第31話 剣の先
男はヴァンの腰の剣へ目を向けた。
「見せろ」
ヴァンが剣帯を外して作業台へ置くと、男は鞘から抜き、刃を炉の明かりへ傾けた。表と裏を返し、背を指でなぞったあと、柄を握って何度か角度を変える。
「もう使ったか」
「少しな」
「魔力は?」
「通した。ただ、まだ加減してる」
「もっと入れることはあるのか」
「ある。だが、前のを折ったからな」
「入れすぎたか」
「ああ。受けるときにひびが入った」
男はそれ以上聞かず、もう一度刃を眺めた。
「外で使え」
工房の奥の戸を抜けると、岩壁に囲まれた細長い空き地があった。太い木材が何本か立てられ、端には欠けた石や折れた柄がまとめて積まれている。
ヴァンはそのうち一本の前へ立つと、いつものように剣を振った。振り始めには何もせず、刃が木へ届く直前だけ魔力を通す。硬い音とともに刃が食い込んだ。
男は切り口よりも剣を見ていた。
もう一度やらせても同じだった。ヴァンが必要な瞬間だけ魔力を通すのを見届けると、男は手を出した。
剣を受け取り、刃の根元から先まで目を走らせる。
「この使い方なら、まだ余裕はある」
「もう少し入れても平気か?」
「少しならな。前みたいに折りたくないなら、無理に増やす必要もない」
ヴァンが頷く。
男はもう一度剣を眺めた。
「かなりいい剣だ」
「ここなら、もっといいのがあると思ったんだがな」
「作れなくはない」
ヴァンが少し身を乗り出した。
「どれくらい変わる?」
「この材料で詰められるのは、丈夫さと通り方だ。一から打ち直せば、もう少しは変わる」
工房へ戻ると、男は剣を作業台へ戻した。
「だが、これもよく打ってある。時間を掛けた割には変わらんぞ」
ヴァンも剣を見る。
「やっぱり、これより上は簡単じゃないか」
「簡単なら苦労しない」
ギドが横で笑った。
「残念だったな」
「何がだ。いい剣なら困らん」
そう答えながらも、ヴァンはもう少し何かあると思っていたらしく、剣から目を離すまで少しかかった。
その隣で、レオナも作業台を見ていた。
「通しやすい剣なら、手で押すより狙いも決めやすい?」
ヴァンが振り返る。
「使ってみたいのか?」
レオナは頷きかけて、ヴァンの顔を見た。
「まだ早いぞ。俺の剣は、お前には重い」
「試すだけ」
「木の棒だってまだ練習中だろ」
「振るだけじゃない」
「何するんだ」
レオナは剣を指した。
「押す」
ヴァンはしばらくレオナを見ていたが、やがて肩をすくめた。
「試すだけならな。ただし、俺のは駄目だ」
「重いから?」
「それもある」
男も作業台の剣を手元へ寄せ、それから壁際へ歩いた。何本か並んでいた中から取り出したのは、ヴァンのものよりかなり短く、刃も細い一本だった。
「これなら持てるだろ」
レオナは両手で受け取った。
木の棒よりは重いが、ヴァンの剣ほどではない。再び工房の裏へ出て、頭上まで持ち上げ、何もないところへゆっくり振り下ろしてみると、剣先が途中から少し右へ流れた。
持ち直して、もう一度。
今度は、ほぼまっすぐ下へ通った。
ヴァンは口を挟まなかった。
レオナもそれ以上は繰り返さず、少し離れた木材へ剣先を向けた。その先へ力を使うと、木材がまっすぐ後ろへ揺れる。剣先を左へずらすと、木材の揺れる向きも変わった。
手首を確かめ直さなくても、切っ先と木材が一緒に見えた。剣先を戻すと、狙いも元へ戻る。
「手だけよりやりやすい」
「剣先で向きが分かるの?」
ニナが聞いた。
「うん」
レオナは手にした剣を見る。
「ヴァンは、振るときに魔力を入れてたよね」
「ああ。必要なときだけな」
「じゃあ、振るのと一緒に押したら?」
ヴァンは眉を上げた。
「俺がやってるのとは違うぞ」
「うん」
「弱くな。振る方まで俺と同じにしなくていい。まず一つずつ試せ」
レオナは木材から数歩離れ、細身の剣を頭上へ持ち上げた。
これまで何度も繰り返した動きを思い出しながら、足から身体を動かす。
剣を振り下ろす。
剣先の向こうへ細く押し、その場所を落ちていく刃に合わせて上から下へ動かした。
乾いた音が響いた。
レオナは剣を止める。
刃は木材へ届いていない。
それでも、正面の木材には上から下へ細い切れ目が走っていた。
「え」
ニナが一歩近づき、ふと足元を見る。
「レオナ、これ」
地面から顔を出していた石が、二つに割れていた。
割れ目は木材に残った傷と同じ向きに、まっすぐ入っている。
ニナは石を見て、それから木材を見た。
レオナも近づき、石の割れ目と木材の切れ目を見比べた。どちらも、振った剣と同じ向きに走っている。
「できた」
少し胸を張ると、ニナが笑った。
「自慢してる?」
「うん」
腕には、それほど大きな力を使った感覚がなかった。剣の動きを追うように、細く通せた。
男だけは、割れた石にも木材にも近づかなかった。
レオナの手にある剣を見ていた。
「もう一回やりたい」
レオナが言う。
ヴァンが先に答えた。
「同じくらいにしろよ」
「うん」
少し離れた別の木材へ向き直り、先ほどの感覚を思い出して剣を上げる。
振り下ろし、その先へ細く押す。
木材に縦の切れ目が走った。
その直後、キン、と高い音が響いた。
手元へ小さな震えが返り、レオナはすぐに動きを止める。
ヴァンが刃を覗き込んだ。
「ひびだな」
刃の中央に、細い黒い線が走っている。
男が手を出し、レオナから剣を受け取った。
「今は剣の方にひびが入った。身体が楽でも、こいつには負担が来とる」
「俺も前のをそれで駄目にした」
ヴァンが言う。
レオナは亀裂を見たまま首を傾けた。
「でも、同じくらいにした」
男の目が上がる。
「一回目と?」
「うん。たぶん」
ヴァンが苦笑した。
「たぶんか」
「同じにしたつもり」
「そこはまだ練習だな」
男はレオナを見たあと、刃の亀裂へ指を当てた。乾いた音とともに先端が落ちる。拾った二つを作業台へ戻し、断面を見比べた。
その横には、ヴァンが大会でもらった剣がある。
「俺のなら、もう少し持つか?」
「あれよりはな。どれくらいかは分からん」
ヴァンが少し考えた。
「試してみるか?」
「嫌だ」
男が即答する。
「俺も嫌だ」
ニナが吹き出した。
レオナは割れた剣を見ていた。
「もっと丈夫なら、もっとできる?」
「できるだろうな」
「作れる?」
男はすぐには答えなかった。
ヴァンの剣を見て、それから割れた細身の剣へ視線を移す。
しばらく二本を見比べたあと、割れた断面を指でなぞった。
「打ち方で詰められるのは、この辺までだな」
ヴァンが聞く。
「なら?」
男は二人を見た。
「お前らが欲しい武器を作るなら、材料から変えないとな」




