Heaven or Hell. Let's Rock!! 1
踏み入れた部室棟は、一言で言うと荒れていた。
「怪獣でも暴れまわったのかよ!」
立ち並ぶ部室はドアは吹き飛び壁は粉々、中央の水道こそ無事だが辺りは水浸しで災害のあとそのものだった。
「部室棟のいた人達の戦いの結果かな?」
「というより、一人抜きでた奴が暴れたって感じだね。確かに戦いの傷跡も所々あるけど、中央の水飲み場が比較的綺麗なことを見ると、そこを中心に強大な『具現』でも解放したってのが可能性的に高いんじゃない? それに部室棟全体が津波でも来たのかってくらい水浸しだし、水を使う『具現』の奴が中央の水道水を利用して力を使ったって考えるのが妥当だな」
与えられた情報で、適当な推測を当てはめていく。深く考えて喋っていたわけでは無いが、あまり無理を感じないことからそこそこいい線をいっているのでは無いだろうか。
「すごい推理ね。推理小説とか好きなの?」
「いいや? ただ、妄想は好きだけどね」
「へー。……そう言えば私が『具現』の発動でダウンしてた時に戦ってた子って水を使ってたよね」
「うん? そう言えばそうだったね」
「あの子がやったのかな?」
葵ちゃんが口元に指を当てながら悩むように上を向いて口にする。
「葵ちゃん。発想が短絡的だぜ。確かにあの子は水を使ってたけどさ。前情報通りなら、部室棟で戦ってた連中は序列上位も結構いたんだぜ。あの程度の実力の子がこんな簡単に勝てるほど甘くないと思うよ」
「でも、ジョーカー役だったんでしょ。実力あったんじゃない?」
「……確かにジョーカーだったけどさ、よく考えれば俺たちに二回も破れてるんだぜ。人選そのものが間違いレベルで、こんな事が出来るほど強くないってのが俺の結論」
「そうかな~。何となく私の予想が当たってる気がするんだけどなぁ」
全く、葵ちゃんには妄想力ってのが足りないな。
それでも、こういう時の葵ちゃんは妙に自信を持って発言している。
コレが当たってたら、次からは素直に信じてみようか。
「まあ、いいや。取り敢えず、葵ちゃんの怪我冷やしておこうか」
俺は取り敢えず、水飲み場に近づいて水道の蛇口をひねる。
そこに葵ちゃんを手招きし、制服の上から水をジャバジャバかける。
「っ、冷た」
可愛らしい声を上げながら、本日の高い気温に対して気持よく感じるであろう水を惜しみなくかける。
けれど、本人はすぐさま、遠慮しがちにその行為を止める。
「もういいよ。あんまりのんびりしてるわけにもいかないし、あんまりやってたら感覚が麻痺しちゃいそうだし」
「本当は感覚が麻痺するくらい冷やしちゃってもいいと思うんだけどね」
けれど、今は戦挙中。確かに刀を握る手の感覚が鈍ってしまってはいけない。
「天下くんは大丈夫なの?」
葵ちゃんが俺を気遣ってくれる。
ただ、俺を心配する顔があんまりにも真剣なので、俺自身が強がってしまう。
「大丈夫だと思うよ」
実際は、脇腹の痛みはマシになったわけでも何でもない。俺が動くたびに傷を自己主張してくれる。いい加減に痛覚が麻痺しないかなと期待しているのだが、まだ厳しいらしい。
正直に言った方が良かったかな?
頑張れと、努力を促されることに関しては適当にスルーするスキルを身につけたつもりだが、心配されることには慣れない。
なんだか、むず痒い気持ちになって、その場から逃げるように周辺で一番損傷が少ない部室に近づく。
ドアはついてるし壁も壊れてはいない。
ドアノブを握ると無用心にも鍵はかかってなかった。
「葵ちゃん。部室の中にでも入って休もう。そこで九条とかの話もするし、何より動いてると疲れる」
「わかった」
葵ちゃんはすぐさまこちらに近づいて部室の中に入る。
しばらくの間、俺は九条との経緯を話した。
九条とのあと、神楽との戦い。アイツとの過去のお話も話した。
ただ、俺の破壊願望に関する部分は何も話さなかった。
そこだけはまだ、話せない。
そんな風に時間を潰していると、外でガサガサと物音がした。
「誰か来たのかな?」
人気を感じると葵ちゃんはすぐさま声のボリュームを落とす。
「かもね。取り敢えずは様子見といこうか」
そのまま、俺と葵ちゃんは壁に耳をつけて外の様子を探る。
「オイオイ、結構荒れてんじゃん。ヤバイじゃん。俺達の道具がおじゃんじゃん!」
「そのアホっぽい喋り方をやめろよリーダー。その変な喋り方のせいで、イケメンメインボーカルの価値を下げてるんだよ」
「そんなこと知らねーじゃんよ。全くよ、ロックってのは見てくれじゃ無いじゃんよ、体制への反逆と魂への呼びかけじゃんよ。熱い魂を持つ同士と明日をぶっ壊す気概が売りじゃんよ」
「全くさ、その妙な思想さえなきゃ、今頃高校やめて音楽業界殴り込めてたのに」
「あの程度のスカウトに心揺らされてんじゃない。口調を変えろ? 今組んでるバンドをやめろ? バカ言うな。演奏が下手でも、ミスしても、大事なのは心意気じゃんよ。今のメンバーは俺たちの音楽に心揺らされて、一緒にやろうって声をかけてきた最初のファンで同士じゃんよ。そこを切り捨てたらロックが死ぬぜ!」
「そういうところが損してるんだよ。今回の戦挙も明後日ライブだから、ホントはヤル気無かったのに、急に『天帝』と戦いたいってやる気出してよ。大怪我したらどうすんだよ」
「傷つかずに成長なしじゃんよ。右腕やられたら歯でギターくらい弾いてやるじゃんよ」
「メインボーカルが歯でギター弾いてどうすんだよ……やっぱり馬鹿だ」
落胆したような声を聞いて、俺たちは一旦耳を離す。
「天下くん。思ったこと言っていい?」
小声で葵ちゃんが口を開く。
「はいどうぞ」
恐らく浮かべた言葉は同じだと思う。
「あの人馬鹿?」
「間違いなく」
どうやら、外にいるのは二人組で、軽音楽部の部員だと思う。
あの妙な口調とややハスキー気味の声からして、序列八位、『狂言実行』の伊野真瑠珠。
確か、ハーフなのと変な喋り方とバンドを組んでることで有名なイケメンだったはず。
「知ってるの?」
「知ってるけど覚えておけばいいのは、武器はギターってのと、『具現』が音を操るってことと、馬鹿ってことの3つでいい」
「……なんか残念な人みたいだね」
ああ、とにかく噂しか知らないが、突拍子もないこといきなり言い始め、それをやらせれば何故か奇跡的に成功する稀代の変人らしい。
例えば、バンドを組んで一年で武道館に立つって言ってたら、知り合いの有名バンドが武道館ライブに出ることになって、前座で一曲だけ演奏させてもらったらしい。
そういった出来事が続いたため、『狂言実行』の二つ名がついた。
ちなみに、その演奏を見たレコード会社に伊野だけスカウトされたらしいがあっさり拒否したらしい。誰かれ構わず尻尾は振らないらしい。
「もう一人いるみたいだけど、そっちは知ってるの?」
「ああ、確か一緒にバンド組んでた人だと思うけど。詳しい序列とか名前までは知らないな」
それほど序列も高くは無かったはずだ。
さて、どうするか。
別段逃げれるのなら逃げるのが俺のスタイルだけど、この部室棟の部室に逃げ込んだ以上逃げ場はほぼ無い。出入り口自体まずひとつだし、円形にかたどった部室棟では的に見つからずに逃げるのも無理。それに何よりもはや後半戦。傷の具合から考えて長時間持たないなら覚悟を決めようか。
「葵ちゃん、逃げずにやり合おうか」
「馬鹿正直に真っ直ぐに?」
「ソッチの方が好きでしょ! 俺は嫌い、ってか苦手だけど」
「なんか策でもあるのかと思った」
「アドリブは効かないんだよ」
苦笑しつつ、互いに武器を用意する。
そんな中逃げ込んでいた部室の中にまでギターの音が響く。
無造作にかき鳴らしたであろう音は、アンプを通しているのか部室棟全体、いや、もっと広範囲まで響いた。
「何だ、電源も生きてるし音もちゃんとなるじゃん。いいじゃん。すげーじゃん」
「だからって、戦挙中にギター鳴らすか?」
「気にすんな、ってかもう追いかけまわすのもつかれたじゃん? なら、ここらでツアーのラストを飾ろうぜ!」
「はぁ! 何いってんだよ」
伊野の言葉に呆れた声の返答が聞こえてくる。
全くもって同感だ。
何を言ってるんだアイツは?
「だから、ここでライブやろうって言ってるじゃんよ。俺たち『メガロマニア』のグランドフィナーレだ!」
「俺とお前だけで?」
「欠員は残念だが奴らの意志は忘れはしないじゃん。アイツらに聞こえるようにあの世まで響かせてやるじゃん」
「いや、死んでないからな。今頃治療棟で恐らく応援してるからな」
「それより、早くお前はドラムを用意するじゃん」
「いや、いや、部室が荒れてて、ドラムなんてボロボロだからな! スネアもシンバルも凹んでたり穴あいてたりしてるからな。スタンドなんかは折れてるからな! ついでに言うと俺の愛器がぶっ壊れてて俺はショックだからな!」
「なら、そこらに転がってるドラム缶と鍋の蓋で即席で作ればいいじゃん!」
「……久々に殴りたくなったぜ。ちょっとは慰めろ!」
「傷心にはロックだぜ!」
「お酒のロックとかけてんの!? ……お前に慰めを求めた俺が馬鹿だったよ」
悲しげに、ツッコミに疲れた男がポツリと呟く。
ああ、初対面だけど同情してあげたくなってきたぜ。
「馬鹿な奴こそ素晴らしいじゃん。インテリ共が回してるのは机の上の地球儀だけだけど、馬鹿は世界を回すじゃん。いい方向にも悪い方向にも」
聞こえてくる言葉を聞くにつれて、何故、伊野真瑠珠が『狂言実行』と言う二つ名がついたのか分かり始めてきた。
要はイカれてるんだ。最高に面白い方向に。
「……わかったよ。用意してやるよ」
傍らの相方の力のない諦めの声が聞こえた瞬間、ガサゴソ、ゴロゴロ、ドカン。と騒がしい物音が響く。
アイツラホントにこんな所で演奏するつもりなのか?
「ねえ、天下くん。あの人達ホントにやるの? 何の意味があるの?」
「意味は無いんじゃない? アイツ等もう戦挙に飽きて遊んでるようにしか見えないしね。それに、こんな所で演奏なんかしたら、敵に位置を知らせるだけだし、さっさと止めに入りに行こ――」
ああ、なるほどそういうことか。
アイツラ、敵を探すのが面倒くさくなってここに集めるつもりか。
つまりここを最終決戦場にするわけだ。
ってか待てよ。それなら止めなくてもいいのか?
ここで潰し合いをしてくれるなら、もしうまく位置がバレずにいたのなら、漁夫の利を狙えるのか?
ただ、今は隣に恐らく俺より気配を消すのが下手な葵ちゃんがいるぞ。バレずに済むのか?
いや、案外行けるかも知れない。第一、伊野たちは俺たちの存在に気づかずに呑気に演奏までしようとしている。
アイツ等が俺たちに気付くことは無さそうだ。
それにアイツ等のライブにつられてやってきた連中もたとえ俺たちに気づいたとしても、まずは目の前の伊野を攻撃するだろう。攻撃しようとする気配さえ見せなければ攻撃される優先順位は恐らく低い。
「葵ちゃん。ガッカリなお知らせです。取り敢えず現状維持で、あと、気配をできるだけ殺してください」
「どうして? 戦うんじゃないの?」
「エビで鯛を釣ってみようかなと。いや、残ったメンバーの実力的にマグロでゴジラかな? いやいや、そんなことはどうでもいいや。せっかくただで武道館に立った男の歌が聞けるんだ。特等席で聞こうぜ」
「……また作戦?」
「作戦というより、賭けだね。ただ、悪い方向に転がってもそんなに痛くないと思ってね」
「現状が悪いから?」
「正解」
小声で言いながら、もう一度外に耳を傾ける。
そこではドラムの調整でもしているのか、鈍い太鼓もどきの音と、間の抜けた金属音が響いていた。
「コレでいいのか!」
「リズムだけは安定させろよ!」
伊野が声を張り上げ、ギターをテストするかのように軽く弦を弾く。
「準備万端、いっちょ行くじゃん! 『メガロマニア』で"天国と地獄"」
曲名を言い放ったあと、ドラムの奴がスティックを三度鳴らし、そのあと、爆音が響く。
耳というより、体に直接響く振動が部室棟の部室の中まで響く。
そんな音の中心で演奏している奴らはどうなってんだと思いつつ、前奏が終わると、伊野のハスキーボイスが聞こえてきた。
満たされない欲望
そこがない好奇心
次のおもちゃを求めて今日もさまよい
投げたコインで明日を占う
捨てた人形ども足を引きずる
生きてる実感追い求め
分の悪い賭けにオール・イン
ヘブン・オア・ヘル
どっちでもない
回るルーレット
球はまだ落ちない
ヘブン・オア・ヘル
崖っぷちの今
転がる運命
欲しいのはこの刹那
……一番を聴き終わり、率直な感想が頭に流れる。
ロックってわかんねーや。
そんな俺の困惑を置いてけぼりで伊野は当然のように二番に移ろうとしている。
いいぞ。それでいい。あとは派手に潰し合え。最後に残るのは俺たちだ。
「……、ストップ! レイジ、ストップするじゃん」
突如自身のギターを止め、後ろを振り返り相方の演奏を止める。
多少マヌケな、ドラム缶の音が鳴ったあと、完全に演奏が止まる。
「何だよ。勝手だな。まだ敵が来たわけでも無いのに演奏やめて」
「レイジはのんき過ぎるじゃん。もう、お客さんはいたじゃん。というより、俺たちがここにいる前からいるじゃん」
……あれ? もしかしてまずい。
「のんきなのはどっちだよ! 敵がいたのに演奏だなんて。ていうかどこにいるんだよ!」
慌てた声でレイジと呼ばれた男が叫ぶが、伊野は落ち着いて先程までの歌声はどこえやら? 間の抜けた声で返す。
「いやいや、演奏は隠れてる奴の入場曲代わりだったんだけど、思ったよりノリが悪いやつじゃん。一応騒いだからここに敵が集まってくると思うし、それまで俺たちはオーディエンスと戯れるじゃん」
ゾクリ。
緊張感の無い声だったが、俺たちに向けた戦意は体を震わす。
「おーい、出てこないならこっちから行くじゃん」
ギターを大音量でかき鳴らし、自身の声量いっぱいに詠唱を叫ぶ。
「"月に吠えろ、太陽をつかめ、無意味に価値を作り出せ"『具現』『抗鬱音階』」
叫ぶと同時にギターが乱雑に鳴り響いた。
「まずい! 離れろ」
ドアから耳を離すと隣にいる葵ちゃんの肩を掴んで後ろに飛び退く。
それと同時にドアが吹き飛び、小さな部屋で轟音が響く。
「うっせーな!」
耳を抑え、吹き飛んだドアの向こうにいる伊野達を睨みつける。
「ははは、ファンサービスじゃん。気に入ってくれるとうれしいじゃん」
「お生憎様、けが人にはロックンロールはわからないんで、心安らかなクラシックにしてくれよ」
さて、どうする?
この場合序列上位の伊野をマークするのは当たり前だが、後ろに控えるレイジってやつの能力が分からないのが不気味だし、不安過ぎる。
「天下くん。私が行くよ」
思案する俺を余所に葵ちゃんが気合満々に刀を抜いて前へと踏み出す。
「いや、一緒にやろう」
「……傷は大丈夫なの?」
「さあ? あんまり当てにはしないでね」
並んで歩きながら崩壊しかけの部室棟から出て、目の前のドラマーとギタリストと対峙する。
「準備はいい? それじゃあ元気にレッツロックじゃん!」
遅れました。
分割です。
続きます。




