【15】石川数正の寝返り
【1584年11月中旬 浜松城にて 徳川家康】
今さらだが、無意味な戦をやってしまったと思う。領内がここまで疲弊しているのを、見て見ぬ振りをしていた。
俺は秀吉が目障りで、ストレスが溜まり過ぎていた。俺が戦った動機は、秀吉の鼻をへし折り嘲笑ってやりたかっただけなんだ。
仮に勝ったとしても、俺は新しい領地に目が行って、三河・遠江・駿河の統治を なおざりにしていただろう。軍事も政事も、領民が支えてくれているのを忘れてどうするんだよ。
数正が止めてくれなかったら、取り返しが付かなくなるところだった。
やはりあいつは、これからも俺に必要な男だ。
【11月中旬 岡崎城にて 石川数正】
三河に戻ってくるまで、まったく知らなかった。妻が、病に伏せっていた。
戦地にいた私に、あえて報せずにいたようだ。容態はかなり篤い。今の妻を連れて秀吉の元に行くことも、ここに残していくこともできない。
私は、どうすれば良いのだ。
【11月下旬 大坂城にて 羽柴秀吉】
石川数正の嫁さんが病気だと?
そうか…。見舞いを送って、嫁さんを大事にしろって伝えておけ。
あいつが俺に寝返ると約束したのは、策だからな。バカ正直な三河武士の猿芝居…じゃなくて狸芝居くらい、俺が見抜けないはずがないだろう。
俺も家康と和睦する良いタイミングだと思ったから、策に乗ってやっただけなんだ。石川数正が俺に仕えるかどうかは、もう どっちだって良い。
あれほどの男が、後世に汚名を遺すのも気の毒だからな。まあ、それは本人が決めることだ。
とにかく、これでもう俺の行く手を遮れるやつは いなくなった。あと数年のうちに、俺が、天下を取る。
【12月上旬 岡崎城にて 石川数正】
秀吉からの書状を読み、私の心は決まった。
徳川軍は、家臣たちが、与えられた領地から兵を集めて軍を組織する。徴兵されるのは、主に農民だ。だから長期間の遠征に出てしまえば、田畑を耕し 作物を育ててくれる者が足りなくなってしまう。そこが、金銭で直接 雇われた兵が多い、秀吉の軍との大きな違いなのだ。
農民を徴兵する この一般的な軍制は、小規模で短期間の戦には合っている。だが今後は、さらに大規模な戦が増えるだろう。それに対応するには、急いで軍制を変える必要がある。
つまり、家康様の直轄軍の割合を増やすのだが、それには家臣団の反発などの問題がある。大名だからといって、家臣にどんな強権でも発動できるわけではないのだ。
だがこの問題のせいで、家康様と家臣団の間に、溝を作るわけにはいかない。ならば、急遽 軍制を変えざるを得ない状況を作ってしまえば良い。
徳川家の軍事機密を知り尽くした石川数正が、突然 敵の秀吉に寝返ってしまうのだ。そうなれば、徳川軍は否応なく、軍制を変えざるを得なくなる。
妻を看取ったら、私は秀吉に寝返る。これが徳川家での、私の最後の仕事だ。
【12月下旬 吉田城にて 酒井忠次】
数正の配下が、事情をこっそり教えてくれた。
そういうことだったのか。俺は馬鹿だ。秀吉に寝返る役は、そろそろボケ始めた俺がやるべきだろう。
数正はまだ、家康様の側に必要な人材なのだ。
【1585年1月上旬 浜松城にて 徳川家康と酒井忠次】
「殿、話があります」
「ダメだ」
「まだ何も話していません」
「でもダメだ」
「では、勝手に話します。殿は〈苦肉の策〉という故事をご存じですな。古の中国で、周瑜という大将が用いた策が由来です。
長年の功労者が、寝返ったと見せかけ敵を騙す。そのために、寝返る者を冷遇し、汚名を着せる」
「それが何だ」
「寝返る役を担ったのは、黄蓋という老将でしたな。その役…ボケ始めた この私がやりましょう」
「ダメだ」
「私の代わりなら他にもいますが、数正の代わりはいません。数正はまだ、殿の側にいなければなりません」
「お前は軍団の精神的支柱だ。いくらボケようが、いてもらわなくてはならない」
「しかし、数正は…」
「もう言うな」
【1月上旬 浜松城にて 徳川家康】
俺は、忠次も数正も失いたくはないんだ。
【1585年11月中旬 浜松城にて 徳川家康と石川数正】
「殿、妻の葬儀が済みました。明日 岡崎を出て行きます。息子たちだけ連れて行きます」
「そうか。お前の決意に、水を差すようなことは言いたくなかったが…。これからも、俺に知恵を貸してはくれないか?」
「私も、殿のために、これからも働きたいと思っていますが、約束は約束です」
「……分かった。余計なことを言って、済まなかった。お前には本当に感謝している。
しかし徳川家は、石川数正を裏切り者として扱わなければならない」
「分かっています。そうでなければ、意味がありません」
「…………」
「徳川家康様、長い間お世話になりました」
「殿と呼べ」
「殿……いつまでも、お元気で」
「お前も……達者でな」
【16】関白宣下 に続く




