第8話
第8話 王子、食欲の暴走
それから――
ラピスとドゥンが暮らし始めて、一週間が経った。
最初の頃。
ラピスは、ほとんど何も食べなかった。
いや。
食べないというより。
食事に興味がなかった。
けれど。
一週間も一緒に暮らしていると、ドゥンはあることに気づいた。
「……ラピス」
「なに?」
「さっき食べたばかりよね?」
「うん」
「もうお腹空いたの?」
「うん」
ドゥンは時計を見る。
朝食を食べてから、まだ二時間も経っていない。
「……早くない?」
「そう?」
ラピスは首を傾げる。
自分では、特に変だとは思っていなかった。
だが。
ここ一週間。
ラピスは明らかに食べる量が増えていた。
朝食。
昼食。
間食。
夕食。
そして。
「ドゥン」
「なに?」
「お腹空いた」
「また?」
「うん」
ドゥンはラピスを見る。
「……あんた、前からこんなに食べてた?」
「分からない」
ラピスは少し考えた。
そして。
指揮棒を見る。
「でも」
「?」
「これを持つようになってから、お腹が空くのが早くなった気がする」
ドゥンは指揮棒を見る。
銀色の細い棒。
先端には青い宝石。
ラピスが魔力を得た夜から、ずっと持っているものだ。
「……魔力を使うと、お腹が空くのかしら」
「たぶん」
ラピスは頷く。
「指揮棒を使った日は、特にお腹が空く」
ドゥンは少し考えた。
「じゃあ、ちゃんと食べなさい」
「うん」
ラピスは即答した。
「……嬉しそうね」
「お腹空いてるから」
「でしょうね」
ドゥンはため息をつく。
そして。
「分かったわ。今日は少し多めに作ってあげる」
「本当?」
「本当よ」
ラピスの目が少しだけ輝いた。
「……ドゥン、好き」
「はいはい」
ドゥンは笑った。
こうして。
ラピスの食欲は――
日に日に増えていった。
◇
それから。
ドゥンの作る料理が美味しいことを知ったラピスは――
食欲が、さらに増していった。
ある日の昼。
「……お腹すいた」
ラピスは、台所を見る。
ドゥンはまだ料理をしている。
「もう少し待ってなさい」
「……うん」
ラピスは椅子に座って待つ。
けれど。
お腹が鳴った。
「……」
もう一度。
ぐぅぅぅ。
「……」
ラピスは立ち上がった。
「ちょっと外に行ってくる」
「どこへ?」
「森」
「森?」
「お腹すいたから」
「ちょっと待ちなさい!」
だが。
ラピスは、すでに家を出ていた。
◇
森の中。
ラピスは指揮棒を手に歩いていた。
「……何かないかな」
木々の間を進んでいると。
ガサッ。
「……?」
ラピスが足を止める。
茂みの向こうから――
一頭のドラゴンが姿を現した。
以前食べたドラゴンほど巨大ではない。
中くらいの大きさ。
だが。
そのドラゴンは、ラピスを見るなり目を見開いた。
「……人間?」
ラピスも目を見開く。
「……喋った」
「そりゃ喋るだろ!」
ドラゴンが叫ぶ。
そして。
ラピスの顔をじっと見る。
青い髪。
青い瞳。
「……お前」
ドラゴンは首を傾げた。
「なんだ、その髪の色……」
「?」
「それに、その目……」
ドラゴンはラピスを見つめる。
「……お前、ドラゴンみたいな色をしてるな」
「そう?」
ラピスは自分の髪を触る。
ドラゴンは少しだけ警戒を解いた。
「なんだ、人間かと思って驚いたぞ」
「僕は人間だよ」
「だよな」
ドラゴンは安心したように息を吐いた。
しかし。
次の瞬間。
ラピスのお腹が鳴った。
ぐぅぅぅぅ……。
「……」
ドラゴンが固まる。
ラピスはドラゴンを見る。
その目が――
変わった。
さっきまでの眠そうな目ではない。
じっと。
ドラゴンを見つめる。
「……美味しそう」
「…………え?」
ドラゴンの顔が引きつる。
「いや、待て」
「……」
「今の聞き間違いだよな?」
ラピスは一歩近づく。
「美味しそう」
「ひぃっ!」
ドラゴンが後ずさる。
「食べないでー!」
「でも」
ラピスは首を傾げる。
「お腹すいてる」
「知らないよ!」
「前にも食べたし」
「前にも!?」
ドラゴンの顔が青ざめる。
「お前……ドラゴン食べたのか!?」
「うん」
「一頭!?」
「うん」
「嘘だろぉぉぉ!!」
ドラゴンは逃げようとする。
だが。
ラピスが指揮棒を振った。
風が巻き起こる。
「うわぁぁぁ!」
ドラゴンの身体が吹き飛ばされる。
「待って!」
「待たないで!」
「美味しくするから」
「そういう問題じゃない!!」
ラピスは真剣な顔でドラゴンを見る。
「大丈夫」
「何が大丈夫なんだよ!」
「ちゃんと調理する」
「調理される側の気持ちを考えろぉぉぉ!」
こうして。
森の中に――
ドラゴンの悲鳴が響き渡った。
そしてラピスは。
指揮棒を手に。
火を起こし。
風を操り。
水を使い。
ドラゴンを――
美味しく調理しようとした時、ドゥンに止められた。




