第12話 閃光
王都を出て5日が経過した。
その旅路において、彼女とカリオスは筆談で情報共有を行なった。
流石にお互いのことを全く知らない状態では旅をするにあたって支障が出る。その考えが一致したのだ。
カリオスが辺境の村で技鉱士として働いていたことや、鉱石の発掘を終えて帰宅している最中に何者かに襲われ、王都で目が覚めたこと。
そして、彼が襲撃にあった場所が彼女の見知った森の中であることを知ることが出来た。
つまり、2人が全くの無関係では無いと、容易に想像できた。
カリオスが会った青年が彼女の仲間を襲った人間と同一人物であるのかどうかは分からないが、その可能性は十分に存在する。
そうして、お互いに親近感を抱き始めた5日目の夜。彼女は不穏な音を耳にする。
王都からミスルトゥまで伸びている街道の脇。小さな広場にて野宿をしていた時である。
既にカリオスは眠りについており、その寝息が穏やかに聞こえる。
彼が起こした焚火も少し勢いを弱めており、辺りで影が踊っている。
そんな静寂の中聞こえたのは、何者かの足音だった。
耳を音の方へと向け、姿勢を低くした状態で様子を探る。
やはり、街道の先からこちらへと向かって近づいてくる音が鮮明に聞こえた。
距離があるのでぼんやりとしか見えないが、人影のようなものが確認できる。
「……一人。警戒した方がいいでしょうか」
そう呟くと、彼女はゆっくりと体を起こし、カリオスの下へと歩み寄る。
「カリオスさん。起きてください。誰かがこっちへと向かって来ています」
そう言いながら、彼の顔に鼻先を当てる。
すぐに目を覚ました彼は、目をこすりながらストレッチをしている。
「あれは、兵士でしょうか?なにやら武装をしているみたいですけど」
先程確認した足音に加え、金属のこすれる音が聞こえ始めた。
ただ、足取りは危うい。先程から何度か転びそうになっている。
「大丈夫でしょうか?」
思わず声に出してしまうほどに、その人影の動きは危うく感じられた。
一歩一歩こちらへと近付いてくるたびに、彼女の中の何かが背筋を駆け巡り、毛が逆立つ。
気が付けば、唸り声が出てくるほどに、彼女は緊張状態へと移行していた。
そんな彼女の様子を見て取ったのだろう。カリオスが何やら慌てた様子でポーチから石を取り出し、焚火に投げ入れた。
彼女はあまり詳しくは知らないが、恐らく、焚火の中に投げ入れられた石がクラミウム鉱石と呼ばれるものなのだろう。
ただ、彼が火の中に投げ入れた意図まで理解できてはいない。
そこらの石ころを集め、籠手に装填を始めたカリオスの様子を目の端で捉えながら、彼女は近付いてくる存在を凝視する。
既に数十メートル先まで接近しているその存在は、人間の兵士のようだった。ただ、様子が明らかにおかしい。
歩き方や装備品など、様々な点で疑問点はあるが、最もおかしいと言えるのは頭の向きだ。
胴体はしっかりとこちらへ前進しているのだが、頭だけ背中を向いている。既に息絶えているであろうその兵士が、一歩一歩こちらへと近付いてくる。
「カリオスさん!」
彼女が叫ぶとほぼ同時に、カリオスの籠手が轟音を発した。射出された石はその兵士へと直撃する。反動が大きかったのか、兵士はそのまま数メートル飛んだあと、力なく倒れた。
その隙を逃すわけにはいかない!と、ミノーラはすぐさま兵士の下へと駆け出した。狙いは首。
未だ動く気配のない兵士の首へと、食らいつく。口中に広がる血液の新鮮な味と、骨の歯ごたえに納得したとき、ようやく、彼女は異変に気が付いた。
兵士の体から、何やら黒い紐のようなものが無数に出ているのだ。
自然と、彼女はその紐の先を目で追ってしまった。
数メートル先、彼女のことを見つめる大きな瞳と目があった。
理由は分からない。ただ、彼女はその小さな存在に恐怖を抱いた。人間ではない。動物でもない。
一応人型だが全体的にぬぺっとした輪郭で、指や毛と言った複雑な構造は何もない。
あるのはただ、大きな目が二つ。
真っ黒な体の頭部と思われる箇所に並んでいる。
得体のしれないそれの足元から、紐は伸びている。
「……グルルルルルルル」
突然の事に、彼女は威嚇することしかできなかった。咥えていた兵士の首を離し、じりじりと後退を始める。
ヒタッ
彼女の様子を見たのか、それが一歩前に出る。
「来ないでください!」
自然と声が大きくなり、尻尾が後ろ足の間に入り込んでしまう。今すぐにでも逃げ出したいと焦りを抱き始めた時、彼女は自分の足元の様子に気が付いた。
「……これは!」
先程の黒い紐が彼女の前足に絡みついている。
いつの間に!と焦燥したとき、彼女の心の隙をつくかのように、それが動き出す。
ヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタッ!
異常なほどに高速で接近するそれに対し、彼女は逃走しようとするが、足が言うことを聞かない。まるで、地面に縫い付けられたかのようだ。
「ひっ!」
思わず小さな悲鳴を上げた彼女は、次の瞬間の状況を飲み込めなかった。
カリオスがミノーラのすぐ傍を走り抜け、《《それ》》と彼女の間に踏み込んだかと思うと、手を打ち合わせたのだ。
途端、非常に強い光があたりに広がる。
「何が!?」
眩しさで目を細めながら、彼女は叫ぶ。数秒の後、光が消えた後、そこにいたのはカリオスとミノーラの二人だけだった。
「……カリオスさん?」
何が何だか分からない状況で、彼女はカリオスへと状況の説明を求める。そんな彼女の問いかけに応えることなく、彼は彼女の頭を撫でるだけだった。




