【2】清洲会議 後編
【織田信雄】
はあ?俺は織田信長の次男で、信孝は三男だぞ。この序列を覆すのならば、俺が三男より不適格だという根拠を明確に示せ。
【柴田勝家】
明確な根拠と言われても…。能力が低いとか、人望が薄いとか、とても言えないよな。
【池田恒興】
そういうことなんだ。長幼の序列を覆した例は少なくないが、それには根拠が要るんだよ。
信雄では不安っていうだけじゃ、根拠にはならない。前当主が信孝を指名していたわけでもない。しかも信雄は、前当主の信忠様と母親まで同じなんだ。秀吉が余裕だったのは、信雄と打合せ済だったからだろうな。
つまり三対一だとか、論点がずれているんだ。柴田勝家、お前こそ織田家を任せるには不安だよ。
【羽柴秀吉】
「信雄様の仰ることは、ごもっともだと思います。それならば後見人は、信雄様と信孝様のお二人にお願いして、ご意見が割れた時のために、我々が相談役に就くというのはどうでしょうか?」
【織田信雄】
秀吉が言っていた通り、三法師の後見人は、俺と信孝の二人でやって、それに会議の出席者四人が相談役として付くことに決まったらしい。それなら別に良いよ。
実は俺は、何もする気はないけど、名目上だけ当主の後見人になっていれば問題ない。
ただ一つだけ、ボソっと言わせてもらうと…。そもそもね、後見人や相談役を何人も置いて、意見が割れたらどうするの?その度に会議をやるのか?そういう面倒くさいことをしなくて良くするために、ただ一人の後見人を決めるのが、今回の会議の目的だと思ってたよ。
あいつらは この緊急時に、何のためにわざわざ集まったんだろうね。まあ、どうでも良いけどね。
【柴田勝家】
狙っていたのとは少し違う形ではあるが、これでも問題はないだろう。重要なことは、皆で毎回よく話し合って決めれば良いだけだ。
だが、相談役も複数ということになり、ここにいる者の中で、秀吉だけをそこから外す上手い理由は見つけられなかった。秀吉に発言権を与えるのは気に入らんが、毎回三対一で押さえ込めば良い。
実際に今日も秀吉は、ここまでロクに発言もできていないしな。これで良いだろう。信長様を失ったのは本当に辛いことだが、悲しんでばかりもいられない。織田家を益々盛り立てていくのが、我らの使命なのだ。
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議題
信長・信忠・光秀らの遺領分配
【羽柴秀吉】
ああ、やっと本題に入れそうだな。俺にとってこの会議のメインは、信長様と信忠様と光秀の遺領分配なんだよ。俺は、京の都 山城が欲しいんだ。山城が手に入るなら、代わりに今の本拠地の近江長浜を手放したって構わない。
【柴田勝家】
そういえば今日は、遺領分配についても話し合うことになっていたな。まあ そんなのは些細なことだ。秀吉が、あまりにも広大な領地を要求しなければ、認めてやって良いだろう。
まずは三法師様が、信長様の本拠地だった近江安土を、信雄様が尾張、信孝様が美濃を領有することになる。これは ほぼ決まりだ。つまり織田家の中枢は近江・尾張・美濃で変わらない。
朝廷や有力な寺院がある山城は、従来通り〈織田家の支配地〉にしておけば良いだろう。山城は、一人の武将が領有するには面倒な問題が多すぎる。
あとは、明智光秀の領地だった近江坂本と丹波、津田信澄(光秀の娘婿)の摂津大坂・尼崎くらいか。だが、いずれも織田家の中枢からは遠いうえに、信長様の死で、再び毛利に付く国衆がいてもおかしくはない。そんな土地ならば、光秀を討った功として秀吉に与えても構わない。
さあ、どこが欲しいか、早く言え。
【羽柴秀吉】
「まず、津田信澄の大坂と尼崎は、池田恒興殿が領有されるべきでしょう。池田殿は、光秀を破った山崎の戦で主力を担いました。その戦功は非常に大きいですし、同じ摂津の伊丹に本拠地を置いていますから。いかがでしょうか?」
【池田恒興】
秀吉、俺に大坂と尼崎を勧めてくれるとは驚いた。自分からは言い出しにくかったが、勧められれば受け易い。
それにしても、俺の山崎の戦の戦功が大きいだってよ。確かに俺は前線にいて、秀吉はかなり後方にいた。だがあの戦で最も功が大きいのは、やはり秀吉だ。あいつが戻って来るまで、丹羽長秀と信孝は大軍を擁していながら、ずっと光秀と戦うのを控えていた。そこに秀吉からの伝令が来て、やっと全軍の配置を決めて戦いに臨んだんだ。
要するに、誰もやりたがらなかった戦の総指揮を執った、秀吉の手柄なんだよ。現地にいたやつらが一番分かっている。だから、誰も秀吉に何も言えないんだ。
つまり、俺の戦功が大きいとか言うのは、自分の戦功はもっと大きいと、言外に匂わせているんだ。上手いもんだよ。光秀を破った功を、ここで大きく主張するために、言動を控えめにしていたのか。
【柴田勝家】
大坂と尼崎を池田恒興に?好きにすれば良い。
じゃあ お前自身は、近江坂本と丹波ということか。
【羽柴秀吉】
「それから、丹羽長秀殿の功も大きいですから、加増されるべきでしょう。丹羽殿には、近江坂本をお取り頂くのが良いかと思います」
【池田恒興】
秀吉、何を考えていやがる?
【柴田勝家】
はあ?
【羽柴秀吉】
「坂本は良い場所です。丹羽殿が本拠地とするに相応しいでしょう。現在の近江佐和山より広く豊かな、坂本にお移りください。
そして、安土に近い佐和山は、三法師様の傅役となった堀秀政に与えるのがよろしいかと」
【池田恒興】
そう来たか。いくら加増になるとはいえ、丹羽長秀に本拠地を手放せなんて、普通は言えない。
だが丹羽長秀も、秀吉の功を認めざるを得ないのだろう。渋々といった様子だが受け入れてしまった。
遺領分配は、完全に秀吉が主導権を握っているな。他の者たちが、後見人の選定のことばかり考えていた中で、秀吉だけはこっちを重要視していたんだ。ここまで、あいつの計画通りなんだろう。
しかし、秀吉自身は、どこを要求する気なんだ?
【柴田勝家】
長秀が坂本に移封?まあ、本人が了承するなら構わないか…
【羽柴秀吉】
池田恒興は、俺の狙いに気づいているだろうな。利用させてもらったが、大坂と尼崎をもらえれば文句はないはずだ。やはり俺以外は、遺領分配は無難に済むと思っていたのだろう。何の想定もして来なかったせいで、俺の言うがままだ。
じゃあ、そろそろ俺の希望を言ってやろうか。
【池田恒興】
丹波は羽柴秀勝(秀吉の養子 信長の四男)に与え、秀吉が望むのは山城だけ?
ごく普通に考えれば、三法師様がいる近江安土と、信雄と信孝がいる尾張・美濃が、織田家の中枢だ。だが秀吉は、そこに近い坂本を取らず、あえて統治しづらい山城を要求した。実質 丹波も秀吉のものだとしても、もっと他の領地だって要求できたはずだ。
これは秀吉に何か狙いがあるんだろうな。なんだか面白くなりそうだ。
【柴田勝家】
なんだ、秀吉は結局、山城と丹波だけで良いのか?
それに、山城を領有するのがいかに面倒か、秀吉が知らないはずがない。欲しがるのは勝手だが、意図が掴めないな。自分には既に長浜があるから、それで十分だと思っているのだろうか…。
そうだ。それならば俺が、秀吉の長浜を要求してみたら、どうする?
【羽柴秀吉】
勝家、俺の長浜が欲しいだってよ。それを言うかも知れないとは思っていたよ。俺が山城と丹波を取るなら、長浜は飛び地になる。ならば越前が本拠地の勝家がそこを要求しても、不自然ではないからな。
それで構わないんだけど、ちょっと悩むふりをしておいてやろうか。
【柴田勝家】
秀吉め、渋々だが長浜を手放したか。これで秀吉は、完全に織田家の中枢から遠ざかった。
しかも、自ら進んで山城を領有した。山城の領主になれば、朝廷の世話を焼かなければならないし、いざ戦となれば、攻められ易く守りにくい。秀吉のやつ、思っていたより浅智恵ではないか。
【池田恒興】
秀吉、長浜まで手放しちまった。あいつなら、この展開も想定していただろう。ならば勝家の要求も、拒否しようと思えばできたはずだ。つまり長浜は、もう秀吉には不要だということだ。あいつの考えが、なんとなくではあるが読めてきた。
やはり〈織田家〉はもうダメだな。丹羽長秀が思っていることも、俺と同じだろう。そして今後、ここにいる四人が三対一に別れるとしたら…。
一になるのは、おそらく柴田勝家だ。
【3】天正壬午の乱 前編 に続く




