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秀吉「俺が、天下を取る!」  作者: スグル【戦国時代好きの40代】


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【22】真田の領地問題

【1588年2月 聚楽第(じゅらくてい)にて 豊臣秀吉】


 島津家が俺に臣従した。これで残った大勢力は北条家だけだ。


 おそらく北条家は、易々(やすやす)と俺に臣従はしないだろうが、むしろ そのほうが好都合だ。戦って潰してしまったほうが良いからな。


 伊達家が北条家に付けば面倒ではあるが、伊達政宗はそんな愚かな男ではない。むしろ保身に長けている政宗は、俺と北条の二択になれば、まず間違いなく俺に付く。


 北条や伊達が残ってはいるが、俺の全国統一は決まったようなもんだ。ここでさらに、俺の権力を国中に誇示しておいてやる。


 せいぜい、ビビれよ。



【4月 聚楽第 門前にて 徳川家康】


 まったく、秀吉はとんでもないことをやりやがったよ。


 後陽成(ごようぜい)天皇を、自分の私邸でもある聚楽第に行幸(ぎょうこう)させるとはな。普通の感覚じゃ、そんなこと(おそ)れ多くてできないよ。


 信長も正親町(おおぎまち)天皇を安土城に招いたけどね。ただ、正親町天皇は一度も安土城に行幸しなかった。秀吉は、聚楽第を内裏(だいり)のごく近くに建造したが、これは距離の問題だけじゃない。


 こんなことを、わざわざ国中の大名を呼び出してやったのは、自分が天皇陛下に限りなく近い存在だと示すためだ。


 これで事実上、秀吉の命令は天皇陛下の命令にも等しいと、誰もが認めざるを得ない。


 ここに参集した俺たちは、もう秀吉の意向に逆らうことはできない。参集しなかった大名たちは、ちょっとでも秀吉に口実を与えたら、征伐の対象にされてしまう。


 しかも、討伐の前線に立つのは俺たちの兵だ。九州征伐のときの、毛利や長宗我部と同じだよ。


 秀吉の天下が、これで決まったようなもんだ。もう今は、打つ手なしだ。


 でも俺は、豊臣政権で秀吉とその親族に次ぐ位置に収まった。そう考えれば、悪くはない。これからも秀吉とは、付かず離れずで、上手くやっていくしかない。


 だが一番の問題は、やっぱりアレだ。予想通り北条氏政も氏直も、参集に応じなかった。もっと空気を読んでくれよ。こういうときは、とりあえずでも、頭を下げておけば良いんだよ。

 

 北条家は、昔から外交が下手なんだ。融通が利かないとも言える。


 北条家が潰されるだけならまだ良いが、北条と同盟して、氏直に娘を嫁がせている俺は、巻き添えを食う可能性があるんだ。


 上手く立ち回らないと、厄介なことになるよ。



【聚楽第 門前にて 真田昌幸】


 間抜け面が、雁首(がんくび)(そろ)えていやがるな。


 あっちにもこっちにも、嫌いなやつばかりだ。おっと、徳川家康がいた。気づかないふりをしておこう。


 あいつは、人の扱いが下手なんだ。元は自分も、小っちゃい国衆だったくせによ。


 俺は武田家の家臣だった頃が、一番 気楽で良かった。戦は多かったが、死なない程度に働いてやれば安泰だった。


 だが武田が滅ぼされ、織田信長に付いた矢先に、今度はその織田信長が死んだ。


 そうなると、真田が生きるためには、徳川か北条に付くしかなかったが、北条とは因縁があったから、徳川に付いた。


 ところが俺の、信濃と上野に(また)がる領地を巡って、揉め事が起きた。甲斐・信濃は徳川領で、上野は北条領だとか、勝手に決められたからだ。徳川家康は、俺の上野の領地を北条に明け渡せだなんて、一方的に言ってきやがった。


 上野の吾妻(あがつま)郡と利根(とね)郡に代わる領地を用意するって話もねえまま、立ち退けなんてあるか。あの時は、武田の残党の雑魚一匹みたいに扱われて、久しぶりにムカついちゃってよ。三倍くらいの兵でノコノコ現れた徳川軍を、軽く蹴散らしてやった。


 それで、筋が通らねえことを平気でしてきた徳川家康を見限って、北条に……って思ったけど、北条も気に入らねえから、両方の敵の上杉景勝に付いてやったんだ。


 あれを、節操のない寝返りだとか言うやつがいるが、俺からすれば、理不尽から身を守るためにやっただけのことだ。


 ところが、上杉景勝がこれまたダメなやつで、領内もロクに治まってねえのに、無駄に威張り散らしていた。若い家老は、兜に〈愛〉なんて付けてて、見るたびに笑えて仕方なかった。上杉家はお(ぼっ)ちゃんと愛ちゃんの、お飯事(ままごと)みてえだったくせに、俺を徳川家から摘まみ出されたアホみたいに扱ってよ。


 元の主家の武田が滅んだから、領地が小さいだけなのに、どいつもこいつも俺を()めやがってムカついたぜ。俺はそんなやつらには、絶対にヘラヘラできなかった。


 そんなときに、上野の吾妻郡と利根郡を領有したまま自分に付けと、秀吉から誘いがあった。すぐに了承して、信繁(真田幸村)を人質に差し出して、秀吉に付いた。景勝と愛ちゃんは怒ったらしいけど、知ったこっちゃないよ。


 もちろん秀吉も、内心では嫌いだが、俺を雑魚扱いはしなかったから、こうして従っている。これでいずれ、秀吉が北条を攻める時は、地理的に俺が、中仙道(なかせんどう)から進む軍の先鋒だ。


 兵なんて、少なくても良いんだ。戦になれば、俺の恐ろしさと性格の悪さを、北条氏政に思い出させてやるよ。形の上では敵ではなくなったが、当然、徳川家康にもだ。


 北条氏政をちょっと挑発すれば、簡単に戦になるだろうしな。


 秀吉のためでも何でもない。俺は自分のために戦うだけだ。



【小田原城にて 北条氏政】


 どいつもこいつも、秀吉に()びを売っていやがる。


 だが俺は、関白だろうが将軍だろうが、京に来て臣下の礼を取れだなんて、勝手な命令に従う気はない。


 秀吉は、理由のない戦を自ら禁じてきた。ならば、口実を与えなければ、うちを攻めることだってできはしない。仮に秀吉と戦になったとしても、徳川家康は俺に付くだろう。家康は、秀吉に完全に屈服しているわけではないからな。


 さらに、秀吉の命令なんか まるで無視している伊達政宗も、こちらに味方するはずだ。そうなれば、互角以上に戦える。


 そもそも朝廷も幕府も、民衆を苦しめただけだろう。民衆を守るためにも、関東はこれからも北条家が統治するのが一番なんだ。


 成り上がりの秀吉ごときに、骨のある関東の武士が、膝を屈するわけがない。



【23】名胡桃城事件 に続く

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