第104話 水音
松明を持ったハイドを先頭に、一行は洞穴の奥へと向かって歩を進めていた。
その道中、ミノーラが見つけた松明と同じものが、所々に見受けられる。どうやら、人が住んでいたという亀の言葉は間違っていないようだ。
「ここにもあるばい。一応、火は着けとくか。」
それらの松明を見つけるたびに、ハイドが火を灯している。おかげで背後を振り返ると、辿って来た道のりが煌々と照らされているのが分かり、ミノーラはどこか安心感を覚えた。
「この洞穴……少しだけ上り坂になってませんか?」
黙々と進んでいくハイドの後ろを歩いていたタシェルが、辺りをキョロキョロしつつハイドに語り掛けている。
彼女の言葉を聞いたハイドとミノーラは、一旦立ち止まると、タシェルと同じように辺りに目を向ける。
「確かに、上り坂ですね。それがどうかしたんですか?」
「いや、なんていうか……こういう洞穴って、地下に向かって進んでいくものだと思ってたから。」
「地下に向かってなくて良かったばい。もし地下に伸びてたら、こんな洞穴はあっという間に海水で満たされるけんな。」
「確かにそうですね。」
ハイドの言う事に少しばかり感心していたところで、亀が無茶な要求を口にし始めた。
「みんな歩くの速いよぅ。おいら着いて行けないかも。ミノーラ。さっきおいらの背中に乗ってたんだから、今度はおいらを背負っておくれよぅ。」
「流石にそれは無理です。亀さん。すぐに戻りますので、さっきの入口のところで待ってても良いですよ?」
しかし、ミノーラのそんな提案は、即座に却下される。
「それは嫌だよぅ。せっかくミノーラと話が出来るのに、一人で待ってるなんてやだよ。それに、洞穴の奥も見てみたいしね。よく考えれば、これは初めての冒険だ!おいら、なんだかワクワクしてきちゃったよ。ミノーラもそう思うだろう?」
「そうですね。亀さんにとっても、この先は行ったことが無いんですよね。分かりました。二人に伝えてみます。あの、タシェル、ハイドさん。亀さんが、もう少しゆっくり歩いてくださいと言ってるんですけど。速度を落としてもらっても良いですか?」
そんな彼女の提案に振り返ったハイドが、足元に目を向けてため息を一つ吐いた後、少し億劫そうに答えた。
「足元が少し滑りやすくなってるけん、どっちにしろ慎重に行くばい。」
そう言われて自らの足元を確認してみると、確かに岩に湿り気があるように思える。
こんなところで岩が湿っているのは何故だろうと考えたミノーラは、ふと少し先の方から聞こえてくる音に気が付いた。
「ハイドさん。この先から水の音が聞こえます。」
「水?地下水か?」
短く答えた彼は、再び先に進み始めた。ミノーラは亀の速度に合わせながらゆっくりと歩き、同時に周囲の音と匂いに気を配る。
「ミノーラ、水の音ってどんな感じの音なの?」
「私が聞いたのは、水滴が落ちるような音です。川みたいな流れがあるわけじゃないと思います。」
「こんな洞穴の奥深くに水があるの?なんだか不思議だねぇ!ワクワクするよ。泳いだら気持ちいいかなぁ。」
そんなのんきな会話をしながら進んでいると、不意にハイドが足を止めた。何か見つけたのかと彼の傍に駆け寄ったミノーラは、目の前に広がった空間を目にし、思わず息を呑む。
「どうしたの?……すごいキレイ。」
同じく駆け寄ってきたタシェルも、ミノーラと同じく息を呑み、短い感想を述べた。
洞穴を抜けた先にあるその空間の中心には、小さな池が一つあった。そんな池の周りにはまばらではあるが、草木が生えている。
その光景に注目していたミノーラは、どこからか聞えてくる木々のざわめきに気が付き、自然と視線を上げる。
どうやら、この洞穴は既に地表近くまで上がってきているようで、天井にあたる部分に幾つかの穴が開いており、その穴から木々が擦れ合う音と鳥の囀り、そして木漏れ日が差し込んでいるようだ。
「わぁ!すごいや!こんなところに泳げるところがあるなんて!おいらちょっと泳いでくるね。おいて行かないでよ?出発する前には声を掛けてよ?ミノーラ聞いてる?」
遅れてこの光景を見た亀が、開口一番にそんなことを言うと、池に向かって進んでいき、勢いよく水中に潜り込んでいった。
かと思うと、ほんの数秒の内に陸に飛び出してくる。
「うげぇ!なんなのこの水。おいら、この水好きじゃないかも。」
景色に見惚れていたミノーラは、亀の様子がおかしい事に気が付くと、すぐに駆け寄った。
「大丈夫ですか?この水はそんな変な感じに見えないですけど。」
亀を心配するミノーラの様子を見て、ハイドとタシェルの二人も傍へと寄ってくる。先に口を開いたのはハイドだった。
「そりゃ、この水は海水じゃなくて、淡水やからな。亀が泳げるわけないばい。」
「海水……?と淡水?って何ですか」
ミノーラの素朴な疑問を聞いたハイドは、一瞬呆けた顔をした後に苦笑する。
「何で笑うんですか!?ちょっと傷付きましたよ?」
「わるいわるい、ばってん、やっぱミノーラは神じゃなかばい。海水と淡水も知らん海の神がおるわけないし。」
「それは確かにですね。」
同じく笑い始めたタシェルをみて、ミノーラは急に恥ずかしくなった。
「なんか、腑に落ちないです。私は神様じゃないのは正しいんですけど、もっと、こう、違う判別方法って無かったんですか?」
「ハイドとタシェルは変なことを言うなぁ。ミノーラが神様な訳ないのにねぇ。おいら、でも知ってるよ。」
亀にまで笑われるとは思っていなかったミノーラは、そそくさとタシェル達にお尻を向けて、池の浅瀬に立った。
「どうしたの?ミノーラ。ゴメンって。」
タシェルのそんな謝罪を合図に、ミノーラは体勢を低くし、前足で池の水を背後へと思い切り飛ばす。
短い悲鳴と太い声が聞こえた彼女は、すぐさまタシェル達の方を振り返り、ずぶ濡れになっている二人と亀を目にすることで満足する。
「スッキリしました。」
そんなミノーラの言葉を聞いたタシェルが、即座に仕返しをしてきたことで、ハイドと亀を巻き込んだ水の掛け合いに発展したことは、言うまでも無いだろう。




