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あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第五章

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第31話 剣の先

 男はヴァンの腰の剣へ目を向けた。


「見せろ」


 ヴァンが剣帯を外して作業台へ置くと、男は鞘から抜き、刃を炉の明かりへ傾けた。表と裏を返し、背を指でなぞったあと、柄を握って何度か角度を変える。


「もう使ったか」


「少しな」


「魔力は?」


「通した。ただ、まだ加減してる」


「もっと入れることはあるのか」


「ある。だが、前のを折ったからな」


「入れすぎたか」


「ああ。受けるときにひびが入った」


 男はそれ以上聞かず、もう一度刃を眺めた。


「外で使え」


 工房の奥の戸を抜けると、岩壁に囲まれた細長い空き地があった。太い木材が何本か立てられ、端には欠けた石や折れた柄がまとめて積まれている。


 ヴァンはそのうち一本の前へ立つと、いつものように剣を振った。振り始めには何もせず、刃が木へ届く直前だけ魔力を通す。硬い音とともに刃が食い込んだ。


 男は切り口よりも剣を見ていた。


 もう一度やらせても同じだった。ヴァンが必要な瞬間だけ魔力を通すのを見届けると、男は手を出した。


 剣を受け取り、刃の根元から先まで目を走らせる。


「この使い方なら、まだ余裕はある」


「もう少し入れても平気か?」


「少しならな。前みたいに折りたくないなら、無理に増やす必要もない」


 ヴァンが頷く。


 男はもう一度剣を眺めた。


「かなりいい剣だ」


「ここなら、もっといいのがあると思ったんだがな」


「作れなくはない」


 ヴァンが少し身を乗り出した。


「どれくらい変わる?」


「この材料で詰められるのは、丈夫さと通り方だ。一から打ち直せば、もう少しは変わる」


 工房へ戻ると、男は剣を作業台へ戻した。


「だが、これもよく打ってある。時間を掛けた割には変わらんぞ」


 ヴァンも剣を見る。


「やっぱり、これより上は簡単じゃないか」


「簡単なら苦労しない」


 ギドが横で笑った。


「残念だったな」


「何がだ。いい剣なら困らん」


 そう答えながらも、ヴァンはもう少し何かあると思っていたらしく、剣から目を離すまで少しかかった。


 その隣で、レオナも作業台を見ていた。


「通しやすい剣なら、手で押すより狙いも決めやすい?」


 ヴァンが振り返る。


「使ってみたいのか?」


 レオナは頷きかけて、ヴァンの顔を見た。


「まだ早いぞ。俺の剣は、お前には重い」


「試すだけ」


「木の棒だってまだ練習中だろ」


「振るだけじゃない」


「何するんだ」


 レオナは剣を指した。


「押す」


 ヴァンはしばらくレオナを見ていたが、やがて肩をすくめた。


「試すだけならな。ただし、俺のは駄目だ」


「重いから?」


「それもある」


 男も作業台の剣を手元へ寄せ、それから壁際へ歩いた。何本か並んでいた中から取り出したのは、ヴァンのものよりかなり短く、刃も細い一本だった。


「これなら持てるだろ」


 レオナは両手で受け取った。


 木の棒よりは重いが、ヴァンの剣ほどではない。再び工房の裏へ出て、頭上まで持ち上げ、何もないところへゆっくり振り下ろしてみると、剣先が途中から少し右へ流れた。


 持ち直して、もう一度。


 今度は、ほぼまっすぐ下へ通った。


 ヴァンは口を挟まなかった。


 レオナもそれ以上は繰り返さず、少し離れた木材へ剣先を向けた。その先へ力を使うと、木材がまっすぐ後ろへ揺れる。剣先を左へずらすと、木材の揺れる向きも変わった。


 手首を確かめ直さなくても、切っ先と木材が一緒に見えた。剣先を戻すと、狙いも元へ戻る。


「手だけよりやりやすい」


「剣先で向きが分かるの?」


 ニナが聞いた。


「うん」


 レオナは手にした剣を見る。


「ヴァンは、振るときに魔力を入れてたよね」


「ああ。必要なときだけな」


「じゃあ、振るのと一緒に押したら?」


 ヴァンは眉を上げた。


「俺がやってるのとは違うぞ」


「うん」


「弱くな。振る方まで俺と同じにしなくていい。まず一つずつ試せ」


 レオナは木材から数歩離れ、細身の剣を頭上へ持ち上げた。


 これまで何度も繰り返した動きを思い出しながら、足から身体を動かす。


 剣を振り下ろす。


 剣先の向こうへ細く押し、その場所を落ちていく刃に合わせて上から下へ動かした。


 乾いた音が響いた。


 レオナは剣を止める。


 刃は木材へ届いていない。


 それでも、正面の木材には上から下へ細い切れ目が走っていた。


「え」


 ニナが一歩近づき、ふと足元を見る。


「レオナ、これ」


 地面から顔を出していた石が、二つに割れていた。


 割れ目は木材に残った傷と同じ向きに、まっすぐ入っている。


 ニナは石を見て、それから木材を見た。


 レオナも近づき、石の割れ目と木材の切れ目を見比べた。どちらも、振った剣と同じ向きに走っている。


「できた」


 少し胸を張ると、ニナが笑った。


「自慢してる?」


「うん」


 腕には、それほど大きな力を使った感覚がなかった。剣の動きを追うように、細く通せた。


 男だけは、割れた石にも木材にも近づかなかった。


 レオナの手にある剣を見ていた。


「もう一回やりたい」


 レオナが言う。


 ヴァンが先に答えた。


「同じくらいにしろよ」


「うん」


 少し離れた別の木材へ向き直り、先ほどの感覚を思い出して剣を上げる。


 振り下ろし、その先へ細く押す。


 木材に縦の切れ目が走った。


 その直後、キン、と高い音が響いた。


 手元へ小さな震えが返り、レオナはすぐに動きを止める。


 ヴァンが刃を覗き込んだ。


「ひびだな」


 刃の中央に、細い黒い線が走っている。


 男が手を出し、レオナから剣を受け取った。


「今は剣の方にひびが入った。身体が楽でも、こいつには負担が来とる」


「俺も前のをそれで駄目にした」


 ヴァンが言う。


 レオナは亀裂を見たまま首を傾けた。


「でも、同じくらいにした」


 男の目が上がる。


「一回目と?」


「うん。たぶん」


 ヴァンが苦笑した。


「たぶんか」


「同じにしたつもり」


「そこはまだ練習だな」


 男はレオナを見たあと、刃の亀裂へ指を当てた。乾いた音とともに先端が落ちる。拾った二つを作業台へ戻し、断面を見比べた。


 その横には、ヴァンが大会でもらった剣がある。


「俺のなら、もう少し持つか?」


「あれよりはな。どれくらいかは分からん」


 ヴァンが少し考えた。


「試してみるか?」


「嫌だ」


 男が即答する。


「俺も嫌だ」


 ニナが吹き出した。


 レオナは割れた剣を見ていた。


「もっと丈夫なら、もっとできる?」


「できるだろうな」


「作れる?」


 男はすぐには答えなかった。


 ヴァンの剣を見て、それから割れた細身の剣へ視線を移す。


 しばらく二本を見比べたあと、割れた断面を指でなぞった。


「打ち方で詰められるのは、この辺までだな」


 ヴァンが聞く。


「なら?」


 男は二人を見た。


「お前らが欲しい武器を作るなら、材料から変えないとな」


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