【24】先を読み過ぎる家臣
【1589年 11月 京の宿所にて 真田昌幸】
北条のやつら、絶対にやると思っていたが、ここまで早いとは驚きだ。
俺がわざと上野を離れ、名胡桃城の守りも手薄にしてやったら、あっという間に攻め落としたよ。
その決断の早さを、もっと大事なところで発揮していれば、北条家は秀吉に匹敵する勢力になれた可能性もあるのによ。まあ とにかくこれで、北条攻めの口実ができた。秀吉もご満悦だろうな。
俺が京に入った途端に監視が付いたから、秀吉も俺の居場所は分かっているはずだ。今日か明日にでも、聚楽第にお呼びがかかるだろう。
ただ……あれ、下手くそな監視だよな。隠れているつもりなのか?
それとも…俺を試しているのか?いや、そんなことをする意味はねえよな。
あんなヘボい監視役を平気で使えるのは、政権の中枢に、頭でっかちで現場の厳しさを知らねえやつしかいねえってことだ。そんなんじゃ、秀吉の天下は長く続かない気がするな。
小田原の戦なんて どうせ暇だし、その先の展開まで、じっくり見定めておこうかね。
天下なんか誰のもんでも良いが、真田家は存続させねえと、ご先祖に顔向けできねえからな。
【11月 聚楽第にて 豊臣秀吉】
真田昌幸、言わなくても俺の意図を完璧に理解していたな。
わざと領地を留守にして隙を見せ、北条に名胡桃城を攻めさせた。それで自分はもう京にいて、監視されても平然としていやがる。
俺が北条攻めのために、大名どもを招集するってところまで、完全に読んでいるんだ。今 領地に帰ったら二度手間になる。だから、呼び出しがかかるのを待っているんだろう。
あんなふうに、主君の意図を先読みできるのは、優れた配下なんだが、あまりにも正確に読まれ過ぎると、むしろ警戒心が湧いてくる。前から感じていたことだが、自分が頂点に立ってみたら、それをより強く感じるようになった。
思えば俺は、信長様の意図を、誰より先まで正確に読もうとしていた。それが家臣の務めだと信じて疑わなかった。
だが、信長様の下で手柄を立て、出世すればするほど、信長様との距離を遠く感じるようになっていった。その理由がこれなのか?
俺も信長様に警戒されていたのかな。
こんなこと、今 気づいても遅いけどな。俺が真田昌幸を好きになれねえのも、同じ理由なんだろう。
そういえば、俺と同じか、もっと先まで信長様の意図を読んでいたやつがいた。
明智光秀だ。
信長様と光秀は、どんな熾烈な読み合いをしていたんだろうな。バカな俺には分からねえ。俺にできるのは、先を読み過ぎる家臣に、油断はしねえってことだけだ。
俺は優秀な配下を集めてきたが、その分 孤独になったんだな。天下統一を目の前にしているっていうのに、気分が上がらないのは、そのせいだ。
【11月 小田原城にて 北条氏政】
猪俣邦憲…あいつ、何してくれてんだよ。
手薄な敵の城があれば、独断でも奪い取る。それは間違いではないが、ちょっと古い常識なんだよ。今やってるのは、一つの城や一つの郡の奪い合いではない。国の覇権を賭けての戦いなんだよ。
しかも、敵は国の半分以上を従えた秀吉だ。たった一つの誤りにも、破滅の危機が孕んでいる。
とにかく、すぐに弁解だけはしておけ。多分……無駄だと思うがな。
【11月 京の屋敷にて 徳川家康】
おいおい、北条氏政、何してくれてんだよ。
本当に困るね。何にでも段取りってもんがあるんだ。
秀吉と戦うなら戦うで、俺や伊達政宗と、しっかり話を詰めてからにしろよ。まあ 俺は北条には付かないけどさ。
見切り発車してから、弁解したいから秀吉に取り次いでくれなんて、俺に頼むなよ。下手をすれば、俺まで討伐対象にされてしまうじゃないか。
やむを得ない。北条家の使者には、ちょっとお泊まりしていて頂こうか。
【12月 聚楽第にて 豊臣秀吉】
俺は北条を攻めるチャンスを待っていたんだ。
北条氏政が、あれの件の弁解のために使者を寄越したらしいが、今さら何をどう弁解しても、聞く耳は持たないよ。
名胡桃城まで北条領だと家臣が勘違いしていただけで、城も領地も真田家に返還するだとか、言い逃れをしたいようだ。
だがその使者は、家康と一晩飲んだら意気投合して、お役目を忘れて一週間以上も泊まっているんだってよ。家康もよくやるよ。
家臣の独断だろうが、やってしまったもんは もうどうしようもない。俺だったら、そのまま真田領を奪い、家康に圧力をかける。家康だって、本音では俺に屈服していたくはないんだ。
仮に家康が北条に付いたら、伊達政宗も同調する可能性がある。それが最悪のシナリオだったが、北条氏政にそこまでの絵図は描けなかったようだ。
真田昌幸も、城の返還になど応じるはずがない。
さて…機は熟した。天下統一の仕上げにかかるとするか。
気分は、微妙なままだがな。
【25】二十二万の兵 に続く




