冬休み明けの宣告
昭和の小学校にあった、悪いことをしたら「自分で自分の罰を決める」という奇妙な習慣。
小学五年生の冬、友達へのいじめが発覚した私は、自責の念と強烈な「あまのじゃく」の暴走により、とんでもない罰のメニューを教師に提示してしまいました。
「丸坊主、真冬にランニングシャツと半ズボン、裸足、給食抜き、中庭で正座、校庭50周――これを全部、いっぺんに1か月やります」
引き止めを振り切り始まった、奇妙な贖罪という名の修行。
それはいつしか1か月を超え、400日におよぶ小学校卒業までの日常になっていく――。
歪んだプライドと温かい眼差しに包まれた、ある少年の、ほろ苦くも奇妙な、かけがえのない思い出の記録です。どうぞ最後までお付き合いください。
昭和の時代の小学校には、今思えば大らかというべきか、あるいは奇妙というべきか、独特の空気が流れていた。
私の通っていた学校では、何か悪いことをしでかしたとき、子供が「自分で自分の罰を決める」という暗黙の習慣のようなものがあった。
通常であれば、「校庭を10周走ります」とか、「放課後に廊下で10分間正座をします」といった程度のものである。
破った約束や、サボった掃除の埋め合わせとして、子供なりに自分の罪の重さを測り、それを差し出すことで帳尻を合わせる。
教師もそれを「よし、じゃあしっかりやれよ」と認め、それで一件落着となる――。
そんな牧歌的な、しかし子供の自律性に委ねられた、奇妙なシステムが機能していた。
◇
小学五年生の、一月十日頃のことだった。
冬休みが明け、まだ冷気のはびこる月曜日。
私は学校の職員室で、担任の先生に厳しく叱りつけられていた。
理由は、前週に犯した友達への「いじめ」が発覚したからだった。
三十歳ぐらいだったその先生は、普段はとても優しく、生徒と同じ目線で話してくれる人だったが、間違ったことに対しては絶対に妥協しない厳しさを持っていた。
先生の低い声が、冬の乾燥した職員室に響いていた。
私はうつむき、自分の足元を見つめるしかなかった。
言い訳のしようもない、自分でも弁解の余地がないほどにひどいいじめだったと思う。
それまで決して仲が悪かったわけではない、むしろそれなりに親しくしていたはずの友達に対して、私は超えてはならない一線を踏み越えてしまっていた。
「反省文を書いてきなさい」
先生はそう言った。
その言葉は決して理不尽な怒りではなく、私に自省を促すための重い言葉だった。
いつもなら、ここで「反省文と一緒に、明日から校庭を何周走ります」と言えば済むはずだった。
これまでにも、他の生徒たちがそうやって自分の犯した過ちを清算する姿を見てきた。
掃除をサボった翌日に一人で黙々と教室を掃き清める者。
ふざけて自分の給食のトレイをひっくり返し、その日の昼食を抜きにすることで自らに罰を与える者。
冬の寒空の下、校庭を走るためにわざわざ半袖半ズボンに着替える者。
どれもが、子供たちの小さな社会における「贖罪」の形だった。
しかし、今回の自分の裏切りは、そんなもので許されるはずがない。
私の中に、黒く重い自責の念が渦巻いていた。
反省文の一枚や二枚で、この罪悪感から逃れていいはずがないのだ。
その時、私の頭の中に、一つの強烈なイメージが浮かび上がった。
「反省」といえば、丸坊主。
当時の漫画やテレビの影響だったのだろうか、あるいは大人たちの会話から拾い上げた知識だったのだろうか。
私にとって髪をすべて剃り落とすということは、男が人生において最大の反省を示す際の一大儀式のように思えた。
これまで我が校で、罰として丸坊主になった生徒など一人もいなかったが、私の中ではそれこそが、このひどいいじめに対する唯一の釣り合いが取れる代償のように思えてならなかった。
だが、それだけでは足りない。
私の中に棲む「あまのじゃく」な気質と、犯した罪の大きさが、私自身にさらなる過酷さを要求していた。
これまでに他の子が受けていた罰の記憶が、頭の中で一つに結びついていく。
ただし、他の子たちが受けていた罰は、せいぜい「校庭を走るときだけ半袖半ズボンになる」という程度だ。
私はそれを、さらに厳しい「ランニングシャツと半ズボン」に変え、しかも走るときだけでなく「学校にいる間、ずっとその格好で過ごす」という過酷なものへと、勝手に強度を跳ね上げることを思いついた。
給食抜き。
一人でのトイレ掃除。
中庭での正座。
そして、校庭五十周。
私はノートの切れ端に、それらの罰を箇条書きにして書き出していった。
一、丸坊主にする。
一、一日中、ランニングシャツと半ズボンで過ごす。
一、給食を食べない。
一、一人でトイレ掃除をする。
一、三十分間、正座をする。
一、校庭を五十周走る。
先生のところに行くまでは、これらをすべて同時に実行しようなどとは夢にも思っていなかった。
自分で犯したことの重大さに怯え、激しい自責の念にかられながらも、私はノートを見つめて激しく迷っていたのだ。
(丸坊主にするべきか……それとも、この極寒の中でランニングシャツになって一日中過ごすべきか……。あるいは、給食抜きでトイレ掃除にするか……)
どれか一つを選ぶだけでも、これまでの生易しい罰とは一線を画するものになるはずだった。
私はその箇条書きのメモを握りしめ、重い足取りで職員室の先生の席へと向かった。
自分の決意を打ち明け、どれにするべきか、先生の判断を仰ぐつもりだった。
第1章をお読みいただきありがとうございます。
今思えば牧歌的であり、同時に恐ろしくもある昭和のシステム。ここで生まれた「箇条書きのメモ」が、私の日常を狂わせていくことになります。
次回、第2章「1か月、全部、いっぺんに」。あまのじゃくの暴走が始まります。




