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マナリウム ~私、狼だけど神様を目指しても良いでしょうか?~  作者: 内村一樹
第4章 狼と海の神

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第97話 船長

 海に運び込まれた小舟は、ちょうど船底が地面に付くか付かないかという水深の場所まで運ばれ、ロープで固定されている。


 傍までなら人が歩いて行ける程度の場所なのだが、既に大きく揺れているその船を見て、タシェルは自身の中で恐怖が大きくなっていくのを感じた。


「あの、本当にこの船で渡るんですか?」


「そうだ。海神様のお導きがあれば、問題ない。」


 そんな物は持ち合わせていないんだけどなぁと心の中で独白した彼女は、文句を言うことなく船を眺めているミノーラに声を掛ける。


「ミノーラも何か言ってよ。こんな船じゃただ死にに行くようなもんだよ?」


「これが船っていうんですね。この船じゃ危ないんですか?でも、浮いてますよ?」


 振り返り、こちらを見上げながら問いかけてくるミノーラの様子を見たタシェルは、彼女に期待しないことにする。


「あの、ザムスさん。カリオスとオルタを見ませんでしたか?」


「はて、お二人は朝から見ていないので、てっきりあなた方と一緒にいると思っていたのですが。どこにいるのでしょうな?」


 そう答えるザムスの様子は、決してとぼけている訳では無いらしく、本当に行方を知らないようだった。


 ハイドの勧誘はどうなったのか、本当にこのままこの船で出発するべきなのか。いろいろと相談したいことがあったのだが、居場所が分からないのであれば、相談しようがない。


 思わず爪を噛んでしまいそうな状況に頭を悩ませていると、ついにザムスから催促を受けてしまう。


「ミノーラ様、タシェル様。そろそろ出発されてはいかがでしょうか?あまりここに長居しても体温を奪われるだけで、意味は無いように思えるのですが。」


 二人を囲んでいる人々の期待するような視線を受け、これはもう後戻りできないと悟ったタシェルは、しぶしぶ荷物を背負うと、ミノーラに合図を送る。


「ミノーラ。行こう。」


「はい!あ、ちょっと待っててください。」


 そういったミノーラはこちらの様子を伺っている少女、クラリスの元へと駆けて行った。


「クラリス!今から行ってくるね。また、帰って来た時にお話ししましょう!」


「ミノーラ。帰ってくるん?ほんとに?絶対?」


「はい、絶対に帰ってきます。」


 そんな短いやり取りを終えたミノーラが走り寄ってくるのを待ったタシェルは、一緒に船へと向けて歩き出す。


 浮かんでいる船は当然、強固な固定などはされておらず、二人が乗り込もうとする重さで、船体を大きく傾けた。


 そんな不安定な小舟に乗り込んだタシェルは、未だに乗り込みが出来ていないミノーラを引き上げ、衣服の水分をいくらか払った後、砂浜で様子を伺っている人々に手を振って合図を送る。


 それと同時に、小舟を陸へとつなぎとめていたロープが、解放された。


 水面に漂っているロープを手繰り寄せたタシェルは、置いてあったオールを用いて、船をこぎ出す。


 波に煽られながらも、ゆっくりと進み始めた事を確認した彼女は、ふと、後ろを振り返る。


 想像はしていたが、集落の人々は既に道から戻り始めているところだった。唯一、クラリスとジルだけが、こちらの様子を伺っている。


「はぁ、大丈夫かな。」


「何を心配してるんですか?このまま、島まで行くだけですよ?あ、クラリスちゃんのことですか?おっと。」


 遂に出発してしまったことを憂いていると、ミノーラが問いかけてくる。話している途中でバランスを崩しかけたミノーラを見ながら、本当に分かってないんだなと改めて実感した。


「シルフィ!いる?」


「タシェル!ここにいるよ!どうしたの。どうしたの?」


「シルフィ、お願い。この船が波と風で揺れないようにしつつ、島まで押してもらえる?」


「分かった!お安い御用だよ!」


 タシェルの右肩で控えていたシルフィに対して、彼女はお願いをする。これである程度の揺れは低減されるだろう。


 あとは、島までこぎ続けるだけだ。少しずつ陸が遠ざかりつつある様子を見ていたタシェルは、ふと、誰かが海岸に現れたような気がした。


 それも、三人の人影が、何やら大きなものを持って、海岸に現れたのだ。


 既に顔の認識などは出来ないが、三人の内一人は明らかにオルタだった。彼のことは、どれほど離れていても見分けられる自身がある。


「あれ!カリオスさんとオルタさんですよ!?」


 ミノーラも気が付いたようで、砂浜の様子を眺めている。


 三人はクラリスとジルのすぐ傍で何やら作業をしているようだ。


「何してるのかな。」


「分からないです。何か、強く打ち付けているような、そんな音だけは聞こえます。」


「こんな風の中で、あそこの音が聞こえるの?さすがね。」


 ミノーラの聴力に驚いていたタシェルだが、次の瞬間、彼女の耳にも聞こえる程の轟音が、海に轟いた。


 ドンッという、まるで大砲でも打ったかのようなその低い音に引き寄せられるように、砂浜を振り返る。


 一目見て、それが何なのか彼女には判別がつかなかった。分かったのは、黒くて長い何かが、こちらへと向かって突き進んで来ていることだけだ。


 それが太い木の幹なのだと彼女が気が付いたのは、数秒後のことである。それと同時に、もう一つの情報が彼女の目に飛び込んでくる。


 海面を飛び跳ねるように突き進んできたそれに、何者かがしがみ付いているのだ。


「え!?」


 今にも弾き飛ばされてしまいそうなその人物は、次の瞬間には、姿を消した。恐らく、海の中に吹き飛ばされてしまったのだろう。


 それから程なくして、タシェル達の少し後方で勢いを失った木の幹は、そのまま波間を漂っている。


 すぐさま後退するべく、大きく回り込みながら幹の近くまでたどり着いたタシェルは。、周囲の海中に目を凝らす。


 泡立つ波と、漂う海藻で何があるか分からない。大丈夫だろうか。何が起きたのだろうか。そんなことが頭の中を巡っている彼女が、次々に訪れる異変に対処できるわけが無かった。


 海の様子を伺っていた彼女の視界の隅、下の方で何かが動いたと思った次の瞬間、海面から突然一本の手が伸びてきて、船の縁を掴んだのだ。


「きゃあ!」


 思わず後ろに仰け反った彼女は、後頭部を強く打ち付け、痛みに悶える。そうこうしている間にも、縁を掴んだ手が二つに増え、一人の男が船に乗り込んできた。


 全身をずぶ濡れにしたその人物は、船の上で腰を下ろすと、荒い呼吸を整えながら口を開いた。


「はぁ……はぁ……はぁ……死ぬかと……思った。」


「ハイドさん!?」


 ミノーラの言葉でようやく状況を理解したタシェルは、沸々と怒りが湧きあげてくることを感じつつ、強い口調で問い詰めた。


「ハイドさん?バカなんですか!?なんですか今の?何がどうなって。ていうか、どうして!?」


「まぁ、落ち着けよ。」


 そう言い、両手で髪をかき上げたハイドは、ひげ面の顔をニヤリと綻ばせながら、告げる。


「俺がこの船の船長をしちゃる。文句は受け付けんばい。そのかわり、島まで連れてってやるけんな。」

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