第24話 測れない
レオナは、渡された小さな魔石を指先でつまんだ。
「これに入れるの?」
「ええ」
レオナが石へ手を添えかけたところで、ロイがそれを取り返した。
「……やはり、これは小さすぎますね」
「さっき、少しだけって」
「そのつもりでしたが、やめておきましょう」
ロイは棚の奥から、両手で持つほどの青黒い魔石を運んできた。机の中央へ置き、その脇に目盛りの刻まれた板と、細い針のついた器具を並べる。
「試験に使うものの中では、かなり大きい方です。まず、これを満たす速さを見ます」
「全部入れる?」
「ええ。ただし、力は抑えてください。いっぱいになったと思ったら、すぐ止める」
「分かった」
レオナは石へ手を添えた。
力を流す。
石の奥に青い光が浮かび、それが一気に全体へ広がった。
「入った」
「はい?」
ロイはまだ器具を見ていた。
「もういっぱい」
レオナが手を離す。
ロイは石を取り上げ、光を確かめた。次に目盛りを見る。もう一度、石を見る。
「……針が追いつきませんでした」
「入れすぎた?」
「量ではなく、速さです。この針では、あなたが入れ終わるところまで取れませんね」
ニナが横から石を覗き込む。
「それ、かなり大きいんじゃない?」
「大きいです。普通なら、もう少し仕事をしてくれるんですが」
ロイは器具の針を戻した。
「これはあとで作り直しましょう」
「もっと大きい石を使う?」
「大きさを変えるより、つないでみましょう。一つでは受け切れないなら、数を増やす方が早い」
ロイは棚から木箱を下ろした。同じくらいの大きさに削られた魔石と、見慣れない留め具が並んでいる。
ニナが木箱を覗き込んだ。
「石と石を? 離れてても?」
「ええ。二十五年前の鉱山事故で、離れた鉱石へ力が伝わりました。なら、切り出した石でもできるかもしれない。それで、つなぎ方を調べたんです」
ロイは魔石を細長い台へ並べた。
「ふうん」
レオナが並んでいく石を眺める。
ロイの手が止まった。
「ああ」
「何?」
「そういえば、あなた、その事故にいたんでしたね」
「いたよ」
「死んだやつ」
「ええ、それです」
ロイはあっさり頷くと、次の石を固定した。
「そのときの話も、あとで詳しく聞かせてください」
「今じゃないんだ」
「その話も聞きたいですが、先にこの針です。今の速さを取り逃がしたままでは、気になります」
ニナが小さく笑った。ロイはもう次の接続部を留めていた。
十個ほどの石が一列につながる。
「さっきは速さを見ました。今度は量です」
ロイが端の石を示した。
「ただし、さっきよりずっと弱く入れてください」
「同じ速さで入れたら?」
「壊れたら、続きを測れないでしょう」
ロイは接続部を軽く叩いた。
「石も、台も。あなたも壊れると困ります」
「私、最後なんだ」
「全部、続きに必要ですから」
悪びれる様子はなかった。
レオナは端の石へ手を置き、今度は流す量を意識して抑えた。
端の石から順に光が満ちた。ロイは接続を確かめながら空の石を追加し、途中からニナも棚の箱を運んだ。
「苦しくないですか?」
「平気」
流す量は変えなかった。最後の箱まで空になり、つないだ石がすべて光ったところで、ロイが手を上げる。
「止めてください」
レオナは力を切り、肩を回した。
「ちょっと疲れた。でも、まだ入れられるよ」
ロイは記録板を見た。レオナの限界を示す線は、引けないままだった。
「困りましたね。石も器具も足りません」
ニナが、満ちた魔石を一つ持ち上げる。
「私もやってみたかったな」
「空の石がありませんね」
「全部使ったからね」
「次はニナの分、残してね」
レオナが言うと、ロイは空になった箱を見た。
「そうしましょう」
ロイは記録板へ一言書き足し、机の空いたところへ小さな木片を置いた。
「今度は、この木片を浮かせてみてください」
「魔力で?」
「ええ。二十年前には発表されているんですが」
「聞いたことないよ」
ニナが机へ顔を寄せた。レオナは木片へ手を向けた。
しばらく見つめる。
押す。
木片が机の上を勢いよく滑り、そのまま端から飛び出した。
床へ落ちる。
「……もう一度やりましょうか」
「うん」
木片を拾って戻す。
レオナは少し考えた。
「上に行けばいいんだよね」
「上へ飛ばすんじゃなくて、そこで止めてください」
「止める?」
「ええ」
レオナは木片を見つめた。
今度は上へ力を送る。
木片が勢いよく跳ね上がり、弧を描いて壁に当たった。
床へ落ちる。
レオナは床へ落ちた木片を見た。
「上へは行ったけど、止まらないね」
ニナが拾って机へ戻すと、ロイは記録に短く書き込んだ。
「では、押す方を見ましょう」
今度は小さな木片を三つ、等間隔に並べる。
レオナはそれを見て眉を上げた。
「これ、森でやった」
「聞いています。真ん中だけ、少し動かしてください」
広めの間隔では、真ん中だけが問題なく滑った。
ロイは何度か三つの距離を詰め、そのたびに同じことを繰り返させた。
あるところで、中央が動くと同時に右側もわずかに揺れた。
ロイは隣が揺れ始めた間隔を記録した。
そのまま何かを書き足そうとして、手が止まる。
「……変ですね」
「何が?」
「黒牙虎のときです」
ロイが顔を上げた。
「ネラ先生の手紙では、かなり近くに別の大きな相手がいたのに、黒牙虎だけを吹き飛ばした、と」
「グレイホーン」
「そう、そのグレイホーンです」
ロイは机の上の木片を見る。
「それなら、今の結果とは少し合わない」
「でも、できたよ」
ロイは記録板へ印をつけ、レオナへ向き直った。
「黒牙虎のどこを狙ったんです?」
「肩」
「そのとき、どのくらい狭くしようとか考えました?」
「してない」
「では、何を?」
レオナは少し考えた。
「黒牙虎だけ飛ばしたかった」
「グレイホーンは?」
「動かしたくなかった」
「それだけ?」
「うん」
ロイは木片と記録板を見比べた。
レオナは机の先を指した。
「どこまで飛ばすか、決めてもいい? 森では、グレイホーンから離したかったんだ」
ロイは三つを先ほど失敗した間隔へ戻し、その先へ一本の線を引いた。
「これだけを、あの線の向こうまで飛ばしてください。左右は動かさない」
ロイが中央の木片を指した。距離を詰め直すのではなく、行き先を決めたのだった。
レオナは線を見てから、中央の木片、そのすぐ横にある二つへと視線を移した。
森で重なった黒い肩と、灰色の背中が一瞬だけ浮かんだ。
一つだけ。
押す。
中央の木片が勢いよく滑り、線を越えた。
右の木片が、ほんの少し震えた。
さっきより小さい。
ロイが身を乗り出す。
「もう一度」
「やっぱりやるんだ」
「もちろんです」
並べ直す。
同じ条件でもう一度。
中央だけが飛び、今度は隣がほとんど動かなかった。
「面白いですね」
ロイがすぐに書き込む。
「何が?」
ニナが聞く。
「まだ分かりません」
「分からないのに嬉しそうだね」
「分からないからですよ」
ロイは記録板から顔を上げた。
「指示を変えたら、隣が動かなくなりましたね。もう少し比べたいところです」
レオナは線の向こうの木片を拾った。
「行き先が決まってる方が、やりやすかったよ」
ロイはネラの手紙を開き、二つの間隔を記録板へ並べた。今の方が、ずっと近かった。
レオナは木片を戻し、もう一度、同じ線まで飛ばした。自分の力なのに、言われ方を変えるだけで、できることまで変わった。
「これなら、覚えられそう」
ロイはその言葉も書き留め、記録板を閉じた。
「続きは道具を作ってからですね」
「もっと大きい石?」
「石だけでは足りません。接続も変えたいし、台も強くしたい。さっきの速さをちゃんと取れる器具も必要です」
「注文なら今日できます。調整まで、数日は見てください」
ロイは器具の針を外し、箱へ収めた。レオナも木片を拾い集め、次に使えるよう皿へ戻した。
ニナは肩を回した。
「じゃあ、その間どうする?」
レオナは少し考えた。
リードへ入ってから見たものが、いくつも浮かぶ。
水を移していた男。
石を並べて数字を叫んでいた人たち。
そして、大きな広場。
「あ」
「何?」
「大会」
ニナも思い出したように顔を上げる。
「そういえば、やるって言ってたね」
ロイが記録板をしまう手を止めた。
「……ああ。そういえば、ちょうどいいですね」
「何するの?」
「いろいろありますよ。見れば分かります」
「見たい」
レオナが言うと、ニナも頷いた。空になった魔石の箱を棚へ戻しかけ、ロイの前へ置き直す。
「私の分は、小さい石でいいよ。何個まで入るか、やってみたい」
ロイは箱の蓋に、追加する石の数を書きつけた。




