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あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第四章

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第27話 一瞬の力

 昨日と同じ広場なのに、ずいぶん違って見えた。


 中央にあった大きな板や火をつける台は片づけられ、代わりに地面へ大きな四角が描かれている。その周囲を何重にも観客が囲み、広場のあちこちには剣を腰に下げた者が立っていた。


 レオナは、通り過ぎた男の腰の剣を振り返った。


「みんな、あれ持ってる」


「剣の大会だからね」


「剣って、あんなに長いんだ」


「私に言われても」


 ニナも横を通った別の剣を見ている。


 広場の端では、一人の男が両手で剣を持ち、何度も振り下ろしていた。少し離れたところでは二人が向かい合い、互いの剣をゆっくり合わせながら足を動かしている。


 レオナはそちらへ行きかけたが、中央から大きな声が上がった。


「次、始めるぞ!」


 二人は空いている席を見つけて座った。


 中央へ出てきた男たちは、どちらも刃を潰した剣を持っていた。


「切れないの?」


「たぶん」


「じゃあ当たっても平気?」


「それは痛いんじゃない?」


 係の者が剣を確認し、二本先取だと告げた。


「始め!」


 いきなり高い金属音が響き、レオナの肩が跳ねた。剣を受けた男が押し返し、離れたと思ったところへ、今度は横から刃が飛んでくる。


「速い」


 レオナは身を乗り出した。受けると思ったのに避け、逃げると思ったのに踏み込む。剣が落ちて一本を取られた男も、次には横へ回り、相手の脇へ当てて取り返した。


「今度は、こっち」


「どっち応援してるの?」


「今はこっち」


 ニナが笑った。次の試合では、レオナも剣の来る方向を当ててみた。


「次、上」


 横から来た。


「途中で変えた」


「そうかな。次は下から来そう」


 ニナの言う通り、下から剣が上がった。理由を聞こうとする間にも、次の打ち合いが始まっていた。


 距離を取ったまま、なかなか動かない試合もあった。最初は退屈に見えたが、いつ動くのか待っているうちに、二人ともそこで息を詰めるようになっていた。


 係の者が、次の名前を呼ぶ。


「ヴァン!」


 一人の男が中央へ出てきた。


 レオナは少し首を傾げた。


 ここまで出てきた者の中では、特に大きくない。短く刈った髪には少し白いものが混じり、日に焼けた顔には細かな皺があった。鎧もつけておらず、手にした剣も飾りのない、よく使い込まれたものだった。


 向かいの男のほうが一回り大きい。肩も腕も太く、剣も幅が広かった。


「今度は、あっちが強そう」


 レオナが大きな男を指す。


「まだ言うんだ」


「だって大きいよ」


 ヴァンが剣を抜き、そのまま前へ向ける。


 構えてから、ほとんど動かない。


 レオナも口を閉じた。


「始め!」


 大きな男が一気に間を詰め、両手の剣を頭上から振り下ろした。


 ヴァンは一歩、斜め前へ出た。


 振り下ろされた剣が左肩の横を抜ける。そのときにはもう相手のすぐ脇まで入り込み、下から上げた剣先を喉元へ止めていた。


「一本!」


 歓声が上がる。


 レオナは中央を見たまま瞬きをした。


「一回しか振ってない」


「相手も一回だよ」


 ニナに言われても、レオナはヴァンの足を見ていた。さっきまでいた場所から、もう相手の脇へ移っている。


 二本目が始まる。


 今度は大きな男もすぐには近づかなかった。剣を前へ出し、少しずつ足を動かしてヴァンの様子をうかがっている。


 レオナも身体を少し前へ倒した。


 先に仕掛けたのは、やはり相手だった。


 横から剣が来る。


 ヴァンの剣が上がった。


 ぶつかる、と思った。


 けれど音は小さかった。


 ヴァンは相手の剣を真正面から受けず、横から自分の剣を添えた。触れた一瞬だけ、ヴァンの魔力が剣へ流れる。


 大きな剣の先がわずかに外へ逸れた。


 ヴァンはその内側へ踏み込み、相手の胸へ剣先を当てる。


「二本! ヴァン!」


 また歓声が上がった。


「今の」


 レオナが立ち上がりかけた。


「見えた?」


「剣、ずらした?」


「うん。あと、力使った」


「魔力?」


「一瞬だけ」


 もうヴァンは剣を収めていた。


 レオナは立ち上がった。


「聞いてくる」


「え?」


 ニナが腕をつかんだ。


「待って。知らない人でしょ」


「でも聞きたい」


「大会中だし」


「今ならいるよ」


「そういう意味じゃなくて」


 レオナは腕を抜いた。


「ちょっとだけ」


「レオナ」


 止まらなかった。


 ニナは数歩進むのを見ていたが、結局立ち上がった。


「もう……」


 追いかける。


 ヴァンは広場の端で水を飲んでいた。


「ねえ」


 レオナが声をかけると、すぐに振り向いた。


「おう。どうした?」


「さっきの、どうやったの?」


「さっきの?」


「相手がこうしてきて」


 腕を横に振る。


「それを、こうして」


 もう片方の手をぶつける。


「こう」


 前へ突き出した。


 ヴァンはしばらくその動きを見ていた。


「はは。ずいぶん省略したな」


「分かる?」


「何を聞きたいかは、なんとなくな」


 ニナが少し遅れて追いつく。


「すみません。急に」


「いいよいいよ。見てて気になったんだろ?」


 ヴァンはまるで気にした様子もなく、水筒を腰へ戻した。


「剣が来てからじゃ、あんなに避けられんよ。相手が動き始めたところで、振ってくる方を見てるんだ」


「振る前に分かるの?」


「だいたいはな。肩を見て――いや、肩だけじゃ駄目だな。腰も見る」


 ヴァンは自分の肩を動かしてから、今度は腰をひねってみせた。


「上から振ろうとすれば肩が上がるし、横なら腰が先に回る。まあ、慣れてるやつは肩だけ動かして騙したりもするからな」


「じゃあ、どこ見るの?」


「最初は胸の辺りをぼんやり見てりゃいい。肩も腰も入るだろ。それから足も――」


 そこでヴァンが笑った。


「いや、いっぺんに言っても分からんな。まずは剣だけ追わないことだ」


「私、ずっと剣見てた」


「最初はみんなそうだよ」


 ニナが少し笑う。


「ずいぶん教えてくれるんですね」


「聞かれたからな。分かることなら教えるぞ」


 ヴァンは楽しそうだった。


「じゃあ、二回目のは?」


「あれか」


 ヴァンは剣を少しだけ抜いた。


「真正面から止めると力比べになるだろ。あいつは俺よりでかいから、まともに受けたら面倒だ」


 刃を鞘へ戻すと、鞘ごと斜めに動かした。


「だから、横へちょっと押してやる。剣先がこれだけ外れれば、もう当たらん」


「魔力も使ったよね?」


「よく見てたな」


 ヴァンの顔が嬉しそうに緩んだ。


「ほんの少しだけだ。ずっと入れてると疲れるし、剣も扱いにくくなる。欲しいところだけで使えばいい」


「どのくらい?」


「どのくらいって言われると難しいなあ」


 ヴァンは少し考えた。


「このくらい、って身体が覚えてる」


「私もできる?」


「やってみるか?」


「いいの?」


「もちろん」


 あまりにもあっさり返されたので、ニナが目を瞬いた。


「大会中じゃないんですか?」


「俺の次まで少し空いてる。それに、持ち方くらいならすぐだ」


 ヴァンは辺りを見回し、近くに立てかけてあった練習用らしい木の棒を一本取った。


「ほら」


 レオナへ差し出す。


「剣じゃない」


「初めてのやつに、いきなり剣は渡さん」


 レオナは棒を受け取った。


「こう?」


「手はもう少し離せ。そうそう。肩に力を入れすぎるな」


 ヴァンが横から手の位置を示す。


「じゃあ、一回振ってみろ」


 レオナは大きく振り下ろした。


 棒が勢いよく空を切る。


「おお」


「どう?」


「元気はいい」


「合ってる?」


「全然」


 ヴァンが笑った。


「だから肩に力入れるなって言ったろ。もっと小さくていい」


「もう一回」


「いいぞ。今度は半分くらいで振ってみろ」


 レオナは頷き、また振る。


 さっきよりは小さい。


 それでもヴァンは首を傾げた。


「まだでかいな」


「これで?」


「剣は毎回全力で振るもんじゃない」


 レオナが不満そうに棒を見る。


 ヴァンは横にいたニナへ目を向けた。


「そっちもやるか?」


「え、私は」


「せっかくだ。見てるだけより分かるぞ」


 ニナは少し迷ってから、もう一本の棒を取った。


「じゃあ、ちょっとだけ」


 ヴァンに持ち方を直してもらい、慎重に一度振る。


 棒はずいぶんゆっくり下りた。


「お前さんは、もう少し振っていいな」


「やっぱり?」


「二人足して半分にできればちょうどいい」


「ニナ、全然振ってない」


「レオナは振りすぎ」


 ヴァンが声を立てて笑った。


 次の試合に呼ばれるまで、二人はしばらく広場の隅で棒を振った。


***


 研究所へ戻ったころには、昼をかなり過ぎていた。


 レオナは廊下を歩きながら、まだ手の中に棒があるつもりで何度も振る真似をしていた。


「肩に力入れすぎるな、だって」


「ずっと言われてたね」


「ニナはもっと振れって言われてた」


「私は慎重だっただけ」


 そんな話をしながら研究室へ入る。


 ロイは机に向かい、昨日まではなかった器具をいくつか並べていた。


「おかえりなさい」


「測定器」


 レオナはすぐに机へ寄った。


「できた?」


「作ってはみたんですが」


 ロイの言い方で、あまりうまくいかなかったことは分かった。


「出す力を揃える練習には使えます」


 ロイは器具の目盛りへ指を置いた。


「ただ、同じくらいの魔力を持つ人がいません。どこまで使って何が起きるかは、比べられないんです」


「じゃあ、測れても安全かは分からない?」


 ロイは頷いた。


 レオナは少し考えた。


「ヴァンは、一瞬だけ使ってた」


「ヴァン?」


「剣の人」


 レオナは手で、二本の剣が触れる形を作った。


「ここでだけ魔力を使って、相手の剣をずらしたの」


「ずっと強くしていたわけではない?」


「うん。必要なところだけだって」


 ロイが少し考える。


「なるほど」


 机の上に並べた器具へ目を落とし、それから測定器を端へ寄せた。


「量を測るより、どう使えるかを見たほうがよさそうですね」


「どう使うの?」


「明日、いくつか見せますよ」


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