魔境異譚・魔女のミラジュ7話
起きたときには川のほとりの木の下で寝かされていた。
「起きた?」
チェル先生が蜘蛛を倒しながら聞いてきた。
「はい! すみません! 討伐中に寝てしまって」
「いや、いいんだよ。レベルが上っていると思うから、身体の調子と魔力の流れを確かめて」
「はい」
明らかに自分が汗臭いことがわかるが、そんなことより筋肉が付いていて興奮している。魔力も今まで細い管の中を巡っているような感覚だったのが、太いパイプが体中に巡らされたように回っているのがわかる。
「魔力の管を手術したみたいです」
私がそう言うと、チェル先生は笑っていた。
「なるべくその管を調節して魔法を使って。あと威力を上げようと思わずに精度を上げれば、自然と威力は付いてくるから」
「わかりました。一瞬、川に飛び込んでもいいですか?」
「いいよ。すぐ乾くと思うから」
私はザブンと川に入り、岸に上がった。まだ、夜中だ。
「あの、蜘蛛の討伐はどのくらい進んでいるんですか?」
「そんなに進んでいないと思うよ。大丈夫。マキョーとクロードが罠を張ってるから、私たちは追い立てるだけでいい」
「信頼してるんですね?」
「いや、信頼とかではない。単純に数が多いと面倒でしょ? 魔境でこういう大発生はよくあるんだけど、行動を制限していったほうが討ち漏らしも少ないし、駆除後の回復計画も立てやすいんだよ」
「なるほど、じゃあ、わかりやすい討伐計画なんですね?」
「そう。魔境の新人が急激にレベルが上って寝るのも折込済だから、眠くなったらとっとと寝て。もし、起きた時に私がいなくても、魔境の住人の誰かは必ず傍にいるから」
「わかりました」
「じゃあ、限界まで蜘蛛を討伐していこう」
「はい!」
頭がかなりスッキリしていて、蜘蛛の位置も見える。魔力を練って、呪文を唱えようとしたら、いつもより大きな火球が手のひらから飛び出した。
ボフッ!
蜘蛛が炎に包まれ、身体から魔力が抜けていくのを感じる。長い間、呪文など唱えていなかったから、暴発したのか。いや、これが今の私の実力なのか。
「いっ……!?」
「ね? 調節したほうがいいでしょ?」
「……はい」
「身体を流れる魔力は緩やかに、威力ではなく精度を上げて魔力を使ってみて」
一発魔法を使って、チェル先生の言葉が砂地に水が染み込むように入ってくる。
私は落ちている小枝を見て、イメージして火球を放つ。
ブスッ。
炎の小枝は精確に蜘蛛の腹に突き刺さる。
ただ、蜘蛛の足であっさり払われて、炎の小枝は消えた。周辺の雲の群れがこちらに敵意を向けて、一斉に動き始めた。
「精度を上げて連射すればいいんだよ」
チェル先生は、鏃のような炎で蜘蛛を貫通させていた。そんな事もできるのか。
「はい!」
私は硬い槍をイメージして、向かってくる蜘蛛を下から突き上げるように全力で魔法を放った。
ズシャッ!
炎の槍が無数に地面から突き上げ、蜘蛛の群れがきれいに串刺しになった。次の瞬間には魔力切れでブラックアウト。消えていく意識の中で夜空の月が見えた。
「調整失敗した?」
冷静なチェル先生の声で目が覚めた。
「……はい」
起き上がるとまたしても同じ場所だった。いや、多少、川の下流にきているのかも知れない。
立ち上がって、杖を構えると杖が軽くなっている。いや、自分の筋肉が付いたのか。
「お腹すいたでしょ? そこのお弁当食べて」
「ありがとうございます!」
とにかくお腹が空っぽで、なんでも食べられそうだった。辛子がたっぷり塗られた肉野菜炒めを挟んだパンを一口かじると、頭のてっぺんから足の爪先まで栄養が行き渡るようだった。汗が吹き出して、口の周りに辛子が付いているのに、まるで食べるのを止められそうにない。
「まだ欲しかったら、私の分も食べていいよ」
「いえ、それは……、いいんですか?」
「うん。肉も焼いてあるから、そっちも食べて」
焚き火の近くに串焼き刺さっていた。
「いただきます!」
結局、私は近くにある食べ物をすべて平らげてしまった。
「よし」
食べ終わると、チェル先生が私の背中に触れて、それだけ言った。
「おまじないですか?」
「いや、診断。断絶していた筋肉はくっついているし、骨も問題ない。魔力も流れているよね?」
「はい。パイプがまた太くなった気がします」
「だろうね。それ太くしたり細くしたりして調整してごらん。そうすると……」
チェル先生の指先から小さな火球が飛んでいった。
直後、蜘蛛の巣の中に火柱が上がり、熊のように大きな蜘蛛たちがワラワラと逃げ出してきた。
「じゃあ、全部、仕留めておいてくれる?」
「わかりました」
先程まで、足ががくがく震えるほど怖かった大きな蜘蛛も、それほど強くは見えない。杖で叩き潰すと、蜘蛛の固さが手に伝わってくる。この程度であれば、硬度を上げれば火炎魔法を貫通させることができるかがわかる。
「なるほど……」
槍をイメージすると長すぎる。ナイフくらいでいい。
硬度は鉄のように硬ければ、貫通させることができるだろう。
「固く硬く堅く、我が刃の炎よ。ただその切っ先を異形の魔物へと向けるだけ。ファイヤナイフ……」
呪文はあくまでもイメージの補助。指先から放たれた炎の刃は、逃げ出した蜘蛛の群れの中を飛び回り、腹も胸も頭も突き破っていく。
気づけば蜘蛛の群れの死体の中に私は立っていた。溢れ出る全能感と、思った以上の自分の実力に腕が震えていた。
「先生!?」
「ああ、やはりミラジュは魔力の操作が上手いんだよ。しばらく身体を流れる魔力を、体の外に出したり、引っ込めたりいろいろやってごらん。木でも魔物でも魔力を流してみるといい。それだけで、ものの見方が変わるから」
「わかりました」
試しに私は杖に魔力を込めてみた。
杖の中で魔力が増幅するように回転して、狙った場所に炎の刃が突き刺さった。
「イメージ通り。杖って魔法の増幅装置だったんですか?」
「ミラジュの言葉で言うとパイプがねじれているから、勝手に増幅したように感じるだけだよ。でも、シルビアに使い心地を教えてあげて。喜ぶと思う」
「いえ、この杖が凄すぎるんです! これなら、いくらでも蜘蛛を……」
私は目の前の蜘蛛をひたすら屠っていった。
「ミラジュ、そこで止まって。次に行くよ」
「でも、まだ蜘蛛が……」
夜明け前だろうか。チェル先生が声をかけてきた。
「力を得て楽しいのはわかる。でも、その先には力でどうにもならない岩の化け物がいる」
「岩ですか?」
「ああ、特に杖は捨てたほうがいい。武器を持っていると敵とみなされるから」
「そんな……」
私は慌てて、杖を担いで、チェル先生の後を追った。
ズシン……。
振り返ると確かに暗い森で山のような岩が動いているのが見えた。魔境では無機物ですら動き出すのか。
「岩の対処法ってあるんですか」
「武器を捨てて殴る」
「そんな……」
「そんなマキョーみたいな真似は止めたほうがいい。どれだけレベルが上っても倒せる魔物と倒せない魔物がいるってことを覚えておいて。魔物の倒し方はレベルで決まらないってこともね」
魔境は学びが多い。私は大きく頷いた。
「そろそろ見えてくると思う」
蜘蛛を追い立てながら、川を飛び越え、崖を下り、空が白み始めた頃、白い蜘蛛の巣に覆われた森の中に大きな穴が見えた。
「なんですか。あの穴は」
「マキョーのダンジョン。移動式でね。蜘蛛を飲み込んでいる」
「そんな……」
マキョーさんは、ダンジョンを持ち運び可能にしたのだろうか。
人生で戦ってはいけない相手がいるということを、嫌というほど思い知ることになる。




