【34】死の床
天下統一から八年後。老いた秀吉は、死の床についていた。天下を取り権勢を極めながら、孤独に苛まれた日々を振り返りながらー
【1598年 8月 大坂城にて 豊臣秀吉】
本当は俺はずっと、信長様にお仕えしていられれば、それだけで良かった。
特に、組頭にしてもらった頃が、一番幸せだった。あの頃の俺は、とにかく ただ信長様のお役に立ちたかったんだ。そりゃ、出世させてもらえるのも嬉しかったよ。信長様に認めてもらえているんだって、実感できたからな。
でも俺には学もねえし、家柄だって良くねえ。だから俺は、信長様の役に立つためなら、命がけで何でもやった。信長様も、俺をどんどん出世させてくれたよ。でも農民の家に生まれた俺には、家来なんて一人もいなかったから、自分でも必死に家来や味方を増やすようになった。
そのせいで俺は〈天性の人たらし〉なんて呼ばれるようになった。だが天性だけで、人を味方にできるはずがねえんだよ。
どうしたら、人を味方にできるのか考え抜いて、あらゆるものを利用した。言葉だったり態度だったり損得だったりな。そうやって、だんだん俺にも家来や味方が増えていった。妬むやつや、足を引っ張るやつも同じくらい増えたがな。まあ 俺も、行儀の良いことばかりしてきたわけじゃねえから当然だ。
それで、敵は敵、味方は味方って、割り切ってしまえれば良かった。だが いつからか俺は、味方すらも信じられなくなってしまっていた。どいつもこいつも本当は、俺に敵意を抱いているんじゃねえかって、疑わずにはいられなくなったんだ。
特に、頭が良くて先の先まで読んでいるようなやつは、いつか俺を裏切るんじゃねえかって、いつも疑い怯えていた。自分で有能な家臣を増やしたくせにな。でも本当は、俺に仕えていた家臣は誰も、俺を裏切ろうなんて考えちゃいなかった。そんなやつらを、俺は勝手に疑い怯え、遠ざけ、殺してきたんだよ。俺から人が離れていったのも必然だ。
そして、自分がそうだからって、信長様も俺を疑っていたのかもなんて、馬鹿なことを考えたこともあった。だが信長様は、誰のことも疑ってなんかいなかったんだ。敵対するやつや、使えねえやつには容赦なかったけど、信頼した家臣を疑ったことはなかったんだ。明智光秀のことですら、死ぬ直前まで信じていたんだろう。
信長様が死んですぐ、俺は信長様がやりたかったことを、代わりにやるって決めた。俺にしかできねえことだったからな。手段も選ばなかったから、織田家を乗っ取ったと言われても、仕方がねえだろう。
北条を倒して、この国を統一したのは、何年前になるのかな。でも信長様の夢だった天下統一を、俺が代わりに成し遂げたはずだったのに、あまり嬉しくもなかったんだ。どんな祝いの言葉も貢ぎ物も、白々しく感じていた。
それがなぜなのか、今なら分かる。俺は自分がやってることを、信長様の夢だったって自分に言い聞かせていただけなんだ。初めは本当に、信長様の代わりをやるのが自分の夢だって思えていたのに、いつからか、それが変わっていってしまった。
天下統一なんていっても、借り物の夢が叶ったってだけなんだ。そんなもん、嬉しいはずがねえんだよな。
大名が全員、天下を取って国の頂点に立ちてえなんて、思っているわけじゃねえ。俺も本当に、この国の頂点に立ちたかったのか?
違うだろうな…。じゃあ信長様が死んだ後、俺は本当は、何がしたかったんだ。俺はどこで、道を間違えた?俺の夢は何だったんだ?
すべては、夢のまた夢か。
死ぬ前に一つだけ、今の俺が本気で望んでいることを言わせてくれ。天下は誰のもんになっても良い。秀頼のことだけは、守ってやってほしい。
【8月 大坂の屋敷にて 黒田官兵衛】
秀吉様が死んだか。驚異的なほど、多方面に渡る才能を持ち、努力も惜しまなかったが、天下を取った頃からは、明らかにおかしくなってしまっていた。
信長様の夢を自分の夢にすると決めたなら、とことんまで貫けば良かったのだ。農民の家の生まれという劣等感からか、人を疑う悲しい癖があったが、いつからか自分の夢まで疑い出してしまったのだろう。
自分が、あの信長様の代わりになれるのか、とな。
だが、誰も信長様にはなれないんだよ。そして、誰も秀吉様にはなれない。
そもそも、夢だなんて いかがわしい言葉に酔うべきではなかった。秀吉様にあったのは、野心と欲望なのだからな。天下を取ってからは、保身も加わった。だが、それ自体が悪いのではない。
夢だなんて自分に言い聞かせるから、それが本当の思いと乖離していくことに苦しんだんだ。
明国攻めを強行したのも、苦しみから逃れるためだったのだろう。立ち止まったら、息が詰まってしまったのだ。
あの二度の無意味な出兵のせいで、豊臣政権への反感が増した。国内を平定したなら、兵たちを建設や物流、治安の維持などに従事させれば、国は富み、政権への支持が高まったはずなのにな。
秀吉様に向かうはずだった反感は、まだ政権の中枢にいる石田三成が浴びるのだろう。
三成には気の毒だが、俺は豊後に帰って、今度こそ水の如く生きさせてもらうよ。
【8月 伏見城にて 徳川家康】
秀吉の死の間際に、天下は誰が取っても良いが、秀頼は守ってくれと言われた。
言われなくても、もちろん天下は頂くつもりだ。秀頼をどうするかは、周りの大人の態度次第だよ。
それにしても秀吉って、似合わないけど意外とロマンチストだったんだろうな。あの頃に戻れたらとか、死んだ信長の夢を自分が代わりに…なんて、大の大人は普通は考えないよ。
俺はそういうのを聞くと、虫酸が走るんだ。政事や軍事にロマンを重ね合わせるのは結構だが、それはもっと平和な時代にやることだよ。
秀吉は才能に溢れる男だったが、殺伐としたこの時代には、実は向いていなかったのかも知れない。でも、あいつなりに頑張ってくれた。俺の天下統一のために働いてくれたんだから、感謝し ているよ。
後は俺に任せて、地獄でまた、信長の従者にでもなれば良い。
【地獄 柴田勝家と藤吉郎】
「おい、藤吉郎」
「あれ、柴田殿?なんで…?」
「お前、ここがどこか分かっているか?」
「ああ そうか。俺は死んだのか。ここは地獄…」
「そうだ。俺は猿関白に敗れて、先に死んだ。地獄で、お前が来るのを待っていたぞ」
「柴田殿を破った時、俺は関白ではありませんでした」
「細けえこと言うな。地獄には関白も太閤もねえ。出世もねえぞ」
「出世なんて、望んでいませんよ」
「ああそうか」
「それで、信長様は…?」
「ああ、お前のことを待っているよ」
「待っている?」
「なんだ、おかしいのか?」
「…いえ」
「さあ、急いで行くぞ。ボサっとしてる暇はねえぞ。
なあ…元・天下人よ」
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