第95話 神頼
会議が終わり、応接間から出ることを許されたタシェル達は、結局のところ一室に集まることになった。先ほどの話の内容から考えて、当然の結果とも言える。
「とんでもないことになりましたね。」
ありのまま、心境を吐露する彼女の顔を、カリオスが呆れたと言っているような顔で見てくる。
「タシェル、ミノーラ。やっぱり、考え直さないか?俺、心配だ。」
あの時の力強さからは考えられないほどに覇気のないオルタが、弱音を吐いている。心配してくれるのは嬉しいのだが、もう少し強く構えていて欲しいものだ。
「大丈夫ですよ。シルフィの力に頼れば、風も波も大半は打ち消せると思うので。それに、さっきも言いましたが、ここは私が適任です。オルタさんは、体が大きいので、そもそも乗れる船があるか分かりません。カリオスさんも、揺れる船の上でメモを書くのは難しいでしょう?海上で孤立したときに意思の疎通が出来なくなるのは致命的だと思いますし。」
タシェルは未だに決心のついていない様子の男二人に、それっぽい理屈を並び立てる。
それを聞いたオルタは、何やら腑に落ちたようで、少しだけ落ち着きを取り戻したように見える。問題はカリオスだ。
彼をうまく納得させるためには、彼女が持ちうる情報ではピースが足りていない。先程のカリオスとミノーラの会話から、それを感じ取ったタシェルは、イチかバチか賭けてみることにした。
「ところでミノーラ。さっき言ってた話で気になったことがあるんだけど。」
「気になったことですか?なんでしょう?」
「……「二度とあんな光景は見たくない」って言ってたこと。」
「あ……。」
いつもおしゃべりが好きで、明朗なミノーラの歯切れが、あからさまに悪くなるのを目の当たりにするタシェル。流石に踏み込みすぎたかな?と後悔し始めたところで、ミノーラが口を開いた。
「……そうですね。お二人にはしっかり話しておきます。私とカリオスさんは、ボルン・テールの前はミスルトゥに居た話はしましたよね。」
「そういえば……。コロニーが落下して、沢山の人が亡くなったって。」
ボルン・テールを出る前、詳細は省かれていたようだが、大まかなことはミノーラ本人から聞いた。そのミスルトゥでの出来事を思い出すから、同じ光景は作らないように、今、頑張っているのだろうか。
「そうです。そして、あの時は言ってませんでしたが、亡くなった方々の多くは、まだちいさな子供でした。」
「え?」
「なっ!?」
タシェルとオルタが合わせて声を出す。そんな二人の声に反応することなく、ミノーラは語り続ける。
「命が消えていく音は、今まで何度も聞いたことがありました。獲物や仲間が死んだとき、薄く広がって行くような、静かな音が、耳では無く、足元から上がって来るんです。だけど、あんなに沢山の音が、いたるところから聞こえてきたのは初めてでした。地面に降り立って初めて聞こえたその音は、コロニーの残骸から、まるで助けを求めるように鳴り響いてて、その上で、沢山の方が救助をしたり泣き叫んでいたり、私はどうすればよかったんでしょうか?残骸の深くから聞こえる音を目指して穴を掘れば良かったですか?」
「……ミノーラ。」
目の前で黙々と語るミノーラを見つめていると、タシェルは自然と目に涙が浮かんだ。小さく呼びかけた彼女の声に、ようやく反応したのか、ミノーラはタシェルを見て続ける。
「私。悲しかったんです。あんな光景は、二度と見たくありません。それなのに……。」
「ごめんなさい。ミノーラ。もう大丈夫。私も協力するから。絶対に、皆を逃がそう。」
座ったままのミノーラの首元をそっと抱きしめたタシェルは、零れる涙を袖で拭いながら告げる。ミノーラはそれに短く肯定した。
「俺も協力させてくれ!」
ズズズッと鼻をすすりながら近寄ってきたオルタが、二人を囲うように腕を回してくる。優しく包んでくれるその太い腕の温もりに浸っていると、誰かが肩を叩いてきた。
「ん?あ、メモですね。」
差しだされたメモに目を通すためにミノーラから離れたタシェルは、そのままメモを読み上げることにした。
「『協力には賛成する。ただ、今のままじゃ二人が遭難するだけだ。ハイドにも協力を頼もう。船の扱いや、海の知識に長けた人間が居た方が良いだろうし。二人が島に行っている間、俺とオルタの二人で集落からの脱出準備と、他の人が島に向かうことを阻止する。ザムスのことだ。二、三日したらしびれを切らして、クラリスを島に送るとか言い出しそうだしな。』……分かりました。私もそれで賛成です。ミノーラとオルタは何か意見とかある?」
「無いぜ。」
「無いです!皆ありがとうございます。私の我儘で、大変なことになっちゃいました。」
即答する二人の様子を見るに、言葉通り、何も懸念などは無さそうだ。あとは、無事に島へと渡れることを祈るだけだろうか。
無意識に神頼みをしていることに気が付いた彼女は、抱えた矛盾を吹き飛ばすように、深呼吸をした。




