第9話
第9話 王子、喋るドラゴンを捕まえる
「……ラピス」
ドゥンは、目の前のドラゴンをじっと見つめた。
「このドラゴン……喋ってるわよね?」
「うん」
「だったら、話は変わるわ」
ドゥンは真剣な顔になる。
「喋るドラゴンは、とても珍しいの」
「珍しい?」
「ええ。普通のドラゴンとは違うのよ。人の言葉を理解して、こうして会話までできるドラゴンなんて、滅多にいないわ」
ドゥンはドラゴンを見る。
「この子は、王様に報告する必要があるわ」
「王様?」
「そう。連れて行って、直接見てもらうの」
その瞬間。
ドラゴンの翼が、大きく広がった。
「……え?」
ドゥンが目を丸くする。
「いやだぁぁぁぁ!!」
バサァッ!!
ドラゴンが一気に空へ飛び上がった。
「王様なんか絶対イヤだぁぁぁ!!」
「ちょっと!」
ドゥンが叫ぶ。
しかし――
ラピスは慌てなかった。
「……逃げた」
そう呟くと。
ゆっくりと指揮棒を取り出した。
「ラピス?」
ラピスが空を見上げる。
ドラゴンは森の木々を抜け、遥か上空へと逃げていく。
「待ってー!」
「待つわけないだろぉぉぉ!!」
ドラゴンが叫ぶ。
ラピスは指揮棒を構えた。
「……捕まえる」
その瞬間。
指揮棒の先端から、淡い光が走った。
――ヒュン。
空気が震える。
森に満ちていた風が、一瞬だけ静まり返った。
ラピスが指揮棒を振る。
すると。
周囲に漂っていた魔力が、まるで見えない楽譜に沿うように集まり始めた。
風。
木々の間を流れていた風が、幾重にも重なっていく。
光。
淡い魔力の粒が、空中に軌跡を描く。
そして――
「え?」
ドラゴンの周囲に、風の輪が生まれた。
一つ。
二つ。
三つ。
幾重にも重なった風の輪が、ドラゴンの身体を包み込む。
「な、なんだこれぇぇぇ!?」
ドラゴンが翼を激しく動かす。
しかし。
飛べない。
風はドラゴンを吹き飛ばすのではない。
その身体を傷つけることもなく、ただ空中に留めている。
まるで巨大な透明の檻だった。
「ぐぬぬぬ……!」
ドラゴンが必死にもがく。
ラピスは指揮棒を横へ払った。
すると。
風の輪がゆっくりと縮まり――
ドラゴンの身体が、ふわりと地面へ降りてきた。
ドサッ。
「……捕まえた」
ラピスは指揮棒を下ろした。
ドラゴンは地面に座り込み、呆然とラピスを見る。
「お、お前……」
「何?」
「いったい何なんだよ……!」
ラピスは少し考える。
「……王子?」
「聞いてねぇよ!!」
ドゥンは頭を抱えた。
「もう……この子、本当に王様に会わせるしかないわね」
「いやだぁぁぁぁ!!」
ドラゴンの悲鳴が、森中に響き渡った。
◇
「王子?」
ドラゴンが首を傾げる。
「お前が?」
「うん」
ラピスは、何でもないことのように答えた。
すると。
ドラゴンが突然、大声で笑い始めた。
「ギャハハハハハ!!」
「……」
「お前が王子だって!?」
「……」
「冗談だろ!?」
ドラゴンは腹を抱えて笑う。
「だってお前、魔力のかけらもないじゃないか!」
その瞬間。
ラピスの表情が止まった。
「……」
ドゥンが、ラピスを見る。
「ラピス?」
ラピスはゆっくりとドラゴンへ歩いていく。
「え?」
ドラゴンが一歩後ずさる。
「な、なんだよ……?」
ラピスは無言で拳を握った。
そして――
ゴンッ!!
「いったぁぁぁぁ!!」
ドラゴンの頭に、ラピスの拳が直撃した。
「何するんだよぉぉぉ!!」
ドラゴンが頭を押さえる。
その頭には――
ぽこん。
立派なたんこぶができていた。
「……うるさい」
ラピスは無表情で言った。
「うるさいってレベルじゃねぇだろ!!」
ドラゴンが叫ぶ。
「痛いんだけど!!」
「知らない」
「横暴だぞ、この王子!!」
「……」
ラピスの眉が、ピクリと動く。
「それにしても、本当にお前が王子なのか?」
ドラゴンは、まだ懲りていない。
「魔力のかけらもないくせに」
「……」
ラピスの目から、すっと光が消えた。
指揮棒を握る手に、力が入る。
周囲の空気が――
僅かに揺れた。
「ラピス」
ドゥンがすぐに声をかける。
「……」
「ダメよ」
「……まだ何もしてない」
「その顔は、何かする顔よ」
ラピスは黙った。
指揮棒を握ったまま、ドラゴンを見つめる。
ドラゴンは、その視線に気づく。
「……え?」
「……」
「ちょ、ちょっと待て」
ドラゴンが後ずさる。
「お前、まさか俺を――」
「ラピス」
ドゥンが肩を掴む。
「この子は王様に会わせるんだから、壊しちゃダメ」
「……分かった」
ラピスは渋々、指揮棒を下ろした。
ドラゴンはホッと息を吐く。
「……助かった」
「ただし」
ラピスがドラゴンを見る。
「次は、うるさくしないで」
「……はい」
ドラゴンは素直に頷いた。
頭の上では――
ぽこん。
大きなたんこぶが、まだ存在感を放っていた。




