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あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第四章

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第25話 競う町

 広場へ近づく前から、人の声が聞こえていた。


 数日前に通ったときには、太い木材を担いだ職人たちが行き交っていた場所だった。それが今日は、道の途中からすでに人の流れができている。子どもを連れた家族もいれば、腰に工具を下げた職人、荷物を背負った旅人らしい姿も混じっていた。


 その流れについて角を曲がると、広場の入口が見えた。


 同時に、焼いた肉の匂いがした。


 人の流れに沿って歩いていたレオナの足が、横へ逸れる。


「レオナ、そっちじゃないよ」


 ニナに呼ばれて、レオナが振り返った。


「分かってる。あれだけ」


 指した先では、薄く切った肉を鉄板の上へ並べていた。隣には平たいパンが積まれ、そのさらに向こうでは赤い実を煮たものを木の器へよそっている。


「大会、始まるよ」


「食べながら行く」


「もう買う気なんだ」


 ニナも結局、レオナについて人の流れを外れた。


 食べ物の店に混じって、細い台の上へ小石を並べた屋台もある。子どもが台へ手を向け、一つを転がした。


「動いた!」


「今、指で押しただろ」


「押してない!」


 店番の男が笑いながら、石を元の位置へ戻している。


 少し先まで歩いていたロイも、二人がついてこないことに気づいて戻ってきた。


「どうしました?」


「レオナが買うところ。食べながら行くって言うから、連れていくしかないね」


「食べながら行くよ」


「ああ。それなら僕も」


「ロイまで?」


「朝からあまり食べてないので」


 三人で肉を挟んだパンを買い、今度こそ広場へ向かった。


 まだ熱い。


 レオナが端をかじったところで、前方から大きな声が上がった。


「八!」


 続いて、腹に響くような音がした。


 どん、と地面が揺れる。


 レオナはパンを持ったまま顔を上げた。


「始まった?」


「だから言ったでしょ」


 ニナの足が速くなる。


 広場は、数日前とはまるで違っていた。


 中央を囲むように何段もの座席が組まれ、その外側まで人が立っている。入口の左右には食べ物の店だけでなく、小さな魔石や金具、細い棒、見たことのない道具まで並んでいた。


 また歓声が上がる。


 三人は人の間を抜け、中央が見える場所まで進んだ。


 地面には一本の線が引かれ、その先へ太い杭が等間隔に並んでいる。


 線の前にあるのは、腰ほどの高さまである四角い石だった。


 一人の男が、その前へ立つ。


「始め!」


 係の声と同時に、男が両手を突き出した。


 石が地面から跳ねた。


 土を蹴り上げながら前へ飛び、数歩先へ落ちる。鈍い音とともにもう一度跳ね、土煙の中を転がって止まった。


 前の方の客が顔を背け、子どもたちは笑っている。


 記録係だけは慣れた様子で石へ駆け寄った。


「7.5!」


 広場が沸いた。


「去年より行ったぞ!」


「いや、去年の石より軽いだろ!」


「同じだよ!」


 あちこちから声が飛ぶ。


 レオナは手に持ったパンを食べるのも忘れて、石を見ていた。


「すごい」


「これは見栄えがしますね」


 ロイも楽しそうに眺めている。


 係の者たちが石を元の位置へ戻す。


 次に出てきたのは、先ほどの男よりずっと小柄な女だった。


 客席の一角から、急に声が上がった。


「今年も出るのか!」


「去年の一番だぞ!」


 女は聞こえているのかいないのか、石の前に立ったまま片手を伸ばした。


 合図が出る。


 石は跳ねなかった。


 地面を擦りながら、ゆっくり動き始める。


「あれ?」


 レオナが首を伸ばした。


 速くはない。それでも止まらず、一つ目の杭、二つ目、三つ目と進んでいく。先ほどの男の石が止まった場所へ近づいても、まだ動いていた。


 観客の声が少しずつ大きくなる。


「七!」


「まだ行くぞ!」


 八本目を越えたところで、ようやく石が止まった。


 女が大きく息を吐く。


「8.2!」


 広場中から拍手と歓声が上がった。


 レオナも手を叩きかけて、まだパンを持っていたことに気づいた。


「最初の人の方が、どんってなったのに」


 レオナは八本目の杭を越えた石を見た。


 ロイは二人の参加者を見比べていた。


「一度に出した力なら、たぶん最初の方でしょうね」


「なのに負けた?」


「この競技では」


「なんで?」


「さあ」


 レオナが横を見る。


 ロイはまだ競技場を見ている。


「二人の記録を比べたいですね。力以外に何が違ったのか、この結果だけでは分かりません」


「分からないんだ」


「分からないから面白いんですよ」


 その後も、石が飛び出すたびに観客の声が上がった。大きく跳ねて距離を失う石も、低く滑って杭を越える石もあった。


 レオナは次の参加者が出てくるたび、今度はどう動くのかと石を見るようになっていた。


 やがて競技が終わり、中央の大石が運び出される。


「次まで少しかかりますよ」


 ロイが言った。


 レオナは広場の外へ目を向けた。


「あっち見てくる」


「また食べるの?」


「それも」


 三人で屋台の方へ戻り、赤い実を煮たものを買った。隣の店では、次の競技に出る女の記録を客たちが予想している。


「去年は四つやったぞ」


「今年は五つか?」


 レオナは木匙を口へ運びながら声のする方を見た。中央で台の組み替えが終わると、ニナに袖を引かれ、客席へ戻った。


***


 中央には、低い台がいくつも並んでいた。


 その上には、黒と白の小さな石が入り混じって置かれている。向こう側には丸い印が五つ描かれていた。


「黒いのを、あそこまで?」


 ニナが聞く。


「見れば分かると思いますよ」


 ロイが答える。


 最初の参加者が台の前に立った。


 手を向けると、黒い石が一つ動く。


 そのすぐ隣にあった白い石も、わずかに揺れた。


 係の者が板へ何かを書きつける。


「あ。白いの動かしたら駄目なんだ」


「そのようですね」


 参加者は一つ目の黒い石を丸の中へ入れた。


 二つ目。


 今度は慎重になりすぎたのか、なかなか動かない。ようやく進み始めたところで、別の白い石が弾かれた。


 客席から惜しむ声が上がる。


 何人かが続いた。


 一つずつなら正確に運べる者。二つ同時に動かそうとして、周りまでまとめて散らしてしまう者。


 レオナはいつの間にか食べる手を止めていた。


 森で木の実を並べていたころより、みんなずっと上手い。それでも、いくつも同時に動かすところまではなかなかいかない。


 次の参加者が出てきたとき、客席がざわついた。


 さっき屋台で話題になっていた年配の女だった。


 台の前で手を上げると、五つの黒い石が一斉に浮いた。


「え」


 レオナが器を持ったまま身を乗り出した。


 石は五方向へ散った。


 一つが白い石の間を真っすぐ抜け、その横では別の一つが大きく回り込む。二つが互い違いに進んでも、ぶつからない。五つの黒い石は白い石に触れず、別々の道を通って、ほとんど同時に丸の中へ落ちた。


 一瞬遅れて、歓声が上がった。


 レオナは丸の中の石を見た。


「……私、一個でもあんなに曲げられない」


「今は難しいでしょうね」


 ロイが言う。


 ニナがロイを見る。


「ロイはできる?」


「できますよ」


 あまりに普通に答えるので、ニナが少し黙った。


「五個、同時に?」


「ええ」


「簡単に言うね」


 ロイは少し考えた。


「こういうことを色々試していたら、いつの間にかできるようになっていました」


「それ、できる人の言い方だよ」


「そうですか?」


 レオナは台を見た。


 五つ。


 一つでも、周囲を巻き込まないようにするのに苦労した。


「ロイは、何個までできる?」


「数えたことがないんです。この大きさなら、先に並べる場所がなくなりそうですね」


 レオナは、台に残った白い石をもう一度見た。一つだけを動かすのに苦労した朝が、ずいぶん前のことに思えた。


 競技を終えた年配の女が台を離れる。


 すると、客席の端から何人かが一斉に立ち上がった。


 腰に工具を下げた男。きちんとした服を着た女。板を抱えた若者。


 競技場から出てきた女を囲み、すぐに話を始める。


「今の、金属でもできるか?」


「その前に一度、うちで測らせてください」


「うちなら材料も出せる」


「去年もそう言って連れていっただろ」


「声をかけるのが遅いんですよ」


 囲まれた女は、困るどころか慣れたように笑っていた。


「……取り合ってる」


 ニナが言う。


「たまにああなります」


「大会なのに?」


 ロイは少し首を傾げた。


「大会だからですよ」


 その先では、さっき大石を遠くまで動かした女も別の集団に囲まれていた。何かを書いた板を見せる者がいて、その隣では工房の名らしいものを何度も口にしている。


 改めて客席を見ると、記録板を持った人間があちこちにいた。


「仕事を探しに来る人もいるの?」


「仕事の方が、人を探しています。あの板を持った人たちは、そちらでしょうね」


 ロイはそれだけ言って、次の競技場へ目を向けた。


 中央では、小石を並べた台が片づけられている。


 代わりに運び込まれてきたものを見て、レオナもそちらを向いた。


 大きな木の板だった。


 人の背丈より高く、裏には何本もの太い木材が組まれている。板の前には一本の線が引かれ、後ろでは係の者たちが長い目盛りを確かめていた。


 客席も少し騒がしくなる。


「今度は?」


 レオナが聞く。


 ロイが競技表を見る。


「ああ。押す力ですね」


「どのくらい押したか分かる?」


「ある程度は。後ろの仕掛けで測ります」


 レオナは板を見る。


 力を出すこと自体なら、何度もやってきた。


 けれど、それがどのくらいなのかは、まだ分かっていない。


「出たい」


 ロイがレオナを見る。


「出てもいい?」


「もちろんです」


 そう答えてから、ロイは大きな板へ目を移した。


 裏側の木組みを見る。


 係の者たちを見る。


 もう一度、レオナを見る。


「……少し待ってください」


「だめ?」


「いえ。出るのは構いません」


 ロイは広場の中央へ向かって歩き始めた。


「どこ行くの?」


「少し仕事をしてきます」


「仕事?」


 ロイは振り返らなかった。


「壊れないか確認する仕事です」


 ニナが吹き出した。


 レオナは大きな板を見た。


「そんなに?」


「ロイが確認するくらいにはね」


 レオナは大きな板を見た。自分がどのくらい出しているのかは、まだ分かっていない。まずは、あの人と同じくらいにしてみようと思った。


 中央では、最初の参加者が線の前へ立った。


 観客の声が少しずつ静まっていく。


 係の男が片手を上げる。


 レオナは器に残っていた最後の実を口へ入れ、空になった器をニナへ渡した。


「持ってて」


「もう出る気じゃん」


「うん」


 係の手が振り下ろされた。


 参加者が両手を突き出す。


 大きな音とともに板が後ろへ揺れた。


 観客から歓声が上がる。


 係の者が目盛りを確かめた。


「9.3!」


 また声が沸いた。


 レオナは揺れの残る板を見た。


「9.3か」


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