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秀吉「俺が、天下を取る!」  作者: スグル【戦国時代好きの40代】


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【7】賤ヶ岳の戦い 前編

挿絵(By みてみん)


【1583年1月上旬 越前府中城にて 前田利家】


 柴田勝家殿は良い武人だ。戦場では頼りになるし、情にも厚い。


 しかし愚直過ぎて、この巨大な織田家を引っ張っていける程の器ではない。柴田勝家という人間をよく知る者ならば、誰でもそんなことは分かる。清洲会議では、それがさらに浮き彫りになってしまった。


 だが、根本の考えが違う秀吉とは、絶対に手を取り合えない。


 そして大方の予想通り、この戦いを制するのは秀吉だ。柴田殿は、善戦はしても、勝者にはなれない。


 もし できることなら、秀吉と和睦して頂きたい。当然 柴田殿にとっては屈辱的な条件になるだろうが、これ以上 無益に殺し合うよりはマシだ。


 もちろん、秀吉と敵対したくないという、俺の私情が入っていることも自覚している。


 それに、若い頃は滅茶苦茶だった俺が、何を言うかと思われるだろうが、柴田殿には耐えてもらいたいのだ。そうしなければ、さらに耐え難い屈辱に(まみ)れることになる。


 ただでさえ恐ろしく計算高いあの秀吉が、今まさに絶頂期を迎えているのだ。俺にはそれが、はっきりと分かる。

 

 あの時、既に秀吉は、俺がこういう考えに至ることまで読み切っていたのだからな。



【1月上旬 山崎城にて 羽柴秀吉】


 武士の家に生まれた利家と、農民の家に生まれた俺が、親しいと呼べる間柄になったのは、最も貧しかった時期を一緒に過ごしたからだ。


 利家は体がでかい分、脳みそが小さいから、若い頃 馬鹿なことを度々やって、織田家から追い出された。数年後に、柴田勝家のおかげもあって戻っては来られたが、武士としては最低クラスの処遇になった。それでしばらく、俺と利家は、同じ村で同じような小さな家に暮らしていた。


 うすらでかくて馬鹿な利家と、チビっこくて狡賢(ずるがしこ)い俺が、なぜか気があった。戦でもいつも同じ隊になったから、よく俺の策で利家に功を立てさせて、褒美を山分けした。あの頃は楽しかったなあ。


 その後はお互いに出世していって、会うことも少なくなったが、今でも、あいつにだけは気を許せるんだ。


 その利家が、今は柴田勝家の与力(よりき)になっている。去年 俺が信長様の葬儀をやると言った時、勝家が寄越した詰問の使者の一人が利家だった。あの時は、柄にもなく気まずそうにしていたな。


 俺との関係を知らないはずがないのに、利家にあんな役目をやらせた勝家の、知能指数を疑ったよ。


 利家が来ようが誰が来ようが、俺が信長様の葬儀をやめるわけがない。ただ、それにクレームだけは入れておかないと、認めたことになってしまうから、形だけでも使者を寄越したんだろう。ならば利家じゃなくても良いではないか。


 だから俺はあの時、調略ではなく、友としての本心で、利家に言った。柴田勝家では無理だ。お前のためにも、世のためにも、俺に付いたほうが良いとな。


 あいつは黙って俺の顔を五秒くらい見て、短く返事をした。


 俺には、面会も断られたと勝家には報告させた。勝家はそれを疑いもしないし、自分の大きなミスにも、まだ気づいていないはずだ。



【1月上旬 清洲城にて 織田信雄】


 滝川一益が、柴田勝家に味方するとか言って、伊賀で兵を挙げた。


 俺のもう一つの領地の、伊勢を攻める構えのようだ。


 おっさんたち、どこまで馬鹿なんだよ。あんたらの敵は、秀吉じゃないか。俺はただの神輿(みこし)だよ。


 しかも今は、信孝の動きに備えて尾張に来ているんだ。ならこっちを攻めるよね、普通。この城を取り囲めば、美濃から連れて来られた三法師を、即座に渡してやったのによ。


 それかせめて、美濃を奪い返そうとか、秀吉がいない間に山城を突こうとか、いくらでもマシな考えがあるでしょ。そんな、俺でも分かることが分からんから、北条にも秀吉にも勝てないんだよ。


 何年 生きれば分かるのかな。



【1月上旬 北之庄城にて 柴田勝家】


 一益、お前は俺を見捨ててはいなかったか。しかも信雄様が不在の隙に伊勢を攻めるとは、素晴らしいアイデアではないか。さすがは、俺に並ぶ歴戦の武人だな。


 俺も、弱気になっていてはダメだな。雪解けはまだだが、一益の頑張りをここで黙って見ているわけにはいかん。


 まず近江長浜を奪い返し、信孝様の美濃から、秀吉の軍を追い払う。


 出兵を前倒しする。準備を急げ。



【1月中旬 山崎城にて 羽柴秀吉】


 当然、滝川一益が動く可能性は考慮していたが、大した警戒はしていなかった。


 信長様が亡くなった途端に北条に攻められて、命からがら逃げ帰って来たのを見て、とっくにピークを過ぎた老人だとしか思っていなかったからだ。


 兵を挙げるのなら、去年 俺が美濃を攻めた時がベストだったのに、その時は何もしなかった。そんで、今さら伊勢を攻める?やっぱり衰えは隠せないな。


 それでも邪魔な存在ではあるから、ここで ついでに叩いておけるのは、むしろ好都合だ。


 俺が自ら兵を率い、伊勢で滝川一益を討つ。



【1月中旬 府中城にて 前田利家】


 おい、滝川一益殿。どうせ攻めるなら近江か山城だろう。伊勢なんて、今回の争いにほとんど関係ないところを攻めてどうするんだ。


 まさか、信雄様が〈織田家の総大将〉だからなのか?


 柴田殿も滝川殿も酷いな。戦略に関してはど素人だ。戦術と戦略はまるで違う。


 そもそもの戦略を誤っていては、戦術が優れていようが勇猛に戦おうが、大した意味はない。互いに連携して動いているつもりなのだろうが、場所もタイミングも噛み合っていない。


 これでは、個別に撃破されて終わりだろう。



【2月上旬 伊勢の陣中にて 羽柴秀吉】


 滝川一益が伊勢なんかを攻めたのは、もしかして俺を、近江から引き離すためか?


 そんで俺が来たら、城に籠もって、雪解けまで時間稼ぎをする気か。もし そうだとすれば、一応 考えてはいたんだな。


 だがやはり、衰えがきている。自分から兵を挙げておきながら、結局 時間稼ぎしかしないのなら、まるで怖くない。俺を伊勢に引き付けておき、その隙に柴田勝家が近江を攻めるという狙いも見え見えだしな。


 分かっていれば、いくらでも対処できる。滝川一益がこれ以上 動かないならば、伊勢は信雄様に任せても問題はないな。俺は、勝家が出兵するのを、ここで待っていれば良い。


 これで、勝家がノコノコと近江に出て来たら、一気に片を付けられる。




【8】賤ヶ岳の戦い 後編 に続く

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― 新着の感想 ―
勝家は絶対納得しないだろうけど、秀吉と和解してほしかったなあ。。。
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