魔境異譚・魔女のミラジュ6話
見上げれば、家より大きい蜘蛛が宙に浮いている。
「何をやったんです?」
「半殺しにして浮かせたんだよ。早めに倒しちゃってね」
チェル先生はなんでもないことのように言う。流石に空中の蜘蛛を杖で殴り殺せないので、火球を放ち続けた。バカでかい蜘蛛には、私の火球なんて屁でもないらしく、かなり時間がかかった。
その間に、クロードは中型の蜘蛛をひたすらスコップで殴り続けていた。
チェル先生とマキョーさんは、いかに森にダメージを与えず蜘蛛を一掃するかを考えているらしく、魔力に追尾する魔法を試しているのだとか。なにを言っているのちょっとわかんないっすね。
「安全性を考えろよ!」
あんなに優しいチェル先生が怒っている。
「でも、光魔法で道筋さえつけちゃえば、後はそのルートに別の性質を付与すれば……、ほら」
蜘蛛の巣だらけの森の中に赤い光の線が広がっていく。
ジュッ……。
一瞬肉が焼ける音が鳴った。
「ヤバい。追尾しすぎたか。でも、ちゃんと同程度の魔石という制約で動いているから、すぐに返ってくるはずだ」
「その制約の魔法はどうやって作るんだよ!」
「魔力制御ができるんだから、魔力を補充しない設計もできるだろ? こんな魔法、魔石にぶつかってついでに魔力を吸い上げる方式にしたら、すぐ呪いに変わっちまう」
「ミラジュ、マキョーの話がわかるか? ついていけないよ。私たちはまともな魔法を学ぼうな」
チェル先生が、ついに蜘蛛の魔物を地面に叩きつけた私を見て言った。
「いや、あの……」
「じゃあ、教えなくていいか」
「そうは言ってないだろ!? 少なくとも制御の魔法陣くらいはできてるんだろうな」
「できてるよ。じゃなきゃ、使わない」
「どうだ!? 魔境の領主は奇人だろ?」
「マキョーさんは、魔法を作ったんですか!?」
「そう。例えば、スライムが魔力に近づくように、魔石灯に虫が集まるように、魔力自体の性質として、引き合う力を見つけてね。それを軽い光魔法で可視化させたんだ。後は、その細い繋がりを太くしていくだけ。面白いだろ?」
「面白いですけど……、チェル先生、今まで私がやってきた魔法ってなんなんですかね?」
「ほうら、マキョーがわけのわからない魔法を作るから、学生が混乱しちゃったじゃないか」
「クロードは混乱してないよな!?」
スコップを握りしめたクロードは、こちらを見て「へ?」と返事をしていた。
「ああ、マキョーさんは知らない内にいろいろやるから、考えるのは後! 動かないとすぐ死にかけるから、まずは動いたほうがいいよ」
「クロードはわかってるな!」
「実際、そうなんだけどね。ミラジュ、マキョーのことは放っておいて、蜘蛛を倒して、レベルを上げよう。眠たくなったら言って、すぐ休憩取るから」
「そんな……。わっ!」
喋っている間にも、蜘蛛の群れが襲いかかってくる。チェル先生もマキョーさんも羽虫を払うように、手を振って蜘蛛の腹に穴を開けて吹き飛ばしていた。
一瞬で、弱点を突く方法を編み出したのか。
「それどうやったんですか!?」
「ん?」
「いや、だから、手で払うようにして蜘蛛を倒したのは、どうやって……!?」
「払ったんだよ。なんか変なことやった?」
マキョーさんは無意識でやっているらしい。
「ああ、魔力を飛ばしただけだよ。別にナイフとか武器とかなくても、魔力でこう……、ね? わかるでしょ?」
「わかりませんけど……?」
「風魔法の一種なのかな。ちょっとした風に魔力の棘みたいなもの付けて飛ばすんだよ。たぶん、それが一番わかり易いと思う」
「いや、魔力を弾いて、腹に穴を開ける感じだ」
チェル先生とマキョーさんが説明してくれたが、まるで理解できない。二人の中では魔力を固めることは普通のことなのか。
「魔力ってそんな固まるんですか?」
「おぅ、そこからか。えっと、力を握るみたいにして、魔力を集中させることってできる?」
「練り上げるって感じですか?」
「ああ、それだと、回転数を上げるとか回転数を下げながら注ぐという感じになっちゃうから、むしろ空気を圧縮するような感じかな」
「圧縮!? マキョーさんはそんな事していたんですか!?」
マキョーさんは独特の魔法を作りすぎて、魔法の一般体系から大きく外れているのかも知れない。
「防御魔法よ! 防御魔法のすごい硬いやつを学んで。そこから始めよう。今は自分の魔力を集中させることかな」
「わかりました!」
防御魔法などほとんど使ったことがなかったが、攻撃に使えば魔物を倒すことができるのか。
「勉強になる」
「穴を掘って埋めていかないと、蜘蛛の死体に魔物が集まってきますけど大丈夫ですか!?」
クロードが叫んでいた。
「大丈夫。ジェニファーが後から植物を植えていくから、放っておいて」
「あと大体燃やすから大丈夫だ」
そう言って、マキョーさんは遠くに小さい火球をぶん投げていた。
ボゴンッ!
爆発音が聞こえ、一瞬、夜の暗闇が明るくなった。
「何をやったんですか?」
「野焼きね。ちょっと時間がかかってるから、クロード、先に行こう」
「くそっ! どういうことなんだよ!」
文句を言いながら、クロードは必死にマキョーさんを追いかけていた。
「私たちはゆっくり円を描くように魔道具を設置していくからね」
「はい」
チェル先生についていきながら、私は魔物にトドメを刺していった。
「あの……、もしかしてクロードさんのほうがレベルは上がるんじゃないですか?」
「ああ、そうかもね。追い抜かされるのが怖い?」
「そうですね。なにか、先を越されたような気がすると思います」
「そう思うよね。でも、クロードのほうがレベルが上でも、先には行ってないんだよ」
「どういうことですか」
「同じ時間を魔境で過ごしているはずなんだ。だから、気にするべきはライバルじゃないんだよね」
「自分ですか?」
「そう。魔境にいるとどうしても情報が多くなって、自分が何に向いているのか、どこに向かっているのか、わからなくなる。特に、マキョーみたいに圧倒的変人に遭うと、今までの価値観が壊れるんだよね」
「チェル先生もそうだったんですか?」
「そうだね。魔法も知らない人間が、魔族の私より魔力が多かったんだ。魔族にとっては魔力がすべて、魔法の知識が人生を決める。私の世界にあいつはいてはいけない男だったんだ」
「でも、結婚してるじゃないですか」
「そうだね。たぶん、混乱していたんだと思う。でも、魔境の領主は、伊達ではできないんだ。魔境の魔物も植物も歴史も土地も住民も全部好きじゃないと、到底成り立たない」
「全方位に好奇心が向いているってことですか?」
「魔境に限り、そうだね。マキョーは異世界から来たから、たぶん、この世界のすべてが珍しく、すべてが愛おしいのかも知れない」
「異世界人だったんですか!?」
「そうさ。魔法も魔力もない世界から来たらしい。魔境に来る前までは、ただのろくでなしだったみたいだけど、魔境にどっぷり嵌まってしまった。そこから1年で領主になった。だから、強くなるコツは、レベル上げも大事だけど、この場所を好きになることさ」
「魔境を好きに? なれるでしょうか?」
「そればっかりは私にも変えられない」
「自分で変えるしかないのでしょうか」
「たぶんね。なってみる? 最強魔法使いに?」
「なれるものなら、なってみたいですけど、チェル先生がいるじゃないですか」
「私は魔境のパン屋だよ。魔法使いだし、次期メイジュ王国の魔王になる予定だけどね」
「そんな……」
「ミラジュが魔境初の魔法使いになってみて」
「わかりました! なります!」
「期待している!」
「本当ですか?」
「ああ。魔境ではなんにでもなれるから」
チェル先生がパン屋だという誤解も、今の私が魔法使いではなかったのかという疑問も、実際の処睡魔に襲われていた私には理解できないものだった。
「すみません……。先生?」
「ああ、眠くなってきたか。レベルが上がるよ」
「ふぁい……」
いつの間にか歩きながら、私は寝ていた。




