第27話 一瞬の力
昨日と同じ広場なのに、ずいぶん違って見えた。
中央にあった大きな板や火をつける台は片づけられ、代わりに地面へ大きな四角が描かれている。その周囲を何重にも観客が囲み、広場のあちこちには剣を腰に下げた者が立っていた。
レオナは、通り過ぎた男の腰の剣を振り返った。
「みんな、あれ持ってる」
「剣の大会だからね」
「剣って、あんなに長いんだ」
「私に言われても」
ニナも横を通った別の剣を見ている。
広場の端では、一人の男が両手で剣を持ち、何度も振り下ろしていた。少し離れたところでは二人が向かい合い、互いの剣をゆっくり合わせながら足を動かしている。
レオナはそちらへ行きかけたが、中央から大きな声が上がった。
「次、始めるぞ!」
二人は空いている席を見つけて座った。
中央へ出てきた男たちは、どちらも刃を潰した剣を持っていた。
「切れないの?」
「たぶん」
「じゃあ当たっても平気?」
「それは痛いんじゃない?」
係の者が剣を確認し、二本先取だと告げた。
「始め!」
いきなり高い金属音が響き、レオナの肩が跳ねた。剣を受けた男が押し返し、離れたと思ったところへ、今度は横から刃が飛んでくる。
「速い」
レオナは身を乗り出した。受けると思ったのに避け、逃げると思ったのに踏み込む。剣が落ちて一本を取られた男も、次には横へ回り、相手の脇へ当てて取り返した。
「今度は、こっち」
「どっち応援してるの?」
「今はこっち」
ニナが笑った。次の試合では、レオナも剣の来る方向を当ててみた。
「次、上」
横から来た。
「途中で変えた」
「そうかな。次は下から来そう」
ニナの言う通り、下から剣が上がった。理由を聞こうとする間にも、次の打ち合いが始まっていた。
距離を取ったまま、なかなか動かない試合もあった。最初は退屈に見えたが、いつ動くのか待っているうちに、二人ともそこで息を詰めるようになっていた。
係の者が、次の名前を呼ぶ。
「ヴァン!」
一人の男が中央へ出てきた。
レオナは少し首を傾げた。
ここまで出てきた者の中では、特に大きくない。短く刈った髪には少し白いものが混じり、日に焼けた顔には細かな皺があった。鎧もつけておらず、手にした剣も飾りのない、よく使い込まれたものだった。
向かいの男のほうが一回り大きい。肩も腕も太く、剣も幅が広かった。
「今度は、あっちが強そう」
レオナが大きな男を指す。
「まだ言うんだ」
「だって大きいよ」
ヴァンが剣を抜き、そのまま前へ向ける。
構えてから、ほとんど動かない。
レオナも口を閉じた。
「始め!」
大きな男が一気に間を詰め、両手の剣を頭上から振り下ろした。
ヴァンは一歩、斜め前へ出た。
振り下ろされた剣が左肩の横を抜ける。そのときにはもう相手のすぐ脇まで入り込み、下から上げた剣先を喉元へ止めていた。
「一本!」
歓声が上がる。
レオナは中央を見たまま瞬きをした。
「一回しか振ってない」
「相手も一回だよ」
ニナに言われても、レオナはヴァンの足を見ていた。さっきまでいた場所から、もう相手の脇へ移っている。
二本目が始まる。
今度は大きな男もすぐには近づかなかった。剣を前へ出し、少しずつ足を動かしてヴァンの様子をうかがっている。
レオナも身体を少し前へ倒した。
先に仕掛けたのは、やはり相手だった。
横から剣が来る。
ヴァンの剣が上がった。
ぶつかる、と思った。
けれど音は小さかった。
ヴァンは相手の剣を真正面から受けず、横から自分の剣を添えた。触れた一瞬だけ、ヴァンの魔力が剣へ流れる。
大きな剣の先がわずかに外へ逸れた。
ヴァンはその内側へ踏み込み、相手の胸へ剣先を当てる。
「二本! ヴァン!」
また歓声が上がった。
「今の」
レオナが立ち上がりかけた。
「見えた?」
「剣、ずらした?」
「うん。あと、力使った」
「魔力?」
「一瞬だけ」
もうヴァンは剣を収めていた。
レオナは立ち上がった。
「聞いてくる」
「え?」
ニナが腕をつかんだ。
「待って。知らない人でしょ」
「でも聞きたい」
「大会中だし」
「今ならいるよ」
「そういう意味じゃなくて」
レオナは腕を抜いた。
「ちょっとだけ」
「レオナ」
止まらなかった。
ニナは数歩進むのを見ていたが、結局立ち上がった。
「もう……」
追いかける。
ヴァンは広場の端で水を飲んでいた。
「ねえ」
レオナが声をかけると、すぐに振り向いた。
「おう。どうした?」
「さっきの、どうやったの?」
「さっきの?」
「相手がこうしてきて」
腕を横に振る。
「それを、こうして」
もう片方の手をぶつける。
「こう」
前へ突き出した。
ヴァンはしばらくその動きを見ていた。
「はは。ずいぶん省略したな」
「分かる?」
「何を聞きたいかは、なんとなくな」
ニナが少し遅れて追いつく。
「すみません。急に」
「いいよいいよ。見てて気になったんだろ?」
ヴァンはまるで気にした様子もなく、水筒を腰へ戻した。
「剣が来てからじゃ、あんなに避けられんよ。相手が動き始めたところで、振ってくる方を見てるんだ」
「振る前に分かるの?」
「だいたいはな。肩を見て――いや、肩だけじゃ駄目だな。腰も見る」
ヴァンは自分の肩を動かしてから、今度は腰をひねってみせた。
「上から振ろうとすれば肩が上がるし、横なら腰が先に回る。まあ、慣れてるやつは肩だけ動かして騙したりもするからな」
「じゃあ、どこ見るの?」
「最初は胸の辺りをぼんやり見てりゃいい。肩も腰も入るだろ。それから足も――」
そこでヴァンが笑った。
「いや、いっぺんに言っても分からんな。まずは剣だけ追わないことだ」
「私、ずっと剣見てた」
「最初はみんなそうだよ」
ニナが少し笑う。
「ずいぶん教えてくれるんですね」
「聞かれたからな。分かることなら教えるぞ」
ヴァンは楽しそうだった。
「じゃあ、二回目のは?」
「あれか」
ヴァンは剣を少しだけ抜いた。
「真正面から止めると力比べになるだろ。あいつは俺よりでかいから、まともに受けたら面倒だ」
刃を鞘へ戻すと、鞘ごと斜めに動かした。
「だから、横へちょっと押してやる。剣先がこれだけ外れれば、もう当たらん」
「魔力も使ったよね?」
「よく見てたな」
ヴァンの顔が嬉しそうに緩んだ。
「ほんの少しだけだ。ずっと入れてると疲れるし、剣も扱いにくくなる。欲しいところだけで使えばいい」
「どのくらい?」
「どのくらいって言われると難しいなあ」
ヴァンは少し考えた。
「このくらい、って身体が覚えてる」
「私もできる?」
「やってみるか?」
「いいの?」
「もちろん」
あまりにもあっさり返されたので、ニナが目を瞬いた。
「大会中じゃないんですか?」
「俺の次まで少し空いてる。それに、持ち方くらいならすぐだ」
ヴァンは辺りを見回し、近くに立てかけてあった練習用らしい木の棒を一本取った。
「ほら」
レオナへ差し出す。
「剣じゃない」
「初めてのやつに、いきなり剣は渡さん」
レオナは棒を受け取った。
「こう?」
「手はもう少し離せ。そうそう。肩に力を入れすぎるな」
ヴァンが横から手の位置を示す。
「じゃあ、一回振ってみろ」
レオナは大きく振り下ろした。
棒が勢いよく空を切る。
「おお」
「どう?」
「元気はいい」
「合ってる?」
「全然」
ヴァンが笑った。
「だから肩に力入れるなって言ったろ。もっと小さくていい」
「もう一回」
「いいぞ。今度は半分くらいで振ってみろ」
レオナは頷き、また振る。
さっきよりは小さい。
それでもヴァンは首を傾げた。
「まだでかいな」
「これで?」
「剣は毎回全力で振るもんじゃない」
レオナが不満そうに棒を見る。
ヴァンは横にいたニナへ目を向けた。
「そっちもやるか?」
「え、私は」
「せっかくだ。見てるだけより分かるぞ」
ニナは少し迷ってから、もう一本の棒を取った。
「じゃあ、ちょっとだけ」
ヴァンに持ち方を直してもらい、慎重に一度振る。
棒はずいぶんゆっくり下りた。
「お前さんは、もう少し振っていいな」
「やっぱり?」
「二人足して半分にできればちょうどいい」
「ニナ、全然振ってない」
「レオナは振りすぎ」
ヴァンが声を立てて笑った。
次の試合に呼ばれるまで、二人はしばらく広場の隅で棒を振った。
***
研究所へ戻ったころには、昼をかなり過ぎていた。
レオナは廊下を歩きながら、まだ手の中に棒があるつもりで何度も振る真似をしていた。
「肩に力入れすぎるな、だって」
「ずっと言われてたね」
「ニナはもっと振れって言われてた」
「私は慎重だっただけ」
そんな話をしながら研究室へ入る。
ロイは机に向かい、昨日まではなかった器具をいくつか並べていた。
「おかえりなさい」
「測定器」
レオナはすぐに机へ寄った。
「できた?」
「作ってはみたんですが」
ロイの言い方で、あまりうまくいかなかったことは分かった。
「出す力を揃える練習には使えます」
ロイは器具の目盛りへ指を置いた。
「ただ、同じくらいの魔力を持つ人がいません。どこまで使って何が起きるかは、比べられないんです」
「じゃあ、測れても安全かは分からない?」
ロイは頷いた。
レオナは少し考えた。
「ヴァンは、一瞬だけ使ってた」
「ヴァン?」
「剣の人」
レオナは手で、二本の剣が触れる形を作った。
「ここでだけ魔力を使って、相手の剣をずらしたの」
「ずっと強くしていたわけではない?」
「うん。必要なところだけだって」
ロイが少し考える。
「なるほど」
机の上に並べた器具へ目を落とし、それから測定器を端へ寄せた。
「量を測るより、どう使えるかを見たほうがよさそうですね」
「どう使うの?」
「明日、いくつか見せますよ」




