【30】小田原城に赴く黒田官兵衛
【7月上旬 小田原城にて 北条氏政と黒田官兵衛】
「お邪魔しますよ。俺は片足が不自由で、歩くのが大変なんですが、そちらの兵に背負ってもらえて助かりました。関白 豊臣秀吉の使者で、黒田官兵衛と申します」
「俺が、北条家四代目当主 北条氏政だ。現当主は息子の氏直だが、話は俺が聞く。氏直や他の重臣は聞いているだけで、口は挟まない」
「それで構いません」
「では早速、用件を聞かせてもらおうか。先月 来た使者と同じなのだろうがな」
「同じです。豊臣秀吉に降伏して頂きたい」
「断る」
「こちらの条件に肯んじることはとてもできない。そう言われたのは聞いています。しかし、日が経てば経つほど、提示する条件をさらに厳しくせざるを得ません」
「そうだろうな」
「戦が続けば、小田原城以外の城も、次々に攻め落とします。既に相模東部や武蔵のほとんどの城は落ち、抵抗を続けているのは忍城くらいです。さらに、上総や下総も…」
「分かっている。戦である以上、それはやむを得ない。だが抵抗しない者は、殺さないでくれ」
「もちろんです。しかし八王子城のように…」
「待て。ならば、こちらの要望を秀吉が飲むなら、降伏を受け入れる」
「前回の交渉と同じでは、受け入れられません」
「分かっている」
「では要望を仰ってください」
「俺と氏直は切腹する。その他の者の罪は問わない。当主には北条氏照(氏政の弟)が就き、足柄上郡と足柄下郡を領有させてもらいたい」
「それらの条件を飲めば、北条家は降伏するのですね」
「それは約束する。朝廷に毎年、税収の一部も納めよう」
「そうですか。しかし、言われたことのすべてを飲むことはできません。こちらの条件をお伝えします」
「言ってくれ」
「まず、北条氏政殿と北条氏直殿、それに戦を主導した数名の重臣は切腹」
「数名だな?」
「はい。多くても三名ほどでしょう。ただし北条氏照殿は、その中に含まれます」
「そうか。ならば当主は氏規」
「良いでしょう」
「分かった。受け入れる」
「領地については、相模ではなく、畿内の豊かな場所に替え地を用意します」
「ダメだ。この小田原だけは手放せない」
「こちらも、北条家の小田原領有は認められません」
「そうか」
「時が経てば経つほど、条件は厳しくせざるを得ません。今の条件を受け入れれば、分家とはいえ北条家は残ります。それとも、これから戦況を立て直し、有利な条件を引き出せると思いますか?」
「お前が言うことは理解できる。戦況を立て直せる可能性も低い」
「そこまで認めるのであれば…」
「だが、まだ勝負は付いていない。小田原を捨てるなどという条件で、降伏はできない」
「そうですか。では、最後まで戦うつもりですか?」
「そうするしかない。どこが最後になるかは、決めていないがな」
「何のために、そこまでして戦うのですか?」
「何だとっ。ではお前は、何のために ここへ来た?」
「えっ…?」
「どうした。お前が先に聞いたのだ。何のために戦うのかとな」
「何のために…?俺は、何のために……?」
「お前の足が不自由なのは、荒木村重に幽閉されたからだろう。ならば、危険も身に染みているはずだ。そうまでして敵の城に乗り込んで来たのは、何のためだ?」
「それは…分かんねえ…」
「…………」
「いつからだ…?俺が、何のために戦うのかを、忘れたのは……」
【31】北条家の降伏 に続く




