【33】格好良い男
【1590年 8月 米沢城にて 伊達政宗】
会津を秀吉に没収されたが、あれはやむを得ない。むしろ、会津だけで済んで良かったと考えるべきだろう。蘆名から奪ったばかりの土地だし、さほどの未練もない。
秀吉は、人の好き嫌いが分かり易いな。派手で目立つ特徴があり、颯爽とした雰囲気の者を好むようだ。多少わざとらしくても、懐に飛び込んでしまえば、怒りを買うことは少ないのだろう。表向きの立ち回りさえ誤らなければいいだけだ。
天下を取った男にしては、どうも鋭さや深さを感じない。本当にこのまま、戦乱は収束するのだろうか。
【8月 江戸城にて 徳川家康】
織田信雄が那須郡に改易?おい、俺の領地の隣みたいなもんじゃないか。
俺は、あいつから離れられないようになっているのか?
でも信雄本人は、領地が減り、むしろ身軽になったと喜んでいる。ある意味、賢いんだよな。やっぱり(今川)氏真に似ているよ。
ああいうやつが、意外に長生きするんだよ。まあ 死ぬまでにもう一度くらいは、俺のために何かやってくれると有難いよ。
期待は、してないけどね。
【8月 河越館にて 黒田官兵衛と大道寺政繁】
「大道寺政繁が、切腹の前に、俺と話したがっていると聞いたが…」
「ああ その通りだ。本当に来てくれたんだな。無視されるかとも思っていた」
「あんたほどの勇将に呼ばれたんだ。来るに決まってるだろう。
最後は降伏したが、あの少ない兵で松井田城に籠もった戦いは、お見事だったよ。こっちも、城を焼き尽くす寸前までやるしかなかった。相変わらず、手強い人だと思ったよ」
「最後の意地を張っただけだ。俺には、真田昌幸ほどの知謀や胆力はない。だが、お前にそんなこと言ってもらえるとは、お世辞でも光栄だ」
「そうかい。まあ 人を褒めるなんて滅多にないけどな。しかし、その後の行動にも驚かされたよ。北条家に仕える元の仲間たちに降伏を勧め、無駄な死人を減らしてくれた」
「死ぬのは、俺のような老兵だけで十分だからな」
「秀吉も俺たちも、初めから あんたが信用できる男だと思っていた。あくまで降将だから、恩賞は期待できないにしても、あんたは秀吉に仕えて生きることができたはずだ」
「四十年以上 仕えてきた北条家を裏切ってまで、生き続けたいとは思わない」
「それで、戦が終わってすぐ、自ら秀吉に切腹を願い出たのか。家康の娘婿の北条氏直は、切腹だけは免れたが、小田原北条家は滅んだんだ。あんたがこっちに付かなかったとしても、その結果は同じだった。なのに、北条家の死人を減らしたあんたが、進んで死ぬこともないと思うがね」
「最初から決めていたことだ」
「そうらしいね。それが堅物のあんたらしいとも思う。なら決めた通りにすれば良い。
それで、俺に話ってのは何だ?」
「あの時、子供を見たよな?」
「子供?」
「松井田城から、密かに脱出させた」
「ああ あの時か。見たよ。わざわざ危険を冒してまで、子供らを城から出したってことは、城に残ったあんたたち将兵は、決死の覚悟なんだろうと思ったよ」
「あの中には、俺の孫たちもいた」
「そうだったのか。多分あんたの親族だろうとは思ったよ」
「出て行くところを、お前に見られたことは、城にいた俺も気づいていた。なぜあの子らを捕らえなかった?」
「捕らえてどうするんだ?」
「それは、俺との取引に使えるだろう」
「子供を使ってまで勝とうとは思わんよ。上杉景勝に仕える若い家老なら、そんなことを考えそうだがな。顔の上に〈愛〉なんて乗っけてるくせに、姑息なことをやりそうなタイプだ」
「ああ あれな…最初は俺も、思わず二度見したぞ」
「そうだよな。愛なんて、女子ウケでも狙ったのかも知れんが、見るたびに笑えてしょうがねえんだ。ある意味、ウケ狙いは成功してるな」
*正確には愛染明王が由来だとされています
「見られたのが、その愛じゃなくてお前だったのが、幸運だったようだな。あれでお前には借りができた」
「あんなもん、貸しでも借りでもねえよ。あ…ちょっと待てよ。あんた まさか、俺に借りができたとか思って、こっちに付いたなんてことは…」
「それはねえよ」
「だよな。もしそんな私情で動いたとしたら、あんたを軽蔑していたよ」
「軽蔑はしてくれても構わんが、子供を見逃してもらったから やったことではない。ただ、お前には礼を言いたかった」
「貸しでも借りでもねえって言ったじゃねえか」
「そうだな、分かった。ならば礼は言わん」
「それで良い……いや待てよ。あの大道寺政繁に礼を言われたっていうのは、自慢できるな。やっぱり言ってくれないか?」
「断る。男に二言はない」
「堅物め。くそっ、惜しいことをしたぜ」
「格好つけてるからだ」
「確かに、そうだったな。しかし格好は大事なことでもある。どうせ俺たちがやってることなんて、ただの殺し合いだろ。とても褒められたもんじゃねえ。だからせめて、格好だけはつけておきたいじゃねえか。特に、死に際に醜態は晒したくねえだろう?
あんたの生き様も死に様も、すげえ格好良いよ」
「そうか。格好良いなんて、言われたことはなかった。汗臭くて、泥臭い一生だったからな」
「最期が格好良ければ、きっと一生も格好良かったんだよ」
「そうなのか」
「そうだよ…多分な」
「…おい、真田昌幸」
「ああ?」
「ありがとう」
「男に二言はないんじゃなかったのか?」
「今のは、子供のことではない。俺に初めて、格好良いなんて言ってくれたことへの礼だ」
「そうかい。心にもないことでも、言ってみるもんだな」
「まったくだ」
「俺は、あの大道寺政繁に礼を言われたんだって、一生 自慢するよ」
「好きにしろ」
「大道寺政繁……ありがとう」
【34】死の床 に続く




