第32話 遠吠
「そんな……」
落下を始めた吊り橋を渡り切り、コロニーの様子を確認しようと振り返った時、大樹が大きく揺れた。
四足に響く衝撃で転倒しそうになりながらも、踏ん張ることが出来た。とはいえ、一歩間違えれば落下は免れない。
恐る恐る大地を見下ろすと、若干潰れた状態のコロニーが見て取れる。
周囲には盛大に砂ぼこりが舞い上がっており、コロニーの上面しか様子が見て取れないが、それでも変形しているのが分かる。
その様子だけで、内部が悲惨な状態になっていることは容易に想像できた。先程までそこに居たのだと考えると、強烈な恐怖を感じる。
「皆さんは! 大丈夫でしょうか!」
「……分からねぇな。落下を始めたコロニーから飛び立つ影が見えちゃいたが、全員は……難しいだろう。くそっ。なんで落としやがった!? まだ合図は出て無かったはずだぜ?」
「降りましょう! 今ならまだ、助かる方がいるかもしれません!」
「どうだかなぁ。俺らがあそこに行ってもできることは限られてるぜ? 癒しの術でも使えるってんなら話は別だがよ。それよりも、この状態で影の女王が追い打ちをかけてくる可能性があると、混乱を招きかねねぇ。最悪パニックだ。今は女王と話を付けに行くのが先決じゃあねぇか?」
「でもっ! ドグルさんの仲間もあそこにいたんですよ? 心配じゃないんですか?」
「俺らは大樹の枝を操ることが出来るからなぁ。何とでもなってると思うし、あいつらなら何とでも対処してるはずだ。それよりも、上で待機してた奴らに文句を言うのが先決だぜ!」
その言葉は、彼女の中の怒りを沸き立たせたが、言葉にすることなく飲み込んだ。価値観が違う。どことなくそう感じる。
どうするのが正しいのだろうか。
このまま、ドグルの言う通りに影の女王に会いに行くのが正しいのか。いったん降りて、けが人の救助に行くべきなのか。
そんなことを考えていると、近付いてくる羽ばたきを彼女の耳が捕らえた。
「ミノーラ! 無事だったか!」
コロニーのあった方面から飛んできたトリーヌは、ミノーラの傍らに降り立った。
「トリーヌさん! 無事でしたか! 皆さんは大丈夫ですか!? なぜコロニーが落ちたんですか?」
「どちらも分からん。あの砂ぼこりが収まるまで、我らも中には入れないからな。パトラ様も見つかっていない。ご無事であれば良いが。それと、そこの小人に聞きたいことがある」
「何だぁ?」
「聞けば、上で待機していたのは貴様らの仲間だったらしいな。落とすように合図を送ってはいないだろうな!」
「てめぇ、俺が裏切ったって言いてぇのか? ふざけんじゃねぇ! 俺らも落ちるところだったんだぜ? 合図は出してねぇし、コロニーからも合図は出て無かった! そもそも、合図は閃光弾なんだからよぉ、俺らよりもそっちの方が数がそろってるぜ? わざわざ自分らの数少ない武器を捨てるような真似、するわけねぇだろうが!」
疑われたのが癪に障ったのだろう。ドグルはトリーヌに向かってがなり立てる。しかし、怒るのも無理はないだろう。
「トリーヌさん。ドグルさんは合図とか出してませんよ。もし出していれば私が気付きますし、彼の言ったとおり、私たちも死ぬところでした」
「ふん。そうか。なら良い。貴様らならやりかねんと思っただけだ」
「何だと! てめぇ! さっきから好き勝手に言いやがって! てめぇらこそ、この大樹の外に間借りしてる分際で!」
「大樹の中に住めるだけででかい顔をしてるとは、底が知れている。下らんな」
次第にヒートアップしていく二人の言い合いを、ミノーラは止めることもできずただ見ているしかなかった。
眼下に広がる惨状と、隣でいがみ合う二人。
悲しみと虚しさに満たされた空気が、次第に殺伐とした怒りに変わって行ったのだろうか。
それを、ただ見ているだけで何もできない彼女自身に、虚無感と脱力感を覚え、気が付くと彼女は、遠く、誰に聞こえるとも知らぬままに、吠え始めていた。
ともすれば、誰かが助けてくれるかもしれない。
そんな願いを込めた、遠吠えだった。
吠えていると、少しずつではあるが、頭がクリアになる。助けは得られないが、怖気をどこかへと持って行ってもらえた気がする。
気が付けば、トリーヌとドグルの視線がミノーラに集中している。
「……私は影の女王と話をしてきます。トリーヌさんは、下の方々を救助してください。ドグルさん。引き続き、よろしくお願いします」
そう言い放つと、彼女は二人に有無を言わさず、歩を進め始めた。
慌てて道を作り始めたドグルが背中に飛び乗り、小声で訪ねてくる。
「もしかして、怒ってんのか?」
「いいえ、怒っていません。ですが、そう聞かれると、ムカついてきました」
それっきり静かになったドグルを背に、彼女は大樹の上部へと向けて駆けだした。




