【19】九州征伐 前編
【1585年 11月 徳川家康】
俺は、秀吉に臣下の礼を取った。
あれは敗北宣言に等しいが、実は内心、ほっとしている部分もある。秀吉と戦わなくて済むからね。
秀吉は既に、信長の勢力を大きく超えている。軍もさらに組織化され、武将個人の能力に頼らなくても、安定して勝てるようになった。
俺ではとても敵わない。
俺を従わせたい秀吉のほうから譲歩してくれたおかげで、家中の反発も最小限に抑えられた。
だから、悪いことばかりじゃないよ。秀吉が九州を攻めている間にも、俺はじっくり領内を整備して、力を蓄えることにするよ。
【11月下旬 豊臣秀吉】
また地面が揺れた。最近多いよ。
地震とか噴火とか、本当にやめてほしいぜ。坂本城にいたおかげで助かったが、あの地震は、ちょっとトラウマになってしまったんだ。あれからは、少しの揺れでもビクビクしてしまう。揺れる船も苦手になった。
だから、九州まで行くときは陸路で行く。急ぐ必要もないしな。
まず毛利と長宗我部に攻めさせて、俺は最後の仕上げだけ やりに行く。関白の俺 自らが、九州を平定したという事実を作れれば良いんだ。
大友宗麟が臣従したから、九州には既に拠点がある。楽に上陸できるし、大して苦労せずに勝てるはずだ。
島津義久はもう、戦の落としどころを探っているみたいだしな。
家康は叩けなかったが、代わりに九州を制圧すれば、同じようなもんだ。
信長様…もう少しです。もう少しで、信長様の夢だった天下統一を、この秀吉が果たしてご覧に入れます。
【1586年7月 豊前 馬ヶ岳城にて 黒田官兵衛】
島津軍はこちらの想定より、かなり強い。よく鍛えられているし、装備も良い。
初めから秀吉様の本隊で当たらなくて良かった。鮮やかに勝つ必要があるからな。
前線にいる毛利軍と長宗我部軍も弱くはないのだが、島津軍と同じ数では、とても勝てない。力攻めを控えて、じっくりと国衆の調略からやり直せ。
それから…〈あの男〉のことを、もっとよく調べて報告しろ。
【11月 大坂城にて 豊臣秀吉と石田三成】
「三成、島津は想定以上に手強いようだぞ」
「はい、私も驚いています。私は実戦経験が乏しく、戦力分析が甘かったようです」
「それは構わん。ぶつかってみなきゃ、分からんことも多いんだ。九州に先行させた、毛利と長宗我部には、かなりでかい損害が出ているが、数が多いから なんとかなっている。
やつらが島津を弱らせ、俺が率いる本隊で、最後のおいしいところを軽く頂く予定だったんだが、そんなに甘い戦じゃなかった」
「黒田官兵衛が作戦を立て直し、島津家の力を削いでいます。殿下の本隊が到着すれば、島津家も降伏するでしょう。予定通りになります」
「しかし九州の最南端っていうのは、考えようによっちゃ、地の利にも恵まれてるよな。よくあれで、今まで九州を統一しようとしなかったな」
「島津家も、大人しくしていたわけではなく、同じ九州の大友家や龍造寺家も、島津家に匹敵する力を持っていたため、膠着状態だったのでしょう」
「あの島津に匹敵する大名が、あと二人もいたのか。そいつらが、九州の中で争っていねえで、団結して北上していたら、かなりヤバかったな」
「長い間、貿易の利権を巡って争ってきた者たちが、団結はできなかったのです」
「積年の恨みってやつか。何代も続く家系も大変だな。俺には理解不能だが」
「もう一つ、九州勢が北上して来なかったのは、自分たちの強さを、自覚できなかったせいもあるかも知れません。島津・龍造寺・大友が、ほぼ均等な力を持っていたため、自分たちが中央の軍を大きく凌ぐ戦力を持っていると、気づかなかったのだと思います」
「つまり視野が狭いってことか。物ごとを長期的に考える頭もないんだな。明との貿易拠点だから、経済力も軍事力もあるのに、それを活かせていないわけだ。
そんで、狭いところでチマチマと争った結果、島津が首位に立ったってところだな」
「そうでしょう」
「いくら戦力は高くても、大局観に欠けるのが、九州のやつらの弱点だな。それさえ分かれば、やりようはいくらでもあるな」
「ただ、気になる男が一人います」
「名は?」
「島津義弘です」
「義弘?」
「島津義久の弟です」
「知らんな。なぜ気になる?」
「兵の統率力と、剛直な性格です。黒田官兵衛も同じ意見です」
「九州で気になると言えば、雷神 立花道雪だったが、病死したと聞いた」
「その立花道雪に匹敵する男です。いえ、高齢だった立花道雪より、まだ若い島津義弘のほうが手強いでしょう」
「分かった。油断はしない。それにしても、島津が九州を統一していたら、もっと際どい戦になっていたな」
「そうですね。しかし、間に合いました。島津は油断なりませんが、殿下が敗れることはありません。大軍を一気に投入し、即戦で勝ち切れます」
「大軍を一気に投入か。言うのは簡単だが…」
「問題ありません」
「さらに、俺が上陸した直後に、勝負を付ける。早すぎても遅すぎてもダメだ」
「来年までに、殿下のご意向通り、すべて整えます」
「よし。お前が言うなら任せる」
「承知しました」
【20】九州征伐 後編 に続く




