【28】大道寺政繁の献身
【4月 中仙道を進軍中 真田昌幸】
北条家は、家臣も領民も団結力が強いね。圧倒的に不利だと分かっていても、容易く降伏する城は少ない。
どうやら、降伏すれば皆殺しにされるなんて、とんでもない噂まで広まっているようだ。二十万もの兵で攻めて来られりゃ、恐怖でそんな噂でも信じてしまうもんなのかもな。そういう集団心理に染まると、外から何を言っても なかなか聞く耳を持たないんだ。
既に武蔵に入ったが、この先の北条家の城には、こっちにまともに対抗できる戦力はない。そういう城を、兵数で押し潰すような戦は、できればやりたくないね。
【4月 早雲寺にて 豊臣秀吉】
戦が終わってもいないのに、降伏した大道寺政繁を、わざわざ俺のところに連れてくるなんて、利家は何を考えているのかと思ったよ。
だが、大道寺政繁の話を聞いて理解した。俺に従うだけじゃなく、こちらの城攻めに協力したいと願い出てきた。利家からもよく聞いたが、おそらく信用して良い男だ。
自分が説得に行けば、北条家の人間も降伏してくれると考えているようだ。小田原城からこちらに内通しようとするやつもいるが、そんな自分が助かりたいだけの者とは違うようだ。
良いね、やらせてみるか。
【5月 小田原城にて 北条氏政】
小田原城に、兵を半分以上 集中させざるを得なかったせいで、碓氷と箱根は易々と突破されてしまった。
箱根を越えてくる敵は、この小田原城で迎え撃てばいいが、碓氷を越えた敵に対抗できる戦力はない。これで、相模東部や武蔵の城が落とされるのは、時間の問題だ。
伊達政宗の援軍に僅かに期待していたが、まだ黒川城から軍が動いてはいない。
それでも小田原城の防御力なら、敵の攻撃に一年でも耐えられる。秀吉が力攻めで来るなら、まだ十分に戦える。
だが、この戦の本当の問題は、城の防御力ではない。
もしも秀吉が それに気づいていれば、俺と氏直は、命を捨てることになるな。
【5月 武蔵の陣中にて 真田昌幸】
大道寺政繁がこっちの味方に付いて、この先の城に籠もっているやつらに、降伏を勧めてくれるのか。
あの堅物で誇り高い男が、自分の保身のために、そんなことをするはずはない。本心から、北条家に仕えている仲間を思ってのことなんだろう。大道寺政繁も、抵抗は無意味だって よく分かっているんだ。
敵の話に聞く耳を持たないやつらも、大道寺政繁の話なら聞いてくれるかも知れない。俺も無意味な虐殺はしたくねえから、降伏に応じる城が多いと助かるよ。
ただ、北条氏照(氏政の弟)の八王子城だけは、北条家から離反した大道寺政繁の説得に応じるとは思えない。あの城だけは、激しく抵抗してくる気がする。ちょっと…憂鬱だね。
【5月 早雲寺にて 豊臣秀吉】
大道寺政繁の説得で、武蔵や相模東部の城は次々に、無抵抗で降伏に応じた。だが八王子城と忍城は、未だ降伏せず抵抗を続けている。
八王子城の城主は、北条氏政の弟の氏照だ。氏照は小田原城にいるが、その一族たちも、こちらに付いた大道寺政繁の説得には、とても応じられないよな。
だが、そういう城もあって、俺にはむしろ好都合だ。
八王子城に籠もる者は、すべて殺し尽くせ。
【6月 八王子城外にて 真田昌幸】
やっぱり、八王子城は降伏を拒否した。
立て籠もっているのは、女子供も含めて二千人足らずだ。だったら、小田原城が落ちるまで包囲し続け、それまでに他の城を落とせば良いと思うが、秀吉は八王子城を落とし、籠もる者をすべて殺し尽くせと命じてきた。
秀吉の考えも分かるけど、正直言うとやりたくねえな。
すべての者を殺し尽くすのは、目撃者を残さないためだ。長引かせず、どんな惨いことでもやれってことだよ。
兵数にものを言わせて一気に攻め、誰彼構わず殺すだけの戦になる。攻めるこっちにも、相当な死人がでるのを覚悟しなきゃならない。
こんなことになったのも、秀吉が小田原城を大軍で囲んでしまい、戦を長引かせたからだ。野戦に引っ張り出して、北条の本隊を一度 蹴散らせば、もっと早く終わってたんだよ。
まったく、トロくさくて嫌になるぜ。
【6月 小田原の陣中にて 徳川家康】
八王子城が落ちたようだ。少数で強硬に抵抗したが、籠もっていた者は全員 討たれたか自害したらしい。
北条氏照の妻や子供、家臣やその家族も全員だ。
北条氏照、どうせもう自分は助からないんだから、兄の氏政を説得し、早く降伏していれば、八王子城の妻子までは亡くならずに済んだだろうにな。
こちらに、本当に二十万の兵がいたとしても、小田原城を力攻めで落とせるとは思えない。だから秀吉は、包囲したまま決戦を避け、城内の将兵の心を揺さぶる手段を探していたんだ。
八王子城が落ち、将兵やその家族の首でも晒されれば、小田原城内の者にも動揺が走る。同時に、大道寺政繁の説得で降伏に応じた者も連れて来て、城内に顔を見せ、降伏を勧めさせる…。
小田原城という、卓越した防御力を持つ城は、大軍でも落ちない。
だが人の心は、時として、簡単に落ちるものなんだよ。
【29】小田原城 包囲 に続く




