第122話 着地
サムを返せ?
唐突に突きつけられた要求に、ミノーラは頭を混乱させる。
サムに再び会いたい、サムと話がしたい、サムの笑顔が見たい。語られることの無いキュームの考えを、ミノーラは予想する。
恐らく、そのどれもがキュームの願いに込められていて、強い思いとして言葉に出たのだろう。
しかし、ミノーラが聞き届けることが出来るような話ではない。
現に転がっているサムの亡骸を目にしたのだ。息絶えていることは誰にでも分かる事実であり、それを覆せるような方法は、存在しないと考えている。
そんな当たり前な思考を、ミノーラはそのまま言葉にした。
「キュームさん。サムさんはもう亡くなっているので、蘇らせることなんて、誰にもできないですよ。」
「サムは無くなってなんかない!そこにまだいるんだ!変な事言うな!」
全く話がかみ合っていないキュームの様子を見て、ミノーラは改めて認識する。
手帳に書かれていたキュームの様子と目の前にいる彼女は、まるで別人だと。
こうして怒り狂う様子は想像もできなかった。
サムとの会話で見せていた悪戯っぽい笑いも、冗談を言い合うような姿も、今の彼女からは見いだせない。
何故なのか。
簡単な話なのだろう。それらが、サムにしか見せない彼女の一面だと言う事。
執着ともいえるその様子は、サムへの思いが溢れている結果なのだろう。そんなキュームの様子を見ていると、ミノーラは何故か、虚しさと悲しさを覚えた。
自身が完全に追い詰められており、今すぐにでもキュームの手に掛かって命を落としてもおかしくない。
そんな状況を完全に忘れ去っていたミノーラは、淡々と語り掛ける。
「サムさんのこと、好きだったんですか?」
「……黙れ。」
ほんの一瞬だけ狼狽えたように見えたキュームが、次の瞬間には鬼のような形相に変貌する。
しかし、そんな彼女の様子に気圧されることなく、ミノーラは続けた。
「ずっと、待ってたんですか?」
「…………だまれ。」
先ほどよりも大きく狼狽したキュームは、怒りを顕わにすることなく俯いた。
「ずっと、待つんですか?」
「…………悪い?」
しばらくの沈黙の後、静かに答えが返ってくる。こちらを見ることなく放たれたその言葉は、酷く弱々しく、かすれていた。
手帳に書かれていた話がどれほど昔の出来事なのか、ミノーラには分からない。
分かるのは、キュームがたった一人で、途方もない時間を過ごしてきたということ。それは、あまりに辛い話ではないだろうか。
タシェルの言っていたサムの願いの通り、この島にやって来た別の人間と契約してしまえば、抜け出せたはずなのに。
それをすることなく、ただひたすらにサムの帰りを待っている。
私に同じことが出来るかな。
過った考えを、即座に否定する。できるわけが無い。とてもすごい事だと思うけれど、マネは出来ない。
そうして至った考えを、彼女はキュームにぶつけた。
「悪くないです。むしろ凄いと思います。……けど、辛いです。そうだ!キュームさん!私たちと一緒に旅をしませんか?私とタシェルとカリオスさんとオルタさんの四人で旅をしてるんです!まだ次の行き先とか決まってないんですが、きっと楽しいですよ!」
語るにつれて、ミノーラは感情が高まってゆくのを感じる。
何とかキュームをこの島から出してあげたい。その一心で語り掛けるミノーラは、尻尾を大きく振りながらキュームの反応を待った。
俯いていたキュームがゆっくりと顔を上げ、寂し気な目を向けてくる。
何かを言おうとしたのか、小さく口を開きかけたキュームは、突然目を見開いてミノーラの様子を凝視した。
様子がおかしいとミノーラが察した時、キュームが再び怒りを顕わにする。
「……お前は……お前は何なの!?人なの?狼なの?さっきまで……。さっきまでは!だました!アタシを騙した!」
その言葉を聞き、ミノーラは自身の犯したミスに気が付く。だが、釈然としない。ミノーラは人間の姿に変われるわけでもないし、尻尾は初めからついていた。
それなのになぜ今更、狼であることに激昂するのだろうか。
もはや理解不能なキュームの言動に、分かりあう事や説得することを諦めざるを得ない。
即座に周囲を警戒したミノーラは、足元から響いて来る細かな振動を、四肢で捉える。同時に、いつか聞いたことのあるカチッと言う音を耳が拾った。
音に気を取られそうになった時、足元が大きく隆起する。
先程の槍のような形状とは異なり、隆起した地面は、そのまま天井に向けて伸びて行く。
咄嗟に飛び降りようとしたミノーラは、同じように伸びてくる地面を目にし、危険を察知した。
このまま飛び降りても、下から伸びてくる地面に衝突し、そのまま潰されてしまうのが目に見えている。
頭上で見ているキュームも、ただ見ているだけでは無かった。対策を練っているミノーラの様子を伺いながら、休むことなく岩を放ち続ける。
飛んでくる岩と、迫りくる地面、頭上で待ち構えるキューム。急速に移り行く状況に困り果てた彼女は、天井を見上げ、隙間から差し込む日の光を見て思い出す。
ここが洞穴の中であること。
なぜもっと早くに思い出さなかったのか、不思議に思いながらも、彼女は勢いよく壁に向かって飛び降りる。
文字通り、壁に着地したミノーラは、そのまま水平の壁を走りながら天井近くにいるキュームの様子を伺った。
岩を放ちながらも怪訝な顔をしているキュームに向かって、ミノーラは小さな声で告げる。
「ごめんなさい、サムさん。でも、多分彼女は……キュームを自由にしてあげるには、こうするしかないみたいです。」
駆けている壁が、所々隆起し始めたことを確認したミノーラは、壁を走りながら機会を伺うことにした。




