第28話 理由
ミノーラは、女王と言う存在を知らない。
”人間世界における偉い存在”くらいの認識だ。
狼の社会にも偉さという概念は存在するが、それはあくまでもリーダーと言う意味合いである。
だからこそ、彼女は影の女王を目の当たりにしたとき、彼女の知る”偉い”存在とは異なった概念なのだと感じた。
憧れと言うのが、一番近いのかもしれない。
「ほらぁ! 挨拶しろぉ!」
「あ、すみません。見惚れてしまいました。私はミノーラと言います」
未だに真っ暗闇の中、体は動かないので頭だけで会釈をする。
そんな彼女をじっと見つめたまま身動きさえしない影の女王。
彼女がいつそこに現れたのか定かではない。ただ、気が付けば、そこに立っていた。
色白で、華奢な輪郭。
それでいて芯の通った長身を携えた美人。
影の女王とは思えないような、眩い存在。
人間のようにも見えるが、纏っているオーラが明らかに違っている。
そんな女王が、ふと思いついたように口を開いた。
「レイラ。言葉には気を付けなさいと、いつも言っているはずですよ」
「し、失礼しました。女王様。このミノーラ……さんがサーナの知り合いだと言うので、連れて来ちゃいました。……連れて参りました」
どうやらレイラは敬語が苦手なようだ。女王も慣れているのか、そのことには触れずに話が進む。
「ほう、サーナの。つまり、この首輪は……」
ゆっくりと言葉を紡ぎながら歩み寄ってきた女王は、首輪に触れようと伸ばした手を、ゆっくりと止める。
「ミノーラ……混色しているのですか? ……それで言葉を発しているのですね。もしそうなのだとしたら……サーナは何をしようとしている?」
そんなことを呟いた女王の声を、ミノーラが聞き逃すはずもなく、思わず問いかけてしまう。
「混色って何のことですか? 私が人と話が出来るのは、その混色ってものと関わりがあるのでしょうか?」
「こらっ! ばかっ! 許可なく喋るな!」
すぐさまレイラに遮られてしまうが、女王の耳には届いているようだ。
一瞬ではあるが、目が合った後、すぐにそっぽを向かれてしまった。
「……サーナに言われてここに来たと言っていましたね? ミノーラ。なぜあなたはそれに従ったのですか?」
「なぜって……私の家と家族を奪った男を探すためです。」
「それは、サーナに従った理由では無いでしょう?」
確かに。その通りだ。
私がサーナの言葉に従った理由は、なぜだろう。
助けてくれたから?サーナにも利用価値があったから助けたのであって、本意で助けたのだろうか。
そうじゃない気がする。
初めに目が覚めた時は檻の中で、そのあと、食事をもらって、そして…。
「……名前を、私にミノーラっていう素敵な名前をくれたから」
「……そうですか。」
ミノーラには、そう呟く女王がまるで切なさに縁どられた絵画のように見えた。




