魔境異譚・魔女のミラジュ5話
いつもなら月光も届かない真っ暗な魔境大森林南部は蜘蛛の糸で真っ白になっていた。つまりそれほど大規模な魔物の大繁殖ということだ。
チェル先生は使い古したローブ姿で高台に立ち、笑っている。
「魔境の魔物が繁殖して、面白いですか?」
「ニヤけてしまっていたか。大森林のバランスが崩れることはよくあるんだけど、ここまでのものは久しぶりだから、皆が集まる」
チェル先生がそう言っている間に、鳥人族とドワーフが現れた。どちらもガッシリとした体型で、服の上からでも筋肉が盛り上がっているのがわかる。
「リパ、カヒマン、来たか」
「お久しぶりです。チェルさん。マキョーさんは来るんですか?」
「この規模だから来るだろ」
「楽しみ」
カヒマンと呼ばれたドワーフは、準備運動なのか空高く跳んでいた。身体能力が異常だ。
「カヒマンさんはコロシアムの剣闘士ですか?」
「いや、駅員? 雑用?」
「魔境の住人だよ」
チェル先生が言っていた。
「チェル、杖使う?」
いつの間にか、ドラゴンに乗せてくれたシルビアさんが大量の武器を背負って現れた。細身に見える身体のどこにこんな力を隠していたのか。
「使う。ミラジュにもあげて」
「いいんですか!?」
「いいよ。たぶん、シルビアの武器は使いこなせないけど、今はこういう杖があるんだと思って使って」
「わかりました」
「じゃあ、これなんかどう?」
重い木製の杖を渡された。
「重いですね」
「大丈夫。蜘蛛を倒している内に使えるようになると思う」
私は両手で杖を持ちながら、棍棒として使ったほうがいいかも知れないと思い始めていた。
「これは野焼きかな」
「このペースなら、一週間も保ちませんよ」
エルフと僧侶が、白いクモの巣をかき分けながら出てきた。そんな魔物の大群の中に入って大丈夫なのか。軽装だし、強そうにも見えない。
「調査はどう?」
チェル先生が二人に聞いていた。
「毒は強いね。捕獲して取っておいてもいいかもしれない。ダンジョンの民に協力要請をしよう」
「繁殖ペースは雪だるま式に増えています。一週間で魔境の森が禿山に変わる勢いですね」
僧侶は普通のことのように報告しているが、それって魔境が崩壊するのに十分な規模なのではないか。
入れ墨だらけの兵士の一人が高台までやってきた。
「お疲れ様です。入口付近の防衛線は張りました」
「ありがとう。助かるよ」
なぜかチェル先生が返事をしていた。普通は領主が言うはずだが、マキョーさんの姿は見えない。
「ギルド新人のクロードはすごい勢いで落とし穴を掘ってますね」
「マキョーに鍛えられているからな」
「あ、マキョーさんは?」
「マキョーは、たぶん巣の中だ」
チェル先生はクモの巣が張り巡らされた真っ白な森を指さした。
ドサッ。
直後、高台に牛サイズの蜘蛛が降ってきた。
「平均的な蜘蛛のサイズだ。解剖するとわかるけど毒のある部位は決まっている……」
唐突に牛の影から出てきたマキョーさんが話し始めた。
「あの……!?」
「ああ、魔法学校の学生? 頑張ってレベルを上げてくれ」
マキョーさんはそれだけ言って、話を続けた。
「糸は可燃性で、商品化するなら着火剤として回収してもいいかも知れない。布には使えないと思う。毒は麻痺系で、短期的には強いけど、寝たら治る程度だ。解毒薬も作りやすいと思う」
蜘蛛の腹を開いて、攻撃部位と弱点も教えてくれた。潜り込めたら腹が弱点で、光に誘導されやすいことまで実験しているらしい。
「作戦は?」
ボーガンを手にしたヘリーさんが聞いていた。
「周辺の野焼きからだ。終わったら雨でも降らせよう。魔物たちは逃がしておいてくれ」
「「「了解」」」
「ヌシは?」
カヒマンさんが聞いていた。
「それがいないんだよ。中規模なヌシみたいな蜘蛛が分散していると考えてくれ。ただ、それぞれネットワークを使って連携しているみたいなんだよな。クロードってどこにいる?」
「入口の防衛線ですよ」
「そうか。ちょっと呼んでくる。川の下流で嵌め殺すから、順次周辺の野焼きをして、行動領域の制限を掛けていってくれ」
「魔境の植物は、そんな簡単に燃えないよ」
ヘリーさんが文句を言っていた。
「巣と枯れ葉だけでいい。ジェニファー、火を吹く竜胆があったろ? 皆に、種を渡してやってくれ。チェル、各地に光源を頼む」
「用意はしますけど、時間は掛かります!」
「マキョーと違って、こっちは魔力に限界がある。ヘリー、道路工事用の魔道具あったでしょ?」
「ああ、持ってくるよ」
「じゃあ、それぞれ役割が……」
「俺達はどうします!?」
リパとカヒマンが手を上げていた。
「魔物を引き寄せて、蜘蛛の集団を区分けしておいてくれ。できれば、ネットワークを断絶できるといい」
「「了解」」
そこで、高台に集まった全員がそれぞれの方へと向かった。
私はチェル先生について行って工事現場で使う光魔法の魔法具を森の中に設置。私は蜘蛛の巣の中に運ぶだけで大汗をかいていたのに、チェル先生は周囲の魔物を倒しながら、蜘蛛の巣を燃やしながら突き進んでいる。
家のように大きな蜘蛛が毒液を吐き出しても、チェル先生はなんでもないことのように炎の壁で、空中に飛んでいる毒を焼き、そのまま壁で蜘蛛を焼き殺していた。
「あ、ごめん。どんどん魔物は討伐していって。私、無意識で対処してしまうから」
ダンジョンのボスクラスを無意識で屠るのか。
「チェル先生は、魔境では強い方ですよね?」
「ん? ああ、たぶんね。それでも、マキョーの半分くらいじゃないかな?」
「はあ!?」
「強さを求めすぎないほうがいいよ。知性が広がらないと、結局、小さくまとまってしまうから」
「どういうことです?」
「今はわからなくてもいい。いろんな方法を試してみて。魔法だけがすべてじゃないから」
そう言われると、杖で魔物を殴り倒すのも躊躇がなくなった。
「こんなところに落とし穴を掘ったって意味が……!?」
後ろからコボルトの声が聞こえてきた。
「大丈夫だって。ちゃんと俺も見てるからさ」
そう言いながら、コボルトとマキョーさんが私たちの後を突き進んでくる。
「マキョー!」
「なんだよ、チェル。あ、いいか。魔物は半殺しにして学生にとどめを刺させるようにね。チェルは調整が効かないから、なるべく止めてあげてくれ」
「はい」
「いや、こっちに近づいてきたら、川下に行けないぞ。私たちは外周なんだから」
「え!? そうなの? すまん、クロード、道を間違えた」
「マキョーさん!? 夜なんですから、考えて進んでくださいよ」
マキョーさんはコボルトのクロードに文句を言われながら、笑って軽く腕を振った。
ドゴンッという爆発音とともに、蜘蛛の巣だらけの森に道が開けた。
「よし、行こう。あ、すごい蜘蛛が飛び出してきちゃったな」
「なんてことをするんだ!? マキョーのバカ!」
チェル先生が怒りながら、できたばかりの道を凍らせて蜘蛛の動きを鈍らせていた。
「ほら、二人共、今のうちに仕留めて経験値を稼ごう」
マキョーさんは木の枝を拾って、蜘蛛をひっくり返し、腹を突き刺していった。
「バウバウッ!」
クロードはスコップでひっくり返して、腹を突き刺していた。
「なるほど、わかりました!」
私も重い杖で、蜘蛛をひっくり返し、突き刺していく。まるで魔法を使っていない。
「魔法を使って!」
チェル先生に怒られたが、次から次へと蜘蛛の魔物が湧き出てくる。私は炎の矢で倒していたが、クロードは普通にスコップで討伐していた。
「繁殖地を直撃したな、チェル、どこから来てるかわかるか?」
「真っすぐ行った窪みだよ。蜘蛛の糸の繭が見えるだろ?」
目を凝らすと確かに前方に窪みがあり、周囲の木々に捕獲した餌がいくつも吊るされていた。繭が大人よりも大きい。近くに宿より大きな蜘蛛の魔物がいる。
「本当だ。クロード、倒す?」
マキョーさんは出来もしないことを平気で言う。
「どうやって倒すんですか!?」
「いや、落とし穴で……。無理か。ミラジュくんは、あれくらいならいける?」
「え!? 家より大きな魔物を倒せっていうんですか?」
「ああ、サイズの問題か。小さくすれば倒せるかな?」
「やめろー! また、マキョーが変な魔法を開発する前にとっとと倒すよ!」
チェル先生の激が飛ぶと同時に、周辺に這い寄っていた蜘蛛が炎の槍で串刺しにされていた。
私もクロードもあっけに取られて、一瞬固まってしまった。
「はい。息がまだある蜘蛛の頭を潰していって。面倒になったら、拳に魔力を纏わせて殴っていけばいいから」
マキョーさんは丁寧にやって見せてくれたが、やったこともないことをさらりと言う。
私とクロードが必死で、死にかけの蜘蛛を倒していった。
夜が更けていくが、蜘蛛の量はまるで減らない。




