【9】柴田勝家の最期
賤ヶ岳の戦いで、柴田勝家は秀吉に敗れた。辛うじて北之庄城に逃れた勝家だったが、もはや秀吉に抗う術はなかった。猛将 柴田勝家、最期の日。
―1582年4月下旬―
【長浜城にて 羽柴秀吉】
ここでの戦には勝った。しかし勝家の首は取れなかった。
やっぱり、俺や利家の姑息な策ごときじゃ、鬼柴田を殺るなんて できやしなかったか。
そんで、ここからは俺が攻める番だが……あまり気が進まないのは、どうしてだろうな。
【岐阜城にて 織田信雄】
信孝。秀吉に降伏したばかりなのに、再び刃向かうなんて、理解に苦しむぞ。
お前は本当に馬鹿な弟だ。
いや 正確には、お前のほうが先に生まれているらしいから、弟は俺だ。
お前は、母親の血筋は良くないが、頭の出来が良いと言われた。俺は、母親の血筋は良いが、頭の出来が悪いと言われた。本当は、俺たちは二人とも頭の出来が悪かったのにな。
まあ多分、お前のほうが、少しだけ利口だったんだよ。
でもな、半端に利口なのが一番ダメなんだ。俺くらい馬鹿なら、誰にも期待されない。俺自身も何もする気はない。なのにお前は半端に利口だから、半端に考えて半端に何かやろうとした。そのせいで、お前は多くを失った。
お前がやろうとしたのが、誰のためなのかも、何のためなのかも俺には分からない。今さらそれを聞くことに、意味もない。
ただ、お前にとって大事なことだったのなら、それで良い。後悔だけは、してねえんだろう?
俺とお前は、いつも つまらんことで争ってきた。お前が右だと言えば俺は左、逆も然りだ。だが、せめて最後だけは、お前に決めさせてやるよ。
秀吉に再び捕えられて恥を晒すか、それとも潔く死ぬか。
自慢じゃないが俺には、自ら死ぬ勇気なんてない。俺がお前の立場なら、恥を晒し、後ろ指を指されても生きる。
だが……お前ならどうだ、兄貴よ。
【北之庄城を包囲中 羽柴秀吉】
柴田殿、若い頃は よく俺の面倒を見てくれたあんたを、こうして死に追いやる日が来るとは、ほんの一年前には思いもしなかった。
あんたと、仲違いばかりするようになったのは、俺が生意気だったせいだ。あんたも、俺が疎ましかっただろう?
それで互いに意地を張って、ここまで来てしまった。
昔の恩を忘れたわけではないが、ここで死んでもらうよ。どうせ あんたも、俺に命を救われたくなどないよな。
三人の娘たちは保護したが、お市様自身は城から出てこない。浅井長政のときは出て来てくれたが、二度も俺に、敗者の妻の顔を見せたくはないのかな。
それとも、柴田殿となら一緒に死んでも良いと思っているのか。
いくら男に慕われても、女性の心を惹き付ける要素なんか、柴田殿のどこを探しても、見つからないと思っていたけどね。
柴田殿、あんたが死んだら、女性にモテない男の第一位は、断トツで俺になっちまうな。ライバルがいなくなるのは寂しいが……
お疲れさんでした。
【北之庄城にて 柴田勝家】
完敗だったな。秀吉、お前はすごいやつだよ。
俺は、本当に馬鹿だったんだな。こんなんじゃ、長秀も利家も、秀吉に付いたほうが良いと思うに決まっている。むしろ俺に付いてきて、あいつらまで死なせることにならなくて良かった。
佐久間盛政は死んだだろうか。もう確かめようがないが、できれば生きていてほしい。あれ程の男を、俺のせいで死なせたくはない。
お市様にも、逃げてほしかった。しかし、娘御だけ逃がし、ご本人はここに残ると言われた。説得しても、ご意志は変わらなかった。
お市様は、俺の妻ということになっているが、それは名目上だけのことだ。
俺と結婚という形にしたのは、信長様亡き織田家で、お市様に心身の安寧を保って頂くためだ。だから俺は今まで、お市様に、指一本たりとも触れたことはなかった。
その俺が初めて、お市様の体を腕に抱いたのが、お命を断つためだったとはな。俺は途轍もなく愚かで罪深い男だ。
秀吉、勝ったお前はすべてを自由にできる。だがこの先 もし負ければ、俺と同じ運命だ。お前が踏み込んだのは、そういう道なんだ。だから、勝って勝ってお前の天下を掴めよ。
俺は先に信長様のところに行く。詫びなければならないことが、たくさんできてしまったからな。
信長様……許してくれるかなあ…。
【10】織田信雄の怒り に続く




