。
「俺も行こう。俺の剣にも関係ある」
ニナも立ち上がった。
男だけは作業台から動かない。
「お前は?」
「行かん。誰がこれを片づける」
レオナは曲がった鉄へ伸ばしかけた手を止めた。
「これ、置いとくね。どこが駄目になったか、見てほしい」
「ああ。持って帰られたら、調べられん」
レオナは鉄から手を離し、作業台の端に落ちていた欠片だけを拾って、剣のそばへ置いた。
ヴァンが割れた剣を見る。
「悪かったな」
「本当にな」
工房を出ると、通りにはまだ槌の音が響いていた。炉から流れてくる熱気の中を、炭を背負った男や鉱石を積んだ荷車が行き交っている。
レオナは開いた工房の前を通るたびに中へ目を向けた。
「見るなら帰りにしろ」
「じゃあ、帰りに見る」
坂を上がるにつれて鍛冶場は減り、縄やつるはし、木材を置いた建物が増えていった。
ギドは町の端に近い一軒の前で止まった。戸は開いている。
「エド」
返事はなかった。
中へ入ると、壁には長さの違う縄やつるはしが掛けられ、棚には大小の石が並んでいた。奥の机には、線の引かれた薄い木板が何枚も重ねられている。
レオナがその一枚へ手を伸ばした。
「触るな」
奥から声が飛んだ。
レオナは手を止める。
裏口から、荷物を抱えた男が入ってきた。日に焼けた顔に短い髭があり、服も靴も泥で汚れている。
男はまずレオナの手元を見た。そのまま床に並んだ四人の靴、ヴァンの腰の剣、ニナの荷物へ視線を移し、最後にギドを見る。机まで来ると、レオナが触ろうとしていた木板を手元へ引き寄せ、裏返した。
「何しに来た」
「頼みがある」
「嫌だ」
「まだ何も言ってないぞ」
「あんたが来たなら、聞く前から面倒な話だと分かる」
ギドが笑う。
「丈夫な金属を探してる」
「鍛冶屋へ行け」
「行ってきた。今ある材料じゃ足りない」
エドは荷物を机へ置き、その中から縄を一本抜いた。端から指でなぞりながら聞く。
「何を作る」
「剣だ」
エドの目がヴァンの腰へ行った。
「それじゃ駄目なのか」
「俺のじゃない」
ヴァンが答えると、ギドがレオナを示した。
「こいつのだ」
「剣を使うのか」
「最近」
「それで今あるのじゃ足りない?」
「一本壊した」
縄をなぞっていた指が止まる。
「何をした」
「押した」
「……剣で?」
「うん」
エドは少しだけレオナを見たが、それ以上は聞かなかった。
手にした縄を折り曲げると、一か所だけ表面が毛羽立っている。腰の小刀を抜き、傷んだところから先を切り落とした。
短くなった縄を両手で引いて確かめてから、脇へ置く。
ギドが言った。
「もっといい材料に心当たりはないか」
「ない」
「ある顔してるぞ」
「あんたは人の顔を勝手に読むな」
「あるんだな」
エドは舌打ちした。
「仮にあっても教えん。どこで何が出るか調べて、それで食ってるんだ」
「場所を教えろとは言ってない。案内してくれ」
「嫌だ」
即答だった。
ギドは少し間を置く。
「こいつはレオナだ」
「それが?」
「昔、俺が脚をやった鉱山事故があっただろ。俺もローデンも、あのときこいつに助けられた」
エドの手が止まった。
もう一度、レオナを見る。
「……この娘が?」
「ああ」
「若いな」
「その話は長くなる」
「ならいい」
エドは次の縄を取り上げた。
「だから頼んでる」
「恩があるのはあんただろ」
「ああ」
「俺じゃない」
「そうだな」
ギドはそれ以上言わなかった。
エドは縄を巻き直しながら、今度はヴァンを見る。顔より先に、剣の柄と鞘へ目が行った。
「そっちは?」
「ヴァン。剣士だ。リードの大会でも上まで残った」
「大抵の魔獣なら何とかなると思う」
ヴァンが言うと、エドはようやく顔を見る。
「大抵、か」
「全部と言うほど自信家じゃない」
「その方がまだいい」
次にレオナを見る。
「お前も戦えるんだな」
「押せる」
「かなりな」
ヴァンが付け足した。
エドは黙ったまま縄を巻き終える。
「……あてならある」
レオナがすぐに顔を上げた。
「どこ?」
「場所は言わん」
「じゃあ案内して」
「話を最後まで聞け」
エドは縄を棚へ戻した。
「山の奥で、妙な鉱石を拾ったことがある。近くにまだあるかもしれん」
ギドが聞く。
「取りに行かないのか」
「魔獣が多い。一人で入って、石まで背負って戻る気にはならん」
ヴァンが腰の剣へ手を置いた。
「俺たちがいれば?」
エドは答えず、ヴァンとレオナを順に見る。
「そこまで何日くらい?」
ニナが聞いた。
エドがそちらを向く。
「順調なら一泊。探すなら二泊だ。水は途中で取れる」
「なら、野営の準備はいるね」
「食料も自分たちで持て」
ニナは頷いた。
「じゃあ、私も行く」
「お前も?」
「護衛で山道も野営も慣れてる。それに、この辺の魔獣も見ておきたい」
エドはニナを見て、それからヴァン、レオナへ目を移した。
手元の短くなった縄を一度見て、壁から長い一本を外す。
「……分かった。連れていく」
レオナが顔を上げた。
「本当?」
「その代わり、俺の言うことは聞け」
新しい縄を両手で引き、端まで確かめる。
「俺が先を歩く。勝手に逸れるな。戻ると言ったら戻る。戦うかどうかも勝手に決めるな」
ヴァンが少し眉を上げた。
「そこまで?」
「崖際で暴れりゃ落石が起きる。血の匂いで別のが寄ることもある。山を知らん奴が好きにやるな」
「分かった」
ニナも頷き、レオナも続いた。
「分かった」
エドはレオナだけをもう一度見る。
「お前は特にな」
「なんで?」
「さっき人の物を勝手に触ろうとした」
レオナが机の木板を見る。
「まだ触ってない」
「同じだ」
ギドが笑った。
エドは嫌そうにそちらを見る。
「明日、日の出前に来い。遅れたら置いていく」
「ここに?」
「ああ」
ヴァンが聞く。
「採れたものは?」
「場所は俺のあてだ。全部持って帰れると思うな」
「そこは譲らないんだな」
「当たり前だ。俺はこれで食ってる」
エドは新しい縄を丸め、他の道具と一緒に戸口の脇へ置いた。
「もう帰れ。準備がある」




