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あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第四章

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第23話 測る町

 初期の魔力研究では、誰がより多くの魔力を石へ込められるのか、どの石がより長く力を保つのかといった、人と魔石の比較が主に行われていた。


 やがて各地から記録が集まり、同じ試験が繰り返されるようになると、関心はそこで起きている現象そのものへ向かっていく。


 成功した結果だけでなく、用いた物、距離、身体の動かし方、試した時間、失敗した条件までが残された。説明はまだ土地や研究者によって違っていたが、手順は残った。


 一人が試し、別の者が繰り返す。失敗すれば条件を変える。


 同じことをすれば、同じことが起きるのか。


 後世に「魔法」と総称される技術体系は、その問いを繰り返した者たちの手から生まれた。


***


 道の端に、まっすぐな線が引かれていた。


 その上には、同じくらいの大きさに削られた石が五つ並んでいる。


 一つが浮き、少し離れた男が板へ何かを書き込む。石が落ちると、今度は隣の石が浮いた。


「……何してるんだろう」


 レオナが足を止めた。


「さあ」


 ニナは歩きながら石の列を振り返る。


「二十七!」


 どこかで声が上がった。


 少しして木のぶつかる音が三度続き、その向こうから今度は「もう一度」と聞こえてくる。


 レオナは石の列をもう一度見たが、ニナが先へ行ってしまったので追いかけた。


 研究都市へ入ってから、これで三度目だった。


 道はよく整えられていたが、町並みそのものはハルから大きく離れてはいない。荷車が通り、軒先では野菜や肉が売られ、二階の窓から干した布が垂れている。


「三十一」


 今度はすぐ近くだった。


 レオナが振り向く。


 少し先の広場に、数人の男女が集まっていた。


 中央には二つの桶が離して置かれ、その間の地面には、細かな印を刻んだ長い棒が寝かされている。


 片方の桶の前には、四十を過ぎたくらいの男が立っていた。袖を肘までまくり、腰には紐や細い棒、小さな袋をいくつも下げている。


 その後ろに三人。一人は板と筆を持ち、一人は長い棒の脇へしゃがみ、もう一人は水の入った桶を抱えて待っていた。


 男が片手を上げる。


 水面が揺れた。


 中央がゆっくり盛り上がり、そのまま桶の縁より高くなる。それでも崩れず、細い首のように伸びた水が桶から離れた。


「……浮いてる」


 レオナが呟く。


 先へ行きかけていたニナも足を止めた。


 水は丸くまとまらず、細長く形を変えながら隣の桶へ進んでいく。途中で何滴も落ちたが、大半は宙に残っていた。


 あと少しというところで形が崩れ、ばしゃりと地面へ落ちる。


 棒の脇にいた女が、すぐに目盛りを確かめた。


「前回より十二指先です」


 記録を持った男が筆を動かす。


 中央の男は濡れた地面をしばらく見つめた。


「力は増やさない。次は移す位置だけを少し前へ。前半は今のでいい」


 助手たちが水を戻し、桶の位置を確かめる。


「次で三十二です」


「三十二回?」


 レオナが聞くと、記録を持った若い男が一度だけこちらを見た。


「今日は」


 すぐに板へ視線を戻す。


 ニナが小さく息を漏らした。


「今日は、だって」


 三十二回目の水が持ち上がった。


 今度は先ほどより長く形を保ち、隣の桶の縁まで届く。半分ほどが中へ入り、残りが外へ落ちた。


「さっきより入った」


 ニナも水を見たまま言う。


「うん」


 レオナは広場の端まで近づいた。


「聞いていい?」


 中央の男は、助手の読み上げる数字を聞きながら片手を上げた。


「少し待ってくれ。今しゃべると忘れる」


 レオナは口を閉じた。


 助手と二言三言話したあと、男がようやくこちらを向く。


「待たせた。何だ?」


 レオナが桶を指した。


「何を動かしてるの?」


「水だ」


「水のどこを?」


 男が黙った。


 後ろで助手の一人が少し笑う。


 男は気にせず水面を眺めた。


「それを調べてる」


「分からないの?」


「分かっていたら、今日はもう帰れてる」


 レオナは素直に頷いた。


「そっか」


 今度はニナが尋ねる。


「これ、練習したら私にもできますか?」


「可能性はある」


「誰でも?」


「それを調べてる」


 助手から声が飛んだ。


「次、いけます」


「やろう」


 男はすぐに桶へ向き直った。


「三十三」


 また水が持ち上がる。


 今度はニナもしばらく動かなかった。


 レオナが横を見る。


「行く?」


「……もう一回だけ」


「ニナも気になるんじゃん」


 ニナは水を見たまま答えた。


「これは気になる」


 三十三回目が崩れたところで、二人は広場を離れた。


 その先には、パンを並べる店があり、荷を下ろす馬車があり、井戸端で話す女たちがいた。


 その間に、同じ大きさの石を並べた台や、目盛りの書かれた壁、等間隔に杭を打った空き地が現れる。


 工房の軒先では、割れた魔石を挟んで二人の男が言い争っていた。


「石が悪い」


「昨日は割れなかった」


「昨日とは別の石だろ!」


「だから比べてるんだ!」


 ニナが少し笑う。


 レオナは振り返ったが、今度は止まらなかった。


 やがて大きな広場へ出る。


 そこでは何人もの職人が、太い木材を組み上げていた。


 中央には低い台があり、その周囲には何段もの座席らしいものが作られている。脇には、レオナの背丈より長い目盛り付きの柱が何本か寝かされていた。


 今度はニナが立ち止まる。


「何だろう」


「ニナも止まってる」


「これは別」


 木材を担いだ男が、二人の前を通った。


「大会なら、まだ何日か先だぞ」


「大会?」


 ニナが聞き返す。


「詳しいことは始まってから聞いてくれ。今は間に合わなくなる」


 男はそのまま行ってしまった。


 レオナは組みかけの台を見る。


「何するんだろう」


「あとで来よう」


「今聞いても――」


「先に研究者」


 背中を押され、レオナは歩き出した。


 町の中心を離れるにつれ、住宅や店が減っていった。


 代わりに建物同士の間が広くなり、空いた場所には太い杭や大きな鉄板が置かれている。鉄板には深いへこみがいくつも残り、別の建物の前では三人が同じ形の魔石を箱へ仕分けていた。


 奥から、重いものが倒れる音がする。


「記録したか!」


「した!」


 すぐに声が返ってきた。


 ニナがレオナの荷物を見る。


「そろそろ印、出したほうがいいんじゃない?」


「あ、そうだった」


 レオナはネラから渡された木片を取り出した。


 近くの建物へ入り、机に向かっていた女性へ差し出す。


 女性は印を確認すると、レオナの顔を見た。


「ネラさんのところからですね。あなたがレオナ?」


 レオナとニナが顔を見合わせる。


「そうだけど。なんで知ってるの?」


「朝から聞かれてるから。来たか、まだかって」


「誰に?」


 奥から足音がした。


「おや。ようやく来ましたか」


 一人の男が廊下から姿を見せた。


 まず目に入ったのは、森で何度も見てきた細長い耳だった。


 男はレオナとニナを順に見て、すぐにレオナの前まで来る。


「ああ。あなたがレオナですね」


「うん」


「二度、死んだそうで」


 男の目が、わずかに明るくなった。


 レオナは眉を寄せる。


「……ネラ、どこまで話したの?」


「かなり詳しく。二度目は鉱脈の事故だった、と」


「ほとんど全部じゃん」


「ええ。その話も非常に気になります」


「その話も?」


「ですが、魔力から始めましょう。その話を聞くにも、まずあなたがどんな力を使うのか見たいんです」


 男はすぐにレオナの手元へ目を移した。


「ネラ先生のところでは、近くに並べたものを分けて動かす練習をしたんですね?」


「したよ」


「最初は隣も動いた?」


「うん」


「狭くする練習をしたあとは?」


「前より動かなくなった」


 男は嬉しそうに頷いた。


「なるほど。見てみたいですね」


「今から?」


「もちろん」


「着いたばっかりだけど」


「ああ」


 そこで初めて思い至ったように、男が瞬きをした。


「休みますか?」


 レオナは少し考える。


「いや。見たい」


 男の顔がぱっと明るくなった。


「よかった。僕も早く見たかったんです」


 そのまま奥へ歩き出す。


 ニナが小声で言った。


「ネラさんが言ってた通りだね」


「何て?」


「喜んで調べるって」


 前を歩いていた男が振り返った。


「ええ。かなり楽しみにしていました」


 まったく隠す気はないらしい。


 数歩進んだところで、ふと足を止める。


「ああ、そうでした」


 振り返った。


「僕はロイです」


「今?」


「先に言うべきでしたね」


「かなり」


 ロイは少し笑った。


「失礼しました」


 そして、またすぐに歩き出した。


 一番奥の部屋には、頑丈そうな台がいくつか並んでいた。壁際には魔石、石板、木箱、重りが置かれ、同じ用途のものは形や大きさが揃っている。床には何本もの線が引かれ、長い棒にも細かな目盛りが刻まれていた。


 ロイは机の上から、小さな青い魔石を一つ取った。


「まずは、一番つまらないものから始めましょう」


 レオナへ差し出す。


「これ?」


「ええ。ただ魔力を入れるだけです」


 レオナは石を受け取った。


 見慣れた青系の魔石だった。


「どのくらい?」


「普段通りで――」


 ロイの口が止まった。


 手元の記録板へ目を落とし、もう一度レオナを見る。


「……いえ。それはやめましょう」


「なんで?」


「ネラ先生の手紙を思い出しました」


 ロイは記録板へ何かを書き足しながら、口元を緩めた。


「まずは、少しだけにしましょう」


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