第29話 それぞれのやり方
レオナは木の棒を両手で持った。
「まず振ってみろ」
ヴァンが言う。
レオナは足を開き、先日教わった通りに棒を振り上げた。
そのまま勢いよく振り下ろす。
「でかいな。もっと小さくていい」
ヴァンは横で、ゆっくり棒を振った。レオナが真似すると腰を直され、次には肩へ力が入りすぎだと言われた。言われた通りにするたび、別のところがおかしくなる。
「難しい」
「同じ振り方を何千回も繰り返すんだ。今日は、同じところを通す練習からやろう」
レオナは、ヴァンの棒が通った位置へ自分の棒を重ねた。
「何千回の、一回目か」
「さっきから振ってるだろ。そこは数えとけよ」
レオナは笑い、足を置き直した。
会場の向こうから歓声が上がった。
まだ別の競技が続いている。道具を売る声が飛び、焼いた肉の匂いが風に乗ってきた。
「次は、ここで止めてみろ」
ヴァンが棒の先で宙を示す。
レオナは振った。
止めようとした瞬間、棒の先がぶれ、大きく横へ流れる。
「止まらない」
「最初から止まる奴は少ないよ。今は力を足すな、同じところを通せ」
今度はさっきより少しだけましだった。
「同じところを通して、同じところで止める。まずはそこだ」
レオナは前へ伸びた棒を見る。
「ヴァン」
「ん?」
「これなら、押す場所も決めやすいかな」
「押す?」
「魔力で」
レオナは棒の先を見たまま続ける。
「向きが分かるものを持った方が、狙いやすいかもしれないって言われた」
「剣でか」
「うん」
ヴァンは少し考え、それから笑った。
「そんな使い方、考えたこともなかったな」
「ないの?」
「俺が使うのは、剣を振るときだ。お前の使い方は、お前の方がよく知ってるだろうな」
腰の剣を軽く叩く。
「魔力を通すことはある。受けるときとか、当てるときとか。一瞬だけな」
「その先から押したりは?」
「やったことない」
「そっか」
「魔力のことは俺に聞いても分からん。剣なら分かるぞ」
ヴァンは棒を構え直した。
「振り方と止め方。それなら、できるまで付き合える」
「じゃあ、止める方から教えて。押すときにも使いたい」
「そうしろ。何に使うにしても、まず同じところで止めるんだ」
レオナは棒を振り直した。足から動かすと、今度は肩へ力が入る。ヴァンは横へ立ち、同じ速さで振って見せた。
「ヴァン」
「なんだ」
「いっぱいあるね」
「あるぞ」
嬉しそうだった。
しばらくして、ヴァンが手を上げた。
「今日はそこまで」
「まだできるよ」
「まだできるところで切り上げろ。明日も同じように振れる方がいい」
レオナは少し考えてから、棒を返した。
そのとき、ヴァンの腰の剣が目に入った。
「その剣、丈夫?」
「まあまあだな」
「魔力を入れても?」
「加減すればな。前のは折った」
レオナが顔を上げた。
「折ったの?」
「入れすぎた。受けたときにひびが入って、そのあと駄目になった」
ヴァンは今の剣の鞘を軽く叩く。
「だから、もう少し魔力を通せる剣が欲しくてな」
「それで大会に出たの?」
「ああ。ここの工房が、そういう剣を賞に出すって聞いた」
「勝ったらもらえる?」
「一番ならな」
「ヴァン、一番だったよね」
「結果が変わってなければな」
ヴァンは笑った。
***
昼を過ぎて研究室へ戻ると、石板には黒い煤の跡がいくつも増えていた。
「またやったの?」
「今ので六回目」
ニナが振り返る。
「三回は途中で散ったけど」
「じゃあ三回飛んだ?」
「飛んだ」
少し得意そうだった。
ロイはその横で、昨日レオナが色を変えた石板に顔を近づけている。
「何か分かった?」
「分からないことが増えました」
ロイは嬉しそうだった。
「レオナ、次の見てて」
「うん」
ニナが木屑を寄せ、火をつけた。浮いた火の塊は途中で曲がり、崩れた。
「曲がったところで散ったね」
「じゃあ、まずまっすぐ。曲げるのは、そのあと」
ニナが新しい木屑を置くと、ロイも石板から顔を上げた。
「そういえば、グレイホーンの風なんですが」
「黒牙虎のとき?」
「はい。他にも何かしていませんでしたか」
レオナは考えた。
「分からない」
ロイがニナを見る。
「ニナさんは?」
「風が来たのは覚えてるよ」
「どうやって起こしたかは?」
ニナは眉を寄せた。
「そこまでは見てないなあ」
「見えませんでした?」
「それどころじゃなかったからね」
苦笑する。
「黒牙虎はいるし、私も追い払おうとしてたし。グレイホーンをじっくり見てる余裕なんてなかったよ」
「なるほど」
ロイは紙へ何か書いた。
ニナがその手元を覗く。
「そんなの知りたいの?」
「知りたいですよ。人間がまだ思いついていない使い方をしているかもしれませんから」
「魔物が?」
「ええ」
ニナは少し黙った。
「……そういえば、そんな見方したことなかったな」
「どんな見方です?」
「何をしてるかじゃなくて、どうやってるか」
ロイが顔を上げる。
「それです」
「今までは、危ないかどうかしか見てなかったからね」
ニナは石板に残った煤を見る。
「火だって、ここへ来るまでは普通にやってただけだったし」
自分の指先を見る。
「魔物も、自分では普通にやってるだけで、変なことしてるのかも」
「十分ありえます」
「じゃあ、次に仕事へ行ったとき、ちょっと見てみようかな」
ロイの顔が明るくなった。
「それなら、記録してもらえると助かります」
「記録?」
「何をする前だったか。どこが動いたか。そのあと何が起きたか」
「増えた」
「できる範囲でいいです」
「書いとけばいい?」
「ぜひ」
ニナは笑った。
「逃げるのが先だからね。書くのは、戻ってからだよ」
「もちろんです。忘れたところは、空けておいてください」
ニナは紙を一枚もらい、端へ『場所』と書いた。少し考え、その下に『戻った道』も加えた。
***
夕方、大会の中央広場には、これまでで一番多くの人が集まっていた。
競技に使われていた器具は端へ寄せられ、中央には木で組んだ台が置かれている。
屋台からはまだ煙が上がり、子どもが人の間を走り回っていた。
「表彰だって」
ニナが人の隙間から覗く。
「ニナも呼ばれる?」
「五位だから、どうだろ」
「私は呼ばれたい」
「でしょうね」
大石を動かす競技。
黒石を運ぶ競技。
名前が呼ばれるたび、あちこちから拍手と声が上がった。
やがて、押す力の競技になる。
「一位、レオナ!」
レオナはすぐに前へ出た。
「早いって」
後ろからニナの声がした。
台へ上がる。
上から見ると、思っていたよりずっと人が多かった。
拍手の中に声が混じる。
「十八の人だ!」
「二回目も十三だったぞ!」
レオナは少しだけ胸を張った。
記録を書いた木札と、賞品の入った小さな袋を受け取る。
台を降りると、ニナが待っていた。
「嬉しそう」
「うん。一番は初めて」
レオナは木札をニナへ見せた。九を狙ったことは、札には書かれていなかった。
「そりゃよかったね」
ニナは笑い、札をレオナへ返した。
着火競技では、ニナの名前も五番目に呼ばれた。
「行ってくる」
そう言って立ち上がったニナの足取りは軽かった。
少しして戻ってきたニナの手にも木札がある。
「見せて」
ニナが差し出した木札には、名前と、火がつくまでの時間が書かれていた。ニナは受け取り直して、もう一度その数字を見た。
「次は、もう少し速くつけられるかな」
「明日も出る?」
「明日は練習。火を飛ばす方」
「私も、剣やる」
ニナが頷き、二人はそれぞれの札を袋へしまった。
日が傾き始めたころ、剣競技の結果が読み上げられた。
一位はヴァンだった。
大きな拍手が起こる。
「やっぱり一番だった」
レオナが言う。
「本人が一番驚いてなさそう」
ニナが答えた。
賞品として台へ運ばれてきたのは、飾りの少ない一本の剣だった。
ヴァンは受け取ると、その場で鞘から抜いた。
夕日を受けて、刃が光る。
軽く振り、重さを確かめる。
台を降りたところへ、レオナがすぐ近づいた。
「どう?」
「いいな」
「魔力は?」
「待て待て」
ヴァンは笑いながら、人のいない方へ剣を向けた。
柄を握る手に、わずかに力が入る。
「おお」
「いい?」
「ああ。前のより通しやすい」
ヴァンは満足そうに刃を眺めた。
「これなら、もう少し強く使えそうだ」
「どれくらい?」
「それは試してみないとな」
「壊れるまで?」
「壊れる前にやめる」
ニナも横から剣を覗き込む。
「これで探してたものは見つかった?」
「一応な」
ヴァンはそう言ったものの、刃をもう一度光へかざした。
「ただ、もっと丈夫なのがあるなら見てみたい」
「まだあるの?」
「山の方に、腕のいい鍛冶をする連中がいるって聞いたことがある」
ニナが顔を上げた。
「もしかして、ドワーフ?」
ヴァンが振り返る。
「知ってるのか?」
「行ったことはないけど。ギドさんが今、そっちにいるはず」
レオナがニナを見る。
「ギド?」
「うん」
「行きたい」
「まだ誰も行くって言ってないよ」
ヴァンが笑った。
「俺は行ってみてもいいけどな」
レオナがすぐにヴァンを見る。
「いつ?」
「まずはこいつを少し使ってみてからだ。今の剣も、まだ分かってないことがある」
ヴァンは新しい剣の柄を叩いた。
「分かった」
レオナは頷く。
「じゃあ、それまでに剣を覚える」
「何千回だぞ」
「今日からやる」
レオナは両手を前へ出した。
さっき持っていた木の棒を思い出しながら、ゆっくり振り下ろす。
「腰もだ」
ヴァンが言う。
レオナは元の姿勢へ戻った。
「もう一回」
今度は、足から動かした。




