幕間 想定内
「取り敢えずどうぞ」
弐宮神楽はポケットからハンカチを取り出し、九条九詩菜へと渡す。
受け取った九条は顔についた土を払うように拭う。
「ごめんなさい。迷惑かけたわ」
申し訳なさそうに、頭を垂れ下げたまま九条は弐宮へと謝罪の言葉をかける。
「別に迷惑なんて思ってないですよ。むしろ、感謝してるくらいです。天ちゃんがあの頃と変わってないことを知れてウズウズする気持ちが止まらないです」
やはり、神乃天下が参加したことによって、弐宮神楽の様子はおかしい。
先程まで、自分に恐怖しか与えなかった人間のことを楽しそうに、嬉しそうに話す少年に背筋が凍る気持ちになる。
普段は礼儀正しく、外見だけ見ると弱々しそうな少年、ただし、剣を持たせば敵無しという弐宮神楽だが、本日ばかりはそこに狂気的な執着がある。
「それでは副主将、早いとこ主将と合流しましょう」
居場所を知っているのか、ぐんぐんと歩いて行く。
方角的に学校林がある方向だった。
「ちょっと、弐宮くん。こんな林みたいな見通しの悪いところに入って行ったら神乃の奇襲が危ないんじゃ!」
「一番危ないのは、天ちゃんが主将のいる場所に襲撃をかけることです。主将自身弱くは無いけれど、それはあくまで、剣対剣の戦いに限ったことです。ですから、さっさと合流することが大事です。流石に天ちゃんもボクが近くに入ればやらないと思うんで。一応、主将もこちらに向かうとは言ってたのですぐに合流できますよ」
そうは言うものの、踏み込んでいく林の視界の悪さが、こびりついた恐怖を増長させてしまう。
あの神乃天下は実力以上の恐ろしさがある。勝利のための行動に躊躇いがなかった。
けれど、その神乃天下を倒せる弐宮神楽は戦挙前に交わした同盟の約束を破るつもりは無いらしい。
あの時、確実に神乃を退場させるべきだったと、九条は考える。
弐宮神楽の実力は九条もよく知っている。
けれど、この戦挙では自身のパートナーがやられれば負けになってしまうのだ。
油断は絶対にできない。
さっさと、残り五組を倒して早く個人戦へと移行したいというのが正直なところだった。
そんな不安げな九条の隣で、弐宮は携帯を取り出す。
見ると何回か通話があったのか、携帯の液晶はピカピカと光っている。
「もしもし、主将? こっちは無事副主将を助けましたよ。あ、はい。そうなんですか。なら早く合流したいので、そっちも早くこっちに向かってきてくださいね」
一方的に話すと弐宮は携帯を切る。
「副主将。もう主将もかなり近い位置にいるらしいです」
それを聞いて、九条も安堵の息を吐く。
「そう、ならこちらも急ぎましょう」
そう言って二人共早足になる。
もちろん、周りの気配を探ることも忘れないが、それ以上に合流に重きを置いた。
数分後、本当に近い位置にいたのか、程なく主将達のグループと合流することができた。
主将の周りには先程まで自分たちと一緒にいた剣道部員がおり、総勢八人グループとなった。
「ご迷惑をお掛けしました」
合流後、いの一番に謝る九条。
頭を下げる九条に剣道部主将は近づいて、肩に手を置く。
「謝ることじゃねーさ。無事に帰ってきたし、どうやら、鬼束は倒したんだろ。やっぱり、流石だぜ」
副主将の働きを笑いながら労うが、九条の顔は曇ったままだ。
「主将。これから個人戦に移行するまで、絶対に気を抜かないでください。神乃天下は恐らくアナタを狙ってきます」
「???神乃? アイツとは個人戦に入る前までは不戦条約を結んでたはずだろ」
「……スイマセン主将。私の独断で不戦条約を破りました」
「……えっ、マジで?」
よほどびっくりしたのか、口調が壊れた。
「どういうことだ?」
「あの神乃天下は危険です。私個人的な意見ですが、こういったいわゆる何でもありに近いルールであれば、序列二位の鬼束よりも危険だと思います。ですので、こちらを仲間だと思って隙を見せた瞬間に攻撃しました」
「……そいつは随分と思い切りのいいことをやったな。それで、やり損ねたと」
「スイマセン。自分が未熟だったために、無駄に敵を増やしました」
頭を掻きながらどうしたものかと考えている。
「それで、俺を狙うっていうのは、弐宮のパートナーが俺ってことがバレたからか?」
「……その通りです」
居心地が悪そうにしている九条を目の端に収めつつ、大きく息を吸い込む。
「まあ、仕方がないか。オーケー、お前の行動は褒められたものじゃないけど、それはひとまず置いておこう。そんでもって、神乃が俺を狙ってくるってわけだ」
口にしながら、周りの連中に諭すように言う。
「一応だ。これから個人戦へ向けての剣道部の方針を伝えておこう。各自、個人戦までは俺と弐宮を守れ。自分のリタイアなど考えずにな。そんでもって個人戦へ移行した場合、九条と弐宮をサポートする形で動け。恐らく、俺たちが勝つには弐宮と九条に頼るしかない。そのためには、自分の成績は無視しろ。弐宮も九条も頼んだぞ」
主将の言葉に全員が頷く。
他の部員としても、ここまで残れたのなら、否が応でも勝ちを意識する。
そして、彼らの勝利は個人としてでは無く、部としての勝利なのだ。
「さて、これからは特に移動もせず、籠城戦だ。ジョーカーも居なくなったのであれば、個人戦に移行するまではこちらからは仕掛けることは無くていいだろう。それに隙も見せず固まって行動してれば神乃も中々手は出せないだろう。」
「主将、一ついいですか?」
「何だ弐宮?」
先ほどまで黙っていた弐宮が主将に向かって話しかける。
「確か、主将は本部の戦挙管理委員会に仲の良い人いましたよね」
「ああ」
「ならその人に連絡とってくれませんか。残り何組で個人戦に移行するのか知りたいんです」
「……ルール違反じゃないけれど、大分グレーゾーンだな、それ」
「勝ちたいのは、ボクもなんですよ」
「……気のせいか、お前の印象が変わりそうだよ」
「気のせいじゃないですよ。勝つってことにこんなに真剣なのは久しぶりです」
その顔には笑みが溢れる。
その無邪気な笑顔に、九条は何故か神乃の引きつった笑いが重なった。
「しゃあない。ちょっと待ってろ」
そういうと懐から携帯を取り出し素早く大会本部へかける。
「あ、霧雨ちゃん。オレオレ、ああそう。あ、ゴメン。忙しいのは悪いけどさ、ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど。ああ、そんなにヤバイことじゃないよ。ちょっとさ、残り何組残ってるのか教えて欲しくてさ。えっ、いや、その飯はこの前おごったじゃん。たまにはサービスしてくれよ。えっ、映画! いやいや、前も言ったじゃん俺アクション映画しか見ないんだよ。恋愛映画もホラーも苦手なんだよ。イタリアン? 無理無理、オレそばしか食べれないから。パスタ無理なんだよ。何? 今度の休日買い物に付き合え!? いや、流石に戦挙終った後はゆっくりしたいし。あっ、ハイ。わかったよ。後で連絡してくれ。、あっハイ。わかりました。ありがとうね、じゃあ」
長々と喋った後、電話を切ってため息をつく。
「幼馴染ってのは遠慮がなさすぎるし、何考えてるかわかんねえな」
周りの連中全員が、学園でもトップクラスにカワイイ女の子と仲がいい主将に殺意が湧きつつ、本題を聞く。
「後、二組らしい。そんでもって個人戦に移行だ」
思ったよりも近い目標に全員の意識がふっと、ゆるみかけるが、すぐにその空気を感じ取った主将が喝を入れる。
「気を抜くなよ。勝利を確信した瞬間こそが、最も隙が多いいんだ。ゆえに残心を常に忘れるな」
大声で仲間に警戒を呼びかけた瞬間、薄暗いはずの林が光に包まれ、自分たちのすぐ近くに大きな気を感じた。
それは一瞬で、すぐさま薄暗い林に戻り、気の反応も無くなる。
だが、一瞬緩みかかっていた剣道部の気を引き締めるのには、主将の喝以上に有効だった。
「どうやら、敵も仕掛けてくるつもりらしい。想定の範囲内だ。返り討ちにしてやる」
「そいつは、遠慮しとくよ!」
全員の意識が、さっきの強大な気に向いた瞬間だった。
そこにいる全員が、近くの目に見える敵に意識を向けた瞬間、何にも無い場所を警戒するという意識が薄くなった。
当然だ。目の前に敵がいて、何にもない後ろを必要以上に警戒する奴はいない。
そして、目の前の敵に意識を集中することこそが最善である。
そこにできた意識の隙間に滑りこむようにそいつは近づいてきた。
手品師が、簡単なギミックで目の前の客の意識をそらすように。
「神乃天下!」
かけられた声に一番最初に反応したのは、剣道部主将だった。
以外にも反応は良く、全員が主将の声とともに神乃天下の方向を向く。
けれど、この時よく考えた方が良かった。
何故、せっかく不意打ちをできる状況を作ったのに、わざわざ声をかけたのか。
その疑問は次の神乃の行動で理解する。
「"魔弾は輝く"」
全員の注目を集めた神乃は大型のリボルバーから銃弾を発射する。
何の変哲も無さそうな銃弾が主将目掛けて飛び、それに対して刀で弾こうと抜刀の動作に入った瞬間、その銃弾は眩い輝きを持ってハジけた。
「ぐっ!」
その場にいる全員がその輝く閃光弾をまともに見てしまったことにより、一瞬視力を失う。
全員が目を押さえる中、神乃は素早くターゲットの元へと移動し、何の躊躇いも無く刀抜いた。
「悪いね。だけど、そっちが悪い」
カチン!
刀を収める音と、主将が意識を失い地面に転がる音が重なる。
「九条さん。俺の目標は達成だ。あとは、自分で理想に近づくだけだよ。それと、神楽。ゴメンな。約束破っちまったよ。また、俺とお前の戦いはお預けみたいだ。それじゃあ、怒り狂った九条さんが襲い掛かってくる前に、バイバイ」
余裕の現れなのか、登場した神乃はまだ目を押さえている九条に対して攻撃すること無く、その場を立ち去ろうとする。
確かに人数では向こうの主力を失ったとはいえ、六人おり、閃光弾の効果も一時的なものだから決して相手をなめた行為ではない。しかし、それ以上に現状に陥った、九条の反応を見てみたい。そんな悪意のある表情を神乃は浮かべていた。
「待ちなよ!」
そんな中、目をつぶったままの弐宮が神乃に対し声をかける。
「待ってよ天ちゃん。何で謝るのさ。天ちゃんは何一つ約束を破ってないよ。そして、天ちゃんとボクとの戦いはお預けになんかならない。たった今、この瞬間から、始まるのさ」
「何を言ってるんだよ、神楽。俺とやり合いたいのはわかるけど、それは叶わぬ願いってやつだぜ」
弐宮の言葉を理解できない神乃は踵を返し、弐宮を見る。
と同時に常に浮かべていた余裕がさらさらと消え、途端に額に汗を浮かべた。
神乃が見つめたのは弐宮の一点。この戦挙の参加資格である首輪だった。
「……オイオイ、神楽。どうしてオマエ、首輪が光ってない」
慌てて神乃は倒れている剣道部の主将を見る。首輪は光り、警告音がなっている。
「やられた、嘘だったのか」
先ほど、弐宮から教えられた情報が嘘だったと考え、露骨に悔しそうにする神乃。
だが、弐宮は笑いながら、神乃に話しかける。
「嘘じゃないよ。ボクは天ちゃんに嘘なんてついたこと無いよ。ボクのパートナーはあくまで主将だよ」
「ならどうして、首輪が光っていない! パートナーが負けたならそいつも失格になるはず」
「ははは、珍しいね天ちゃん。いつもならこんなのすぐにわかるのにさ。あるでしょ、一つだけ、主将が失格になってもボクが失格にならない方法がさ」
ゾクリ
神乃に悪寒が走ると同時に、微かに聞こえてくる警告音が一つでは無いことに気付く。
それと同時に一つの結論に辿り着く。
「オマエ、まさか」
薄っすらと目を開け始めた弐宮の隣に立っていた二人の剣道部員が目を開けること無く、地面にそのまま倒れこんでいく。
「仲間をやったのか」
「そうだよ。流石に目が見えないといきなり襲い掛かってくる天ちゃんは倒せない。けど、あらかじめ立っている場所がわかってる部員なら簡単に攻撃できるからね。コレも、天ちゃんとの勝負で身につけたことだったね」
要は、神乃が剣道部の主将を倒す前に弐宮が自身の仲間である剣道部員を二組片付けたのだ。
こうすれば、主将のリタイアは個人戦以降とカウントされ、それまでのパートナーである弐宮は連帯でのリタイアとはならない。
「……」
無言で佇む。
「天ちゃんが襲撃してくることは想定していた。でも、天ちゃんがどうやって仕掛けてくるかはわからなかった。だから、ボクも自分に出来ることを精一杯考えたんだ。こうも思い通りに行くと思わなかったけどね」
「全てが想定内か」
「やっと、天ちゃんに追いついたかな」
嬉しそうに笑顔を振りまく弐宮。その顔は親に褒めてもらいたがっている子供のようだった。
自分の横には共に鍛え、共に今日を戦った仲間が倒れているというのに、自分が手を下したというのに、一切の罪悪感も興味も無さそうであった。
「弐宮くん。大丈夫なの!?」
「ああ、副主将。アナタは自分のパートナー連れて何処かに行ってください」
その場でまだ目が慣れてなさそうな九条が叫ぶ。が、あっさり、冷たく弐宮は答える。
「私も一緒に戦う――」
「手を出すな!」
突如大声で叫ぶ。
「コレは、ボクと天ちゃんの戦いだ。ボクにとってはコレが全てだ。手を出すなら、副主将でも、容赦しない。――いや、もういいや、副主将。今日でボクは剣道部をやめるよ。だから、さっさとどっかに行ってください九条九詩菜さん」
冷たく、一瞬も目線を合わせず、弐宮は言う。
その言葉を聞いた九条は暫くその場に立ち尽くしていたが、さっきまでの自分のパートナーに手を引かれるようにして、その場を後にした。
それとほぼ同時に、学園からの放送が聞こえてくる。
「It is fine today。只今を持ちまして、個人戦へと移行します。それではみなさん。まずはおとなりのパートナーに気をつけて、戦挙を最後まで楽しんでください」
「だってさ、天ちゃん。それじゃあ、始めよう。ボク達の五百一戦目を」
今回はわりと早くかけました。
ツイに神楽くんとの戦いです。
次の話は長くなる気がするので遅くなるかもです。
かけた部分から上げたほうがいいですかね。
いや、まあいいか。
ようやく、終わりが見えそうです。
駆け足で頑張ります。
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