魔境異譚・魔女のミラジュ4話
その日、チェル先生は図書室を案内してくれた。小さな部屋だが、壁という壁に本棚が置かれ、分類できていない魔法書が雑然と収まっていた。
「魔境では見ての通り魔法書は多いが、私以外はほとんど誰も読んでいない。ミラジュが読みたければ読むといい」
「いいんですか!?」
革張りの高価な魔法書もあるようだ。
「もちろん。ただ、生きている本もあるから気をつけて。並行して杖づくりは進めるようにね」
「常時魔法展開は……?」
「それも、あったね。ん~どうしようか?」
「そう言われても」
「そろそろ魔力の形態変化をやろうか。魔法の形は変えられるかな?」
「魔法の形ですか?」
「例えば……、火魔法だったら、こんな感じで」
チェル先生は燃える薄い板を見せてきた。ファイアウォールの小さいバージョンだろうか。そんな魔法があった事自体知らない。
「それはどういう詠唱をすれば……」
「えっと、詠唱なんてないよ。これは火の壁を大きくしたり小さくしたりすると調理する時なんか便利だからね。あとは魔物から逃げるときなんかは、魔物の目の前に出すだけで、止まってくれる」
「そりゃ止まりますよ」
「魔境だと、止まったら死ぬからさ」
「あ……!」
なんでもないことのようにチェル先生は生死について語る。日常に死生観が組み込まれているのだろう。
「だから、本当にちょっとした魔法で生活が一変することがある。ヒントは本でもいいし、生活の中から見つけてもいい。とにかく気づいたことをやってみて。とりあえず、今日の授業は、火の魔法を球体にしてみるとか、キューブ状にしてみるとか、形態を変化させてみよう」
「火の形を変えるということですか? そんなこと……、どうやって」
「魔力って骨を流れているだろ? つまり、骨格、フレームだよ。フレームをイメージして作ればいい。そもそもファイアボールはボールのはずだろ?」
「そうですけど……」
そんな事、魔境に来るまで考えたこともなかったわけで……。
「ちょっとやってみたら?」
「ここは図書室ですよ」
「ああ、そうか。じゃ、外に出るか」
結局、座学かと思っていた授業は今日も野外研修となってしまった。
「いい加減、枝くらいなら取れるんじゃないか?」
「いえ、森はやはり危険が……。あれ?」
目の前の森ではタンポポの綿毛が大量に飛んでいた。地面は綿毛で覆われて、その隙間では小さな虫たちが蠢いている。
「こりゃあ、いいや。綿毛を燃やして、枝を拾って」
「はい!」
ボフゥ……。
小さな着火魔法で飛んでいる綿毛に火を付けると、一斉に燃え広がって消えた。蠢いていた虫たちは通りかかったグリーンディアの親子に取り付き、そのまま皮から体内に入り込んでいた。
「うわぁ……」
「ほらファイアボールで」
「ああ、はい」
ファイアボールでほとんど死にかけていたグリーンディアの親子を狙った。
パスッ……。
魔法はあっさり弾かれてしまった。なにより、バラバラと皮の中から虫が落ちている。
「え……?」
獣系魔物にこれほど魔法が効かなかったことはない。
「デェア系の弱体化効果か。魔境の魔物はちょっとおかしいから。それより、今なら虫は踏めばいいよ」
「踏むんですか? 呪われませんか?」
「燃やしてもいいよ」
「そうします」
踏むと靴が呪われそうなので、すべて燃やしてしまうことに。流石に弱った虫には火が効いた。
「それも一気に燃やすんじゃなくて、一匹ずつ倒していくと精度は上がるよ」
「やってみます!」
ポッ!
火を付けると虫の中にある魔石が弾け飛び、横で衰弱している虫を貫いた。
「ああ、それ面白いね。周辺の接続性を考えるなら、雷魔法のほうがいいかもよ」
「そんなの私できませんよ!」
そう言うと、チェル先生は手をこすりバリバリと音を立てながら、衰弱した虫の群れに雷魔法放っていた。
バリバリバリ……。
一斉に周辺にいる綿毛の下に隠れた魔物たちにも雷が広がり、グリーンディアの親子も飛び跳ねて逃げてしまった。
「ああ、ほら、綿毛も飛んでいって枝が拾えるよ」
「本当だ! 拾います」
「どうせ杖づくりなんて、何度も失敗するからたくさん拾っておくといい」
そう言ってチェル先生はアルラウネの腕を拾っていた。
「先生、それ魔物の腕では?」
「まぁ、なんでもいいよ。使えなかったら薪にしちゃうから」
通常、アルラウネなど、その森の守護者として冒険者達から恐れられているような存在だが、魔境の森ではカミキリムシの魔物やグリーンディアに捕食される魔物だとか。環境そのものが異常だと、これまで学んできた常識が通用しない。
「これ、雷が波を打ってるみたいだね。あ、それやってみれば?」
「はい……!? どういう……?」
「だから、火の波を作ればいいんじゃないの?」
チェル先生は何を言っているんだ。波は水でしか作れないだろう。もしくは風魔法ならできるかも知れないが、火の波ってどういう魔法なんだ。
「そんな魔法を作ったら、魔境の森は山火事になってしまいませんか?」
「ああ、大丈夫。そんなに魔境の森は弱くないよ」
そう言ってチェル先生は笑っている。
「はい。じゃあ、杖を作ってやってみて」
「わかりました」
ナイフで枝を削り、持ち手を整えていく。
「杖は魔力の増幅装置でもなく、通り道を作り、狙いを定めるためにある。つまり、自分の魔力の流れもまた感じとれないと意味がない」
「はい」
なんとなく魔法を放つ時に依代があると集中できるからだと思っていたが……。
「集中などという変数を使うと、それに依存することになる。眠かろうが、騒がしかろうが、どんな状況でも魔力を運用できるようになると焦らないよ。魔力は巡り、感情で大きく消費することもある。どんな状況でも無駄遣いをしないことだ」
私はそんな講義を聞きながら、自分で作った杖を虫の魔物に向けた。
バリンッ!
杖はあっさりと弾け、破壊された。
「失敗はつきものだ。何度も試してみるといい。失敗できるうちに失敗しないと覚えないから」
チェル先生はそう言いながら、壊れた杖を焚き火に放り投げていた。
結局日が暮れるまで、杖を作り、魔法を試し続けた。その日、拾った枝はすべて杖となり、薪へと変わった。
夕飯の後、チェル先生に連絡が入った。手紙ではなく、魔法で連絡を取る手段があるのだとか。
「蜘蛛の魔物が繁殖時期に入ったらしい」
「そうですか……。学校に籠もったほうがいいですか?」
「いや、レベル上げの時間だよ」
魔境学校の授業スケジュールは魔物が決めるらしい。




