剣を握る理由
目の前で倒れる少女。
それを受け止める青年。
少女は悔しみに滲んだ瞳を最後まで青年に向け、その眼差しを青年は優しく受け止め少女の体をいたわるようにその場に寝かせる。
「お疲れ様でした、お姫様」
気を失っている少女に対しねぎらいの言葉をかけながら、座って先ほどの戦いを一部始終見ていた俺の方を向く。
「さて、次は君の番だけど。どうする? 戦う?」
先ほどの最後の葵ちゃんの一撃が効いたのか、だらりと右腕を下ろしてはいる。だが、『天帝』の表情は嬉しそうで、無邪気な子供のように俺を見ている。
きっと、向こうは俺が勝つという可能性なんか考えていない。
ただ、絶対に避けられない『敗北』という結果を辿る過程を受け入れるか、抗うか、選ばせてくれるらしい。
さて、どうする。
というより、俺はいったい何のために戦う?
葵ちゃんは倒れて、俺自身は序列も生徒会長も興味は無い。
それでも、戦う理由はあるか?
「……少しだけ、時間をくれない?」
「やるつもりなら、さっさとした方がいいと思うよ。今なら、姫様の一撃で全身が痺れてる」
『天帝』は躊躇いなく自身のウィークポイントを他人事のように語る。
向こうは、これから先の勝敗なんて、どうでもいいかのように。
いや、きっと違う。どうやっても、俺が勝てないと思ってるからだろう。
……いいさ、俺も俺自身の勝敗なんて、俺の戦挙の結果なんてどうだっていい。
俺は、倒れた葵ちゃんとその場に立っている『天帝』の方へ歩きだす。
「やるのかい?」
「ちょっとだけ、葵ちゃんと話がしたい」
「無駄だと思うよ。綺麗に決まってるからすぐには目を覚まさない」
「だからこそ、話がしたいのさ」
葵ちゃんに聞かせられる話じゃない。ただ、俺が胸に抱いてる気持ちを吐き出したいだけだから。
俺は『天帝』を無視して、葵ちゃんの隣に座り込む。
「……葵ちゃん。君もずっと疑問に思ってたと思うけど、何でこの戦挙で、俺がボロボロになるまで戦ったか。それを、話しておくよ」
葵ちゃんの顔は見ず、空を見上げながら言葉を続ける。
「別に、最初に言ってた『俺を逃げ道にされたくない』ってのは、事実だよ。あれに嘘は欠片もない。だけど、それだけじゃあない。それだけのためなら、個人戦の段階で俺はさっさとギブアップしてるさ。あの時点でもうボロボロだったからね」
それじゃ何故?
「葵ちゃんの瞳が、どこかで見たことがあったかのような瞳だったから。努力すれば願いは叶う。凡人でも天才に敵う。そんなことを信じているような瞳でありながら、心の奥底で本当は無理なんじゃないかっていう不安を抱えた瞳だったから。かつての自分を見ている気がして。俺が諦めた道の、その結末を最後まで見たくなってここまで頑張ったんだよ」
努力すれば願いは叶う? 凡人でも天才に敵う? そんなこと、この歳になってそれを信じていれば、それは馬鹿だ。頭の中がお花畑だ。だけど、葵ちゃんはそれを信じてた、それにすがってた。それと同時に歳相応に『努力の限界』ってのも理解してる風に見えた。
俺は神楽に努力の限界を見たように、葵ちゃんも『天帝』にそれを見てたように思えた。
全ては俺の思い込みかも知れない。でも、俺はそうだと思ってる。
「例えばさ、日曜日が終わるのが嫌でさ、布団の中で寝ないで頑張ったりするじゃん。でも、絶対に月曜日はやって来る。だから、|月曜日に備えて寝ること《敗北を受け入れること》が大人になるってことだと思ってた。そっちが賢いってさ。でも、葵ちゃんは絶対月曜日が来るってわかってるのに、起きようとしてる。悪く言えば子供だ。心のなかに矛盾を抱えてて、それに気づかないふりして頑張ろうとしてた。そんな葵ちゃんがどこまで頑張れるのか見たくて、俺も本気で手を貸した」
無傷で、『天帝』とぶつけて、どうしょうもない『現実』を思い知らされて、俺と同じようになって欲しくて。
「だけど、難しいもんだね。無傷で葵ちゃんを『天帝』の所まで連れて行く予定だったんだけどね。途中でかばわなくてもいい、俺をかばって右腕を怪我してさ。でも、……葵ちゃんはそれを言い訳にしなさそうだね。そんな悔しそうな顔して負けてるもんね。どうせなら、使えない奴かばって怪我して負けちゃった、ぐらいに考えればいいのにね。せめて、やり遂げた顔をして倒れてたら俺も楽なのに」
きっと、俺に似ていると思ってた葵ちゃんは、敗北なんかじゃ壊れはしないのだろう。
俺と葵ちゃんは似てるようで全然違うんだろう。
俺とおんなじ様にはなってくれないだろう。
なら、俺はキミに勝って欲しい。
凡人が天才に勝って欲しい。
ああ、だからこそ、俺は面倒くさいことを考えてしまう。
キミが、悔しさで顔を滲ませているから、喉のそこまで来ている敗北宣言が出てこない。
俺より強いキミが負けた相手に対して剣を握らなきゃいけない。
「ねえ『天帝』、アンタはたらればの話って良くする?」
急に俺は話を『天帝』に振る。
「しないね。僕の過去は誰も触れたがらないしね」
「……俺は良く頭のなかでしてるんだ。卑怯なことして勝った時とか特に、今のは普通に戦ってたら勝てたのか? 俺は刀をやめなければこんな風にならなかったのかなって? それを考えるたびに鬱になるんだけどね」
俺は『天帝』の方を向き、立ち上がる。
「そんでもって、今俺の頭の中にあるのが、もし葵ちゃんが右腕を負傷していなければ、さっきの戦いで『天帝』が防御に使った右腕ごと刀を振りきって葵ちゃんが勝ってたかも知れないっていうお話」
ああ、くだらない。
きっと、そんなことで結果は変わらないとは思う。
でも、馬鹿な俺は葵ちゃんが勝ってたっていう未来がほんの少しでもあるなら、それを見てみたかった。
「一応さ、あの傷の責任は俺にあって、葵ちゃんには『私の右腕の代わりになって』て言われた。だから、ここから先は天上葵の右腕としての延長戦だ。俺は負傷してた右腕分戦う」
結果として葵ちゃんは負けていて、此処から先の戦いはどうしようもない自己満足。
だけど、それでいい。
所詮刀を握る理由なんて自分のためだ。
「……さっきの戦いの続きって言うなら、名乗りはいらないか」
戦いに移る事を悟り、『天帝』の雰囲気が変わる。
けれど、それに呑まれること無く、『天帝』の前に立つ。
「そういうわけで『天帝』ほんのちょっとだけの延長戦付き合ってもらいますよ!」
俺は握っていた刀を抜く。
紅蓮に染まる刀身を顔の前に持って行き、詠唱を読み上げる。
「"世界が紅く燃えるのは、私が赤く濡れたから"『神装展開』『紅蓮』」
葵ちゃんの『雷光』のように薄暗い辺りを真っ赤な炎が照らす。
「へぇー、大した力じゃないか。それだけの力があれば、僕の『神風』も崩せるかもね」
「……あんまり、『紅蓮』の解放は持続できないんだよ。さっさと、構えろよ『天帝』!」
解放した瞬間から、体中の力が抜き取られていく。
ボロボロの今の状態なら、一分も持たないかも知れない。
「わかった。時間切れで倒れられたら締まらないからな」
右腕を前にして、構えをとる『天帝』。
それに対し、上段で構える俺。
息を吸い込み、精神を統一する。
一瞬で、一太刀で決める。
それ以上は俺が持たない。
時間も焦るな。一撃で決めるつもりなんだから、一分もあれば十分だろ。
炎をまとい、刀を構える。
ジリジリと燃える炎がグラウンドに吹く風で揺れる。
呼吸のたびに余分な力が入らないように脱力し、来るべき一瞬を待つ。
三十秒ほど向かい合って、俺が額に浮かべた汗が頬を伝って落ちる瞬間、俺と『天帝』がお互いに動く。
「てりゃぁぁあ!」
振りかぶっていた刀を『天帝』の鎖骨目掛け袈裟斬りに斬りかかる。
『天帝』もその攻撃を躱すこと無く、むしろ前へと突っ込む。
『天帝』に切っ先が当たる瞬間、俺も葵ちゃんと同じように『神風』が創る風の壁にぶち当たる。
だが、俺の『紅蓮』は『天帝』の風の壁を切り裂いていく。
いける。
だが、『天帝』はこっちの攻撃が風の壁を崩せることがわかっても、構わずに前へ出る。
どうやら、向こうは俺の刀の根本まで潜り込んで、葵ちゃんと同じように一撃で俺を沈めるらしい。
……勝ちたい。
ただその一心で全身の痛みを黙らせ、今にも崩れ落ちそうな体を立たせて、刀を全力で振り下ろす。
「勝つって言ってんだよぉぉ!!」
完全に風の壁を断ち切り、もはや眼前に迫った『天帝』に刀を鎖骨に振り下ろす。
だが、『天帝』も止まらない。
刀の芯での一撃を風の壁と自らの踏み込みでずらしたからか、『天帝』は鎖骨に一撃を喰らいながら、体を捻りながら左手で俺を殴ろうとする。
飛んで躱す?
ありえない。もう一回刀を振る気力すら危うい。
なら、
「このまま振りきれ!!!」
当たっている刀をそのまま地面目掛け振り切る。
バキン!
気色の悪い音が聞こえるのと同時に、『天帝』の拳が俺に届く。
強引に振り切ったせいで、『天帝』も体勢が崩れ、その拳の一撃は葵ちゃんが倒された時ほどでは無かった。
だけど、俺は吹き飛ばされる。
無様に地面を転がっていく。
地面を二転三転して、うつ伏せに倒れこむ。
幸い意識は失ってはいなかったが、口中、血の味がして、呼吸するたびに激痛が走る。
頭がヤバイと警報を鳴らし、痛みから逃れるために意識を閉じようとする。
ちょっと待てよ、眠るのはまだ早い。
目の前の敵を倒したのを確認しないとぐっすり寝られないだろうが。
重たいまぶたを強引に引き上げて、膝を付いている『天帝』を見る。
ぼやける視界は『天帝』の首輪が赤くなっていないことを確認する。
「くそったれ」
もうダメだ。
限界だ。
もう、起き上がれない。
たとえ、立ち上がってももう勝ち目なんて無い。
もう、右手の『紅蓮』も封印状態だし、『天帝』の風の壁を破れない。
第一、刀を振るう力も無い。
でも、それでも、すぐにでも手放せそうな意識を俺は強引につなぎとめている。
それに意味は恐らく無いだろう。
もう勝ちはそこには無いんだから。
俺は刀を手放し地面に手をついて体を起こそうとする。
何やってんだか、全部無駄な行為だろ。
両手で体を持ち上げかかけるが、自分の体重を支えられず、地面に倒れる。
何馬鹿なことしてるんだ。もう限界だろ、さっさと諦めろよ。
頭と体が、反する行為ばかりする。
もう勝てないのに、最後まで足掻こうとする。
「ゲホッ!」
無理に動くと、血の混じった咳も出た。
それでも、羽をもがれた虫のように、無様に地面で足掻く。
重りしか詰まってないように感じる体を強引に持ち上げようとする。
何度か挑戦して、ようやく膝立ちの状態までこぎつける。
だから、それが何になるんだよ!
頭の中の俺が叫ぶ。
「……勝つん、だよ」
口の端から血を流しながら、ぼそぼそと呟く。
視界は最悪。全てにかすみがかかってる。
そんな中で、前を見ると『天帝』は立ち上がっている。
俺は転がっていた『紅蓮』を地面に突き刺し、全体重を『紅蓮』に預けながらゆっくりと立とうとする。
「……勝てない、無駄、……わかってるよ。でも、あいつは最後まであがいてた。戦ってた。勝ちを狙ってた。なら俺も今回はそう戦わなきゃいけないだろう。だから、まだ終わりじゃない」
ブツブツと呟き、フラフラで立ち上がる。
気を抜けば意識が飛んで、殴られれば吹き飛ぶ無防備な体勢。
ただ、相手の止めを待つだけの状態。
でも、俺は最後まで戦う。
「すごいな。まだ立つのか。流石に僕が勝ったと思ったんだけどな」
『天帝』が話しかけてくる。だけど、言葉は聞こえても、話の内容が理解できない。今のぼやけた頭じゃ何を言われてもわからない。
「……いいね。気に入った。その勝利への執念と命をかけるほどの覚悟。キミは強い。だから、キミの勝ちでいい」
目の前の『天帝』が微笑む。
「僕の負けだ」
『天帝』が口を動かすと、何故か『天帝』の首輪が赤く光る。
そして、辺りに警告音が響く。
その光景を理解できず、ただ呆然としていると『天帝』がこちらに近づいてくる。
そして、
「今はゆっくりとお休み。これから先もっと忙しくなるだろうからさ」
そうつぶやき、俺の意識を刈り取った。
決勝戦これにて終了です。
このまま、エピローグに移りたいと思います。
……完全勝利とは言いがたいですが、終わりです。
ご意見ご感想いただけると嬉しいです。
ちなみに、戦挙編が終ったら一旦手直しとかをしようと考えています
色々誤字とかミスとかあるので……




