第五章:悪魔
第五章:悪魔
「ここはどこだ?」
ロエンは口を開いた。
その声は通路の中に響いた。
とても軽く。
とても澄んでいた。
ついさっきまで血で喉を塞がれていた声には聞こえなかった。
ついさっき採石場で最後の息を吐き出した声にも聞こえなかった。
誰も答えなかった。
通路は長かった。
来た道が見えないほど長い。
両側に壁はない。けれど、何か透明なものがすべてを隔てているようでもあった。ロエンは自分が前へ歩いていることだけは分かった。けれど足元に地面を踏む感覚はない。一歩一歩が安定していて、軽く、身体から重さが抜け落ちたようだった。
周りには大勢の人がいた。
男もいた。
女もいた。
老人もいた。
ロエンより若い者もいた。
彼らは全員、同じ方向へ歩いていた。
誰も話さない。
誰も振り返らない。
誰も泣いていない。
その表情は皆、ひどく穏やかだった。自分がどこへ行くべきか、とうに知っているかのように。
ロエンも彼らについて歩いた。
通路の果てには、一面の陽光があった。
目光城の高い壁と浄化層越しに落ちてくる光ではない。
感染森林の赤い花光に汚された光でもない。
本物の陽光だった。
柔らかく。
清らかで。
静かだった。
それは通路の果てに広がり、汚染されていない水面のようでもあり、開かれた扉のようでもあった。
ロエンはその光を見つめた。
なぜか分からない。
けれど、それが終点なのだと分かっていた。
あの中へ入れば、すべてが終わる。
痛みが終わる。
血が終わる。
恐怖が終わる。
採石場の灰塵も、卓越種の振り下ろした爪も、右半身を引き裂かれた感覚も、すべて終わる。
本来なら、彼は心配しているはずだった。
ミロは?
セイラは?
グレン、ノラ、オード、それに他の者たちは?
逃げ切れたのか。
あの卓越種は追ってきていないのか。
核獣たちは鉱道を塞いでいないのか。
そうした疑問は、本来なら棘のように頭の中へ刺さっているはずだった。
けれど、この通路の中では、それらは少しずつ遠ざかっていった。
消えたのではない。
ただ遠くなった。
分厚い霧の向こう側にあるように。
焦らなければならないと覚えているのに、どうしても焦れないほど遠くなった。
何かが彼をなだめていた。
軽く。
優しく。
見えない手が肩に置かれ、もう振り返らなくていいと告げているようだった。
もう十分だ。
休んでいい。
ロエンは前へ歩いた。
周囲の人々も前へ進む。
誰も彼に触れていない。
それでも彼は人の流れに押され、ゆっくりとその陽光へ近づいていった。
光は近づいてくる。
温度もはっきりしてくる。
熱ではない。
長いあいだ感じたことのない、暖かさだった。
ロエンは自分の身体を見下ろした。
傷口は見えなかった。
血も見えなかった。
身に着けた戦服は不自然なほど完全だった。
右側の身体もある。
手もある。
まるで採石場で起きたすべてが、長くてひどい夢だったかのように。
ロエンは足を止めた。
だが、背後の人々は止まらなかった。
彼らは彼のそばを通り過ぎ、静かに、従順に、何の迷いもなく陽光へ向かっていく。
誰かの肩が軽く彼に触れた。
ロエンはその進む力に押され、また一歩前へ出た。
光はもう近い。
あと数歩で、その中へ踏み込める。
その時だった。
彼は泣き声を聞いた。
遠い。
水底から響いてくるように遠い。
それでも、ロエンには聞こえた。
知らない誰かの泣き声ではない。
ミロだ。
ロエンの足が止まった。
前方の陽光は変わらず柔らかい。
周囲の人々は変わらず静かだ。
けれど、その泣き声は見えない場所から通路を貫き、細い糸のように彼の喉へ絡みついた。
ミロが泣いている。
訓練で倒された時の、悔しさ混じりの怒鳴り声ではない。
いつもの大げさな文句でもない。
本当に抑えられず、隠せもしない泣き声だった。
続いて、さらに混乱した音が聞こえた。
誰かが叫んでいる。
誰かが息を切らしている。
誰かが急いで何かを呼んでいる。
その声は砕け、滲み、現実とは思えないほど遠い。
それでも、ロエンには分かった。
セイラの声。
グレンの声。
ノラの声。
さらに多くの足音、銃声、核獣の低い唸り。
この通路の外に隔てられているはずのものが、突然少しずつ滲み込んできた。
ロエンの胸が強く締めつけられた。
ここにあるはずのないものが、現れた。
その感覚が胸の奥から浮き上がる。
最初は重苦しさだった。
冷たい何かが胸腔の中に押し込まれているようだった。
次に、喉が締まり始めた。
空気は減っていないはずなのに、十分に吸えない。
首の中に何かが詰まっている。
血ではない。
肉片でもない。
もっと深いもの。
見えない。
抜けない。
飲み込めもしない。
ロエンには、それが何か分かっていた。
あの陰影。
それはここにあるべきではなかった。
ここは静かすぎる。
明るすぎる。
終点に似すぎている。
あの陰影は、こんな場所まで追ってくるべきではなかった。
それでも、来た。
ミロの泣き声から。
仲間たちの急いた呼吸から。
核獣が近づく音から。
自分が手放してはいけなかった場所から。
ロエンは勢いよく振り返った。
背後は来た道ではなかった。
そこに採石場はない。
鉱道もない。
森もない。
あるのは、もっと多くの人々だけだった。
一つ一つの静かな顔。
前へ進み続ける影。
彼らが彼を塞いでいた。
ロエンは戻ろうとした。
「どけ」
誰も聞かなかった。
彼は前にいる人を押しのけようと手を伸ばした。
だがその手は霧をすり抜けるようでもあり、柔らかく抗えない力に押し返されるようでもあった。
背後の人々は、まだ前へ進んでいる。
誰かが背中にぶつかった。
軽い。
けれど止まらない。
ロエンは押され、陽光へ向かって進まされる。
「どけ!」
今度は少し声が大きくなった。
だが通路に反響はなかった。
人々は反応しない。
ただ前へ進む。
まるで誰もが、この道をすでに受け入れているように。
まるで終点から逃げようとしているのは、ロエンだけであるかのように。
ミロの泣き声がさらに鮮明になる。
その声は助けを求めているわけではなかった。
けれど、助けを求める声よりもずっと耐えがたかった。
ロエンの胸はさらに締めつけられる。
喉が絞められているようだった。
奥底から浮かび上がる恐怖は、もうただの重苦しさではなかった。全身へ広がり始めていた。
指先が冷える。
耳鳴りがする。
視界の中で、陽光が明滅する。
戻りたい。
戻らなければならない。
理由は分からない。
理由など必要なかった。
あの光の中へ入ってはいけない。
少なくとも今は。
「ミロ!」
ロエンは叫んだ。
その瞬間、前方の陽光が揺れた。
水面に石を投げ込まれたように。
周囲の人々は止まらない。
彼らはロエンを押し、一步一歩、光へ近づけていく。
陽光はもう足元にあった。
あと一歩。
あと一歩で、彼はその中へ入ってしまう。
その時、ロエンはミロを見た。
ミロは陽光と通路の境界に立っていた。
いや。
そこに立っていたのではないのかもしれない。
むしろ、光の中に突然ひびが入り、その隙間から現れたようだった。
顔は少しぼやけている。
ミロであることは分かる。
けれど目は見えない。
服は異様なほどきれいだった。
血はない。
傷もない。
さっきまで泣いていた痕跡もない。
ただそこに立ち、ロエンを見ていた。
ロエンの呼吸が一瞬止まる。
「ミロ……?」
ミロは答えなかった。
ただ手を伸ばした。
その手は近い。
ロエンが少し手を上げれば触れられるほど近い。
けれど同時に、とても遠い場所を隔てているようにも見えた。
ロエンは考えなかった。
疑わなかった。
それが本当にミロなのかどうか、見分けようともしなかった。
その手が差し出された瞬間、身体の方が先に動いていた。
ロエンはその手を握った。
冷たい。
人の手ではない。
そのミロが、ようやく口を開いた。
声はとても軽かった。
とても近かった。
ロエンの耳元に貼りついているようだった。
「自分を支配しろ」
次の瞬間、陽光が砕けた。
消えたのではない。
砕け散った。
柔らかく、清らかで、静かだった光は、ロエンの目の前で無数の破片になった。その一つ一つの光の欠片の中に、ミロの泣き声があった。
そして、声は血の匂いに呑まれた。
ロエンは目を開けた。
いや。
開けたのではないのかもしれない。
ただ、突然ものが見えた。
黒い土。
赤い根。
身を低くした核獣。
そして遠くから聞こえる泣き声。
遠い。
近い。
世界の果てから一本の細い糸が伸び、胸に突き刺さっているようだった。
ミロ。
その名は、完全な形では頭に浮かばなかった。
あるのは方向だけ。
その方向だけは、断たれてはならない。
周囲で何かが動いていた。
犬型の核獣が身を低く伏せ、花苞の中の目が一つ一つこちらへ向いている。甲殻型の核獣が地面を掻き、長肢獣が樹幹にしがみつき、喉の奥から細かな音を漏らしている。
あいつらは彼を見た。
ロエンもあいつらを見た。
声は聞き取れない。
すべての音が分厚い水の向こう側にあるようだった。
遠くで誰かが叫んでいる。
誰かが泣いている。
誰かが息を切らしている。
だがその声はすべて混ざり合い、壊れた風のように耳を吹き抜けて消えていく。
核獣だけがはっきりしていた。
爪。
牙。
黒土を踏み潰して移動する音。
あの線へ近づく方向。
ロエンは立ち上がった。
白い煙が身体から立ち昇った。
それが何なのか、彼には分からない。
見ることもしなかった。
犬型の核獣が一匹、飛びかかってきた。
ロエンは避けなかった。
前へ出た。
拳を振り下ろす。
核獣の頭部が黒土へ押し込まれ、身体全体が力に引きずられて沈んでいく。花苞の中の目は一瞬で潰れ合い、泥と血に覆われた。
ロエンは止まらなかった。
二匹目の核獣が横から突っ込んでくる。
彼は振り返り、肩からぶつかった。
その核獣は横へ吹き飛び、近くの黒い樹へ叩きつけられる。樹幹が裂け、赤い根糸が目覚めたように蠢いた。ロエンはすでに追いついており、その前肢を掴み、身体ごと振り回して、別の甲殻獣へ叩きつけた。
二つの身体がぶつかる。
甲殻の砕ける音は鈍かった。
ロエンはその上を跨いだ。
前にもいる。
もっといる。
たくさんいる。
塞いでいる。
あの線を塞いでいる。
彼は前へ歩いた。
いや。
前へ殺していった。
三匹目の核獣が口を開き、彼の首へ噛みつこうとした。
ロエンはその上顎を押さえ、その口を力ずくで地面へ押しつけた。犬型核獣の四肢が泥の中で暴れる。ロエンはそれを見なかった。ただもう片方の手を握り、何度も何度も叩きつけた。
音は短い。
鈍い。
その核獣が動かなくなるまで。
彼は顔を上げた。
遠くに声がある。
ミロ。
あの方向。
彼はそちらへ進む。
長肢獣が樹上から落ちてくる。
ロエンは腕を上げ、掴んだ。
考えはない。
判断もない。
ただ掴み、引き剥がし、叩き潰す。
長肢獣の身体が黒土へ打ちつけられ、さらに引きずられて後方へ投げ飛ばされる。別の核獣にぶつかり、赤い根の群れの中へ転がった。
赤根が絡みつく。
ロエンはそのまま踏み越えた。
根が千切れる。
泥が裂ける。
彼は進む。
逃げる核獣がいる。
伏せる核獣がいる。
細い哀鳴を漏らす核獣がいる。
それが恐怖なのかどうか、ロエンには分からない。
どうでもよかった。
まだ動くなら。
まだ近づくなら。
まだ道を塞ぐなら。
砕く。
甲殻獣が身体を丸め、重い黒石のようになる。
ロエンは迂回しなかった。
拳を落とす。
一撃。
甲殻が裂ける。
二撃。
裂け目が広がる。
三撃。
殻全体が陥没する。
彼は裂け目の縁を掴み、その核獣を閉じた殻の中から引きずり出し、横へ投げ捨てた。
遠くに、もっと大きな音があった。
重い。
静か。
違う。
ロエンは顔を向けた。
卓越種が黒い樹々の間に立っていた。
そのものは大きい。
近い。
そして、はっきりしている。
目が光っていた。
ロエンはそれを見た。
あの線は、その背後にある。
ミロは、あの方向にいる。
ロエンは動いた。
卓越種も動いた。
他の核獣よりも速く、こちらへ飛びかかってくる。
黒い樹幹が視界の端で引き伸ばされ、湿土が跳ね、赤い根の群れが左右へ割れた。
ロエンは退かなかった。
二つの影がぶつかる。
空気が押し潰され、鈍い音を立てた。
ロエンは後ろへ滑り、靴底が黒土に深い跡を残す。
次の瞬間、彼はまた突っ込んだ。
拳が卓越種の胸部へ叩き込まれる。
一撃。
卓越種は倒れない。
ロエンはまた叩く。
二撃。
三撃。
四撃。
自分が何度打ったのか、分からない。
数に意味はなかった。
目の前のものがまだ立っている。
だから、まだ打つ。
卓越種が爪を振るう。
ロエンは吹き飛ばされ、樹を一本へし折った。
世界が揺れる。
音がまた遠くなる。
ミロの泣き声も、一瞬遠ざかった。
だめだ。
ロエンは立ち上がる。
白煙がさらに濃くなる。
彼は再び卓越種へ向かった。
今度は胸だけを狙わない。
前肢へぶつかり、その爪を両手で掴み、身体ごと押し下げる。卓越種が低く唸り、身体を大きく沈めた。ロエンは膝をその関節へ叩き込み、さらに拳を強く振り下ろした。
卓越種が初めて退いた。
ロエンは追う。
拳が肩甲に落ちる。
下顎に落ちる。
前肢に落ちる。
一撃ごとに、周囲の劣質獣は少しずつ後ろへ縮こまった。
ロエンはそれらを見ない。
ただ目の前の一番大きなものを見ていた。
塞いでいる。
砕く。
卓越種は低く唸りながら身体をひねり、ロエンを弾き飛ばした。
ロエンは着地しても止まらず、泥の中からそのまま起き上がると、横で逃げ遅れていた犬型核獣を掴み、卓越種へ投げつけた。
卓越種は頭を逸らさざるを得なかった。
その瞬間には、ロエンはもう目の前にいた。
拳が卓越種の胸部の裂け目へめり込む。
卓越種が初めて、怒号とは違う声を上げた。
低い声だった。
何か抑え込んだ痛みに似ていた。
それは後退する。
ロエンは追う。
また退く。
周囲の劣質獣も、それに従って森の奥へ退いていく。
それらはあの線から離れた。
ロエンは一瞬止まった。
考えたのではない。
ただ、方向がはっきりした。
ミロ。
あっちだ。
けれど、まだ数匹の核獣が残っていた。
一匹の甲殻獣が側面から突っ込んでくる。
ロエンは向き直り、迎え撃った。
拳が甲殻に叩きつけられる。
その核獣は土の中へ押し込まれた。
二匹目の長肢獣が背後から跳びかかる。
ロエンは振り返り、その首を掴んで肩越しに振り回し、黒い樹へ叩きつけた。樹上の濡れた目は一瞬で閉じ、砕ける音とともに弾けた。
三匹目の犬型核獣は、赤根の奥へ潜り込もうとしていた。
ロエンは追いついた。
尾を踏みつける。
核獣が振り返って噛みついてくる。
ロエンは身を屈め、手でその頭を押さえ、その顔を黒土へ押し込んだ。
四肢が痙攣する。
やがて止まった。
まだ一匹いた。
地面に伏せている。
震えている。
飛びかかってこない。
逃げもしない。
ロエンはその前へ歩いた。
その核獣が顔を上げる。花苞の中の目が乱れ回っていた。
拳が落ちた。
静かになった。
ようやく静かになった。
近づいてくる核獣はいない。
爪もない。
牙もない。
あの線を塞ぐものもない。
ロエンは一歩進んだ。
ミロ。
声はそこにある。
泣き声はそこにある。
そこへ行こうとした。
だが、足元が重くなった。
地面が重くなったのではない。
身体がついに沈み始めていた。
白煙が視界を覆う。
黒い樹がぼやける。
赤い根は水中の糸のように、ゆっくり散っていく。
ミロの声が少し近くなる。
また遠くなる。
ロエンは顔を上げようとした。
上がらなかった。
彼は前へ倒れた。
世界は、倒れる途中で途切れた。
次に本当に目を覚ました時、ロエンが最初に聞いたのはミロの声だった。
近い。
もう水越しではない。
「ロエン……ロエン!」
誰かが彼を抱いていた。
腕が震えるほど強く。
ロエンは目を開けた。
最初、視界はぼやけていた。
頭上で黒い樹影が揺れ、赤い花光が葉の隙間で砕けている。空気には血と泥と煙、核獣が死んだ後の生臭さが混ざっていた。
ミロの顔が見えた。
ミロは彼を見下ろしていた。
目は真っ赤だった。
顔は泥と血まみれだった。
唇は何度も動いている。たくさんの言葉を口にしているようだったが、最初、ロエンには途切れ途切れの音しか聞こえなかった。
「お前……目、覚ました……」
ミロの腕はまだ彼を抱いていた。
負傷者を抱えているというより、少しでも力を抜けば、また消えてしまうのを恐れているようだった。
ロエンは話そうとした。
喉から声は出なかった。
ただ一度、瞬きをした。
その瞬間、ミロの表情が完全に崩れた。
だが次の瞬間、一つの影が彼らの前に立った。
セイラだった。
彼女はロエンとミロの前に立っていた。
肩からはまだ血が流れている。風軌装具は身体に貼りつき、淡青い光は弱いが消えてはいない。
彼女は腕を広げていた。
完全に広げているわけではない。
ただ自分の身体で、ロエンとミロを背後へ庇っていた。
その前にいるのはオードだった。
そして、残った生存者たち。
銃口がロエンに向けられていた。
一つではない。
何丁も。
手が震えている者がいた。
顔にまだ恐怖を残している者がいた。
ロエンを見る目が、仲間を見る目ではない者がいた。
さっき白煙の中にいたものを見る目だった。
オードは最前に立っている。
銃口は安定していた。
だが指の節は白く強張っていた。
グレンは側面に立ち、武器のそばに手を置いたまま、ひどく険しい顔をしている。
ノラは少し後ろに立ち、血のついた包帯を手にしていた。彼女はロエンを見ている。近づきたいのに、言葉にできない何かにその場へ釘づけにされているようだった。
ミロはロエンを抱えたまま、顔を上げて叫んだ。
「銃を下ろせ!」
誰も下ろさなかった。
セイラは振り返らない。
ただオードを見ている。
「彼は私たちを救った」
オードの視線は彼女を越え、ロエンに落ちた。
その目は恐ろしいほど冷静だった。
そして恐ろしいほど疲れていた。
彼が口を開いた時、その声は歯の間に押し込められたように低かった。
「なら答えろ」
銃口は動かない。
「あれは今も、人間なのか?」
森に風はなかった。
誰も答えなかった。
ロエンはその銃口を見つめた。
一つ。
二つ。
もっと。
彼には分からなかった。
目を覚ましたばかりだった。
身体は重い。
耳鳴りもまだ残っている。
ミロの腕は彼を強く抱えたままだ。まるで彼をとても遠い場所から、この場へ押し戻そうとしているようだった。
けれど、あの人たちの目は、ロエンにはひどく見知らぬものに感じられた。
心配ではない。
驚きでもない。
負傷者が目を覚ました時の安堵でもない。
恐怖だった。
彼らは彼を恐れている。
核獣を恐れるように。
さっき森の中にいた、全身を白煙に包まれたものを恐れるように。
ロエンは口を開いた。
すぐには声が出なかった。
何が起きたのか聞きたかった。
なぜ銃を向けるのか聞きたかった。
なぜそんなに離れて立っているのか聞きたかった。
けれど喉から出たのは、乾いた息だけだった。
ミロは彼を抱く腕にさらに力を込めた。
「こいつはロエンだ!」
ミロの声は震えていた。けれど大きかった。
「お前ら見ただろ! こいつが助けたんだ! さっきこいつがいなかったら、俺たちはとっくに死んでた!」
誰も銃を下ろさない。
むしろ、さらに銃口が震えた者もいた。
それは攻撃するための震えではなかった。
恐怖で指先すら制御できなくなった震えだった。
セイラはロエンとミロの前に立っていた。
彼女は振り返らなかった。
肩から流れる血は戦服の裂け目を伝い、黒土へ滴り落ちている。身体は今にも揺らぎそうなのに、地面に深く打ち込まれた杭のように、彼らの前に立ちはだかっていた。
「一歩でも近づいたら」
声は低かった。
風軌装具が微かに光る。
「殺す」
数人の生存者の顔色が変わった。
誰かが銃口をセイラへ向ける。
オードが手を上げ、それを制した。
「ウェンデル、退け」
「退かない」
「自分が何を庇っているか分かっているのか」
セイラの背中がわずかに強張った。
ロエンは彼女を見ていた。
表情は見えない。
ただ指が微かに震えているのが見えた。
それでも、彼女は退かなかった。
「さっき彼は私たちを殺さなかった」
セイラは言った。
「それで十分」
「不十分だ」
オードの声は重かった。
「こういう場所では、それだけでは永遠に足りない」
ミロが顔を上げて叫ぶ。
「じゃあ何が欲しいんだよ! 今ここでこいつを寝かせたまま撃てば満足か? こいつは目を覚ましたばかりだ! 何も分かってない!」
「だから危険なんだ」
オードはロエンを見ていた。
その目に憎悪はなかった。
憎悪よりも厄介だった。
判断だ。
冷静すぎるほど冷静で、残酷に近い判断。
「あの白煙は何だ」
ミロは歯を食いしばった。
「知らない!」
「なぜ立ち上がれた」
「知らない!」
「なぜ素手で核獣を引き裂けた」
「知らない!」
「なぜ核獣と人間を同時に恐怖させた」
ミロの声が詰まった。
周囲が静まり返る。
ロエンはミロの腕の中で、その問いを聞いていた。
一つ一つの言葉が、とても遠い場所から落ちてくるようだった。
白煙。
核獣。
恐怖。
素手。
分からない。
それは別の誰かの話のようだった。
けれど、すべての目が彼を見ている。
ロエンは自分の手を見下ろした。
血がついている。
泥がついている。
指の間には黒い欠片が入り込んでいた。
それでも、それは彼の手だった。
核獣の爪ではない。
怪物の肢ではない。
自分の手だった。
ロエンはゆっくり顔を上げた。
オードが彼を見ていた。
「ロエン」
目を覚ましてから、オードが初めて彼の名を呼んだ。
ロエンの喉が小さく動いた。
「答えろ」
オードは問う。
「お前は人間か、それとも核獣か」
ミロが即座に叫んだ。
「人間に決まってる!」
「本人に答えさせる」
オードの銃口は動かなかった。
セイラの指が風軌装具に触れる。
グレンは側面に立ったまま、表情をひどく歪めている。けれど口は挟まなかった。
ノラはロエンを見ていた。唇がわずかに開き、何か言おうとしたようだったが、最後には飲み込んだ。
ロエンはオードを見た。
頭の中はまだ混乱している。
通路。
陽光。
ミロの手。
人のものではない冷たさ。
砕けた光。
それらの映像が頭の中をかすめ、目の前の銃口に押し戻されていく。
どうやって戻ってきたのか分からない。
さっき何が起きたのか分からない。
なぜ皆が自分を恐れているのか分からない。
けれど、この問いには答えられた。
ロエンは掠れた声で言った。
「人間だ」
声は軽かった。
けれど、はっきりと落ちた。
「俺は、人間だ」
ミロの腕が震えた。
ようやく何かを掴めたように。
セイラは振り返らなかったが、肩が少しだけ緩んだように見えた。
オードはロエンを見ていた。
長い時間。
森の中の血の一滴一滴が冷えていくほど長く。
最後に、彼はゆっくりと銃を下ろした。
「武器を下ろせ」
生存者たちが固まった。
「隊長?」
「下ろせと言った」
オードの声は大きくなかった。
それでも、誰もそれ以上問えなかった。
一丁の銃が先に下がった。
次に二丁目。
三丁目。
銃口が一つずつ下がっていく。
ミロが息を吐いた。
その息が完全に吐き切られる前に。
オードが低く言った。
「すまない」
ロエンは彼を見た。
オードは腰の土元素の長斧を握った。
「誰も、お前の代わりにその問いへ答えられない」
次の瞬間、斧光が空気を裂いた。
速すぎた。
ミロの瞳孔が縮むよりも早く、セイラの風軌装具が光るよりも早く、その巨大な土元素の長斧は重い風圧を伴って三人へ振り下ろされていた。
警告ではない。
威嚇でもない。
ロエン、ミロ、セイラをまとめて断ち割るのに十分な一撃だった。
ロエンの視界が急に狭くなる。
すべての音が再び遠ざかる。
ミロが彼を抱く腕。
前に立つセイラの背中。
落ちてくるオードの斧刃。
それらすべてが一本の線のように引き伸ばされた。
そしてその線の向こう側で、ロエンはあの声を聞いた。
ミロの泣き声ではない。
オードの問いでもない。
通路の中で、ミロの形をまとったものが、陽光が砕ける前に残した声。
とても軽く。
とても近い。
耳元に貼りつくような声。
自分を支配しろ。
ロエンの手が動いた。
手だけだった。
大量の白煙が、手の甲、指の間、掌から爆ぜるように溢れ出した。皮膚の下に押し込められていた霧が、一瞬で噴き出したようだった。
ミロには、彼がどう手を上げたのかすら見えなかった。
セイラも風軌を起動する暇がなかった。
オードの巨斧が落ちる。
ロエンは片手で斧刃を掴んだ。
轟!
重い衝撃が地面へ沈み込む。
黒土が周囲へ炸裂した。
ロエンの手は斧刃に食い込んでいた。
五本の指が、金属と元素石の混じった斧身に深く沈んでいる。
白煙が指の間から激しく渦巻く。
斧刃が、歯の奥を軋ませるような歪んだ音を立てた。
オードの目が、初めて変わった。
ロエンは目を上げた。
顔色はまだ蒼白だった。
身体はまだミロの腕に預けられていた。
ただ、その手だけが、白煙に完全に呑まれていた。
次の瞬間。
喀。
巨大な斧の斧身に、彼の五本の指が無理やり穿った五つの穴が空いた。




