剣道場
これは私が音楽制作に行き詰まっていた頃のこと・・・
「・・・あ?道場に来い?」
ある平日の5時前・・・
家で机に向かい、楽譜を手書きで制作していると、康が部屋の中に入ってきた。
「おぉ、天峰が頼んでくれって。」
「天峰君が?・・・なんで?」
あまりに急なことなので驚いた。
というより、面倒臭がりの天峰君が私を道場へと呼ぶことに驚いた。
「あー、あいつの言い分では・・・父親に『友達の一人でも呼んでみろ。』と挑発されて乗せられたらしいぞ。」
「・・・煽りの耐性低いなぁ……。」
天峰くんらしいっちゃらしいけど。
多分ご飯の席で煽られたんだなぁ。
・・・今度、交渉術でも教えようかな?
「・・・でも珍しいね、康が頼みを引き受けるなんて。」
「懇願する時のあいつ、泣きながらだったから断りきれんかった。」
「・・・なんて言ってた?」
『お願いぃぃィィィィ!来てぇぇぇぇぇぇ!!
気安く頼めるの翆さんだけなんだよぉぉぉぉ!!』
だってさ。」
・・・友達少ないの再確認されてますやん。
泣きながら土下座する勢いの天峰君がたやすく予想できる。
「・・・。」
自分の書いていた楽譜の冊子を見る。
正直なところ手詰まっていた。
出て来る発想も、全体像も浮かびにくくなっていた。
・・・うん、丁度いい息抜きになるかな。
「分かった、行こう。」
私は椅子から立ち上がり、ドアにいる康の元へと歩いていった。
数十分後・・・
「誠に有難うございます。誠に有難うございます!誠に有難うございます!!」
道場前でいきなり天峰君が頭を下げてきた。
「・・・頼める友達いなかったんだ。」
「ば、ばっかお前!俺にぐらい友達いるわ!
・・・ただ、来てくれそうなやつじゃないってだけで・・・。」
目を合わせて言えよ。
「で、私は見学するだけでいいの?」
「ん〜・・・好きにすればいいよ。
みたいだけなら見てたらいいし、やりたくなったら言ってくれれば体験させてあげるし、帰りたくなったら・・・せめて30分はいてほしいなっ!」
急接近してくる愛しの顔にデコピンする。
「必死かッ!?」
「必死だよっ!これで友達いること証明できないと、また親父に笑われるもんっ!」
あいつと来たらいつもいつも・・・とブツブツ呟く姿からお義父さんが苦手なことがはっきり伝わってくる。
あまりに可哀想すぎて無意識の内に頭を撫でていた。
「・・・・はぁ〜、先入っとくぞ。」
道場前でコントをしていた私達に呆れた康が私達をおいて中に入る。
私達もそれに続く。
練習はいつも道場の2階でやってるらしく、慣れた足運びで登る天峰君。
ガラガラと木造の横開きの開き戸を康が開く。
そして開口一番、天峰君が言った一言は・・・
「親父ーーーー、約束通り連れてきたぞっ!」
私が隣にいながらも大声でそう叫んだ。
奥の方でモップで床を掃除していた道着姿の男の人が走ってこっちに来る。
・・・二重でキリッとした目つきが天峰君そっくりだ。
天峰君のお義父さんは私達の前に来て、私をひと目見てから・・・その人は天峰を頭を引っ叩いた。
「来てくれた友達の前で連れてきた、なんて言葉使うな。」
痛かったのか頭を抑える天峰君。
礼儀知らずなのは理解しているのか『連れてきてみろって言ったのはお前だろうが』と小さく文句を言う。
・・・私に聞こえてるからね、その小言。
「いやー、ごめんね・・・私は天峰の父親の大和といいます。
息子が無理を言ってすまないね。」
「いえ、私も実際興味はありましたのでちょうど良かったです。
それに兄がお世話になっているので一言でも挨拶はしないととは思っておりましたので。
私は本堂翆といいます。よろしくお願いします。」
ふふふ、決まった。
大人と間違えられてもおかしくない挨拶ができたな。
何事にも第一印象は大事。
それが天峰君のお義父さんならなおさら。
これで大和さんの信頼は勝ち取れただろう。
「・・・おい、天峰、こんな礼儀正しい子がまさか本当にお前の友達なのか?」
私が心の中で満足していると、息子への評価が低いのか大和さんがそんなことをいう。
「なっ!?失礼なっ!?」
さすがの天峰くんも言い返す。
「れっきとした友達だわっ!!」
うん。期待してはいなかったけど私としては彼女って言ってくれたら嬉しかったな。
一応これでも私と天峰くんは隠れながらも恋人同士だ。
私としては周りに知られても文句はないのだが、天峰君があまりに恥ずかしいからと、恋人なのを隠している。
ま、小学生の時の恋愛なんてこんなものでいいだろう。
・・・別に不機嫌にはなってないからね?
「・・・ん?友達・・・?」
天峰君がやっと友達という単語に引っかかった。
・・・?まさか恋人だってこと忘れてたのか?
「あ・・・。」
忘れていたんだろうね。
みるみると青くなっていく顔がその証拠だ。
天峰君は怯えたかのような顔で私を見る。
「ひっ・・・。」
小さい悲鳴を上げて後ずさる。
私はそんな彼の耳元で・・・
「後でお仕置きだから。」
彼はへなへなとその場に崩れた。
「天峰?どうした?」
「いや、なんでもない・・・続けてどうぞ。」
突然崩れだした息子を心配する大和さん。
大丈夫ですよ、大和さん。心配することなんて一つもありませんから。
「そうか、気分が悪くなったらちゃんと言うんだぞ。
さて、翆さん・・・でいいかな?
今日はどうしたい?体験するかい?それとも見学だけにしとくかい?」
「あー・・・。」
私は隣で落ち込む天峰君を見る。
・・・ふむ、やるよりは見たほうが楽しいかな?
ま、肉体的に疲れてることだしやるのはやめとくか。
「見学だけにしときます。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ふ〜ん、意外と様になってるね。」
「何様だ、お前は。」
私は道着を着て人形に打ち込む康にそう言った。
康は不機嫌そうにするだけで打ち込みをやめない。
パシンっ!パシンっ!とリズムの良い音が鳴り響く。
「ま、それよりもあってるのが・・・」
「え?何?」
「「・・・なんでもない。」」
私達は同じタイミングで、竹刀を人差し指に立ててバランスを取る天峰君を見た。
私は彼を見て、心のうちで驚いていた。
天峰君は道着がとても似合うのだ。
平凡でどちらかといえば可愛らしいという言葉が合う彼だが、道着を着るだけであら不思議。
江戸時代の若い武士となった。
どことなく貫禄がある。
・・・普段面倒くさがりで、適当に生きている彼がしっかりとした姿に見えるのがちょっとムカつくのは隠してあげようかな?
「なんかムカつくよな。」
黙っていてあげようかと思ったが、康が正直に話すので、隠すのをやめる。
「え?何いきなり?」
いきなり敵意を向けられ困惑する天峰君。
「分かるわ。いつもヘラヘラしてる人が急にしっかりしだすのはイラッとくるわよね。
お仕置きのレベルあげようかな?」
「ねぇ!理不尽っ!?何言ってるかわかんないけど理不尽だってことはわかるぞ!」
やっぱり天峰君の反応は面白いなぁ〜。
私が迫ると怯えながら後ずさる彼はさながら狼に狙われるうさぎだ。
「って、まだ子供は私達3人しかいないけどこの道場でやってる人は少ないの?」
「・・・。」
私がそう疑問を口にすると、天峰君がピクリと停止した。
目から光が消える。
康があーあ、と私は非難するような声を出した。
「・・・何よ?」
「お前は今、天峰君の心を一層傷つけたぞ。」
「どゆこと?」
康の助言がよくわからない。
私がどういうことか悩んでいると・・・
「・・・康・・・いいんだ。」
天峰君が引きつった笑いをしながら立ち上がる。
その目は何もとらえてはいなかった。
「・・・な、何?この空気?」
見るからに彼はやつれた。
意味がわからない。
ただ人数を聞いただけで何故こんな空気になるの?
私が困惑していると・・・
「もうすぐなぜ俺がこんなテンションになったのか意味がわかりますよ。
・・・そう・・・もうすぐね・・・。」
天峰君は私を畳に座らせる。
のと同時に、足音が聞こえた。
ドタドタドタドタドタっ!!!!
たくさんの足音。
それが近づいてくる。
天峰君の深呼吸の息遣いも鮮明に聞こえた。
ガラガラガラっ!
開き戸が思いっきり開かれた。
「「「「「こんばんわァァァァ!!」」」」」
そこに現れたのは一年生や二年生ぐらいの6人ぐらいの少年たちと2・3人の少女たち。
そしてその後ろに3年生の背の高くなった男の子と女の子。
みんなでかい声で挨拶をする。
す、凄いね、なんか元気いっぱいだ。
しかしそんな感想の次の瞬間、すぐ消え去った。
子供達の視線は全部天峰君に行く。
全員目が光った。
そして・・・
「「「「「天峰センパイっ!今日もオナシャスっ!」」」」」
「ゲボるばぁっ!??!!?!」
全員が、天峰君へと飛び込んだ。
天峰くんは男の子たちの下敷きになる。
年上の子たちは、道場の奥へ行き・・・
「「「ボール発見っ!」」」
「「「「「よし来たぁぁぁァァァァ!!」」」」」
何個かのボールを取り出してきた。
子供達は囲むように広がる。
そしてそれぞれがボールを持ち・・・
「「「「「くたばれ、アマネぇぇぇ!!!」」」」」
「先輩をつけろ!せんギィやぁァァァァァァァぁ!?」
天峰君へと投げた。
だが私が直々に鍛えている天峰君。
数発は当たるも、数発は避けた。
・・・しかし、顔面へと命中。
盛大に転んだ。
そんなスキを子どもたちが見逃すわけなく・・・
「「「「「死に晒せぇぇぇぇぇぇ!!!」」」」」
全弾叩き込んだ。
中央で倒れる天峰君。
「・・・上等だ。」
横にあるボールをガシッとつかみ取りゆらゆらと立ち上がる。
「全員返り討ちにしちゃグフぇっ!?」
格好よくボールを投げようとするが、空気を読まない一人の男の子がまた顔面にボールを当てた。
「もう容赦しねぇ!てめぇ等覚悟しろぉぉぉ!!」
怒り狂った天峰君は子供達へとボールを投げた。
しかし多勢に武勢。
天峰君の勝率は存在しなかった。
「・・・ナンスかこれ?」
そんな光景を見て私から出た言葉はこれだった。
「これ、この道場の恒例行事。」
大和さんが私の疑問に答えてくれる。
「止めなくていいんですか?息子さんが大変な目にあってますけど?」
「ん〜?まぁ、いいんじゃない?
あれでもこの道場のキャプテン担ってるから大丈夫。」
・・・あー、天峰君のあの疲れたような顔の意味がやっとわかった。
「大和さ〜ん。ちょっといいですかぁ?」
「あ、はい、今行きます。翆さん、今から一時間は自由だからあれに混ざってもいいからね。」
親御さんたちに呼ばれる大和さん。
・・・ん〜、天峰君が大和さんを苦手とする理由もなんとなくだけど分かったわ。
あの人の独特の流れには勝ちにくそうだなぁ〜。
「・・・・にしても・・・慕われてるなぁ〜。」
私は道場の喧騒を眺めてそうつぶやいた。
「違うくないか?あれはおもちゃにされてるのほうが近いぞ?」
私が感心していると、横に康が避難してくる。
「・・・玩具にされるのも慕われてる証拠だよ。
・・・ってか交わらないの?」
「面倒だから嫌だ。」
「そですか。」
傍から天峰君と子供達の戯れを眺めていると・・・
「君が本堂君の妹さん?」
横から誰かの親御さんが来た。
「あ、はい。天峰君に誘われて見学に来ました。
康がいつもお世話になっております。」
「あら、しっかりしてるわぁ〜。家の子とは大違いね。」
「・・・そのお子さんを止めないんですか?」
「・・・もうなんかいつものこと過ぎてここにいる人たちは慣れちゃってねぇ〜。」
苦笑を隠せない親御さん。
「ん?いつもっていつからで?」
「・・・うちの子が入ってきた頃からその片鱗はあったわね。
天峰君がキャプテンになってからあんなふうに過激化したかしら?」
「そうですね。あいつがキャプテンになってからこの騒ぎは始まりましたね。」
ふむ、生粋のいじられキャラの天峰君。
今度女装でもさせて文化祭にでも放り出せば面白いことになりそうだ。
「私達もはじめは止めたんだけどねぇ〜。
天峰君はあれが耐えられるって子どもたちが学習しちゃったからか、抑えが効かなくなったわ。」
ま、そこに関しては私の貢献度が大きいかな?
これ以上のひどいことを毎日与えてるわけですしね。
・・・少し抑えてあげよう。
初めて天峰君に対して優しさが芽生えた。
「でもそれって大丈夫なんですか?剣道の練習的な意味で。」
「「・・・。」」
親御さんと康は私の疑問に顔を合わせて・・・ハハハ!と笑った。
何が面白いのかがわからない。
私が疑問符を浮かべていると、話を聞いていたのか別の親御さんが来た。
「今の天峰君は見るからに慣れ親しみやすい誰から見ても同年代の子って見えるじゃない?」
「・・・そうですね、からかいやすくて扱いやすいお兄さんとも取れない子ですね。」
悪く言えば歳上なのに威厳の見えないお兄さんだな。
親御さんは続けて言う。
「でもね、そんな彼は小学四年生で5・6年生を越してのキャプテンをしてるの。
練習の指示出しをほとんど彼がしてるってわけ。
ギャップって言うのかしら。」
懐かしいわぁ〜、と康と周りの親御さんたちは思い出にふけるような表情をする。
「一回、子供達が余りにもやる気を出さずふざけ倒していた時があってね。天峰君が痺れを切らして怒ったの。
『お前らいい加減にしろッ!』って。
そこからは早かったわぁ〜。」
笑いながら語る。
「まず全員に防具をつけさせて、自稽古って言う試合モドキを始めたのよ。
防具をつけた上でも痛みを訴えるほど、彼はふざける子達全員を全力で叩きのめしたわ。」
康が面と言う防具を見せてくれる。
結構ガッシリしていて、重い防具。
「・・・この上から?」
素直にすごいと思った。
言葉では表せない、目の前にある防具の安心感。
それを超えての痛み。
結構な力が必要だし、これを目の前にいる子達全員となると相当の体力が必要だろう。
「そう、その脳天を竹刀でパシンっ!と、全員瞬殺で。」
親御さんたちは笑う。
「・・・先生たちは何も言わなかったんですか?
特に大和さんは?」
「ハッハッハ、私は巫山戯る子供達を見て注意しようとしたよ。怒鳴ろうともね。」
大和さんが笑いながら来る。
その笑う姿は先生ではなく、一人の父親のようだった。
彼は続ける。
「でも我が息子は私が怒る直前に大声を張り上げてしまってね。」
「怒るに怒れなかったってことですか?」
「そうだね〜、唖然させられたよ。」
「私達も普段怒ったりしない子だったからびっくりしたわよね?」
「「「「えぇ。」」」」
康が続きを話してくれる。
「天峰が怒鳴ったあと、一人の先生が仕切ろうとしたんだよ。
けどな、それすらも『黙っとけっ!』って一喝して鎮めたんだ。」
「・・・そこまで圧倒してたんだ。」
「まぁ、それもあるけど、息子は子供達に怒鳴ったあと私に近づいて『やり過ぎだと思ったなら止めてくれ、そしてその後は宜しく。』って言ってね。
私達は息子は悪くないし、キャプテンだから好きなようにさせようって方針をとったんだ。」
私があの年のときではあそこまでの度胸はなかったね。と大和さんは感心したように呟く。
・・・なるほど。
あの子達が練習を真面目にするのは、天峰君が怒ったら怖いってのを知ってるし、今ああやって遊ぶことができるのは彼の実力と優しさを知ってるからってことだからか。
「で、こてんぱんにされた子達は天峰君の怖さを知って、練習は真面目に、巫山戯るときは巫山戯倒すって決めれてるわけですね。」
「普通は私達の役目なんだけど、一気に解決しちゃったからね。
ま、キャプテンとしての器は息子にはあるってのは私にとっては嬉しいことなんだよ。」
・・・大和さんは自分の息子に実力があることを素直に喜んでいる。
私も少なからず、我が未来の夫を褒められて嬉しくなった。
いいね、さすがは私の見込んだ男。
私は静かに微笑んだ。
「・・・子供達は真面目に練習をする。
そしてそれを従えさせる天峰君も真面目になれる。
・・・天峰君はすごいですね。」
嬉しくなった心が関心を言葉に表す。
それに親御さん達は・・・
「「「「ま、真面目、か。」」」」
引きつった笑いをした。
ん?何この反応?
「・・・翆、これから起こるこの道場での練習を心して見とけよ。」
康が私の肩に手をおいて、そう告げる。
疑問は積もるばかりだ。
しかし誰も教えてはくれない。
百聞は一見に敷かず。
誰もがそういう。
老人先生すらもそういった。
私は大人たちのその発言にその時間を待ち遠しくしていた。




