第13話 焚火
カリオスの攻撃で豪快に吹っ飛んだ兵士は身じろぎ一つせずに地面に倒れている。
その様子を見てチャンスと思ったのだろう、ミノーラが追撃へと駆け出した。
その姿を視界の端で捉えていた彼は、非常に焦っていた。
『やばいやばい! こいつ状況を理解してないやつじゃん! くそっ! もう大丈夫か!?』
倒れた兵士の奥に佇む黒い存在。
彼はその存在について、一応の知識を持っている。確かに、狼であるミノーラが知らないのも無理はない。
『なんだってこんなとこに精霊がいるんだ? 誰かが召喚でもしたのか? って、そんなこと考えてる場合じゃないか! たしか、こいつは光に弱い筈だ……多分……』
彼は焚火へと右手を突っ込み、先ほど投げ入れたクラミウム鉱石を握り締める。籠手のお陰か、熱は感じない。
次いで左手に腰のポーチから取り出したクラミウム鉱石を握り締める。
念のためとサーナから鉱石を返してもらっておいてよかった。
そんな安堵を覚えながら、彼はすぐさま反転し、危機に陥っているであろう彼女の下へと全力で駆ける。
案の定、ミノーラの全身に黒い紐がまとわりついている。しかし、完全に呑まれているわけでは無いようだ。
もしかしたら、サーナが渡していた首輪の影響なのかもしれない。
首から上だけ紐の干渉が無いところを見ると、信憑性がある。
だが、いつまでも無事でいられるわけがない。
目の前にいる精霊は精神攻撃を得意とする“影の精”だったはずだ。
『間に合え間に合え間に合え!!!』
焚火からミノーラのもとまで10メートル無いほどだろうか。地面の凹凸で足を取られながらも全力で駆ける。
そうして、彼女の横を抜けたかと思うと、両手をたたき合わせた。
当然、両手に持っていたクラミウム鉱石が衝突し、焚火から取り出した鉱石が強い光を放ち始める。
鉱石から手を離した彼は、とっさに両手を目の前にかざす。
「何が!?」
ミノーラの叫びが聞こえるが、取り敢えずは無視する。そうして待つこと数秒。
光も影も霧散し、一人と一匹だけが残された。
「……カリオスさん?」
『まいったなぁ、なんて説明すればいいかね。めんどくせぇな』
そんなことを思いながら、彼女の頭を撫でてみる。
初めこそ少し心地よさそうにしていたが、ミノーラはすぐに顔をしかめた。
「ちょっと、話を逸らさないでください。あと、帽子の上から撫でないでください。皺が付いたらどうするんですか?」
『な、気持ちよさそうに頭を押し付けてきたくせして……俺の手に毛が付いたらどうしてくれるんだ? なんて言ったら怒られるんだろうなぁ。敢えて言えば話を逸らすことはできるか……会話できないのが、もどかしいな』
目を閉じ、眉間にしわを寄せながら考える彼に、再度ミノーラが問いかける。
「さっきのは、例の石の力ですか? いまいち意味が分かってないんですが……」
『そうそう、クラミウム鉱石はエネルギーを溜めて放出することが出来る鉱石なんだ。で、さっきのは焚火の持ってた光のエネルギーを…って、これを全部書くのかぁーめんどいなーかったるいなーきっと伝わらないんだろうなーよし、ごまかそう。そうしよう』
うん。とうなずいた彼は、その場にしゃがみ込むと、地面に一言書いた。
「魔法の石?」
『そうそう、それで納得してくれ。正直理屈とか聞かれても俺も知らねぇしな。経験則から火の中に入れると光るってのを知ってるだけで』
大きく何度も頷く彼を見て、ミノーラは「そうですか」とつぶやくだけだった。そうして、彼女は傍に転がっている死体へと興味を移す。
「この人間は、さっきの黒いやつに操られていたんでしょうか? あの黒い紐みたいなものが足にまとわりついて来た時、体の自由が奪われる感覚がありました」
カリオスはその言葉を聞き、地面に単語を書き加える。
「影の精? それがあの黒いやつの正体ですか? 覚えておきます。もう会いたくないですね」
そう呟いた彼女はノソノソと焚火の方へと歩き出した。
「もう休みましょう。流石に疲れました」
その提案には賛成だ。とばかりに彼も焚火の方へと小走りで移動する。
先程まで眠っていた簡易ベッドへと向かった彼は、足元に座り込んでいるミノーラと目が合う。
「あの……」
『なんだよ……?』
「隣で寝ても良いでしょうか?」
よほど怖かったのか、彼女はすこし小さめの声で言った。彼としても、彼女が居なければ影の精に気づくことなく、今頃命を落としていてもおかしくはない。
だから、恩を返す義理がある。
『理由付けしなきゃ何もできないな、俺は』
そう心の中で独白した彼は、大きく頷きながらベッドに腰を下ろす。そして、ベッドに乗るように促した。
「ありがとうございます」
そこらの森からかき集めた草などで作った簡易ベッドなので心許ないが、無いよりはマシだろう。
既に小さな寝息を立てながら丸くなっているミノーラ。
そんな彼女を撫でながら、彼は焚火を眺める。
『あーあ、毛が付いちまったよ』
今更ながら、彼は思う。影の精が出た時、彼女を置いて逃げてもよかったのだ。
何しろ、勝てる見込みなど全くなかったのだから。正直、拍子抜けするほどあっさりと影の精は消えた。
名前の通り影の精なのだから、夜の時間は最も力が強い筈だ。それが、こんな下火になった焚火の光で消えるのだろうか。
事実消えたのだから考えても仕方がない。
彼はそれ以上考えることをやめた。何しろ危機意識の薄い男なのだから。
『まぁ、傷付くよりは断然マシか』
ゆらゆらと揺れる焚火の暖かな光に包まれながら、彼は思った。
この焚火が下火のまま永遠に燃え続けてくれたら良いなと。




