↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/77

第16話 森の手前

 昨夜は尾根を下ったところで野営した。夜には何度か獣の声がしたが、何事もなく朝を迎えた。


 三台の荷車は、昨日遠くに見えていた煙へ向かって、再び坂を下った。


 昼前には、その煙のもとへ着いた。


 大森林の手前にある交易場だった。


 レオナはもっと大きな場所を想像していたが、実際には大きな屋根が二つと、数棟の小屋があるだけだった。門も柵もない。その代わり、狭い場所には荷車や馬、人、それに森から運び出された品が所狭しと並んでいる。


 三台の荷車が入るなり、声が飛んだ。


「鉄は?」


「二台目」


「塩もあるか?」


「あるぞ」


 昨日まで一緒に歩いていた一行も、着いた途端にそれぞれの仕事へ散っていく。荷主は取引相手を探し、御者は馬を外し、ニナは積み荷を確かめた。


 レオナも木箱へ手を伸ばす。


「それは手で持ってね」


「分かってるよ」


 昨日の倒木のことをまだ気にしているらしい。


 レオナは箱を両手で持ち上げた。少し重い。その重さが妙に新鮮で、そのまま屋根の下まで運んだ。


 そこには、ハルから来た鉄器や布、塩と入れ替わるように、森の品が並んでいた。


 乾燥した葉や樹皮、獣皮。樹液の入った瓶。色の違う粉の紙包み。苦い匂いと甘い匂いが入り混じっている。


「この辺、全部薬?」


「だいたい。傷に使うのも、腫れに使うのもある」


 ニナはそう答えたが、レオナが別の包みを指すと首を振った。


「それは知らない」


「ニナも?」


「薬を選ぶのは別の人。私は、それがここまで無事に来る方をやってるの」


 少し離れたところでは、小瓶を挟んだ男たちが「前より薄い」「同じだ」と揉め、その隣では別の男が乾燥した根を折って中身を確かめていた。


 一通り荷が片づくと、ニナは交易場の端にある太い柱へ向かった。


 表面には炭で川や道らしい線が描かれ、いくつもの印が書き足されている。


「北の沢は昨日ゴブリン。見えたのは三匹」


「南はトロルが出た。今日はやめとけ」


 集まっていた男たちが、昨日から今朝までの話を伝えていく。


 レオナは柱を覗き込んだ。


「三匹のゴブリンより、一頭のトロルの方を避けるの?」


「そういう決め方じゃないよ」


 ニナは西側の線を指でなぞった。


「逃げられる場所も見るの。数だけなら、一頭だからってトロルに近づいちゃうでしょ」


 朝から西へ入った二人がいる。その二人が無事に戻れば、今日はそちらを使うらしい。


 話し終えた男が、柱の古い印を指で擦って薄くした。


 しばらくして、森の方から三人の人影が現れた。


 最初に目についたのは背の高さだった。


 三人とも長身で細身だったが、大きな籠を背負った姿は旅慣れている。丈夫そうな服の裾は泥に汚れ、それでも三人とも目を引くほど顔立ちが整っていた。


 先頭の一人が顔を上げる。


 淡い茶色の髪。


 その間から、細長い耳が伸びていた。


「エルフ?」


「そう」


 ニナが答えた。


 レオナは耳を見た。


 想像していたより長い。


 三人が交易場へ入ると、先頭のエルフは籠を地面へ下ろし、腰を伸ばした。


「重い」


「自分で持ってきたんでしょ」


「だから重いんだよ」


 後ろの一人に返しながら、こちらを向く。


 レオナと目が合った。


「何?」


「耳」


「耳?」


「長い」


 エルフは自分の耳へ触れた。


「長いね」


「レオナ、見すぎ」


「初めてだから」


「好きなだけ見たら? 人間の子どもも、最初はずっと見てるよ」


「子どもじゃないよ」


 そう返すと、相手はレオナを一度見直した。


「そうなの?」


 ニナが吹き出した。


「リセ、久しぶり」


「そうでもないでしょ」


「八年前だけど」


「八年なら、この前でしょ」


「そっちにはね」


「人間は忙しいね」


 リセは何でもないことのように言って、籠を開いた。


 すぐに商人たちが寄ってきて、薬草や薬と、鉄、塩、針の交換が始まる。


「前の針、二本折れた」


「何に使ったの?」


「革」


「どれくらい厚い?」


 話はすぐに細かくなった。


 レオナはその横で、小さな木箱を覗いた。


 薄い緑色の粉が入っている。


「これも薬?」


「深い傷に使うよ」


「どうやって作るの?」


「それは教えない」


 リセは取引の手を止めなかった。


「なんで?」


「決まりだから」


「ニナにも?」


「森の外にはね」


 隣で瓶を並べていた別のエルフが、顔も上げずに言った。


「聞いても同じだよ」


 ニナが笑う。


「前に聞いた」


「でしょ」


 リセも笑い、そのまま商人の方へ向き直った。


「で、針は何本いるの?」


 朝に森へ入っていた二人が戻ってきたのは、その少しあとだった。


 背負子いっぱいに草を積み、服は泥で汚れていたが、怪我はない。


「西は?」


「鹿を見たくらい。大きいのはいなかった」


 ニナは頷き、柱の西側へ小さな印を足した。


「じゃあ今日は西」


 その横で、リセたちは人間から受け取った鉄や塩を籠へ詰め直している。柱のやり取りには加わらず、帰り支度を進めていた。


 ニナがその一人へ声をかけた。


「リセ。一つ頼みがあるんだけど」


「何?」


「この人、魔力を細かく使えるようになりたいんだって」


 リセは荷をまとめながらレオナを見る。


「何ができるの?」


「押せる」


「へえ」


「必要なところに、必要な分だけ使えるようになりたい」


「そういうのが得意な人ならいるよ」


 紐を引きながら答える。


「会える?」


「どうだろ。聞いとくくらいならいいけど」


「お願い」


「分かった、分かった」


 リセはまた荷へ目を落とした。


 レオナも、話はそれで終わったと思った。


「前みたいに死にたくないし」


 紐を引いていた手が止まった。


 リセが顔を上げる。


「……死んだ?」


「うん」


「魔力を使って?」


「全力で押したら、身体が壊れた」


 途中まで締められていた紐から、リセの手が離れた。


「それは話が違う」


 今度は、きちんとレオナを見た。


 ニナにも視線を向ける。


「本当?」


「本当」


 リセはしばらく黙った。


「魔力を使って、自分の身体が壊れたなんて話、聞いたことがない」


 レオナは少し身を乗り出した。


「じゃあ、どうしたらいい?」


「私じゃ分からない」


 返事はすぐだった。


 リセは少し考えてから、森の奥へ目を向けた。


「身体に魔力を使うことなら、私よりずっと詳しい人がいる」


「その人なら分かる?」


「分からない。でも、この話はした方がいい」


 先ほどまでとは違って、もう荷造りには戻らなかった。


「聞いてみるよ」


「会える?」


「まず私が話す」


 そこだけははっきりしていた。


「私だけで決められないから」


「分かった」


 レオナは頷いた。


 リセはようやく紐を取り直した。


「そういう大事なこと、先に言ってよ」


「聞かれなかったから」


「そこは言うところでしょ」


 ニナが笑った。


 リセも笑ったが、それから荷をまとめ終えるまでに、何度かレオナの方を見た。


 昼を過ぎるころ、森へ入る準備が整った。


 人間から受け取った鉄や塩は、エルフたちが背負える量へ分け直されている。


 三台の荷車は交易場に残った。


「途中までは一緒だから」


 ニナが言った。


 リセが先に森へ入る。


 ほかのエルフたちも迷いなく続き、ニナがそのあとへ入った。


 レオナも続こうとして、足元を見た。


 ハルからここまで、何台もの荷車が通ってきた。


 新しい轍も、雨に削られた古い轍も重なっている。


 それが、目の前で途切れていた。


 轍の途切れた先を、リセたちは何でもないように歩いていく。


 レオナも、その細い道へ足を踏み入れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。