↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/8

第四章:???

第四章:???


鉱道には風がなかった。


あるのは、走る足音と、荒い息と、傷口から血が砕石に滴る音だけだった。


ミロはグレンに引きずられるように前へ進んでいた。


いや、歩いているというより、無理やりそこから離されているだけだった。


足が時折もつれ、肩が湿った冷たい岩壁にぶつかり、指が壁面を掻いて泥の跡を残す。それでも彼の目はまだ後ろを見ていた。煙塵に呑まれた出口を、ずっと見ていた。


けれど、もうそこにロエンの姿は見えなかった。


何も見えなかった。


灰色の塵だけ。


そして、卓越種の影に押し潰された採石場だけ。


「放せ……」


ミロの声はかすれていた。


グレンは放さなかった。


「ミロ」


「放せって言ってるだろ!」


ミロが激しく身をよじり、危うく横の岩壁にぶつかりかけた。グレンの腕の傷口が裂け、血が指の節を伝って流れ落ちる。それでも彼は、ミロの肩を強く掴んだままだった。


「今戻っても、死ぬだけだ」


「なら戻らせろ!」


その言葉が鉱道の中で炸裂した。


一瞬、全員の足が何かに引っかかったように止まった。


セイラは隊列の後方に立っていた。肩からはまだ血が流れている。彼女はミロを振り返り、唇を強く結んだ。風軌装具は身体に貼りついたままで、淡い青い光はもう消えていた。


ノラも足を止めた。


両手は血まみれだった。


ロエンの血だった。


彼女は自分の手を見下ろした。まるで、その色がまだそこに残っていることに、今になって気づいたようだった。血は冷え始め、指の間に粘りつき、振っても落ちない。


オードは最前方を歩いていた。土元素の長斧は腰に戻されていたが、刃の一部が欠けている。彼は振り返り、ミロを見た。


その目に責める色はなかった。


ただ疲労だけがあった。


「死にたいなら、俺たちが逃げ切ってから勝手に決めろ」


ミロは顔を上げ、彼を睨んだ。


オードは冷たく言った。


「今は駄目だ。今お前が死ねば、次の誰かも巻き添えで死ぬ」


ミロの唇が震えた。


罵りたかった。


叫びたかった。


目の前の全員の手を振り払い、採石場へ戻り、あの灰色の塵の中からロエンを引きずり出したかった。


だが、ノラの言葉がまだ耳に残っていた。


彼にはもう、あなたが運べる身体が残っていない。


その言葉は釘のように耳から頭の中へ打ち込まれていた。


ミロは俯き、自分の手を見た。


手のひらは、まだ傷口を押さえていた時の形をしていた。


指の間にはロエンの血が詰まっている。


急に寒気がした。


その手が自分のものではないような冷たさだった。


「あいつは、俺のせいで……」


誰もすぐには答えなかった。


鉱道の奥から、遠い震動が伝わってきた。


何かが外で岩壁にぶつかっているようでもあり、核獣の爪が地面をゆっくり掻いているようでもあった。


グレンの手は、まだミロの肩を押さえていた。


「お前を生かすためだ」


ミロが目を上げる。


「そういうことを言うな」


グレンは彼を見た。


「じゃあ、何と言えばいい」


ミロの喉が小さく動いた。


「俺があいつを殺したって言え」


グレンは黙った。


セイラの指がわずかに強く握られる。


ノラは目を閉じた。


鉱道には、ただ全員の呼吸だけが残った。


しばらくして、グレンが低く言った。


「そう聞きたいのは、その方が楽だからだ」


ミロは固まった。


グレンの声は低かったが、引かなかった。


「もしお前があいつを殺したんだとしたら、お前は自分を憎めば済む。けど、事実は違う」


彼はミロを見た。


「ロエンが、お前を選んだ」


ミロの目がさらに赤くなった。


「やめろ」


「あいつはお前を突き飛ばした。お前が同じ場所へ戻って死ぬためじゃない」


「やめろって言ってるだろ!」


ミロは拳でグレンの胸を殴った。


力は乱れていた。


重くはなかった。


グレンは避けなかった。


ミロはもう一度殴った。


だがその拳は、グレンの胸元で止まった。


もう振り下ろされなかった。


肩が震え始める。


恐怖のせいではない。


寒さのせいでもない。


身体が、ついに支える場所を見失ったようだった。


「俺は……掴めなかった……」


ミロの声は、ほとんど聞き取れないほど砕けていた。


「すぐ隣にいたのに」


ノラが彼の前に歩いてきた。


触れはしなかった。


ただ、そこに立った。


「掴めなかった」


ミロが彼女を見る。


ノラの顔色は白かった。


それでも声は安定していた。


「あなたが一秒早く反応しても、掴めなかった。私が一秒早く着いても、救えなかった」


彼女は自分の手を見下ろした。


「治療する時間も、治療できる可能性もない傷はある」


ミロは彼女を見つめた。


「だから、これで終わりか?」


ノラは目を上げる。


「違う」


彼女は言った。


「だから私たちは生きて、このことを覚えておく」


ミロの表情が歪んだ。


その言葉は、どんな叱責よりも耐えがたいもののようだった。


遠くから、また衝突音が聞こえた。


今度はさらに近い。


鉱道の天井から砕石が落ち、肩に当たった。


オードはすぐに手を上げた。


「止まるな」


彼は前方の闇を見た。


「あいつらが追ってこないからといって、見逃されたわけじゃない」


セイラが低く言った。


「あいつら、道を追い込んでいる」


オードは彼女を一瞥した。


「そうだ」


彼は顔の横の血を拭った。


「採石場の北側を抜けると、感染森林の縁に出る」


生き残っていた新卒の一人が顔色を変えた。


「感染森林?」


別の者が小さく悪態をついた。


「三号路線は迂回路だって話じゃなかったのか」


オードは振り返らなかった。


「任務板にはそう書いてあった」


ミロがふいに笑った。


乾いた、ひどく耳障りな笑いだった。


「任務板」


誰も返事をしなかった。


その三文字は、今やひどく愚かな冗談のように聞こえた。


彼らはさらに進んだ。


鉱道は進むほど狭くなっていく。


壁面に赤い細根が現れ始めた。


その根は岩の隙間から這い出し、凝固した血管のように、湿って冷たい石壁をゆっくりと這っていた。ところどころ、その節に小さな雅核花が咲いている。花弁は闇の中で不自然なほど赤く、微かな光を放っていた。


それを見たノラがすぐに言った。


「壁に触らないで」


数人が反射的に手を引いた。


ミロは動かなかった。


もう周囲の声が届いていないようだった。


グレンが彼の手首を掴み、壁から引き離した。


ミロは抵抗しなかった。


抵抗しないことの方が、ずっと悪かった。


セイラは彼を見た。


「ミロ」


ミロは振り返らなかった。


セイラは少し言葉に詰まった。


彼女は人を慰めるのが得意ではなかった。


速度、距離、着地点、攻撃経路。そういうものなら理解できる。


けれど、人が死んだ。


誰かが、別の誰かのために死んだ。


そして生き残った者は、それでも前へ進まなければならない。


そういうことには着地点がない。


迂回できる道もない。


最後に、彼女はただ言った。


「あいつは、ここで止まってほしくないはず」


ミロの足が一瞬止まった。


「お前にあいつの望みが分かるのか」


その言葉はセイラを刺した。


彼女はすぐには答えなかった。


数秒後、彼女は言った。


「分からない」


ミロは俯いたままだった。


セイラは彼を見た。


「だから、生きて戻って聞く」


その言葉が落ちた瞬間、ミロが顔を上げた。


目には怒りと痛みがあった。


「あいつは死んだ」


セイラは彼を見返した。


肩からはまだ血が流れ、顔色も悪い。それでも視線を逸らさなかった。


「知ってる」


「お前は分かってない!」


「分かってる」


彼女の声は低くなった。


「私も、あいつのそばへ行けなかった」


ミロの唇が動いた。


セイラの指が風軌装具を押さえる。関節が白くなるほど力が入っていた。


「見えていたのに」


彼女は言った。


「届かなかった」


今度は、ミロも叫ばなかった。


鉱道の先に、灰色がかった赤い光が見え始めた。


出口が近い。


外の空気が前方から流れ込んでくる。腐った木、湿った土、血のような花、そして甘ったるく吐き気を誘う何かの匂いが混ざっていた。


感染森林。


オードは出口の手前で止まり、全員に身を低くするよう合図した。


皆は岩壁に身を寄せ、ゆっくり外を覗いた。


そこは普通の森ではなかった。


樹幹は黒く、表面には肉膜のようなものが張りついている。太い赤い根が地面から這い出し、また土の中へ潜っていた。まるで土地そのものが呼吸しているようだった。枝には暗赤色の花苞がいくつもぶら下がり、いくつかは少し開いていた。中にあったのは花蕊ではなく、濡れて光る眼球のような器官だった。


風が林の間を通ると、その目が軽く動く。


森全体が、こちらを見ているようだった。


一人の新卒が一歩退いた。


「入れません」


誰も笑わなかった。


なぜなら、全員が彼の言葉が正しいと分かっていたからだ。


入るべきではない。


だが背後の鉱道の奥から、低い核獣の唸りが聞こえた。


一匹ではない。


何匹もいた。


オードは長斧を握り締める。


「森に入る」


その新卒の顔は蒼白になった。


「隊長……」


オードは彼を振り返った。


「ここに残れば、奴らに塞がれて終わりだ」


彼は感染森林を見た。


「入れば、まだ道はある」


ミロは隊列の中央に立っていた。


彼は顔を上げ、生き物のようなその森を見た。


手はまだ震えている。


ロエンの血は掌で半ば乾き、剥がせない皮のように貼りついていた。


グレンが低く言った。


「行くぞ」


ミロは答えなかった。


だが今度は、もう振り返らなかった。


一人、また一人と鉱道を出て、感染森林の縁へ足を踏み入れた。


ミロの靴底が柔らかな黒土を踏んだ時、林のどこかでごく小さな音がした。


遠くで誰かが骨を折ったような音だった。


それが何だったのか、誰にも分からなかった。


探す余裕もなかった。


背後では、核獣の唸りがすでに追いついていたからだ。


森の地面は柔らかかった。


普通の泥の柔らかさではなかった。


一歩踏み込むたび、何かまだ生きているものの中へ足を入れているようだった。黒い湿土はゆっくり沈み、靴底を引き抜くと、赤い粘糸が細く伸びる。その糸はすぐに切れ、土の中へ縮み、傷口が自ら閉じるように消えていった。


オードは最前方を進んだ。


速くはないが、足取りは安定していた。


右手には土元素の長斧。斧刃は地面すれすれに置かれ、ときおり剥き出しの赤い根を掠める。刃がその根に触れるたび、根は焼かれたように微かに縮んだ。


セイラは隊列の後方を歩いていた。


肩の傷はまだ完全には止血できていない。裂けた内核皮戦服の縁が、動くたび肌を擦る。腕を上げるたび、表情が僅かに固まったが、痛みは口にしなかった。


風軌装具は起動していない。


森は狭すぎた。


根が多すぎた。


ここで高速突進すれば、着地点を一つ誤っただけで、樹に激突するか、見えない根穴に足を取られる。


彼女は初めて、速度が場所によっては縛られた刃のようになるのだと感じた。


刃であることに変わりはない。


ただ、抜けない。


グレンはミロのそばを歩いていた。


もう彼を掴んではいない。だが、常に半歩の距離を保っている。


ミロの足取りが遅くなるたび、グレンは肩で軽く彼に触れた。


一度目、ミロは反応しなかった。


二度目、低く言った。


「歩ける」


グレンは前を見たまま答える。


「知ってる」


「じゃあ何でぶつかる」


「まだそこにいるか確認してる」


ミロはそれ以上何も言わなかった。


ノラはその反対側を歩いていた。


手の血は拭ったが、完全には落ちていない。血は爪と皮膚の隙間に残り、色を暗くして、離れようとしない印のようだった。


彼女は歩きながら、残った医療物資を確認した。


止血膠は三つ。


浄化片は七枚。


縫合針はまだある。だが、この環境で縫える傷は、大抵まだ最悪ではない。


最悪の傷には、縫合する資格すらない。


彼女はミロを一度見た。


次にセイラの肩を見る。


最後に、視線はグレンの肋骨のあたりで止まった。


グレンはその視線に気づき、低く言った。


「まだ歩ける」


ノラは言った。


「さっき呼吸が短くなった」


「森の空気が悪いからだ」


「その短さじゃない」


グレンは一瞬黙り、それから少し笑った。


「本当に面倒だな、君は」


ノラは最後の包帯を腰袋に戻した。


「生きている人は、だいたいそう言う」


前方で、低い嘔吐音が聞こえた。


一人の新卒が樹幹に手をつき、身を折って吐いていた。


かなり激しく吐いた。


胃には元々ほとんど何も残っていなかったのか、最後には酸水と少しの血の筋だけを吐き出した。


オードは即座に振り返った。


「樹に触るな!」


その新卒は目を覚ましたように、慌てて手を引いた。


彼が触れていた樹幹では、肉膜のような黒い表皮が微かに膨らみ、細い赤根が数本、樹皮の隙間から伸び出していた。つい先ほどまで、彼の掌を探っていたようだった。


新卒は一歩退く。顔色は死人のように白かった。


「ここ……」


声は小さかった。


「ここ、俺たちを見てる」


誰も否定しなかった。


正しかったからだ。


樹上のまだ開ききっていない花苞の中で、濡れた眼球が一つ一つ、彼らの動きに合わせて動いていた。


ゆっくり動くものもある。


ひどく速く動くものもある。


眼白などないはずなのに、最も恐れている者を見つめているように感じるものもあった。


ミロは顔を上げ、一度だけ見た。


そのうちの一つが、彼を見ていた。


小さな目だった。花弁の奥に隠れ、表面には水膜のようなものが張っていた。瞬きはしない。ただ静かに見ているだけだった。


ミロは、ロエンの最後の眼差しを思い出した。


ぼやけて。


焦点が合わず。


唇が動いたのに、声は出なかった。


彼の手が強く握られた。


グレンがすぐに彼を見る。


「ミロ」


ミロは視線を逸らした。


「大丈夫だ」


その返事は速すぎた。


速すぎて、誰が聞いても嘘だと分かった。


オードが声を抑える。


「隊形を縮めろ。互いに三歩以上離れるな」


一人の正式先駆者が尋ねた。


「先に傷の処置をしますか?」


オードは林の奥を見た。


赤い根が地面を交差し、巨大な脈の網のように広がっている。遠くには霧があり、その中で暗赤色の花光が時折揺れていた。


「安全な場所は見つからない」


その先駆者は黙った。


オードは続けた。


「森の縁を抜けて、西側の高台へ向かう。あそこなら地勢が高い。信号を出せるかもしれない」


「かもしれない?」


ミロが低く言った。


オードは彼を一瞥した。


「保証が聞きたいのか」


ミロは答えなかった。


オードも答えを待たなかった。


「ここにそんなものはない」


隊列は進み続けた。


十分も経たないうちに、最初の劣質獣が左側の藪から飛び出した。


痩せた犬に似た姿だったが、全身には小さな花苞がびっしりと生えている。その花苞は走るたびに開閉し、中から濡れた眼球を覗かせた。


オードは振り返らずに言った。


「左!」


セイラはもう動いていた。


風軌は使わず、普通の足運びで斜めに切り込み、短刀を犬型劣質獣の前肩へ突き出す。


だが森の地面は柔らかすぎた。


足元がわずかに沈み、着地が想定より半拍遅れる。


犬型劣質獣は急所を避け、爪が彼女の腕を掠めた。


セイラは眉を寄せ、反手でその喉の横を切り裂いた。


続いてミロの銃声が響く。


氷元素弾が劣質獣の後脚に命中した。


白霜が瞬時に広がり、動きを止める。


グレンが側面から追撃し、首の下に刃を刺し込んだ。


劣質獣は倒れ、痙攣した。


その身体に咲いていた花苞は、すぐには死ななかった。一つ一つが、ゆっくりとこちらへ向いた。


死んだのはそれらではなく、ただ借りていた身体だけだと言わんばかりに。


一人の新卒がその目を見つめ、ふいに後退した。


「見るな」


ノラが言った。


その新卒には聞こえていないようだった。まだ地面の死骸を見つめている。


呼吸が少しずつ速くなる。


「まだ見てる」


ノラは彼のそばへ行き、肩を押さえた。


「私を見て」


新卒は動かなかった。


「まだ見てる……」


ノラは声を強めた。


「私を見て」


ようやく、その者は顔を上げた。


目には恐怖だけがあった。


「ここで死にたくない」


ノラは彼を見た。


「誰もそう思ってない」


「さっきの人たちみたいにはなりたくない」


「なら銃を握って」


新卒の手が震えた。


銃はまだそこにある。


だがその指は、握り方を忘れたかのようだった。


ミロはその手を見ていた。


ふいに、自分も同じようなものだと思った。


手には銃がある。


それでもロエンは死んだ。


銃は役に立たなかった。


訓練も役に立たなかった。


三年も役に立たなかった。


走ることも、格闘も、装填も、判断も、撤退路線も、すべて役に立たなかった。


卓越種の爪が落ちる時、何も止められなかった。


呼吸が乱れ始める。


胸を見えない手で押さえつけられているようだった。


「ミロ」


横からグレンの声がした。


ミロは我に返る。


前方からまた音がした。


今度は一匹ではない。


木々の奥で、多数の低い影がこちらへ近づいている。


オードが長斧を上げた。


「接敵準備」


全員が散る。


だが今度は、動きがさっきほど整っていなかった。


遅れる者がいる。


立ち位置を誤る者がいる。


命令を聞いているのに、銃口を上げすぎる者がいる。


森の中の目が、彼らの集中を削っていた。


誰もが背後に何かいる気がしていた。


枝が擦れる音、根が縮む音、花苞が開閉する音。そのすべてが、核獣が見えない角度から飛び出す前触れのように思えた。


セイラは身を低くした。


「ロエン」


彼女は反射的にその名を口にした。


言った直後、自分でも一瞬止まる。


隣には返事がない。


どこへ着地すべきか、誰も教えてくれない。


あの苛立つほど平坦な声で「退け」や「止まれ」と言う者はいない。


彼女は歯を食いしばった。


風軌装具が微かに光り、また抑え込まれる。


無闇に動くな。


速くなるな。


止まれ。


見ろ。


だが、すべては見えない。


森は乱れすぎている。


敵が多すぎる。


そして、ロエンがいない。


第一波の劣質獣を、隊列はどうにか受け止めた。


第二波がすぐに続く。


犬型、甲殻型、長肢獣。そして植物の根で縫い合わせられたような歪な核獣が、樹根と黒い藪の間から這い出してくる。


オードが一振りで甲殻獣の頭を砕いた。


土元素が炸裂し、地面が隆起して二匹の劣質獣を跳ね上げる。


「散るな!」


彼が吼えた。


「寄れ!」


だが、先ほど吐いた新卒はすでに退いていた。


逃げようとしたわけではない。


ただ本能的に一歩下がっただけだった。


一歩の次に、二歩目。


三歩目で、背後の赤い根が彼の足首に絡みついた。


彼は下を見た。細い蛇のような根が脚に巻きついている。


「助——」


叫びきる前に、藪の中から長肢の劣質獣が飛び出し、肩に噛みついて、そのまま闇へ引きずり込んだ。


悲鳴が林に響く。


それはすぐに、湿った咀嚼音に変わった。


ミロは銃口を向けようとした。


だが銃を上げた瞬間、別の犬型劣質獣が目の前に迫っていた。


グレンが彼を突き飛ばし、長刃で犬型の牙を受け止める。


「集中しろ!」


ミロは引き金を引いた。


雷元素弾が犬型劣質獣の側腹を貫き、電流で短く硬直させる。


グレンがとどめを刺した。


劣質獣が倒れる。


ミロは荒く息をした。


礼を言おうとした。


だが口から出たのは、別の言葉だった。


「ロエンなら見えてた」


グレンは一瞬止まった。


ミロは倒れた劣質獣を見ていた。


「あいつなら、先に見えてた」


誰も返せなかった。


それは本当だった。


ロエンはよく先に見ていた。


足運びを。


着地点を。


不自然な静けさを。


そして少ない言葉で、人を間違った場所から引き戻した。


今は、自分たちで見なければならない。


遅すぎる。


乱れすぎる。


間に合わない。


第三波の核獣が押し寄せた時、隊列はついに裂かれた。


一人の正式先駆者が甲殻獣に突き倒され、起き上がる前に三匹の犬型劣質獣が腕と脚に噛みついた。オードが救おうと走ったが、別の長肢獣に阻まれる。


その先駆者は一声叫んだ。


救助を求める声ではなかった。


彼らに行けと告げる声だった。


次の瞬間、彼は腰の最後の火元素弾を二つ引き抜いた。


爆発が林の中で弾ける。


火光が一瞬だけ周囲を照らし出した。


黒い樹幹。赤い根。樹上いっぱいの目。そして引き裂かれた人影。


すべてが、その一瞬だけあまりに鮮明だった。


そして火は消えた。


森は再び暗くなる。


ミロの耳は嗡々と鳴っていた。


彼はセイラが少し離れた場所で倒れ、肩の傷がまた開いているのを見た。ノラは脚を噛まれた新卒を引きずって後退している。グレンは彼女たちの前に立ち塞がっているが、肋骨のあたりは血で染まっていた。


オードの斧刃には肉片と黒い液体がべったりついている。


それでも核獣は来る。


多すぎる。


数えられないほど多いのではない。


もう数える余力がないのだ。


一人の新卒が、ふいに銃を地面に落とした。


「もう無理だ……」


声は震えていた。


「倒しきれない」


オードが振り返る。


「拾え!」


その者は首を振った。


「倒しきれない……俺たちは死ぬ……全員死ぬ……」


劣質獣が横後方から彼に飛びかかった。


ノラが叫ぶ。


「伏せて!」


その者は反応しなかった。


ただ立っていた。


心の中の何かが、すでに折れてしまったようだった。


セイラが風軌を起動する。


淡い青い光が一閃し、彼女は二本の赤い根の間を強引に抜け、その劣質獣を弾き飛ばした。


だが着地した足元が滑り、膝が湿土に強く打ち込まれる。


起き上がるのが、一瞬だけ遅れた。


その一瞬、別の犬型劣質獣が彼女の背後へ飛びかかった。


ミロが銃を上げる。


指が引き金を引いた。


空撃ち。


弾倉は空だった。


血の気が一気に引いた。


グレンは駆け出そうとしたが、距離がありすぎる。


オードは二匹の核獣に絡まれている。


ノラは傷者の脚を押さえている。


セイラが振り返った。


もう間に合わない。


その時、森の奥で巨大な爆発音が響いた。


崩!


音は彼らのすぐそばで炸裂したわけではなかった。


それでも全員の胸を内側から叩いた。


地面が微かに跳ねる。


樹上の目が、同時に一方向へ向いた。


劣質獣たちも、その瞬間だけ動きを止めた。


恐怖ではない。


何かより高い位置にあるリズムに、短く引っ張られたようだった。


セイラはその隙に前へ転がり、犬型劣質獣の襲撃を避けた。


ミロは地面に膝をついたまま、手を震わせながら弾倉を交換した。


「今のは何だ?」


誰も答えなかった。


次の瞬間、森の別方向から重い足音が聞こえた。


重く。


遅く。


一歩ごとに、全員の胸骨を踏みつけるような足音だった。


オードの顔色が変わる。


セイラが顔を上げる。


グレンが長刃を握り締める。


ノラの手が傷者の脚の上で止まる。


ミロは新しい弾倉を銃へ押し込み、顔を上げた。


黒い樹幹の間から、あの卓越種が歩み出た。


肩甲には、土元素の長斧でつけられた裂け目がまだ残っている。


それでも生きていた。


あの不快な目が、林の中で微かに光っている。


すぐには襲ってこなかった。


ただ、そこに立っていた。


獲物をついに檻の最奥へ追い詰めた狩人のように。


ミロの指がゆっくりと引き金にかかる。


自分の呼吸に震えが混じっているのが聞こえた。


オードが低く言った。


「全員……下がれ」


だが背後にも核獣がいた。


左右にも。


森の中の目は、すべて彼らを見ていた。


さっき銃を落とした新卒が地面に座り込み、唇を白くしていた。


「終わりだ……」


彼は言った。


「俺たちは終わりだ」


今度は、誰も彼を叱らなかった。


なぜなら、その瞬間、全員の心の中で同じ声が響いていたからだ。


その声は、耳で聞こえたものではなかった。


胸の奥から湧き上がった。


終わりだ。


逃げ道はない。


ここで死ぬ。


最初、それを口に出した者はいなかった。


だがその思考は湿った霧のように、森の黒土からゆっくり立ち上り、喉へ、肺へ、指先へ入り込んだ。武器が握れなくなり、見るべきものが見えなくなる。


劣質獣はすぐには襲ってこなかった。


ただ囲んでいた。


犬型劣質獣は身を低く伏せ、喉から途切れ途切れの低い鳴き声を漏らしている。甲殻型劣質獣は脚爪で地面を掻き、湿った黒い跡をいくつも作った。長肢獣は歪んだ樹幹にしがみつき、折れて繋ぎ直された枝のような四肢を垂らしながら、頭を少しずつ動かしていた。


待っている。


まるで獲物がまだ熟していないかのように。


ミロは銃を握っていたが、指は先ほどよりさらに硬くなっていた。


劣質獣は見えている。


牙も、爪も、花苞の中の濡れた目も見えている。


それでも彼の視線は、次の瞬間には自分の掌へ落ちてしまう。


そこにはまだロエンの血が残っていた。


血は一部乾き、黒赤い薄皮のように皮膚へ貼りついている。


ふいに彼は、劣質獣たちが今の自分を見ているのではないように感じた。


血溜まりの中で膝をついていた自分を見ている。


ロエンの裂けた身体を押さえていた自分を見ている。


何もできなかった自分を見ている。


「ミロ」


横からグレンの声がした。


ミロは答えなかった。


グレンが彼を軽く押した。


「前を見ろ」


ミロははっと我に返った。


犬型劣質獣が十歩以内まで近づいていた。


身体を低く構え、背中の花苞を開閉させている。その中の目はすべてミロを向いていた。ただ見ているのではない。彼が先に崩れるのを待っているようだった。


ミロは銃を上げた。


銃口が少しずれた。


グレンが即座に前へ出て、一刀でその犬型劣質獣を後退させる。


「花を見るな!」


ミロは歯を食いしばった。


「分かってる!」


「分かってない!」


グレンの声はいつもより重かった。


「今、お前は自分の手を見ていた!」


ミロの顔が白くなる。


言い返したかったが、声が出なかった。


別の場所で、銃を落とした新卒が突然叫び出した。


湿土に座り込み、両手で地面を押しながら後ずさる。


「来るな……来るな……」


実際には、劣質獣はまだ触れていない。


最も近い甲殻獣でさえ、七歩は離れていた。


だが彼の目はもう壊れていた。


肉体のことではない。


立っていられるように彼を支えていた内側の何かが、先に折れた。


ノラが駆け寄り、銃を彼の手に戻そうとする。


「立って!」


新卒は首を振った。


「無理だ……俺には無理だ……」


「できる」


「できない!」


彼は突然、ノラを強く押し返した。


乱暴な動きだったが、力は強かった。


ノラはよろめき、肘を横の樹根にぶつける。


赤い細根がすぐに樹皮の隙間から伸び出した。


それを見たセイラが瞬時に風軌を起動する。


淡青い光が走った。


彼女はノラのそばへ飛び込み、腕を掴んで引き離した。


次の瞬間、その細根は空を絡め取り、外れた後もすぐには戻らず、ついさっき逃した温度を探すように空中で蠢いた。


ノラが姿勢を整える。


「ありがとう」


セイラは彼女を見ていなかった。


その新卒を見ていた。


彼はまだ後ずさっている。


「それ以上下がらないで」


セイラは言った。


新卒には届かない。


もうどんな声も入らない。


恐怖がすべての音を外へ閉め出していた。


彼の踵が黒土に沈んだ。


次の瞬間、地面が急に凹む。


穴ではなかった。


むしろ土そのものが口を開いたようだった。


赤い根が湿土から飛び出し、瞬く間に腰と脚に絡みつく。


新卒は本当の意味で悲鳴を上げた。


「助けて!」


オードが振り返り、走り出す。


だが二匹の犬型劣質獣が同時に飛び出した。まるでこの瞬間を待っていたかのようだった。


オードは斧を振るわざるを得なかった。


土元素が弾け、一匹を吹き飛ばす。


もう一匹はグレンが受け止めた。


だが、その数秒で十分だった。


黒土の中の根は、新卒を下へ引きずり込んでいく。


彼の指は地面に五本の深い跡を刻んだ。


「助けて! 助けて! 死にたくない! 死にたく——」


声が唐突に途切れた。


湿土が閉じる。


半分だけ出ていた銃床が残った。


それも、ゆっくりと沈んでいった。


森が一瞬静まり返った。


その一瞬は、悲鳴よりもずっと恐ろしかった。


全員が見てしまったからだ。


核獣が殺したのではない。


彼が先に恐れた。


そして森が、その恐怖を受け取った。


ミロの歯が鳴り始めた。


寒くはなかった。


寒くないことを、自分でも分かっていた。


だが身体が言うことを聞かなかった。


不意に、首の後ろを手で押さえられる。


グレンが彼の頭を少し下げた。


「呼吸しろ」


「してる」


「その呼吸じゃない」


グレンは前を見ていた。


「訓練の時のように」


ミロは息を吸った。


途中で、血の臭いと花の甘ったるい匂いに咽せた。


吐きそうになった。


セイラの状態も悪かった。


彼女はノラの前に立ち、風軌装具を微かに光らせていたが、肩の傷で動くたびに少し遅れる。その感覚が彼女にはひどく嫌だった。


遅い。


絡め取られる。


届かない。


森の根も、樹も、黒土も、すべてが彼女に言っているようだった。


お前は届かない。


彼女は顔を上げた。


樹上の目が一斉に彼女を見る。


そのうち一つの目に、彼女自身が映っていた。


手を伸ばしても何も掴めなかった自分が。


セイラの呼吸が一瞬止まった。


次の瞬間、彼女は強く唇を噛んだ。


痛みが、その映像から彼女を引き戻した。


「見るな」


ノラが低く言った。


セイラは口端の血を拭った。


「分かってる」


ノラは彼女を見た。


「あなたも分かってない」


セイラは言い返さなかった。


実際、今の一瞬、彼女も引き込まれかけていた。


身体ではない。


意識を。


劣質獣がまた一歩、包囲を狭めた。


隊列はさらに押し込まれる。


生き残った者は、すでに半分にも満たない。


全員が傷を負っていた。


全員の目に、何かが砕けかけていた。


オードは周囲を見た。


斧の柄を握る指に力が入る。


「西側を突破する」


正式先駆者の一人が荒い息で言った。


「西側にもいる」


「なら殺して抜ける」


「隊長……」


その声は震えていた。


オードは彼を見た。


「お前も座って死を待つのか」


その先駆者は歯を食いしばり、それ以上何も言わなかった。


オードが命令を出そうとした時、森の奥から重い足音が響いた。


一歩。


また一歩。


地面が激しく揺れたわけではない。


それでも一歩ごとに、自分の心臓を踏まれているように感じた。


劣質獣たちは同時に道を開けた。


逃げたわけではない。


怯えたわけでもない。


低い階位のものが、本能の奥である位置を認めたように。


黒い樹幹の間から、あの卓越種が再び現れた。


肩甲の裂け目は残っている。


土元素でえぐられた傷口から黒い血が滲んでいた。


それでも立っていた。


前よりも静かだった。


結末をもう確かめ終えたもののように。


ミロはそれを見た瞬間、喉を塞がれたようになった。


あいつだ。


あの爪。


あの速度。


落ちてきた影。


ロエンを貫いたのは、あいつだ。


銃口が上がる。


ミロは引き金を引いた。


雷元素弾が放たれる。


卓越種はただ頭を傾けた。


弾は耳元をかすめ、後方の樹幹に突き刺さる。


樹幹から黒い汁が弾けた。


ミロの手がさらに震える。


「ミロ!」


グレンが押さえようとした。


ミロは振り払った。


「あいつだ……」


卓越種を睨んだまま言う。


「あいつがロエンを殺した」


卓越種が一歩進む。


劣質獣は動かなかった。


ただ囲んでいる。


壁のように。


檻のように。


オードが最前に立ち、長斧を横に構えた。


「全員下がれ」


誰も本当に下がれなかった。


背後にも核獣がいたからだ。


その命令は、もはや習慣に近かった。


人は絶望の前に、最後の役に立たない命令を出す。


卓越種が身を低くした。


その目が全員をなぞる。


最後にミロで止まった。


短い。


だが十分だった。


ミロは骨の中まで冷えるのを感じた。


覚えている。


そんな考えは荒唐無稽だった。


核獣がそんなものを覚えるはずがない。


少なくとも、こんなふうに覚えているはずがない。


その目は飢えではなかった。


怒りでもなかった。


ただ動く肉を見ているだけでもなかった。


その目を向けられたミロは、自分が見られているのではなく、選び出されているように感じた。


今回は、卓越種はすぐには隊列へ飛び込まなかった。


ただそこに立ち、劣質獣を前へ押し出すようにした。


劣質獣たちは、見えない序列に引かれるように、少しずつ迫ってくる。


まず撃たせる。


弾を使わせる。


失敗させる。


恐怖で隊形を崩させる。


オードはそれを見抜いた。


顔色がひどく険しくなる。


「乱れるのを待っている」


グレンが低く言った。


「そんなことを理解するのか」


オードは答えなかった。


彼も分かっていたからだ。


卓越種に特殊能力があるとしても、狩猟本能があるとしても。


これは普通の本能ではない。


少なくとも、野獣のそれではなかった。


犬型劣質獣が左から飛びかかる。


同時に、甲殻獣が右から突っ込む。


長肢獣が樹上から落ちる。


三方向。


同時。


隊列はついに完全に裂かれた。


オードが甲殻獣を受け止め、斧刃を頭部へ叩き込む。


グレンが犬型劣質獣を防ぎ、身体ごと押し戻される。


セイラが風軌を起動し、どうにか上方から落ちてきた長肢獣を止めた。


だが四匹目がいた。


その劣質獣は黒土から這い出し、直接、負傷者の首に噛みついた。


血が横の樹幹に噴きかかる。


樹上の目が同時に見開かれる。


その負傷者は、叫ぶことすらできなかった。


ノラが駆け寄ろうとした。


グレンが叫ぶ。


「ノラ!」


彼女は止まった。


冷静だったからではない。


その人の喉が、もう存在していないのを見たからだ。


救えない。


また一人、救えない。


彼女の手が宙に浮いたまま止まる。


指先はまだ伸びたままだった。


まるで身体の方が、理性より遅れて事実を認めたようだった。


卓越種がついに動いた。


オードへではない。


セイラへでもない。


またミロを見た。


ミロはその場に立っていた。


銃口を上げている。


だが目の中にあったのは、戦いではなかった。


あの採石場だった。


ロエンが彼を突き飛ばした。


爪が落ちた。


血が顔に噴きかかった。


「ミロ!」


セイラの声が遠くから聞こえた。


聞こえてはいた。


だが身体は動かなかった。


卓越種が身を低くする。


次の瞬間、飛び出した。


今度は、誰もミロを突き飛ばせない。


グレンは犬型劣質獣に絡まれている。


セイラは長肢獣に側面を塞がれている。


オードは遠すぎる。


ノラの手には武器がない。


ミロは、その卓越種が迫ってくるのを見た。


ふいに思った。


これでいい。


荒唐無稽で。


臆病で。


戦場にいる者が最も考えてはならないはずの思考だった。


それでも浮かんだ。


同じ核獣に殺されるなら。


もう前へ進まなくて済む。


次の瞬間、森の奥から寒気が広がった。


風ではない。


温度でもない。


それは直接、胸腔へ入り込んできた。


冷たい手が肋骨の隙間から差し込まれ、まだ動いているものを掴んだようだった。


ミロの瞳孔が縮む。


卓越種も、途中で一瞬止まった。


それだけではない。


すべての劣質獣が止まった。


犬型劣質獣の喉から、細い哀鳴が漏れる。


甲殻型劣質獣は前肢で地面を掻くだけで、もう前に突っ込まない。


樹上にいた長肢獣も、一匹また一匹と身を低く伏せた。より深い本能に押さえつけられたようだった。


人間も同じだった。


オードの指から力が抜け、長斧が危うく手から滑り落ちかける。


グレンは胸を押さえ、視界が一瞬黒くなった。


ノラは横の樹根に手をつきかけ、次の瞬間すぐ引っ込めた。


セイラは片膝をついた。風軌装具の光はまだあるのに、すぐには起動できなかった。


ミロは地面に膝をついた。


採石場へ戻ったような気がした。


だが違う。


これは彼自身の恐怖ではない。


もっと大きく、もっと見知らぬ恐怖が、森の奥から這い出してきて、すべての心を同じ黒い水の中へ沈めている。


卓越種が低く唸る。


その声に、初めて迷いが混じった。


森の中の目が乱れ始める。


一つ、また一つ。


森全体が、存在してはならないものを見たかのように。


ミロは息を荒げ、顔を上げた。


林の奥に、白い煙が浮かんでいた。


最初は薄かった。


湿った冷気の中に生まれる霧のようだった。


だが、だんだん濃くなる。


地面から上がっているのではない。


何か、歩いてくるものの身体から噴き出していた。


白煙は黒い樹幹の間を抜けた。


赤い根を越えた。


濡れた目の群れを通り抜けた。


一歩近づくたび、恐怖が一段重くなる。


殺意ではない。


圧力でもない。


恐怖そのものだった。


核獣でさえ退いた。


ミロは、誰かが震えた声で言うのを聞いた。


「また一匹……」


誰も訂正しなかった。


その白煙の中のものは、人間には見えなかったからだ。


それ、あるいは彼は、全身を灰白色の煙に包まれていた。


顔は見えない。


姿もはっきりしない。


見えるのは、ぼやけた人型の輪郭だけ。肩、腕、胸が煙の中で歪み、身体そのものが過熱しているようでもあり、血液が皮膚の下で燃えているようでもあった。


武器は持っていなかった。


両手は身体の横に垂れている。


指はわずかに曲がっていた。


何かの形をまだ覚えているように。


何かをまだ掴もうとしているように。


一匹の犬型劣質獣が耐えきれなくなったように、突然背を向けて逃げようとした。


白煙の中の影が動いた。


どうやってそこへ到達したのか、誰にも見えなかった。


次の瞬間には、すでにその犬型劣質獣の前にいた。


拳が落ちる。


急所を狙ったものではなかった。


美しい攻撃でもなかった。


全身の重さと速度と、理解できない力のすべてを、核獣の頭蓋へ叩き込む一撃だった。


犬型劣質獣の頭部が瞬時に弾けた。


同時に、その拳も弾けた。


骨が砕け、肉が裂け、指の関節が押し潰される。血と白煙が一緒に散った。


ミロはその光景を見て、全身を凍らせた。


「な——」


言い終える前に。


白煙の中で、砕けた手が再び形を取り戻していた。


骨格が先に繋がる。


筋肉が覆う。


皮膚が閉じる。


治癒というには速すぎた。


まるで、その一瞬だけ時間が強引に巻き戻されたようだった。


次の瞬間、彼は新しく戻ったその手で、別の劣質獣の首を掴み、地面へ叩きつけた。


轟。


湿土が炸裂する。


劣質獣の身体は凹むように潰れた。


白煙の影の腕もまた裂けた。


肉が爆ぜる。


そして白煙の中で戻る。


彼は止まらなかった。


痛みに叫ぶこともなかった。


まるで痛覚がそこまで届いていないかのようだった。


あるいは、届いていても、彼を止める理由にはならないかのようだった。


三匹目の劣質獣が隊列の側面からノラへ飛びかかった。


白煙の影が振り返る。


ノラを見たわけではない。


叫びもしない。


ただ、突っ込んだ。


その速度は走るというより、見えない力で核獣の方へ引きずられているように荒々しかった。


拳が劣質獣の側腹に打ち込まれる。


劣質獣は横に吹き飛ばされ、黒い樹を一本へし折った。


拳はまた弾けた。


血が湿土に散る。


次の瞬間、また元に戻る。


ミロの唇が震え始めた。


自分がなぜそう感じるのか、分からなかった。


顔は見えない。


怪物のように見える。


近づくだけで胸が冷え、眩暈がし、膝が抜ける。


それなのに、あの手を見てしまった。


わずかに曲がった指の形を見てしまった。


そしてその影が核獣へ飛び込むたび、ちょうど核獣と生きている誰かの間に落ちているのを見てしまった。


ミロの喉が塞がる。


「ありえない……」


白煙の影が、別の甲殻獣へ飛びかかった。


その甲殻獣は身体を丸め、甲殻を閉じた。


白煙の影は回り込まない。


隙間も探さない。


ただ拳を上げた。


叩きつける。


一撃目で、甲殻が裂けた。


拳も裂けた。


二撃目で、甲殻が陥没した。


手のひら全体が血肉の塊になった。


三撃目で、甲殻が砕け、中の核獣の身体が貫かれた。


その頃には、彼の手はもう戻っていた。


セイラは片膝をついたまま、目を見開いていた。


強い者を見たことがないわけではない。


経験、技術、判断、身体制御を極限まで積み上げた強さなら、彼女も見たことがある。


だが、これは違う。


技術ではない。


制御でもない。


人間が武器を極めた姿でもない。


身体そのものが壊れている。


そして修復される。


また壊れる。


また修復される。


まるで「生きている」という事実を消耗品のように、何度も何度も叩きつけているようだった。


ノラの顔は蒼白だった。


白煙の影の腕が爆ぜ、また戻るのを見ていた。


理性は告げている。不可能だと。


医療の知識は告げている。人間にこんなことはできないと。


だが、彼女の目は見てしまった。


だからすべての知識がその瞬間、ひどく騒がしくなり、そして意味を失った。


グレンは胸を押さえながら、低く言った。


「あれは……何だ……」


誰も答えなかった。


卓越種が動いたからだ。


恐怖に押さえ込まれていた卓越種が、ついに怒号を上げた。


その声で、身体の中に入り込んだ異物のような恐怖を振り払おうとしているようだった。


次の瞬間、卓越種は白煙の影へ飛びかかった。


白煙の影も顔を向けた。


その時、ミロは全員の声が遠くへ押しやられたように感じた。


息遣いも。


叫びも。


警告も。


すべてが厚い水の向こう側に沈んでいく。


白煙の中の人影は、核獣だけを見ていた。


だから動いた。


卓越種の爪が落ちる。


白煙の影は避けなかった。


左腕で受けた。


前腕が爪に裂かれ、骨が折れ、腕はほとんど二つに割れかける。


それでも、そのまま卓越種の懐へ飛び込んだ。


右拳が卓越種の胸部を打つ。


砰。


拳とは思えない重い音が響いた。


卓越種の胸甲が一部陥没した。


白煙の影の右拳も、再び弾けた。


血肉が卓越種の甲殻に飛び散る。


だが次の瞬間、その手はまた戻る。


彼は卓越種の胸の裂け目を掴んだ。


五本の指をそこへ突き入れる。


指の骨は力に耐えられず、一本ずつ折れた。


そして一本ずつ繋がった。


彼は止まることを知らないようだった。


ただ裂け目を広げ続ける。


卓越種が初めて後退した。


押し戻されたのではない。


自ら退いた。


あの隊列を絶境へ追い込んだ核獣が、白煙の前で一歩退いた。


ミロはその一歩を見ていた。


涙が落ちた。


自分でも気づかなかった。


卓越種は吼え、再び爪を振るう。


白煙の影は吹き飛ばされ、黒い樹を一本へし折った。


樹上の目がすべて破裂し、黒い汁と赤い花弁が地面に散る。


白煙の影は倒れた。


一秒。


二秒。


指が動いた。


そして、骨が折れたことなどなかったかのように立ち上がった。


へこんだ胸部が白煙の中で戻る。


裂けた肩の傷が閉じる。


右手がもう一度拳を作る。


彼は再び卓越種へ突っ込んだ。


今度は、オードでさえ命令を出さなかった。


全員が分かっていた。


この戦いは、もう彼らが割り込めるものではない。


人間は恐怖の中に立ち尽くし、別の恐怖が核獣を呑み込むのを見ることしかできなかった。


白煙の影が再び卓越種へぶつかった。


今度、卓越種は正面から受けなかった。


半歩退いた。


ただ半歩。


だが、その半歩を全員が見た。


オードの長斧を握る指が強くなる。


あの卓越種は退く。


本能に押されてではない。


さっきと同じ受け方はできないと判断したのだ。


しかし白煙の中の人影は止まらなかった。


角度を求めない。


弱点を探さない。


機を待たない。


ただ何度も何度も近づき、拳を卓越種の身体へ叩き込む。


胸甲。


肩甲。


前肢。


下顎。


一撃ごとに、自分の身体ごと砕いているようだった。


拳が爆ぜる。


腕が裂ける。


肩が外れる。


骨が肉を突き破る。


そして白煙の中で戻る。


また砕く。


また壊れる。


また戻る。


卓越種が低く唸り、前爪を横に薙いだ。


白煙の影は横へ吹き飛ばされ、赤い根の群れの中へ突っ込む。その根は血の匂いに反応したように、即座に腰と腕へ絡みつき、細根を裂けた肉の中へ潜り込ませた。


次の瞬間、彼は自分の腕をその根の群れから無理やり引き抜いた。


大きな肉片が剥がれる。


赤根には肉の欠片がぶら下がった。


だが白煙が渦巻き、血肉が再び骨を覆う。


彼はその根を見なかった。


自分の傷も見なかった。


ただ立ち上がる。


そしてまた突っ込む。


ミロは地面に膝をついたまま、息をすることすら忘れていた。


白煙の中の影を見ていた。


何度も何度も砕かれ、何度も何度も立ち上がる、その影を見ていた。


叫びたかった。


だが声は喉で止まった。


恐怖のせいではない。


驚きのせいでもない。


何と叫べばいいのか、分からなかった。


止まれ、と?


あれには届かない。


名前を呼ぶのか?


それができなかった。


セイラは少し離れた場所で片膝をつき、風軌装具の光を残したまま、動かなかった。


動けないわけではない。


突っ込んでも意味がないと分かっていた。


白煙の周囲の空気は、水底のように重い。一歩近づくたび、胸に石を押し当てられるようだった。彼女の指が地面に触れ、関節が湿土に沈む。


彼女は白煙の影の着地点を見ていた。


荒々しい。


乱れている。


技巧はない。


だがそのたび、核獣が人に最も近い側へ、彼は落ちていた。


セイラの唇がわずかに開く。


声は出なかった。


ノラは白煙の影の腕がまた爆ぜるのを見ていた。


顔色はほとんど透明なほど白かった。


それは治療ではない。


治癒ではない。


彼女が学んだどんな生命反応でもない。


それはまるで、何かが身体に「まだ終わっていない」と無理やり認めさせているようだった。


グレンは折れた樹幹を支えに立ち上がる。肋骨のあたりから流れた血が戦服を伝っていた。彼は卓越種の身体に増えていく凹みと裂け目を見て、低く言った。


「もたないぞ、あいつ」


オードは答えなかった。


視線は卓越種の後脚に落ちている。


そこは先ほど白煙の影に力任せに叩かれ、甲殻が裂け、関節が歪んでいた。卓越種が動くたび、体重が不自然に反対側へ逃げる。


負傷している。


重傷だ。


だが死んではいない。


それが最悪だった。


死んだ核獣は、もう考えない。


重傷でも動ける核獣は、次にもっと人を殺しやすい場所を選ぶ。


卓越種が再び咆哮した。


今度は、周囲の劣質獣が同時に動いた。


人間に襲いかかったのではない。


その咆哮に追い立てられるように、森の西側へ退き始めた。


一匹の犬型劣質獣が遅れた。


白煙の影が瞬時にそちらへ向いた。


拳が落ちる。


犬型劣質獣の背骨が砕け、身体が折れた木片のように黒土へ沈んだ。


残りの劣質獣はさらに速く退いた。


卓越種も後退を始める。


背を向けて逃げるのではない。


白煙に向き合ったまま、一歩ずつ黒い樹幹の間へ退いていく。


肩甲の裂け目から黒血が滲む。


胸部の凹みは呼吸とともに上下していた。


片方の前肢は、ほとんど地面を引きずっている。


それでも、その目はまだ光っていた。


不快な光。


野獣が負傷して混乱した目ではない。


何かをまだ計算している静けさだった。


オードが低く罵った。


ミロが顔を上げる。


「どうした?」


オードは卓越種が退いていく方向を睨んでいた。


「回収路だ」


誰もすぐには言葉を出せなかった。


林の中には、白煙の渦巻く音と、遠くで核獣たちが根を踏みしめて退く湿った音だけが残っていた。


グレンの顔色が沈む。


「逃げたんじゃないのか」


オードは歯を食いしばった。


「場所を変えただけだ」


ノラが低く言った。


「重傷です」


オードは、劣質獣と卓越種が押し開いた黒い林道を見ていた。


「だから待つんだ」


彼はその先を言わなかった。


言う必要がなかった。


卓越種の回復力は、劣質獣とは比べものにならない。


時間を稼ぐ。


傷を塞ぐ。


人間の弾薬、失血、恐怖、疲労が限界へ来るのを待つ。


彼らが、どうしてもその道を通らなければならなくなるのを待つ。


その考え方は、人間に似すぎていた。


だからこそ、さらに寒気がした。


白煙の影は、その卓越種を追わなかった。


いや。


一歩だけ追ったように見えた。


だが次の瞬間、逃げ遅れた甲殻型劣質獣が横からセイラへ突っ込んだ。


白煙の影が鋭く向きを変えた。


その劣質獣の動きに、直接引き寄せられたように。


迷いはない。


選択もない。


彼は突っ込み、全身で甲殻獣にぶつかった。


甲殻獣は方向を逸らされる。


セイラの目の前を白煙が掠めた。瞬間、胸を恐怖に押し潰され、呼吸が止まりかける。


次の瞬間、甲殻獣は地面に押さえつけられていた。


白煙の影が拳を叩きつける。


甲殻が割れる。


二撃目。


甲殻が砕ける。


三撃目。


その劣質獣は動かなくなった。


拳もすでに形を失っていた。


だが白煙が覆い、手のひらがまた戻る。


周囲には、逃げ遅れた劣質獣がまだ三匹いた。


恐怖に押さえつけられ、地面に伏せていた。喉から細い哀鳴が漏れる。その声は威嚇ではなく、何かに許しを乞う音にすら聞こえた。


白煙の影は止まらなかった。


最も近い一匹へ歩いていく。


その長肢獣は樹に登ろうとした。


半ばまで登ったところで、足首を掴まれる。


白煙の影はそれを樹幹から無理やり引き剥がし、地面に叩きつけた。


長肢獣の四肢が奇妙な角度に折れる。


彼は足を上げ、踏み下ろした。


湿った破裂音がした。


樹上の目が一斉に閉じた。


二匹目の犬型劣質獣は、赤根の奥へ逃げ込もうとした。


白煙の影が追いつく。


押し倒すのではない。


後ろから拳を背中に叩き込む。


拳は脊骨と内臓を突き破り、胸側へ抜けた。


犬型劣質獣は二度痙攣し、その腕に引っかかったまま動かなくなる。


腕が爆ぜる。


核獣の死体が地面へ落ちる。


腕が戻る。


最後の一匹は黒土の上に伏せ、一切動かなかった。


白煙の影がその前に立つ。


その核獣が顔を上げる。花苞の中の目が激しく震えていた。


拳が落ちた。


音は短かった。


すべてが静かになった。


森の中で、もう近づいてくる核獣はいなかった。


遠くでは、卓越種と残った劣質獣たちの気配が、回収路の方向へ消えていく。


近くには湿土、折れた樹、残骸。


そして死骸の中央に立つ、白煙の影だけがあった。


誰も近づけなかった。


呼吸すら小さかった。


恐怖はまだ残っている。


すぐ消えるものではなかった。


胸腔に。


舌の根に。


膝の中に。


重く残っていた。


白煙の影は立っていた。


動かない。


身にまとった煙はさっきよりも濃く、輪郭を完全に呑み込もうとしているようだった。


ミロがゆっくり立ち上がった。


グレンが止めようと手を伸ばす。


だが、その手は途中で止まった。


ミロは一歩進んだ。


白煙の影は反応しない。


ミロはもう一歩進んだ。


胸を押さえつける恐怖に、ほとんど膝をつきそうになった。


それでも進んだ。


「……おい」


声は小さかった。


呼びかけとは思えないほどに。


白煙が揺れる。


その影がわずかに動いた。


ミロは止まった。


セイラも顔を上げる。


ノラは息を止めた。


白煙の影は、ついに支えを失ったように身体を揺らした。


そして倒れた。


受け身もない。


手をついて支えることもない。


そのまま、湿った黒土と核獣の血の中へ倒れ込んだ。


白煙が散り始める。


最初は輪郭の端が薄くなるだけだった。


次に腕。


肩。


胸。


見えなかった輪郭が、少しずつ煙の中から浮かび上がる。


ミロはその場に立ち尽くしていた。


顔には何の表情もなかった。


驚いていないからではない。


すべての表情が、まだ追いついていなかった。


白煙はなおも散っていく。


薄く。


さらに薄く。


最後に残ったのは、黒土の上に倒れた一人の人影だけだった。


湿って冷たい森の中で、誰も言葉を発しなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。