第14話 力を売る
ニナは戸口に立ったまま、しばらくレオナを見ていた。
「ほんとに、レオナなんだ」
「うん」
「何にも変わってない」
さっきミラにも同じことを言われたので、レオナは少し困った。
「ニナは変わったね」
「そりゃね。二十年以上経ってるんだから」
ニナは笑って肩の荷を下ろした。革袋が床へ置かれ、中で魔石同士がぶつかる硬い音がした。
やがてミラが夕食の支度を始めると、ニナは明後日の交易に持っていく荷を広げ、傷んだ革紐を取り替えたり、袋の口を締め直したりし始めた。荷が一つ増えたらしく、押す魔石も明日取りに行かなければならないという。
「私も行っていい?」
「石を満たす仕事。見て面白いかは知らないよ」
「魔石があるんでしょ」
「あるけど」
「じゃあ行く」
ユアンが横で笑った。
翌朝、レオナが起きると、ニナはもう支度を始めていた。
腰の帯へ小さな革袋を結び、短い刃物の鞘を確かめる。最後に棚の上から細い革紐を取り、それを首に掛けた。
胸元に、小さな青黒い魔石が下がった。
「それ、トーマの?」
ニナが魔石へ目を落とした。
「うん。遠くへ行くときは私が持ってる」
「それも使うの?」
「これは使わない」
ニナが革紐を持ち上げたので、レオナは指先で魔石に触れた。
わずかに力が残っている。
弱い。それでも、自分が強く魔力を使ったあとに残るものと、どこか似ている気がした。
「何か分かる?」
「分からない」
「そっか」
ニナは魔石を服の中へ戻し、荷袋を肩に掛けた。
使わない魔石を一つ持ち、使う魔石を取りに行く。
レオナには少し不思議だった。
町の東には、大きな屋根を掛けただけの作業場があった。
その下にいくつもの木箱が並び、青黒いもの、赤みを帯びたもの、白っぽい筋のあるものと、魔石が種類ごとに分けられている。十人ほどの男女がその間に腰を下ろし、黙々と魔力を込めていた。
一人の男が満たした魔石を三つ箱へ置くと、向かいの女が数を確かめて板へ印をつける。その隣では、二つしか終わらなかった男が「今日は遅いな」と言われ、「昨日もやったんだよ」と腕を振っていた。
「みんな、魔力を入れてるの?」
「そう。それが仕事の人もいる」
満たされた魔石は別の箱へ移され、荷車が来るたび何箱かずつ運び出されていく。工事場へ行くものもあれば、窯や荷運び、それに交易隊へ回るものもあるらしい。
レオナは、荷車へ積まれていく箱をしばらく眺めた。
「力を売ってるんだね」
「そういうこと」
ニナは慣れた様子で受付へ行った。
「押す魔石、大きいの二つ。中を四つ。小さいの六つ」
「小さいの、また六つ?」
「前の道、細かく押すところが多かったから。今回は切らしたくないの」
男はそれだけで納得し、箱の中から魔石を選び始めた。
ニナは受け取ったものを一つずつ確かめ、腰へ収めていく。小さいものは右側、中くらいは左、大きなものは奥。途中で一つだけ掌の上で転がし、男へ返した。
「これはいらない」
「何が駄目なの?」
レオナが聞くと、ニナは返した魔石を指した。
「大きすぎ。荷車をちょっと動かすのに、これは使わない」
「大きい方がいっぱい入るよ」
「入るから困るんだって。全部出ちゃったら、荷まで飛ぶでしょ」
代わりに少し小さなものを受け取ると、今度は問題ないらしく腰の奥へ収めた。
レオナはその手元を眺めた。
ニナは小さい魔石を六つ、右の袋へ収めた。レオナも一つ手に取り、腰に下がった大きな石と持ち替えてみる。
「これなら、取り出すのも早いね」
「急いでるときほど、大きさを間違えたくないの」
ニナは袋の口を指で確かめた。
同じくらいの大きさの魔石を二つ受け取ると、片方だけを別の袋へ回した。
「それは?」
「少し入りすぎてる」
「分かるの?」
「持てばだいたい」
レオナには、どちらも同じように見えた。
ニナはもう次の魔石を確かめていた。
最後の魔石が揃うまでの間、近くで充填の仕事をしていた男がレオナへ空の魔石を差し出した。
「暇ならやるか?」
「いいの?」
「ニナより強いんだろ」
「強いよ」
少し離れたところから、ニナが「自分で言うんだ」と笑った。
レオナは魔石を両手で包み、ゆっくり力を流した。青白い光はすぐに強くなり、さらに少し入れたところで、押し返すような感触が増した。
そこで手を止める。
「これでいい?」
男が受け取り、光を確かめた。
「……もう?」
「うん」
もう一つ渡され、それもすぐに満ちた。
三つ目を終えたころには、最初の男だけでなく、隣からも空の魔石が置かれていた。
「増えてない?」
「速いから」
「これも頼む」
「そっちの人の仕事じゃないの?」
「今日はお前の方が速い」
レオナは少し眉を寄せたものの、そのまま手を動かした。
気づけば、さっきまで積まれていた空の魔石はほとんどなくなっていた。
レオナが満たした石を箱へ移そうとすると、向かいの女が手を出した。
「それはこっち。小さいのは狭い溝の方」
箱の底には、幅の違う木の仕切りが入っていた。女は三つを受け取り、収まりを確かめてから並べた。
「前は、大きさごとに箱を分けてたよね」
ニナが覗き込む。
「箱ごと間違えて持ってったのがいたからね。今は、このまま渡す」
女は蓋の裏へ数を書き、次の石へ手を伸ばした。レオナは残った石を一つずつ溝へ合わせた。
「そっちは空のまま」
「あ」
隣の男が笑い、その一つをレオナへ戻した。
「これなら、明日も来てって言われるよ。ここで働けば?」
「毎日?」
「毎日」
レオナは作業場を見回した。
同じ箱から魔石を取り、満たして、次を取る。それを一日続ける自分を想像する。
「嫌だ。飽きそう」
男が笑い、近くにいた者もつられて笑った。
帰り際、レオナにも小さな袋が渡された。
中には、平たく割られた黒っぽい石片が何枚か入っている。どれにも同じような印が刻まれていた。
「何これ」
「今日の分」
「これが?」
「それが」
ニナはそう言って先に歩き出した。
町の中央へ戻るころには、人通りが増えていた。
昨日見た平岩の近くでは、焼いた魚を並べた女が客と話している。ニナはそこで足を止め、魚を二本頼んだ。
包みを受け取ると、腰の小袋から黒い石片を数枚出して置く。
「それで買えるの?」
「ここらへんならね」
ニナから一本渡され、レオナはまだ温かい魚を受け取った。
歩きながら、もう一方の手で自分の袋から石片を一枚取り出す。試しに魔力を流してみても、ほとんど入らない。
「これ、魔石としては駄目じゃない?」
「そうだよ」
「なのに使うの?」
「使えないからいいんだって。使っても変わらないから」
ニナは魚をかじった。
レオナは手の中の石片を見直した。二十五年前なら、魔力が入らないというだけで脇へ除けられていたような石だった。
今は、それで魚が買える。
「変なの」
「便利だよ」
レオナも魚を一口食べた。
味は昔とあまり変わらなかった。
家へ戻る道で、ニナは一度立ち止まり、腰の袋の紐を締め直した。さっき受け取った魔石の重みで少しずれたらしい。ついでに右手で小さな魔石を一つ抜き、また元へ戻す。次は左。見ることもなく、それぞれ同じ場所へ収まった。
「全部覚えてるんだね」
「何か来てから探したって遅いでしょ。取り出すところまで決めてるの」
「間違えたら?」
「壊すか、足りないか」
「どっちも嫌だね」
「だから覚える」
ニナはまた歩き出した。
それだけのことを、長いあいだ繰り返してきた人の手だった。
レオナはしばらく、ニナの腰に並んだ魔石を眺めていた。
「ニナって、こんなに上手かったんだね」
「毎日使ってるもの。力で勝てなくても、ここは勝ちたいよ」
「でも、私の方が力は強いよね」
ニナが横を向いた。
「喧嘩売ってる?」
「違うよ」
レオナは少し困ってから、自分の手を見た。
「さっきだって、私の方が魔石を満たすのは速かったし。でも、ニナの方が上手いなって」
ニナは少し考え、腰に並んだ魔石を軽く叩いた。
「強いだけでいいなら、大きいの一個持ってけば済むじゃない。私が選んでるの、見てた?」
レオナはその腰を見る。
右には小さいもの。左には中くらい。奥には大きなもの。
「どれなら荷を動かせて、どれだと壊すか。それを間違えないようにしてるの」
ニナは何でもないことのように言った。
その先は、しばらく二人とも黙って歩いた。
「私、自分の力のこと、あんまり知らないんだね」
「知らなくても、あれだけ使えれば十分じゃない?」
「十分じゃなかったよ」
ニナがこちらを見る。
レオナは前を向いたまま歩いた。
「もう、死にたくない」
しばらく、二人の足音だけが続いた。
「ちゃんと使えるようになりたい。自分の力」
道の向こうから荷車が来て、二人は端へ寄った。車輪の音が近づき、横を通り過ぎて、また遠ざかっていく。
そのあとで、ニナが口を開いた。
「森の人なら、何か知ってるかもね」
「森の人?」
「明日行く方にいるエルフ。私たちとは魔力の使い方が違うらしいよ」
「どう違うの?」
「細かい。私には真似できないくらい」
レオナが顔を上げた。
「見たことある?」
「少しだけ」
エルフ。知らない言葉だった。
「どんな人?」
「見れば分かるよ」
「教えて」
「うまく説明できない」
ニナが笑った。
「私も行っていい?」
「仕事だからね」
「邪魔しない」
「本当に?」
「たぶん」
「それ、信用していいの?」
レオナは腰の小袋を持ち上げた。
「今日も働いた」
「魚を買うのと護衛は違うよ」
「じゃあ、道で使う魔石を満たす」
「それなら少し考える」
「じゃあ行く」
「まだいいって言ってない」
ニナは呆れたように笑い、そのまま歩いていく。
レオナも、その隣を歩いた。
大小の魔石が、ニナの腰で小さく触れ合っていた。




