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マナリウム ~私、狼だけど神様を目指しても良いでしょうか?~  作者: 内村一樹
第4章 狼と海の神

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第96話 小舟

 夜が明けるとともに、嵐の勢いも弱まって、日が昇るころには雨が止んでいた。とはいえ、どんよりとした空模様と吹きつける風は、健在である。


 海からの風で髪が乱れるのを抑えつけながら、タシェルは遠くに霞んで見える島へと意識を集中していた。


 彼女の隣にはミノーラも居る。二人で海の様子を見に来たのだが、かなり波が高い。本当に島まで渡れるのか不安が募って仕方がない。


「結構冷えるね。厚着していった方が良いかも。」


「そうですね。私は大丈夫ですけど、タシェルは着込んだ方が良いかもですね。風も強いですし。そういえば、カリオスさんとオルタさんはどこに行ったんでしょう。」


「あぁ、二人は多分、ハイドに話をしに行ったんだと思う。私達が近付くと、他の人に感づかれる可能性があるから。」


 ミノーラに説明をしながら、彼女は自身の中に広がっている緊張を和らげることに専念していた。


 喉の下あたりから全身に向かって根のように伸びていく緊張は、放っておくと体の動きを鈍らせてしまうかもしれない。


「二人とも、こんなとこで何しとるん?」


 突然掛けられた声に驚いたタシェルは、変な声を出しそうになるのをこらえながら、振り返った。集落へと続く道から現れたのはクラリスとジルだった。


「おはようございます。嵐が弱まってたので、海の様子を見に来てました。クラリス達はどうしたんですか?」


「ウチらも、海の様子を見に来たんばい!」


 すっかり打ち解けているのか、ミノーラとクラリスが会話を交わしている。そんな様子を傍目で見ながら、タシェルはジルへの注意を怠らない。このタイミングで何かを仕掛けてくることは少ないと思うが、可能性はゼロではない。


 彼女の警戒が伝わったのか、ジルは苦笑いしながら語り掛けてくる。


「そんな警戒せんでも、なんもせんばい。ミノーラが島に行ってくれるってだけで、感謝しとるし。」


「そうですか。……ジルさんは島にミノーラが行けば、嵐が収まるって本気で信じてるんですか?」


「え?あぁ、うん。そうやね。今までなんべんも収まったのを見てきたからね。今回みたいに、三人送っても収まらんのは初めてばい。」


「今まで収まってたんですか?」


「そうとよ。やから、うちらは海神様のこと信じとるし、必要な事やと思っとる。」


 その回答はタシェルにとって少し意外なものであった。あくまでもジルたちは妄信的に海神様を信じており、その教えの元、人を島に送っていると考えていたからだ。


 彼らには彼らなりの理屈があって、その理屈に沿って行動をしているのだろう。


 ジルの凛とした横顔から海へと視線を移したタシェルは、言葉を吐露する。


「私は、未だに信じられないです。」


 そんな言葉に、ジルが反応を示すことは無かった。黙りこくって海を見つめる二人に業を煮やしたのか、ミノーラの背中に乗ったクラリスが声を掛けてくる。


「二人ともぼーっと海を見とんの、気持ちわるっ!」


「こら!クラリス!そんな言葉使ったらいかんやろうが!」


「ばってん!気持ちわるかよ?」


 しばらくの間、クラリスが叱られている様子を見ていたタシェルは、ふと気になったことをジルに尋ねた。


「クラリスはジルの娘さんなの?」


 クラリスの兄を看病している時から違和感を抱いていたのだが、二人の親は誰なのだろう。大勢の女性が治療の手伝いなどをしてくれたのだが、親だと名乗り出る人は一人もいなかった。


 少し踏み込みづらい話題だったため、あまり聞かないようにしていたのだが、それが正しかったようだ。


 聞いた途端にクラリスの表情が曇り、ジルの表情は濁った。完全に選択を誤ったことを悟った彼女はとっさに謝罪を告げる。


「ごめんなさい。話せない事情があるなら、全然話さなくて大丈夫だから。」


「……。」


 黙りこくってしまうジルとクラリスの反応にタシェルが動揺していると、そんな様子を不思議そうに見ていたミノーラが耳をピクリと反応させた。


「誰かが……沢山の人がこっちに向かって歩いてます。何かを運んでるんでしょうか。」


 ミノーラの言葉を聞いた他の三人も、彼女と同じように集落への道に目を向け、しばらく黙り込んだ。


 吹き荒れる風の轟音、波が崩れ散らばる音、風で揺れる木々の靡く音。様々な音が混じりあい、周囲に広がっている。


 そろそろ体が冷えて来たなと思った矢先に、それは姿を現した。


 集落の人々が一つの小さな木のボートを担ぎ上げた状態で、道から出てきた。


 その様子を見た瞬間、タシェルは自身の目を疑った。あの小さな木のボートで島まで行けと言うのか。タシェルとミノーラが乗ったら、既にギリギリではないだろうか。


 そんな船で、荒れた海を渡れる訳が無い。


「あれが船ですか?」


 ミノーラの問いかけに、タシェルは言葉を詰まらせる。船で間違いないのだが、できることならば、あれは違っていて欲しい。


 そんな彼女の希望を打ち砕くように、ザムスが声を掛けてきた。


「お二人とも、こんなところにいたのですね。さぁ、船は準備しましたので、いつでも出発して頂けますよ。」

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