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星が墜ちた夜から  作者: Guru
5章 正義のヒーロー
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第47話 “パターン”

 男はリュックを取られたと知り、慌てふためいていた。


「人の物を取るとは……何てことをするんだ!」


 殺人を犯そうとしている者に、説教される筋合いはない。芽依は堂々と答える。


「あなたにだけは言われたくないわね」


「何だと!? どういう意味だ!?」


「自分の胸に手を当てて、聞いて見たらいいわ。それに、そんなに慌てるなんて……中にはよほど危険なものが入っているのかしら?」


「何だっていいだろう……何を持ち歩こうが、俺の勝手だ」


 男は芽依の行動と言動に、さぞ驚いていることだろう。

 しかし、男はあくまで潔白を主張している。

 確かに例え中に刃物が入ってようが、それ自体がおかしいわけではない。

 使用方法さえ、間違っていなければ……だが。


 そこで芽依は、更なる追い討ちをかける。


「そう……シラを切るつもりね。ならば、これはどう説明するのかしら?」


 芽依は地面に溢れている、コーヒーを指差した。


「それがどうした? その辺で買ったコーヒーだ。何も不思議なことはない」


「へぇ~……中には“睡眠薬”が入ってるのに? それが普通だと?」


「──!!! お、おまえ……」


 男は明らかに動揺していた。

 万が一、包丁を出した場面は先程見られていたとしても、まさか睡眠薬のことまで分かるわけがない。


 “なぜ、この女はそんなことを知っているのか?”

 きっと、こう思っているはずだ。


 男の額には、尋常じゃないほどの量の汗が流れていた。

 芽依は数々の疑問点を指摘していく。


「この時期に随分と暑そうな格好してるわね。どうしてかしら? それに手袋までして……慌ててたみたいだし、まさか外し損ねたの? さて、中には一体何が入ってることやら……」


 芽依はそう言いながらリュックを開けようと、ゆっくりとファスナーの方に手を伸ばした。

 

 元々は睡眠薬で眠らせて殺害を企てるような男だ。

 殺人を仕出かす度胸はあろうとも、手段が姑息すぎる。

 その性格を考慮すれば、男の行動はある程度予測できるはず……少なくとも、芽依には予測できていた。



『きっと男の頭はパニックに陥ってるに違いないわ。あらゆる疑惑をかけられ、決定的な証拠となるコーヒーの中の睡眠薬もバレてね。なぜかそれを知る私に、恐怖を感じて──“逃げる”かもしれない』



 芽依は予知夢としてここまで見ていたのではないかと思わせるくらい、それらすべてを──的中させる。


「な、なんだこの女! どうなってやがる!!」


 男は全速力で走り出し、芽依から逃げ始めたのだ。

 明言通り、芽依は己の推理と相手の心理をついて、“実際には描かれていなかったはずの予知夢”を仕立て上げたのである。

 

 

 本当にやっちまいやがった!! 凄すぎるだろ、芽依!!

 ならば、俺もちゃんと期待に応えなきゃな!!


 ここで、ようやく俺の出番が訪れる。準備は万全だ。



ーーー



『もし犯人が逃げたら、あとはお願いね、誠人。仮に私を襲いだすものなら……その時はちゃんと助けてよね』


『結局そうなったら力業かよ!』


『けど、大丈夫よ。この時点で凶器さえ奪えてれば、武器を持つこっちのが強いし。立場逆転よ?』


『おいおい……それじゃどっちが犯人か分からないよ……』



ーーー



──これが芽依の考案した、相手の心理をつく作戦のすべてだ。


 芽依は頭脳だけでなく、度胸もある。本当に肝が座ってやがる。

 襲われでもしたら、正直どうにかする自信はなかったけど……追いかけっこなら、俺にだってなんとかできるはず。


 あえて芽依は俺の役に回らず、危険な役を買って出たのも、“これ”があったからだ。

 逃げる男を取っ捕まえなければならない。その役目がある。

 さすがに女性の芽依よりは俺の方が体力はあるし、足も速い。それらを考慮すると、俺のが適任だろう。


 当初は『芽依を絶対守る』と意気込んでいたが……芽依の芯の強さには完敗だ……

 多少情けなくもあるが、俺は芽依の的確な指示に従うのみ。

 

 芽依の従順な(しもべ)と化した俺は、木の裏から勢いよく飛び出し、猛スピードで男を追いかけた。

 男は逃げることに必死のようで、俺が後ろから迫っていることに気が付いていない。

 だが、火事場の馬鹿力とやらが発揮しているのか、意外にも男の足は速く、中々追い付くことが出来なかった。


 けれども、慌てる必要はない。何せ俺には勝算がある。

 それは悪夢として、男の逃げる出口が分かっていることだ。例えスピードで負けても、先回りが可能なのである。


 俺は男の後ろを取るのをやめ、その悪夢で見た出口に向かって、最短ルートで一直線に突っ走った。



──しかし、またしてもここで“記憶違い”は起きる。

 男は俺が思い描いていたルートとは、反対(・・)方向へと走っていったのだ。



 ここに来て何てことだ……ルートが違う?

 ならば、俺の悪夢は一体何だったんだ? まるで使えないじゃないか!


 芽依が俺を怒鳴り散らす。


「何やってんのよ誠人! 全然方向が違うじゃない!!」


 ごめん! 芽依!

 せっかく芽依がここまで仕立て上げたのに……こんなはずじゃなかったんだ……

 

 俺の言い訳も虚しく、男との距離は更に広がっていく。

 即座にルートを戻すが、このままでは、本当に逃げきられてしまいそうだ。

 いくら犯人の顔を薄明かりの中見ているとは言え、ここで逃がしたくはない。


 どうやら芽依のカン高い声により、男は追いかける俺の存在に気付いたらしい。振り返って俺の顔を見た。


「おまえは……あの女の隣にいたやつ!! くそっ! おまえまで残っていやがったのか!!」


 男はより一層スピードをあげる。

 どこに向かっているのかは定かでないが、ここで俺にひとつの疑問が生じていた。

 それは、どう考えても男の走る方角がおかしいことだ。

 

 明らかに男が走る先には、出口が見当たらない。その付近には、公園の外周を沿って囲っている、背の高い植木しか見えて来ないのである。


 まさか植木の中を突進して、無理矢理突破するつもりか……?


 そんな強行手段を取るのかとも思われたが、更にそのまま数メートル進むと……

 男が目指す先の植木と植木の間に、僅かな隙間があるのが見えた。

 それは植木の設計ミスとも思えるくらい小さなもので、大人1人がなんとか通れるくらいのサイズのものだった。


 こんなところに抜け道が……知らなかった!

 これはやられたぞ……男はこの公園を熟知している。男の方が一枚上手だったのかもしれない!


 やばい……マジで逃げられちまう。

 人の多い通りにでも出られたら、それこそ完全に見失う……

 

 俺は不覚にも諦めかけていた。




──しかし、ここで男に異変が起きる。


 なぜだか男は、その抜け道から出ようとはせず、その場で足を止めていたのだ。

 そして、立ち尽くした男は、悲痛の声をあげている。


「なんで……なんでこんなところに“車”が!! どうしてここに停まっているんだよ!!」


「──えっ? 車?」


 男との距離を縮めた俺に、抜け道の先が視界に入った。

 するとそこには、確かに男が嘆いていたように、車がぴたりと停めてあるのが見える。

 植木とほぼ密接するくらい車は近く、出口は完全に封鎖されていた。


「どうして都合よく、こんなところに車が……」


 俺がそう独り言を呟くと、その声に応じるように、車の運転手と思われる人物が姿を現した。



「──そりゃあるだろ。なにせ、俺は正義のヒーローなんだからよ」


 その人物とは──



「勇次!!!」


 勇次だ。悪夢と戦うことから足を洗ったはずの彼の姿が、そこにはあったのだ。


 抜け道の出口に勇次は立ち、腕を組みながらカッコつける。


「ヒーローはピンチの時に、必ず遅れてやってくる……ってな。そのお決まりパターンを知らないのか? 誠人!」

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