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秀吉「俺が、天下を取る!」  作者: スグル【戦国時代好きの40代】


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【12】小牧長久手の戦い 前編

【1584年3月上旬 大坂城にて 羽柴秀吉】


 家康も早速、軍を率いて尾張に入った。やる気満々だな。


 だが やる気なら、池田恒興も負けてねえな。勝ったら尾張を与えると約束したのは、効果覿面(てきめん) だった。速攻で尾張の犬山城を奪った。


 森長可(ながよし)を始めとする美濃の武将らも、信雄ではなく俺に付いた。あいつらは、どっちに付くのが得かを、敏感に嗅ぎ分けたんだ。つまり、勝ち馬に乗った。


 血筋や官位なんかより、実力と名声で人は動くんだ。これで、織田信雄が名実ともに俺より劣ると白日の(もと)(さら)されたし、この戦で、どうしても信雄を殺す必要はなくなった。


 あとは、家康(たぬき)を確実に狩るだけだ。



【1584年3月上旬 清洲城にて徳川家康】


 信長が死んで二年足らずで、秀吉には大きな差を付けられた。だが この戦で一気に逆転し、俺が天下を取る。


 戦場が尾張になったのも好都合だ。清洲城に来たのは何度目だろうか。ここは俺の好きな城の 一つだ。おそらく、無駄なものが少ないからだろうな。


 秀吉は、大坂に金ピカの城を建て始めたらしいが、そんなことの前に、まだやることが山積みだとは思わないのかな。


 まあ、そんなことは どうでもいいか。今 この国では、勝ったやつが正しいんだからね。ならば勝つしかないんだ。

 

 信雄と共同で戦えるのは大きいが、過度な期待はできない。ああいうタイプは嫌いではないんだが、(今川)氏真だけで十分だからね。最近は、どこをフラついてるのか知らんけど。


 あんな生き方、俺にはできないが、ちょっと(うらや)ましくも なくもなくもなくもない。


 ああ、ダメだダメだ。戦の前に、余計なことを考えるもんじゃないよ。


 頭から氏真(ざつねん)を振り払え。



【3月上旬 伊勢長島城にて 織田信雄】


 尾張の犬山城が、いとも簡単に奪われた。あそこは美濃との国境で、防御は整っていたのに、なんでだ?



【3月上旬 犬山城にて 池田恒興】


 犬山城は、尾張攻めの重要な拠点だ。だが城主の中川定成(さだなり)は、あまり頭が良くない。


 兵を連れて伊勢に向かえという偽の命令を、簡単に信じ込んだ。ほとんど空になった城を奪うのは造作もない。


 信雄に付いているのは、状況判断もロクにできない盆暗(ぼんくら)ばかりだ。楽勝だよ。



【3月中旬 長島城にて 織田信雄】


 予想はしていたけど、親父の有力な家臣らは、ほとんど秀吉に付いたようだ。


 親父が生きていれば、俺はボンボン人生を謳歌(おうか)しただろうが、死んじまえばこんなもんだろう。親父は親父、俺は俺なんだ。武将にとって子供は、ただの道具だしね。家臣にとっては、前の主君の家督を継いでいない息子なんて、道具ですらない。だから秀吉に付いたやつらを恨みはしない。内通者は別だけどな。


 今 俺の下にいるのは、ずっと尾張や伊勢にいて、あまり戦い慣れていない者ばかりだ。


 犬山城が奪われたのも、城主が敵の策に乗せられたせいだった。一応 叱責はしたけど、多分 俺でも(だま)されてたと思うよ。


 どうせ ボンボンの俺が、戦でのし上がった秀吉に勝てるなんて思ってはいない。黙っていれば攻められるから、戦っているだけだ。


 家康には、家康の理由があって戦っている。家康にとっては、今の俺は良い道具なんだろう。


 別にそれでも構わないが、俺だって生きているのを忘れるなよ。



【3月中旬 清洲城にて 徳川家康】


 池田恒興、さすがに抜け目がないよ。信長に仕えていたベテランにとっては、尾張はホームグラウンドだしね。今後も要注意だ。


 でも自慢じゃないが、俺だって信長に駆り出され、何度も尾張や美濃で戦をやったんだ。()めてもらっちゃ困るよ。よし、こっちもすぐに前線の小牧山城(こまきやまじょう)に移動して、敵の動きに備えるぞ。



【3月下旬 清洲城にて 石川数正】


 昨年の、信濃への侵攻の時も思ったが、やはり うちの軍は長期遠征には向いていない。


 それに家康様も当然 気づいたはずだが、軍制を改めている余裕がないまま、再び戦に入ってしまった。体育会系軍団は、この戦で秀吉を討つなどと息巻いているが、それは ほぼ不可能だ。


 ここで目指すべきなのは、美濃を奪って腰を()え、近江、山城と、じっくり侵攻していくことだ。軍事だけではなく、政事・外交・謀略も交えた総合力で戦わなければ、秀吉の大勢力には勝てない。


 だが、決戦を好む あの武将たちが、それを理解してくれるかは分からない。家康様も、秀吉には対抗心を燃やしているらしく、行け行け押せ押せになってしまっている。


 あれが徳川軍団の最大の強みでもあるから、水を差したくはないのだが…。


 どうしても、嫌な予感がする。



【4月上旬 犬山城にて 池田恒興】


 秀吉の本隊も尾張に着いた。あの大軍で家康を踏み潰し、一気に勝負を付けられるかと思ったが、戦況はむしろ、やや劣勢なようだ。


 徳川軍のあの白兵戦の強さは、相変わらずだな。思ったより装備も良い。同じ数でぶつかってはダメだ。


 ここは、徳川軍と正面からはぶつからずに、策を用いたほうが良い。明日、秀吉に提案してやろう。これで勝てれば、恩賞はさらに上乗せ間違いない。



【4月上旬 尾張楽田城(がくでんじょう)にて 羽柴秀吉】


 俺は、家康の倍以上の兵を動員しているが、それでもここまでは ほぼ互角だ。あの軍団の戦闘力は異常だよ。武田の猛攻に耐えただけのことはある。


 しかし、池田恒興もやる気満々だよ。珍しく献策なんてしてきて、しかも自ら実行すると言っている。良い策だし、やらせてみよう。


 池田恒興と森長可に兵二万を預けて別働隊を組織し、(から)になっている三河を急襲させる。



【4月上旬 小牧山城にて 徳川家康】


 何だと?敵の別動隊が三河に向かっている?


 ああ、大軍だと それができるんだよな。俺としたことが、見落としていたよ。三河に守兵はほとんどいない。非常にヤバい。


 ここの戦は、(酒井)忠次にすべて任せた。


 俺の本隊と井伊直政隊で、敵の別働隊を追う。武器だけ持って、急げ。



【小牧山城にて 酒井忠次】


 はあ?五千の兵で、五万近い敵を どうやって相手にするんだよ。



【尾張 岩崎城付近にて 池田恒興】


 丘の上に見えてきた城は、岩崎城だな。あれを通り過ぎれば すぐに三河だ。


 やはり家康は、三河を直接 攻められるとは、考えていなかったようだ。岩崎城を守る兵は ごく僅かだ。


 あれなら、無視して通り過ぎても良いが…。功は多いに越したことはない。事のついでに、あの城を軽く落として行くぞ。



【13】小牧長久手の戦い 中編 に続く

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― 新着の感想 ―
忠次・・かわいそうすぎる・・・
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