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あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第三章

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第22話 測る場所

「南だ。森を出て、人間の道をいくつも越えた先にある」


 老人はそう言って、開いていた箱の蓋を閉じた。


「リードって町だ。魔力のことばかり調べとる、変わったところでな。あいつは今もそこにいるはずだ」


「遠い?」


「かなりな。わしは何十年も森の外へ出とらんから、道までは知らん。詳しいことはネラに聞け。昔、あいつに治すやり方を教えたのはネラだ」


 レオナが隣を見ると、リセが頷いた。


「さっきの作業場へ戻れば会えるよ」


「じゃあ、会えるね」


 立ち上がったレオナは、扉へ向かう前にもう一度だけ机の上の箱を見た。中には、自分と同じように長く姿を変えなかったかもしれない女と、グレイホーンによく似た角を持つものの記録が眠っている。


「これ、また見に来てもいい?」


「壊さんならな」


「分かった」


 今度こそ扉を開けると、リセもそのあとに続いた。


***


 外縁の拠点へ戻ると、ニナは荷の受け渡しをしているところだった。


 レオナたちに気づいて片手を上げたものの、すぐにはこちらへ来ない。箱の数を相手と照らし合わせ、縄を締め直し、最後の一つが運ばれていくのを見届けてから、ようやく近づいてきた。


「どうだった?」


「昔にも、私みたいな人がいたかもしれない」


 ニナの眉が上がった。


「いたの?」


「まだ分からない。同じ女のことみたいな記録は残ってたけど、名前も、そのあとどうなったかも残ってなかった」


「そっか」


 惜しそうに言ってから、ニナはレオナの顔を見る。


「でも、それだけじゃなさそうだね」


「うん。魔力を調べてる人がいるんだって。これからネラに聞く」


「ネラなら、あっちにいるよ」


 ニナが指した先には、大きな屋根の下へいくつもの籠が並べられていた。


 ネラはその前に腰掛け、乾いた葉や根、粉の入った小袋を確かめている。森の奥へ持ち帰るものらしく、隣では別のエルフが受け取った薬を籠へ詰めていた。


「それは三つあれば足りるよ。こっちは、もう一袋もらっとこうかねえ」


 ネラは中身を指で確かめ、袋の口を結び直してから隣へ渡した。そこで三人に気づき、目を細める。


「あれ。もう戻ったのかい」


「聞きたいことがある」


「ちょっと待ちな」


 最後の束を籠へ入れ、運ぶエルフにいくつか言いつける。相手が籠を抱えて離れていくと、ネラは膝についた葉屑を払いながらレオナを見た。


「それで?」


「昔、ネラに治すやり方を教わった人が、森の外で魔力を調べてるって聞いた」


「ああ、あの子かい」


 すぐに誰のことか分かったらしい。


「まだ向こうにいる?」


「まだいるだろうね。たまに帰ってきても、自分の話をするだけして、すぐ向こうへ戻っちまう」


「何を調べてるの?」


「石の大きさを揃えて、人を替えて、次は石を替えて。あの子は、そういう違いが気になるんだよ。私は途中で聞くのをやめたけどね」


「違いが分かるの?」


「分かるものは測ってるんだろうね」


 ネラは答えながら、籠からこぼれていた葉を一枚拾った。


「もっとも、この前聞いたときには、もう石だけじゃなかったよ。空中に火の玉みたいなものを浮かせたとか、何もないところで風を起こしたとか言ってたねえ。何に使うかも決めないで、よくやるよ」


「浮いてるの?」


 レオナがすぐに聞いた。


「そうらしいよ。小さくて、すぐ消えたってさ」


「何も燃やしてないのに?」


「火がつく物を置いたかどうか? そこまでは聞いてないねえ」


「見たい」


 間を置かずに出た言葉に、ネラが笑った。


 それまで黙っていたニナも身を乗り出す。


「それ、人間でもできるの?」


「さあねえ」


「練習ならするよ。私も浮かせてみたい」


「そこまで知りたきゃ本人に聞きな」


 ニナは口を閉じたが、まだ何か聞きたそうにしている。


 レオナの方は、別のところに引っかかっていた。


「風って、何を動かしてるの?」


「私に聞くのかい?」


「ネラは分からない?」


「分からないねえ」


 レオナは考えた。


「……じゃあ、見ないと分からないね」


「そういうことにしときな」


 横でリセも笑っている。


「レオナも、分からないと見に行くんだね」


 リセに言われ、レオナは少し笑った。


「私のことも調べてもらえるかな」


「あんたが行ったら、喜ぶだろうねえ」


 ネラは薬草の束をまとめた。


「私に見られるのは、どこへどう力をかけてるか、そのくらいだよ。死んだと思ったらまた出てくるなんて、ほかには知らないからね。あの子だって、分からないかもしれないよ」


「でも、調べられる?」


「それはやるだろうね」


「じゃあ行く」


 ニナは、自分の指先を見た。


 ネラは脇に置いていた布袋を引き寄せ、底から指二本ほどの幅の薄い木片を取り出した。


「ただ、そのまま行っても、あの子のいるところまでは入れてもらえないかもしれないね」


「町には入れる?」


「町は平気さ。入れないのは、その中だよ。危ないものも置いてあるって言ってたからねえ」


 薬草を切るのに使っていた小刀で、木片へいくつかの線を刻み、端へ小さな切れ込みを入れる。


「これを見せて、私から聞いて来たって言いな。あの子なら分かるよ」


 レオナは受け取った木片を裏返した。


「なくしたら?」


「なくすんじゃないよ」


「分かった」


 服の内側へしまう。その手元を見ていたニナが口を開いた。


「レオナと一緒なら、私も――」


 言い終わる前に、ネラはもう布袋から二枚目の木片を出していた。


「ほら」


「まだ行くって決めてないけど」


「いらなきゃ使わなければいいさ」


 同じ印を刻み、ニナへ差し出す。


 ニナは木片を見つめたあと、受け取った。


「……ありがとう」


「なくすんじゃないよ。二人とも」


 リセが声を上げて笑った。


***


 森で残っていた仕事を終えるまで、あと二日かかった。


 帰り道もニナは荷を見て、隊列の前後を行き来した。


 木々がまばらになり、森の外へ続く道まで来たところで、リセが足を止める。


「私はここまで」


 ニナも振り返った。


「ありがとう」


 レオナは森の奥を見た。


 あの中には古い記録も、ネラもいる。グレイホーンが今どこにいるのかも、結局分からないままだった。


「また来る?」


「うん」


 レオナはすぐに答えた。


「まだ見たいものあるから」


「じゃあ、またね」


「またね」


 リセは二人へ手を上げ、そのまま木々の間へ戻っていった。


***


 ハルへ戻ったのは、それから数日後だった。


 ニナは依頼主へ荷を渡し、受け取るものまで確認して今回の仕事を終えると、その日のうちにレオナを連れて家へ向かった。


 ユアンは家の前で、割れた木箱の底を張り替えていた。


「おかえり」


「ただいま。仕事は終わったよ」


「何かあったか?」


「うん。ちょっと話がある」


 その言い方に、ユアンは工具を置いた。


 家の中にいたミラも加わり、四人で卓を囲む。レオナがリードへ行くつもりだと話し、ニナが場所とおおよその道を補うと、ユアンは眉を寄せた。


「そこまで行くのか」


「うん」


「一人で?」


「そのつもりだった」


「だから、私も行こうと思ってる」


 ニナが言った。


 ユアンは娘へ顔を向ける。


「仕事は?」


「今回のは終わったし、次はまだ受けてない。途中までは道も分かる」


「しばらく戻れないぞ」


「分かってる」


 ユアンは一度レオナを見て、それからまたニナを見る。


「それだけか?」


 ニナは黙った。


「……私も行きたいの」


 今度は言い訳を足さなかった。


 ミラが笑う。


「それなら、そう言えばいいのに」


「最初からそれだけじゃないよ。レオナ一人じゃ心配なのも本当」


「何が心配?」


 レオナが聞く。


「そこから説明しないと駄目?」


「うん」


「あとでね」


 ユアンが吹き出した。


「次の仕事を受けてないなら、自分で決めろ。もう俺に聞いて決める歳でもないだろ」


「いいの?」


「駄目だと言ったらやめるのか?」


 ニナは考える。


「……たぶん、もう一回頼む」


「なら同じだ」


 ユアンは笑った。


***


 出発は三日後になった。


 朝、二人が家を出ると、ユアンとミラも外までついてきた。


 ニナはいつもの護衛仕事より大きな荷を背負っている。レオナの荷物も一度全部確認され、食料や替えの布が増えた代わりに、森で拾った石はいくつか減らされていた。


 ユアンがニナの腰元を見る。


「守り石は?」


「持ったよ」


 ニナが小さな袋を軽く叩いた。


 レオナも、その袋を一度見た。


 何も言わず、自分の荷を背負い直す。


 ミラがニナの肩紐を引き、位置を直した。


「帰ってきたら、向こうで見たものを聞かせてね」


「うん」


「どんな町だったかも」


「分かった」


 ミラは頷いて手を離すと、レオナにも目を向けた。


「レオナもね」


「うん。面白かったもの、覚えてくる」


「楽しみにしてるわ」


 ユアンは二人の荷物を眺めてから、レオナへ向き直った。


「ニナを頼む、と言いたいところだけど」


「うん」


「道では、たぶんあいつの方が頼りになるな」


「そうだと思う」


「聞こえてるよ」


 ニナが振り返った。


「褒めてるんだ」


 ユアンはそう返してから、もう一度レオナを見る。


「今度はちゃんと帰ってこいよ」


 レオナは瞬きをした。


「何十年も経ってからじゃなくてな」


 間が空いた。


「うん。そうする」


「ならいい」


 ユアンはそれ以上言わなかった。


「行ってきます」


 ニナが言う。


「行ってらっしゃい」


 ミラが返し、ユアンも片手を上げた。


 レオナも二人へ手を振って、ニナと並んでハルを離れた。


 朝の市場では、平たい岩の周りへ荷が並び始めている。人の声を背中に聞きながら南へ続く道へ入り、歩いていくうちに、家々も低い柵も遠くなった。


「火の玉、私にもできるかな」


 ニナが言った。


「見たい」


「見るだけ?」


「近くで」


「危なくない?」


「すぐ消えるって言ってた」


「そういう問題かな」


 ニナが笑った。


 しばらく歩いてから、レオナが言う。


「見たら、やってみたい」


「やっぱり」


「ニナもでしょ」


「私は先に、できるか聞くよ」


「私は見て、やる」


「順番が逆なんだよ」


「そう?」


 二人は笑いながら、南へ続く道を進んだ。


 リードまでは、まだずっと先だった。


「今日、どこまで行けるかな」


 ニナが前を見たまま言った。


「できるだけ遠く」


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