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あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第三章

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第21話 昔のもの

 レオナは手にしていた枝を足元へ置いた。


「何が分かったの?」


「似た話が見つかったの。分かったかどうかは、見てからにして」


 リセは森の奥へ続く道を振り返った。木箱に腰掛けていたニナも立ち上がりかけたが、リセがそちらへ向く。


「ニナはここで待ってて」


「うん。……レオナはいいんだ」


 少し意外そうに、ニナがレオナを見る。


「何で?」


「さあ」


 ニナはもう一度木箱へ腰を下ろした。


「私はここで待ってるよ。行ってきな」


「分かった」


 リセはそれ以上説明せず、森へ歩き出した。レオナも後を追い、途中で一度だけ振り返ると、ニナが片手を上げた。


 これまで使っていた道よりも細く、二人で並ぶと枝が肩に触れた。進むにつれて地面の起伏が大きくなり、太い根を避けるように道が何度も曲がっていく。


 しばらくすると、木々の隙間に家が見え始めた。


 外縁の拠点にあった小屋より古く、柱の下半分だけ色の違う木で継がれているものや、屋根に新しい板と黒ずんだ板が入り交じっているものもある。一本の大木を避けて途中で曲がった木道は、中央が浅く窪んでいた。


「ここ、いつからあるの?」


「私が生まれる前から」


 レオナはリセを見る。


「リセって何歳?」


「二百ちょっと」


「長いね」


「そう?」


 レオナは少し考えた。


「私と、どっちが長いんだろう」


「……レオナには言われたくないな」


「生きてた時間なら、リセの方が長いかも」


「死んでた間まで数える気?」


「入れたら駄目?」


「死んでた間まで足したら、何の長さか分からないじゃない」


「そっか」


「納得するんだ」


 リセが笑い、レオナも少し笑った。


 道沿いでは何人かのエルフが作業をしていた。籠を編んでいた者が顔を上げ、軒先で薬草を束ねていた男も手を止める。声をかけてくる者はいなかったが、二人が通り過ぎたあとにも視線はしばらく背中に残った。


 集落の奥で、リセは一軒の低い建物の前に立ち止まった。


 ほかの家より窓が少なく、扉の脇には文字の刻まれた古い木板が掛けられている。中へ入ると、乾いた木と布、それに少し埃っぽい匂いがした。


 壁際には棚が並び、木板や石片、巻かれた布、束ねられた薄い皮が収められている。何に使ったのか分からない道具も多く、レオナが入口近くの黒い石に目を向けていると、棚の向こうから声がした。


「それはただの重しだぞ」


 白髪の老人が、机に古びた布を広げていた。長い髪を後ろで束ね、布の端を小さな石で押さえている。


「きれいだったから」


「重しにもきれいなのはある」


 老人は布から顔を上げ、リセを見る。


「連れてきたか」


「うん。この子」


「話は聞いた」


 それだけ言うと、老人は広げていた布を巻き、棚へ押し込んだ。その上に積んであった木板を何枚か脇へどけると、端の欠けた一枚の上へ、さらに別の板を重ねた。


「そんなに重ねて大丈夫?」


「それくらいで壊れるものは、とっくに壊れとる」


 老人は棚の奥から細長い箱を取り出し、机へ置いた。


「昔にも、長い間姿の変わらなかった者の話がある」


 レオナがすぐそばまで寄る。


 箱の中には、何枚かの薄い木板と、形も色も違う石片が収められていた。


「これは全部、その人の?」


「そんなに簡単なら苦労せん。違う時代、違う場所の記録だ。同じ女のことを書いたらしいものを、あとから集めてある」


 老人は一枚を机へ置いた。レオナには文字そのものが読めず、刻まれた線もところどころ擦れて途切れている。


「古いものには、森へ来た女の話がある。並外れて大きな力を持っていたらしい。倒れた木を一人でどかした、傷ついた者を助けた、薬の使い方を教えた――そんな話だ」


「それだけ?」


「せっかちだな」


 老人は次の板を出した。


「川の流れを変えた、と書いたものもある」


「何で?」


 老人は文字の途切れたあたりを指でなぞった。


「そこから先が読めん。ただ、書いたやつはずいぶん怒っとる」


「困ったのかな」


「そうかもしれんな」


 レオナは板へ顔を近づけたが、消えた文字が読めるようにはならなかった。


「ほかには?」


「まだ聞くか」


 老人はそう言いながら、別の一枚を引き寄せる。


「こっちはずっと後のものだ。書いた者が子どもの頃にも、大人になってからも、同じ姿だったとある」


 レオナの顔が上がった。


「ずっと?」


「そう読める」


「最後は、死んだの?」


 老人は木板をめくり、さらに箱の中も確かめた。


「そこから先がない」


「死んだあと、また出てきたとか。消えて、ずっとあとに戻ったとかは?」


「少なくとも、ここにはないな」


 レオナは木板と老人を見比べた。


「本当に?」


「あるなら見せとる」


 さっきまで机へ乗り出していた身体が、少しだけ戻った。


「……そっか」


 老人は別の板を箱の脇へ置いた。


「名前も残っとらん。『森へ来た女』だの『変わらぬ女』だの、記録によって呼び方も違う。助けられたと書く者もおれば、勝手なことばかりする女だったと怒る者もおる」


「勝手なことって?」


「それも肝心なところが残っとらん」


 レオナは欠けた木板へ視線を落とした。


「今では女神と呼ぶ者もおるが、その呼び名が出てくるのは、もっとずっと後だ。昔の人間だったのか、人ではなかったのか。それすら分からん」


「自分が何なのか、その人は知ってた?」


「さてな」


「……何にも残ってないね」


「こんな昔のものにしては、よく残っとる方だ」


「そうなんだけど」


 レオナは欠けた部分をしばらく見てから、指を離した。


「私は、どうして戻るんだろう」


 老人は答えず、並べた木板へ目を落とした。


「それは、ここには書いておらん」


「でも、何もなかったわけじゃないよ」


 隣にいたリセが言った。


 レオナが顔を上げる。


「レオナみたいなのが、昔にもいた」


「……うん」


 老人が板を箱へ戻そうとしたとき、その下から小さな石片が滑り、机の端から落ちた。


 レオナが拾う。


 表面には何かの姿が粗く刻まれていた。身体の形はほとんど分からないのに、頭から伸びた大きな角だけが妙にはっきり残っている。


「これ」


「何だ?」


「今日見た」


 老人が石片を受け取った。


「何をだ」


「グレイホーン」


 老人の眉が少し上がる。


「まだおったか」


 レオナも顔を上げた。


「知ってるの?」


「わしが子どもの頃にも、その名はあった」


 老人は石片を裏返し、また表へ戻す。


「これも?」


「もっと古い」


 それだけ言って、石片を箱の隅へ戻した。


 老人が蓋を閉じようとしたところで、レオナはもう一度、最初の木板を見た。


「知りたいな」


 老人の手が止まった。


「何をだ」


「その人のことも。私が何で戻るのかも」


「欲張りだな」


「駄目?」


「駄目とは言っとらん」


 老人は木箱の蓋から手を離した。


「そこまで知りたいなら、会ってみるといいやつがおる」


 レオナが顔を上げる。


「誰?」


「うちの若いのだ。森の外へ出て、魔力を調べとる」


「何を調べてるの?」


「何でもだ。あれは、分からんものを見ると測らずにはおれん」


「測ったら、分かるの?」


 老人は鼻を鳴らした。


「分かるまで測るんじゃろうな」


 レオナはすぐに身を乗り出した。


「どこにいるの?」


 老人が笑った。


「やっぱり、そこを聞くか」


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