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あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第四章

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第26話 狙った力

 係の者たちが板を元の線まで引き戻すと、参加者の男がもう一度その前へ立った。


「二回目!」


 合図とともに、板を支えた木組みが二本の溝を滑っていく。


「9.1!」


 一回目は9.3だった。


「ちょっと下がった」


 レオナが呟いたところへ、ロイが戻ってきた。


 出場は認められたらしい。ただし、最初から全力は出さず、今の参加者と同じくらいを狙うこと。念のため、装置も確認してもらったという。


「じゃあ、出ていい?」


「ええ。できるだけ抑えてくださいね」


「分かってるって」


 レオナはもう中央の板を見ていた。


 そのあとも何人かが挑戦し、最高記録は11.6まで伸びた。


 係の者がこちらを向いた。


「次! レオナ!」


 レオナは立ち上がった。


 中央へ出てみると、板は客席から見ていたよりずっと大きい。人の背丈を越える板が太い木組みに固定され、その全体が二本の溝の上に載っていた。係の者たちは、レオナが来る前から留め具や木材を念入りに確認している。


「そんなに見なくても大丈夫だよ」


 近くにいた男が顔を上げた。


「ロイが念のため見ろって」


 客席の端を見ると、ロイと目が合った。


 笑っている。


「もう」


 レオナは板へ向き直った。


 さっきまでの参加者は9くらいで、今の女が11.6。


 自分は9くらいを狙えばいい。


「最初は抑えてくれよ」


「分かってるって」


 係の男が片手を上げると、広場の声が静まっていった。


「始め!」


 レオナは、少しだけ力を出した。


 次の瞬間、板を支える木組みが弾かれたように後ろへ走った。二本の溝を一気に滑り、木材の軋む音が広場に響く。後方にいた係の者たちが、慌てて左右へ退いた。


 レオナが手を止める。


 板は、さっきの女よりずっと後ろで止まっていた。


 なぜか、客席が静かだった。


「……壊れた?」


「いや。待ってくれ」


 係の者たちが木組みを確かめ、それから目盛りへ集まった。一人が数字を見て、隣の者を呼ぶ。


「……合ってる」


 ようやく顔を上げた。


「18.7!」


 一瞬遅れて、広場が沸いた。


「十八?」


「誰だ、あれ!」


「板、大丈夫なのか!」


「大丈夫だ!」


 係の者の返事に、今度は笑いまで起こる。


 けれど、レオナは数字のほうが気になった。


「18.7?」


 9くらいのつもりだった。


 全然違う。


 客席の端では何人かが立ち上がっている。腰に工具を下げた男や、板を抱えた若者。さっき、五つの石を動かした女を囲んでいた者たちもいた。


「あ。また来た」


 ニナも気づいたらしい。


 何人かがすでに競技場の端へ動き始めていたが、ロイはそちらには目も向けず、記録板へ何かを書き込んでいる。


「レオナ、抑えたんだよね?」


「抑えたよ!」


 答えると、近くから笑いが起きた。


「ほんとなのに」


 係の者たちが板を元の位置へ引き戻す。


 二回目は、さっきよりずっと弱くした。木組みは一回目より手前で止まり、レオナは少し安心した。


「13.2!」


「……あれ?」


 弱くはなった。


 でも、さっきの人たちよりまだ遠い。


 客席ではまた歓声が上がっている。二回とも、それまでの最高記録を上回っている。


 それなのに、レオナには二回目のほうが失敗に思えた。


 競技場を出ようとすると、先ほど立ち上がった者たちが寄ってきた。


「少しいいか?」


「今の力、いつから――」


「すみません、測定がまだ終わっていません。今お話しすると、二回目の条件を忘れてしまうので」


 ロイが間に入り、そのままレオナを連れ出した。


 ニナのところまで戻ると、レオナは記録板を覗き込む。


 18.7と13.2。


「下げることはできていますね」


 ロイが言った。


「でも、狙ったところじゃない」


「ええ」


「最初は、どんな感じで出しました?」


 ロイは二つの数字を見比べた。


「少し。二回目は、もっと少し」


「あなたの中では、まだその二つなんですね」


 レオナは言い返そうとして、止まった。二つの数字を見ても、どこまで弱くすれば九になるのか、思い出せなかった。


「ロイなら、狙ったくらいにできる?」


「ある程度は」


「18.7も?」


「そこまで動かす力は出せません」


 レオナは顔を上げた。


「強さなら、私の方が上なんだ」


「ええ。でも、九を狙って十三では、九で済む仕事にも余分に使ってしまいます」


 レオナは二つの数字へ指を置いた。弱くするつもりではいた。それでも、自分の身体が壊れるほど使ったときと、出し方は同じだった。


「……それ、また死ぬやつ?」


「可能性はありますね」


「それは困る」


 レオナは十三の数字から、最初に狙った九まで指を戻した。


「次は、九くらいで止めたい」


「そのためにも、どのくらい出しているのか見えるようにしましょう」


 ロイは記録板を閉じた。


 広場の中を歩いていると、少し離れた場所から短い歓声が上がった。


 細長い台がいくつも並び、その上に同じ大きさの乾いた草と細い木片が置かれている。


 一人の女が台の前へ立った。


 合図。


 草の中央から煙が上がり、すぐに小さな炎へ変わる。


「2.4秒!」


 周囲から拍手が起きた。


「火?」


 ニナが足を止めた。


 次の参加者は少し手間取った。煙が何度か上がり、ようやく炎になったところで記録が読み上げられる。


「3.8秒!」


 レオナはしばらく競技を見てから、隣を向いた。


「これ、ニナ出れば?」


「なんで私?」


「火つけるの早いじゃん」


 ニナが目を瞬く。


「ここまで来る途中も、ずっとニナがつけてたし」


「焚き火でしょ」


「火は火じゃん」


「大会に出るほどじゃないよ」


「じゃあ比べればいいじゃん」


 レオナが言うと、ニナは競技台へ視線を戻した。


 また一人、火をつける。


「3.5秒!」


「……別に出てもいいけど」


「出るんじゃん」


「レオナに言われたからね」


 そう言いながら、ニナはもう受付のほうを見ていた。


 参加するのに特別な資格はいらなかった。


 用意された火口はどれも同じで、乾いた草を丸め、その上に細い木片を重ねてある。合図から炎がはっきり立つまでを測るらしい。


「いつも通りでいいのかな」


 ニナが台の前で呟く。


「いつもどうしてるの?」


「どうって……火をつけてるだけ」


「それが分かんないんだけど」


「私も説明できないよ」


 係の者が合図の準備に入った。


 ニナが火口を見る。


 旅の途中でも、野営の火を起こすときは大抵こんな顔をしていた。手をかざし、少し待つ。乾いた草の奥が赤くなると、そのまま小さな炎が広がっていく。


「始め!」


 ニナが片手を向けた。


 草の奥から細い煙が立つ。


 ほとんど間を置かず、中心が赤くなって炎が上がった。


「2.9秒!」


 周囲から少し大きめの拍手が起きた。


 ニナは火を見たままだった。


「……速い?」


 係の男が笑う。


「今日なら今のところ五番目だ」


「五番目?」


 ニナがようやく顔を上げた。


 レオナは先に笑った。


「やっぱり速いじゃん」


「知らなかった」


「毎日やってたのに?」


「ほかの人と比べたことないもん」


 戻ってきたニナに、ロイが尋ねた。


「よく火をつけるんですか?」


「旅だと、だいたい私」


「なるほど」


 ロイはまだ燃えている火口を見る。


「最初から狭いところに熱が集まっていました。ずいぶん慣れていますね」


「そんなこと考えてないけど」


「でしょうね。だから面白いんです」


「何が?」


「考えなくてもできるくらい、やってきたということですから」


 ニナは自分の手を見る。


「物を浮かせるのは全然できないのに」


「得意なことは、人によって違いますから」


「魔法でも?」


「ええ」


 ニナは少し考えてから、もう一度、自分が火をつけた台を見た。


 それ以上ロイは説明せず、三人で広場を抜けるほうへ歩き出した。


 出口の近くには、大きな板に明日以降の競技が書き出されていた。


 レオナの目が、その中の一つで止まる。


「明日、剣だって」


 ニナも板を見る。


「見る?」


「見る」


 返事は早かった。


「ロイも?」


「僕は明日は行けませんね」


「なんで?」


「仕事があります。それと、レオナさんの測定器ができたそうなので、調整の様子を見に行ってきます」


 レオナが振り返った。


「もうできたの?」


「ええ。一応は。まだ調整が必要だと思いますけど」


「じゃあ、私がどのくらい出してるか分かる?」


「それを確認してきます」


 レオナは少し迷ってから、もう一度予定表へ目を戻した。


「……でも剣も見る」


「そっちは逃げないよ」


 ニナが笑う。


「じゃあ私たちは、こっち」


「だね」


 二人は並んで予定表を見上げた。


 広場の向こうでは、まだ今日の競技の歓声が続いていた。


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