勝者は敗者に抗えず 1
重たいまぶたを開けると、真っ白な蛍光灯が目に入る。
けだるい体と冴えない頭を動かそうとして、首を動かす。
「……あれ?」
そこは俺の担任が居座っている保健室だった。
「ようやく目が覚めたか。とりあえず、おはよう。……いや、こんにちはか?」
声がした方向を向くと、俺の担任である棺先生が背を向けて銃を分解して整備していた。
「全く骨が折れたぞ、お前の治療は。おかげさまで、私も徹夜だ。……運が良かったな。もし、治療中にタバコが切れたら治療ほっぽって帰るところだった」
喋る先生の周りには紫煙が漂っている。
どうやら喫煙中らしい。
「……本当に運が良かったら寝起きは美少女が抱きついてくるもんじゃないですか? 『良かった』って」
「私が抱きついてやろうか?」
「勘弁して下さい。百歩譲って美女だとしても少女は無理があるでしょ。っていうか、タバコ吸ってる美少女なんて嫌だわ。って先生睨むのはやめて。怖い怖い」
「全く。でもまあ、そんだけ減らず口が叩けるなら大丈夫かな?」
「ですかね。体中痛いですけど、俺レベルの奴が戦挙準優勝でこのぐらいで済んだなら御の字ですね」
苦笑いしながら先生に話しかけると、先生があっけにとられた顔をこちらに向ける。
「準優勝? 何を言ってるんだ、お前が優勝だぞ」
「はぁあ!? 何言ってるんですか。俺、『天帝』に最後やられましたよ!」
「その前に、蒼崎がリタイアしたんだよ。そんでもって、蒼崎自身が直接お前を私の所に運んできたよ。『重傷だから真面目に治療してやってくれ』ってな。その時、私休憩中だったんだけどな。流石に患者目の前に持って来られると、ほっといて死んじまうと目覚めが悪いから大急ぎで治療してやったよ。感謝しろよ」
そうだったのか。
あの時、確かに何か『天帝』が喋ってたけど、アレはリタイアだったのか。
……勝ちを譲って貰ったのか?
自分の手のひらを開いて握る。
実感のない勝利がそこにあった。
葵ちゃんや神楽とかなら、納得出来ない勝利に怒って、再戦でも申し込みそうな所だけれど、俺は勝ちは拾う主義だ。
それに、俺がもし勝っていたなら、やりたかったこともある。
だから、素直に受け取ろう。
「ありがとう『天帝』」
「そこは、私に対してだろうが!」
私が命の恩人だと言わんばかりに、こちらを睨んでくる。
が、すぐに思い出したように俺に命令してくる。
「それより、目が覚めたら、さっさと着替えろ。今からなら『生徒会長任命式』にも間に合う」
ふと自分の体を見ると、病衣に着替えさせられていた。
「えっ、ここで着替えるの!」
「恥ずかしがるなよ。亀が甲羅に篭ってても私は気にしない」
「悪かったな! 俺は気にするんだよ。っていうか、アンタ見たな!」
この女医、患者のプライパシーを。っていうか、百歩譲って、着替えさせた時に見えたとしても言うなよ!
「馬鹿、パンツまでは脱がしてないよ。っていうか、皮かぶってんだ。お前……」
ドン引きされる。っていうか、コイツ、ハメやがった。
「うるさいな! 着替えるから、あっち向いてろ」
「うぃうぃ、わかったよ。それと、蒼崎が、あとで話があるから屋上に来いってさ」
「学園で一番強い人が、俺みたいな弱者を呼び出すなんて、なにそれ、怖い。先生ついてきてよ」
「子供か! それぐらい堂々とこなせ。今のお前は学園序列一位だぞ」
そうか。戦挙で勝ったから序列一位なのか。
「面倒臭いな。別段、序列とか俺欲しくないし」
「そうか? 私とかは頑張って序列あげてたけどな。授業サボりたくて」
なるほど、それはいい。それは有効活用させてもらおう。
じゃなくて、
「だって、学園の強いやつに勝負挑まれるんでしょ。やだな」
「慣れろ。さあ、さっさと着替えて行って来い」
そう言うと、先生も机の上の銃の手入れを再開する。
俺も制服に着替えながら、机の上で分解されている銃を見て先生に問いかける。
「先生、それって俺の『バレットパレット』?」
「ああ、お前が詠唱無視して使ってたから、術式に負担が来てる。一応直してやるよ。無料でな」
「ありがとう。そういや、先生、戦挙の賭けは上手くいったの?」
「おかげさまで、しばらくはタバコ代に不自由しなさそうだ。ほとんど、万馬券みたいなもんだったからな」
なるほど、機嫌よく無料なわけだ。
しばらくは、恩着せがましく接しよう。
程なく着替え終った俺は教室の出口に近づく。
「それじゃあ、先生色々ありがとうございました。行ってきます」
「おう、じゃまた後でな」
先生は背中越しに手を振り、俺は保健室を出て行った。
◇◇◇
棺瑠美は机の上の拳銃をいじりながら、紫煙を燻らす。
「うーん。あいつが頑張ったのは素直に褒めてやりたいんだが、破壊願望の方をどうしたもんかな。もう大丈夫だと思ってたんだがな」
棺は九条九詩奈の事を思い出す。
傷は大したことは無いのだが、精神的にかなり追い詰められているという話らしい。
そして、その原因となったのが、神乃天下。
一応、神乃天下の破壊願望については棺は知っていた。
カウンセリングもしたことがある。
普通に接している分には、他の生徒と何ら変わり無い精神状態だが、ある特定の場合のみ極端に攻撃的になり、他者を追い詰める行動を取る。
それに関して棺はもう大丈夫だと判断していた。
だが、今回の戦いにおいて、神乃天下の危険性を垣間見えた。
「今度じっくりと話をするか」
短くなったタバコを灰皿に押し付け火を消す。
窓を見ればもうかなり日が高い。
「さてと、少し寝るかな」
棺は先程まで神乃が寝ていたベッドに倒れ込こみそのまままどろみに沈んでいった。
◇◇◇
講堂に向かって歩いていく。
講堂までの道に生徒は誰も見かけない。
恐らく式典に参加しているのだろう。
でなければ、ベッドの上で包帯に巻かれて天井のシミを数えているかだ。
「にしても、派手に壊れてるな」
学園中窓は割れて、木々は倒れ、一部の教室は壁が貫通している。
そういった戦いの傷跡を業者の人達が必死に直していた。
感慨深くその光景を眺めながら講堂へと向かう。
講堂のドアは開いており、俺はそのまま中へ踏み込んでいく。
中では、今回の戦挙で推移した序列上位者を読み上げていた。
講堂では備え付けの椅子に生徒たちが並んでおり、壇上では序列二十位から順に生徒が並んで座っている。
生徒の多くがどこかしら包帯などを撒いており、嫌でも昨日の戦いを思い出させる。
「次、序列三位、天上葵」
丁度、俺が到着した時が葵ちゃんの番だったらしく、葵ちゃんが壇上へと上がっていく。
葵ちゃんが若干緊張した面持ちで壇上に上がり、用意された椅子に座る。
見れば、壇上には昨日の戦いで勝ち上がっていた奴らもいた。
ただ、けが人も多いのか、所々用意された椅子が空いている。
「次、序列二位、蒼崎空」
序列二位は『天帝』の番だったらしい。
だが、当の該当者が壇上に上がってこない。
「蒼崎、いないのか?」
読み上げていた、学園長も困惑の表情を浮かべていたが、しばらくしても、辺りを見回しても見つからなかったため、そのまま次に移る。
「次、序列一位、神乃天下。が、昨日の戦挙で重傷のため今回の式典には不参加」
名前を呼ばれるが欠席者扱いにされる。
だが、ギリギリ間に合ったのだから、参加しておこう。
「あのー、一応います」
講堂の入口で声を出し、存在をアピールすると、一斉に生徒の目が俺に集まる。
ちょっと、いや、大分緊張するな、これ。
みんなの視線から逃げるように俺は壇上へと上がっていく。
壇上に上がる時葵ちゃんと目が合う。
向こうは驚いた表情だったけど、すぐさま笑顔になる。
どうやら、一応は心配してくれてたらしい。
俺は軽く手を上げて葵ちゃんに挨拶するとそのまま椅子に座る。
「えーと、そ、それでは、序列認定式を終わります。なお、本人がいなかったたため、中止の予定だった生徒会長任命式を急遽やりますので、生徒の皆さんもうしばらくお付き合いください」
「ぶー! ぶー! 誰だよ、そいつ! 知らないんだけ!」
「ていうか、あいつ弱そうじゃない?」
「あんなのが私達の学校の生徒会長とかありえなくなぁい!」
「序列は変動するけど、役職って変動しないから嫌だわ!」
「っていうか、アイツのせいで式が長引くじゃねえかよ。ふざけんな」
「ファッキン!」
無茶苦茶ブーイングだった。
やめろよ。
俺って、メンタル弱いんだから。
っていうか、流石わが校。荒れてるな。
「それじゃあ、まずは新生徒会長挨拶」
それを無視して強引に進める学園長。
わが校の生徒の対処をよくわかってる。
「えーと、皆さんこんにちは。新生徒会長の神乃です」
「消えろ!」
「お呼びじゃないんだよ」
「ベッドで寝てろ」
「ファッキン!」
とりあえず、ブーイングは全て無視して話を進める。
さあ、俺もさっさと言い切ろう。
「俺も戦挙に勝てるとか全く思ってませんでした。というか、運が良かった。特に今回の結果はこの場にいない『天帝』が俺に勝ちを譲っていただいたからだと思ってます。ただ、正直に言うと、生徒会長とか目立つ役職とか柄じゃないんで、全部そこにいる序列三位の天上さんに譲ろうと思います」
俺が言い終わると同時に、一瞬講堂に静寂が訪れる。
だが、その静寂は葵ちゃんが破る。
「何言ってるの天下くん!?」
慌てる葵ちゃんの方を見て、俺は含みをもたせた笑顔を向ける。
カワイイな、その反応。
「というわけで、新生徒会長の天上葵さんの挨拶です。皆さんどうぞよろしくお願いします」
講堂にいる人全員が慌てている。その様子を楽しみながら、俺は壇上から降りていく。
「お、おい。まだ、式は終ってないぞ。というより、そんな話聞いてない」
学園長が慌てて俺を呼び止めるが、立ち止まらず返す。
「序列上位者は何やっても許されるのが、この学園のルールだ。なら、俺は紛いなりにも、現在序列一位だ。このぐらいのわがまま通してください」
「ちょっと、天下くん! 私も何も聞いてない」
「葵ちゃんもだ。序列はとりあえず俺が上だから言うこと聞いて、生徒会長頑張ってね。応援してるよ」
そう言いながら、俺は講堂の出口まで来る。
「仕方ない。というわけで、皆さん、新生徒会長の天上葵さんの挨拶だ」
学園長が諦めたように、マイクを握り司会を続ける。
「え? え? ええええぇぇぇ!?!?」
慌ててオロオロしている葵ちゃんの声を聞きながら、俺は『天帝』に呼ばれた屋上へ足を向けた。
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